ラーメン店にて 2
席に着いた四人、それぞれの注文がやってきた。
「そういう香りがするわ、いいではないの」
「美味しそう……」
ここねの前には真っ赤な地獄が見える。グツグツとマグマのように煮え立っている坦々麺だ。
「どんな味なんだろ」
「なんで私は醤油ラーメンなのかしら? 好きだからいいけど」
四人それぞれ違う注文、その中で異彩を放っているのはここねの坦々麺。しかし誰も突っ込まない。
手を合わせて早速いただく。
「美味しいわ、魚介よ。ほら涼音、食べなさい」
そう言って涼香は取り皿に麺とスープを少し取り、隣で座る涼音に渡す。
渋々受け取った涼音は、貰ったラーメンを早速食べる。
「わっ、ほんとだ」
その様子を羨ましそうに眺めていた菜々美が、隣に座るここねを見る。そしてその手元に目を向け、すぐ逸らす。
「菜々美ちゃんも食べる?」
一瞬の視線に気づいたここねが菜々美に問いかける。
見た目からして辛そうだが、ここねは涼しい顔して食べている。もしかして見た目程辛くないのでは? そんな考えが頭を過ぎる。
しかしそんな甘えた考えをすぐ切り捨てる。ここねは辛いものが好きなのだ。正確に言えば辛さの中に旨みがあるものなのだが、そのここねが食べるものなんて辛いに決まっている。
辛いものが苦手な菜々美には、ここねの坦々麺を貰う理由なんて一つしかない。その一つだけの理由で十分だった。
「食べるわ」
その理由から逃げる訳にはいかない、力強く頷いた菜々美。嬉しそうなここねに、取り皿に坦々麺を分けてもらい、早速口をつける。
「ゔぇあ⁉ がらぃぃ」
涙と鼻水、汗が吹き出る。
こんな恐ろしい物、どうしてそんな涼しい顔で食べられるのか。そんなここねも大好きだけど。
菜々美は急いで醤油ラーメンを食べて中和しようとする。唇が腫れている気がするが、それよりも中和だ。
「早食いは良くないわよ」
涼香がなにか言っているが気にしない。
「涼香ちゃんも食べてみる?」
「あら、いいのかしら。私は強いわよ」
「なににですか?」
不敵に微笑む涼香に呆れた様子の涼音。
早速取り皿に分けてもらう。
「うわっ、凄い目に染みる」
隣でいる涼音に、どことなく赤く見える湯気が目に染みる。
だからか目を閉じた涼香が腕を組んでいる。
「涼音、食べさせて」
「嫌です」
「意地悪!」
目を開いた涼香は恐る恐る坦々麺を口に入れる。
「ゔっ‼」
瞬間お冷を飲み干す涼香、そして塩ラーメンで中和する。
「涼音ちゃんも食べる?」
笑顔のここねが涼音に問いかける。
いつもは柔らかいその笑顔が、今は閻魔の笑みに見えて仕方がなかった。
この流れは自分も食べた方がいいのだろうか。いいに決まってる。
「あたしは先輩よりも強いですよ」
涼香に倣って不敵に微笑む涼音。取り分けられた坦々麺を食べる。
「うぇあ!」
――気がつけばお冷が空になっており、ラーメンを完食寸前まで食べていた。
真夏の昼間、外から帰ってきたかのように汗をかき涙目の、ここねを除く三人。
「なにが起こったのかしら……⁉」
唖然とラーメンを見つめる涼香。正面に座る菜々美は、分かるわよ、とでも言いたげな表情をしている。
「その気持ち、分かるわよ」
実際そう言った菜々美である。
「なにが分かるのかしら?」
「涼香なら、説明しなくても分かると思っていたんだけど……残念だわ」
「なんですって……⁉」
突如始まった茶番を気にせず、ラーメンを食べ終えた涼音はバニラアイスを注文する。
「
涼音の問いかけにスープを飲んでいた手を止めるここね。
「うん! ここのは辛さしか無かったから私の口には合わなかったけど」
「辛いにも色々種類あるんですか?」
「あるよ。わたしは辛さの中にうま味を感じるものが好きなの」
「……すごいですね」
このラーメン屋の担々麺は違ったようだが、辛さの中にうま味ある物とは、一体どういうことだろうか?
「涼音ちゃんも今度食べてみる? わたしいいお店知ってるんだあ」
丁度やって来たバニラアイスを受け取りながら、涼音は微妙な顔をする。
「どうしましょう……」
ちらりと涼香を見るが、まだ菜々美との茶番の途中らしく、話ができる状況では無かった。
「行きたいです」
少し悩んだ末に出した答えを聞いたここねが天使の笑みを浮かべる。
「本当に⁉ やったあ!」
「あ、はい。行ける日連絡してもいいですか?」
「うん! 待ってるね!」
そこでラーメンを放置していたことに気づいたここねは、慌ててラーメンを食べ始める。
涼音もバニラアイスを口に含む。優しい甘さが、傷ついたであろう舌に優しく広がっていく。
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