第45話 転生した王妃は王妃になるというエピローグ

本日快晴(予定)なり。




私はヘレナ。

元王妃なの。

通算二度目の、王妃に、なるの。



そして

”元女帝” なの。



ごきげんよう、お嬢様方。


私、眠れませんでしたので

こうして手記をしたためておりましてよ。


思い起こせば、ルイーズとして転生いたしまして

気付けば葡萄踏み娘も、町娘も経験いたしました。


どれも、私の素敵な思い出となっております。


そうそう、重大な件を忘れていましたけれども

私、葡萄踏み娘や町娘もなりたいとは申しましたが

王妃に、二度となりたくはないとは申しておりませんでしたね。



ですから、きっと

また王妃なのですね。


ふふ。

今日、私はお嫁さんになります。


えぇ、”王妃”に逆戻りで、また”王妃”です。

エルンハスト国の王妃に、なります。













「ナンシー、あなた、私に秘密ごとがありまして?」


ナンシーはヘレナのお風呂の準備をしている。

彼女もまた、ヘレナ同様早起きの習慣がついている。


時刻は申し上げにくいが、朝3時である。

夜も明け切らぬうちから、この2人、すでに身支度を始めている。

アンはまだ寝ているはずだ。



ナンシーはニコニコしながらお湯を風呂桶に注いでいる。

「ヘレナ様、本当に今日のこの日を迎えることができて

 私も、母も、兄もこの喜びはひとしおにございます。」


ヘレナはナンシーのその顔がどういう時に使われるか知っている。

ーすっとぼけ、だ。


(...ナンシー、聞こえてるんでしょ?)




