休み時間にて 2
ある日の休み時間。
次の授業は移動しなければいけないため、
(なんか騒がしいなあ……)
廊下からなにやら黄色い声が響いている。これはすんなり移動できそうにないな、そう思ったとき。
「涼音、いるかしら?」
大将やってる? の感じでひょっこりと涼香が教室を覗いていた。
周りから刺さる羨望の眼差しに居心地の悪さを感じながら、涼音は次の授業の教科書類を持ったまま、涼香を引っ張り人気の少ない所に向かう。
「来るなら先に連絡入れて下さいよ……!!」
「スマホは家に置いてきたわ」
「スマホも忘れたんですか……」
「二回も家に戻ると遅刻してしまうのよ」
あっけらかんと言う涼香に、涼音は自分のざわついた気持ちが落ち着いていくのを感じる。
「それよりも、涼音に聞きたいことがあるの」
「なんですか?」
わざわざ自分に会いに来てまで聞きたいこととはなんだろう。
そう涼音が思っていると、涼香が涼音の肩を持って、真正面から、真っ直ぐ目を見つめて。
「別れなさい」
「せめて聞いてくださいよ⁉️」
急に別れろと言われても、涼音にはなんのことかさっぱり分からない。
驚きの声をあげる涼音に、涼香は鋭い声で。
「待ちなさい!」
「えぇ⁉️」
訳が分からない。
涼香は戸惑う涼音のブラウスに鼻を近づける。
涼音のブラウスから仄かに感じる、鼻の奥に残る不快な臭い。
「喫煙者……⁉️」
「え⁉ やっぱ臭い付いてます⁉️」
涼音はブラウスの臭いを嗅ぐと顔を顰める。
「やっぱりですって⁉️ 涼音、詳しく話しなさい! 喫煙者と付き合うのだけは辞めなさい。そもそもあなた高二でしょう? 高校生でタバコを吸っている人間なんかと関わってはダメよ! いえ、仮に高校生ではなく二十歳を過ぎた大学生だとしても、高校生と付き合う大学生なんてロクな奴いないわよ!」
「ちょちょちょ、待って先輩、待ってくださいって」
瞳を揺らしながら捲し立てる涼香をなだめながら、涼音はどこから話そうかと考える。
「えー、先輩は誤解してます」
あえてゆっくり、涼香に届くように話し始める涼音。
「誤解ですって……?」
「はい。まず、あたしに彼氏はいません」
「でも……、最近用事が多いではないの……」
「それはまあ……そうなんですけど、彼氏ではないです」
「でもタバコの臭いが付いているではないの」
「それは今日の電車に人が多くてですね、近くの人がめっちゃタバコ臭かったんですよ。多分その臭いが付いたのかなって」
あはは、と笑う涼音だったが涼香の表情は晴れなかった。
「……本当に?」
そっと表情を窺う涼香の震える目をじっと見ながら、真摯に、真っ直ぐに涼音は言い切る。
「本当です」
涼音の思いが伝わったのか、涼香は力なく壁に身体を預ける。そしてその場にしゃがみ込むと深く息を吐く。
「良かったわ……」
涼音も誤解が解けたようで一安心すると、さり気なくその場を去ろうとする。
(先輩、ごめんなさい)
涼音はその場から去る直前、ちらりと涼香に視線を向ける。
見なければよかった。涼香とばっちり目が合ってしまったのだった。
蛇に睨まれた蛙とはこのことか、別に涼香は蛇ではないけど。それでも涼香の目が涼音を離さない。
「……どうしたんですか?」
嫌な予感を感じながらも一応聞いてみる。
「用事ってなに?」
「秘密です」
別にやましいことではないのだが、サプライズ的なことで秘密にしておきたかったのだ。
「アルバイトしているの?」
「していません」
「今日は」
「用事です」
涼香はほっぺたを膨らまして無言の抗議をする。
「ダメです」
涼音の心に僅かに罪悪感が芽生えるが、頑張って無視する。
「どこに――」
「秘密です。授業が始まるんでもう行きますね」
申し訳なさそうに手を合わせて授業に向かった涼音を涼香は無言で見送る。
丁度休み時間終了のチャイムが鳴り響く。一人残された涼香の視界にはなにが映っているのか。
「涼音にも反抗期が訪れたのね……」
その呟きはチャイムと共に溶けていくのだった。
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