水原家にて 18

「さあ食べなさい。私の湯掻いた古典そうめんを」


 デンっ、と目の前に置かれたそうめん。


 古典そうめんがどういう物か、なんとなく分かる気がするのだが、分かりたくない。


「目を凝らしなさい。古文が書いてあるわよ」

「だと思った!」


 予想的中。涼音すずねがテーブルを握り拳で叩く。


「またそうめんなの?」


 その手を優しく撫でながら涼香りょうかが言う。


 そうめんそうめんそうめん、またそうめん。


 夏休みの風物詩が猛威を振るう。


「食べやすいじゃない。それに、私はあまり食べていないわ」

「なら自分だけ食べればいいではないの」


 隣で激しく頷く涼音である。


「それだと意味が無いじゃないの。ほら、古典ができるようになるのよ、早く食べなさい」


 あくまでもこれは古典の勉強なのだと言い張るらしい。どうやったかは知らないが、そうめん一本一本に古文が書かれている。


 確かに食べれば頭に良さそうだが、本当に効果があるのだろうか。暗記できるパンみたいな物なのだろうか。


 涼音は目の前のそうめんに冷たい目を向ける。


「涼音、食べるわよ」

「え⁉」


 あまりの諦めの速さに涼音が声を上げる。


 涼香もそうめんばかりに飽きているはずなのに、素直に食べるとは。


「あら、素直ね」

「効果があるのだから仕方がないでしょう?」


 本当に仕方がないといった様子の涼香が言った言葉に引っかかる。


 効果があるということは、一度涼香はこういった物を食べたことがあるのか? そう考えた涼音は胡乱気な目を向ける。


「ほんとですかあ?」

「残念ながら、本当なのよ」


 ちゅるちゅるとそうめんを食べる。


 こんなもので成績が上がるのなら、今までの勉強はなんだったのか。そんな疑問が顔に滲み出ていたのだろう、涼香の母が言う。


「ある程度基礎を固めないと意味が無いのよ」

「はあ……」

「涼音、お姉ちゃんを信じなさい」

「誰がお姉ちゃんですか」


 嫌がっていても仕方ない。お腹も減っていることだし、涼音も古典そうめんを食べ始めるのだった。

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