ナンシーはほほえんでいる。

大きく頷きながら、唇が震え始めた。

小さく、息が吐かれる。


その瞳から、ボタボタと涙がこぼれた。



「...はい、聞こえております。ー いつだって

 いつだって、聞こえておりましたよ、ヘレナ様。」





ヘレナはナンシーを見上げた。


「...やっぱり...」

思わず抱きついた。

2人はわんわん泣いた。

なぜだかわからないけれど、ヘレナがナンシーに呼びかけるたびに

励まされていたり一緒に沈んだり、笑ったり

聞いていてくれてた気になったのは

きっと、ナンシーにこの声が聞こえていたからだ。





「ヘレナ様。

 ー 私の話を聞いてくださいますか。


 私たちは、”魔女”の子孫にございます。

 ヘレナ様のご先祖さまに当たる聖女さまに、シュレーシヴィヒ家に仕え

 そこからずっと、ー ずっと、恩返しをしとうございました。 」


ナンシーはヘレナに深いお辞儀をした。

顔を上げたナンシーの瞳が、一瞬金色に光ったように見えた。





聖女が山へ籠り、祈りを捧げていた時も

少女のフィーリアが1人、山で生活していた時も

ずっと、そばにいたのは魔女だった。

フィーリアの側にいたニーヒャは、魔女だったのだ。



「ナンシーって魔女なの!?」


ヘレナは若干、面白くなってきた。

忍者に引き続き、魔女までご登場していただいた。

自分が転生していることなど、ぶっちゃけ棚の上だ。



「いえ、あの、もうそれほどの力はございません。

 けれどヘレナ様との会話ぐらいは、まだできます。」



すごい、ナンシーは思念体だったのか。

どうせなら、会話をしたかった。


「どうして答えてくれなかったの」

ヘレナは唇をとんがらせて、不満そうに言う。

「それをしてしまえば、余計つらくなりましょう」


ナンシーの声が震えている。

そうだ、もう二度と会えないと家を出た。

声を聞けば、その懐かしさに

きっとヘレナはあの困難を乗り越えられなかったかもしれない。



きっと、ヘレナの声だけ聞いてるナンシーだって辛かった。




「魔女は山へ戻ってきたの...?」


ナンシーは両手で涙を拭いながら、お湯を混ぜた。


「さあ、それはなぜかはわかりませんが

 ーきっと、聖女様を不憫に思われたのではないのでしょうか。


 魔女は子を産むと、力は半減しますが

 それでも何かの役には立ちます。

 私ぐらいの代を数えましたら、その力ももう微々たるものですが。


 ですから、フィオドア伯爵が妖精の粉を探してこちらへ来た時は

 非常に驚いたものです。」


ヘレナは自分がアーサーを愛すると決めた時のことを思い出していた。

ー 魔女も聖女にそう思ったのだろうか。




そして、還る魂の儀に必要な粉を魔女が持っていることを

たぬきち軍師が知っていたのには、ナンシーも驚いていた。





「...ナンシーにはなんでもお見通しだったのね。」

ヘレナはお湯に足を忍ばせた。


ナンシーはヘレナの手をとり、湯船に誘う。

「心の友ですからね」


2人はまた、しばらくしてから

わんわん泣き出した。

アンがノックして入ってきた。


「さぁさぁ、お二方、泣いている場合ではございませんよ。

 ーたくさん用意することがございます。」



アンはヘレナにコップを持たせ、水を注ぐ。

「今日の花嫁は、世界一美しくせよとの王からご命令です。

 ー 目が腫れては国一番を狙えても、世界は遠くございます。」


3人は笑い合った。




ウェディングドレスは目も覚めるような濃紺のロイヤルブルー。

ハイネックで手の甲まで肌を覆う、総レースだ。


プリンセスレースはわざわざアルデラハンの大聖教の尼僧が

30人がかりで紡いだものだった。

そのレースは、銀糸でエルンハストの紋章が刺繍され

小さな小さなクリスタルが所々縫い付けてある。



青いウェディングドレス。

これは純潔の象徴だ。



ちなみに白のドレスは当時、喪服を意味していたのである。

現在の純白ドレスとダイヤモンド、という形は

英国ヴィクトリア女王がアルバート公との結婚式で着用したことから

定番となったようである。ヴィクトリアはインフルエンサー。



ヘレナがドレスに身を包めば、白い肌がロイヤルブルーのレースから透け

より白さが浮き出るようだった。

だが、首は完全に覆われているし

手も甲までレースだ。

この作為的なデザインの指示は、もちろんユージーンだ。


「誰にも、ヘレナの肌を見せるな」


独占欲も炸裂している。


かろうじて首から胸元までのチュールレースで

うっすらその肌感を感じられる程度なのは、デザイナーのご愛嬌だろう。

