水原家にて 16

 涼音すずねの前にそびえ立つのは、見上げても頂上が見えない高い壁。登るなどもってのほか、先へ進むには通り抜けられる場所を探すしかない。


 ――ちなみに壁には、化学式が書かれていた。


「なにこのイメージ……」


 夢のような光景に、涼音は驚く訳でもなく呆れた様子。


 勉強会が始まってしばらくして、瞬きの瞬間にはこの場所に立っていた。


「さあ解くのよ涼音」

「いや先輩こっち側でしょ? てかどこにいるんですか」


 どこからともなく聞こえてくる涼香りょうかの声に返す。


 恐らく、涼香も今の涼音みたいに変なイメージの中にいるのだろう。


「聞こえないわー」

「聞こえてるじゃないですか」


 そう声を張りながらも、涼音はこの壁を抜けるため壁に近づく。


 すると視界を覆い尽くす壁の涼音の目線辺りに、雑に一枚の紙が貼られているのを見つける。


「えー、ここに答え書けばいいの?」


 よく見るとその紙は、涼音が解いていたテキストの一ページだった。


 果たしてこんなよく分からないイメージの世界に来る必要があったのか。そんな最もな疑問を愚痴りながら問題を解く。


 問題を解き終えると、ピンポン! と厳しい壁から軽い正解音がなって壁が点滅する。


「――ってなにこれ⁉」


 イメージ世界から出てきた涼音が、目の前に座る涼香の母に噛み付く。


「あら、早かったのね」


 涼香の母は湯気の立つ紅茶を飲んでいた。


 勉強を始めた頃には無かった紅茶だ、結構長い時間あの世界へ行っていたのだろうか。


「どうだったかしら?」

「普通に問題解いた方が早いし疲れないよ!」

「なるほど、涼音ちゃんには向かないということね」

「えぇ……」


 なにがなるほどなのか、涼音が隣を見ると、なにやらぶつぶつ言っている涼香が鉛筆を動かしていた。


「集中してる……⁉」

「そう、この手法を用いると集中することができるのよ」


 あの涼香が集中できている。その驚きがなによりも大きかった。たしかにあの世界は涼香の好きそうな世界だ。涼音は普通に勉強したいから嫌だが。


「……あたしは嫌だから普通に教えて」

「残念、分かったわ」


 一人奮闘する涼香をよそに、涼音は勉強を教えてもらうのだった。

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