ー 金魚屋の女将だ。


銀色の髪は、国旗の銀。

髪に飾られた赤の薔薇と

青いドレスはエルンハストの青。

横に並ぶ予定の王は黒の軍服だから

ばっちり合わせにきたに違いない。


ヘレナは普段から化粧はしているが

今日の化粧は、整形級。

アンはこの日のために、恥を忍んで金魚屋に通い

アンネリエッタに教えを乞い、化粧品を取り揃えるために

アルデラハンへ1人、出張した。


足で世界を狙える女は、ここでは世界一を狙いに行った。



あらかた身支度は済む。

あとはヴェールを被り、王妃の証となるティアラを載せるだけである。


ノックする音が聞こえた。

ナンシーが出た。


「ヘレナ!!!」


ヘレナの実父、ローシャルである。

現在は領地にいるが、ヘレナが健在であるとわかり

それからはちょくちょくヨナには必要ない指導や

王都の空気が恋しいだとか言い訳しつつ、遊びに来る。

ー 要するにヘレナに会いにくる。


「お父様!!」

ヘレナは鼻の奥がまたツンとなりそうだ。

今日は泣けない。

泣いてはいけないが、父の姿を見ただけで涙腺は決壊しそうだ。


「ー あぁ、なんて美しいのだ、ヘレナよ。

 お前がこんな日を迎えるなんて ー」

父は涙腺決壊したらしい。

「お父様、今日は来てくださってありがとうございます。」


「何を言っている、お前のためなら槍が降ろうが

 火の球が降ろうが、私は来るよ。」


「ふふふ。ありがとう」


「王が我が家へ来たときは腰を抜かしたよ。

 ー こんなのアレクサンダーが来たとき以来だ。」


「あら、ユージーンは何て?」


ローシャルは軽く鼻を啜って、胸のハンカチを取り出し

目頭を押さえながら言った。


「お宅の娘さんをください、だと」


ヘレナはそんな飾り気のないユージーンが好ましい。

いや、もう大好き。すこすこのすこだ。


「お父様はなんと返しました?」


「嫌だ、と言ったよ」


わお、これまたやるじゃない、お父様。


「ヨナもいたからね、一緒に嫌と言ったよ。

 ーまぁヨナは半分冗談だったろうが」


ヘレナは頷いた。ヨナは軍の参謀だ。でも勇気ある発言だ。


「もう、あんな思いはしたくないのだよ。

 お前にあんな思いをさせるために大事に育てたわけじゃない。

 ーお前に会えないのも、あんな顔もさせたくないのだ」


「お父様...」


「それに ー。 もう十分恩返しはできただろう、と。


 そうしたら、王は言うのだよ。

 エルンハスト国の王妃は、自由だし、実家だって帰っていい。

 この先誰よりも愛される王妃になるとね。


 自分がヘレナを愛で包み、愛し尽くすと言うのだよ。ーあの若造。」


お父様、最後だけギリギリ不敬です。



「だから、お前に問いたいのだ。ヘレナ」


「何かしら」


「お前は、王ユージーンをその、...父が凹まない程度でいい、

 できれば軽めに聞きたい。

 どう思っているのだ?」


「あら、ふふふ。お父様ったら。

 お父様への愛は別格です。お兄様へも。殿堂入りしておりますから

 どうかご心配なさらないで。


 ユージーンへの想いは真実の愛でございます。


 愛しておりましてよ。」


ヘレナの気持ちを言葉にして聞いた父は

可愛い娘をまたしてもハイパースパダリ系野郎に持っていかれる事実に

嬉しさか絶望か複雑な顔をして、最後に笑った。


「お前も、サリアーナの時と同じ言葉を言うのだな。ーそうか。

 わかったよ、ー しあわせにおなり、ヘレナ。」


でも父はわかっている。

自分が妻であるエイレナを娶る時、彼女もそう、言っていたのだ。

もう、諦めもついた。


部屋を退出して、控室へと向かいながら父は思う。


次こそあのアレクサンダーにチェスで勝つ。

今日はしこたまやけ酒飲んで、アレクサンダーにしこたま管を巻く。

あいつ、いつも逃げるからな、今日こそ逃がさん。


父の決意は固い。



軍師はくしゃみした。

(ー 悪寒...?)






ヴェールを被り、ティアラを載せる。

アンとナンシーは互いに手を組み合い、感激して感涙に咽ぶ。


そこへシュレーシヴィヒ家の大お局、ゾニヤが入ってきた。

1人だ。年は取っても姿勢はピンと伸び、所作は美しいままだ。



「おぉ、ヘレナ様。なんと神々しいお姿であられましょうや。

 

 ー 今こそこの老いぼれ、お約束を果たしに参りました。



 ヘレナ・マルティネス・シュレーシヴィヒにまことの光あれ!」




ゾニヤが両手を広げ、何かボソボソと口の中で言った。



「ゾニヤ、これは何なの!?」



「ほっほっほっ、我ら魔女はこういうことも得意でございます。

 

 ー フェアリーゴッドマザーですからねぇ。」












教会のベルがエルンハスト国中に鳴り響く。


今日こそ本当のお祭りだ。


式が終われば、王と王妃はバルコニーから出てきて

国民に挨拶する。そのあと、街中を馬車でお披露目だ。

広場に収まりきらない国民は、教会の外まで溢れ、城を取り囲む。


改築中の城も急ピッチでバルコニーだけ先に仕上げた。


みんな、ドキドキしていた。




ヘレナは今、教会まえの回廊を静々と歩いている。

ナンシーに手を取ってもらっている。

その先には父が待っている。


父は最初、ニコニコしていたが

そのヘレナに驚いて凝固している。


ナンシーからヘレナの手を取り、父はエスコートの体をとる。

父は小声だ。

「ヘレナ、お前何が起きているのだ」

「ー わからないのよ、お父様。けどゾニヤが」


「ー...あぁ、そういうことか」

意外にもあっさり父は納得したようだった。


ヘレナの頭にはクエスチョンマークが飛び交っている。

「はは、覚えてないかい、ヘレナ。

 ゾニヤによく魔法を使ってもらって、風呂を泡まみれにしたじゃないか」


「ー え。...あ。」

思い出した。あれは魔法だったのか...。


「老犬だったビックスを空まで持ち上げてー」

「わわっわわわ、お、お父様!結構です、はい、わかりました」


父は懐かしそうに目を細めて、遠くを見るようだった。



「さぁ、ここまでだ。ー ヘレナ。よくお聞き。

 お前はいつだって祝福されているよ。

 ー エイレナも天からお前を祝福している。


 この光は、お前を守り

 お前はこの光を 彼らに与えるのだ。


 しあわせになるんだよ、ヘレナ。」





教会の扉が開かれる。









ねぇ、お嬢様方、聞きまして?

私、どうやら聖女なんですって。


この聖女の役割なんてものが

どういうものかなど、針の先ほども存じ上げませんけれど

”光って”いるのは確からしいのです。



えぇ、ゾニヤの仕業でしてよ。

私、今、発光体でしてよ。

ほほほ。

どうか、お笑いいただいて構いませんことよ。


それにほら、私のヴェールの裾を持つ

羽の生えた何かも飛んでいましてよ。


あら、教会にいらっしゃる皆様、ドン引きですわ。


えぇ、えぇ、そうでしょうとも。

私も慣れておりませんけれども

平気な顔は得意ですのよ。



あら、あそこに座すのは機密部隊の3人娘だわ。

微笑んでおきましょうね。

お口が開いておりましてよ、アンネリエッタ。

まぁ、今日も艶かしくってよ、アナスタシア。

あら?ネルの横にいるのは、アルデラハンの参謀、レオナルドだかレイモンドだわ。

ネル、お顔がこわばっておりましてよ、お笑いなさい、ネル。



反対側の席には、えぇと

ふふ、やっぱり呆気に取られておりますわね。

我が臣下といえど、この私の発光具合には耐えられませんでしょう?

眩しくて目が開けられなくとも、私は寛大ですから

どうぞ薄目でご覧なさい。




ねぇ、モニーク。

今日の式で誰か、いい人を見つけなさい。ー やっちまえば何とかなる。

物理は君を裏切らない。


トーマスは目を擦ってるわ。うふふ、お隣の魅惑美人が奥様ね。

こりゃ華だわ。ボインですもの。


フィリップ、その横の女はどっかで拾ってきた女じゃないでしょうね。

え?他人?あら、そう、ごきげんよう。


あらあら、クレイトンとマリエルはそんなところにいたのね。

仲睦まじい様子で安心したわ。


アルフレート、あなたは私を見てるけど

あなたをガン見している男性が後ろに2人、横に1人おりましてよ、注意なさい。


サスケは、あら。珍しい。蝶ネクタイなんかしてるわ。

似合わないわね。ふふふ。


アーサー、あなた来てくれたのね。

横にはふふ。キャサリン王女がいるわ。

しっかりエスコートなさい。

後で、キャサリン王女にはブーケをあげましょうね。




アレクサンダー・ヴォルフ・フィオドア伯爵。

たぬきちよ。もう引退して、森へお帰り。

そこでクリスタルでも掘り起こして、博物館をしなさい。

ふふ、嘘よ。ー あなたは私の誇り、恩人、そして、大事なお兄様よ。

長生きしてルイを立派な軍師に育てなさい。



ルイ、いいえ、ルイーズ。

ここから見ると、まるでたぬきち軍師の生写しね。

精悍な狼のようだわ。


あなたを乗っ取ってから、私は自由になったわ。

あなたが残した栞の言葉は

そのまま私に。



”私は私らしくありたい”



あなたもね、ルイ。

花嫁のウィンクを受けるのはあなただけよ。ラッキーボーイ。

ありがとう、あなたがボインでよかったわ。

...違うか。


ありがとう、ルイ。
















わかっておりましてよ。

この教会の中で、発光する私より熱く

激しい視線を送る相手が、祭壇の前に立っていることは。



愛しのユージーン。

なぜあなたが私に恋したのかはよくわかっていないのよ。

けれど、いつからか

あなたの送る視線は

如実に語るようになっていたわ。

目は口ほどにものを言うと、いうらしいですし。


葡萄踏み娘のときも、町娘のときも

その時々であなたは私の心に入り込んできて

えぇ、そうね。

彼といると大笑いしてしまうの。

はしたないけど、彼はそれを嬉しそうに見つめてくるの。

それが私も嬉しいの。




あなたに永遠を感じるわ。ユージーン。




メラニー先生、この場にいらっしゃると存じます。


私、彼に恋をしています。いいえ、愛しているのです。

きっと彼に

心も股も、開きますわ。


彼だけに、すべてを捧げます。









ユージーンは手を差し出している。

微笑んで言った。


「世界で一番美しいよ、ヘレナ。」


私は微笑み返す。

当たり前よ、アンとナンシーの力作よ。


この手を取れば、私は彼の妻となる。



手を出した瞬間、その光はより一層強くなる。


教会の大司教は口も開けておりますし

何なら持っていた杖的な何かも手放しで落としましてよ。

その杖、とても大事なのではなくって?



ユージーンは動じていない。

ヘレナは思わず小声で聞いてしまう。

「あなた、これ平気なの」


ユージーンは前を見たまましれっと言った。

「俺の妻は聖女だから」



あぁ、もう、本当に大好き。


ヴェールを上げる瞬間、羽の生えた何かもお手伝い。

ユージーンはそれにすら動じず

何かにウィンクしている。

その何かが”ほわわ〜ぁ”って言うものだから

周りはどよめく。私も一瞬、固まりましてよ。



彼の婚姻の宣誓も

その宣誓に対する返事も

私、まったく覚えておりませんのよ。


浮かれすぎと言われても仕方ありませんわね。

だって、浮かれてますもの。



左手薬指にはめられたるは”藍方石(アウインナイト)”が

真ん中に堂々嵌め込まれたフェデ・リング。

愛の静脈...。

ユージーンが用意したのね。

石の意味は新しい生活への一歩、そして高貴なるもの。


ふふ。


みなさまの前で接吻をするなんて

これまた公開処刑ですけれども

私、この日のためにエア接吻で練習を重ねましたから

ご心配にあらずよ。


さぁ、来い!







え、















それ、


ちが



ユージーンはそれはもう情熱的なほどに

私の頭と腰をガッツリホールディングスタイルで

組み敷く勢いで接吻、いいえ、あれは接吻ではございませんでした。




口を 覆って 吸った のです。





大司教、本日二度目の杖落とし。


ー 縁起でもないのか、それとも縁起物なのか。


杖の貴石が落ちた音がしましたわ。









教会内から冷やかしの指笛と歓声が上がる。





何が いいぞもっとやれ、よ、誰、言ったの。

トーマス、後で処す。お前もだ。サスケ。

死ぬ、死ぬから、ユージーン、もう、やめて。

そうだ、マリエルが言ってた。

そういう時はタップしろ、と。




私はユージーンの背をペシペシとタップした。

何を勘違いしたのか、更に腰をかがめてきた。

すでに私はユージーンの片膝に背を乗せられている。




違う、どうすれば...そういえばアナスタシアが...

あぁ、もう!!

仕方なし!



倍返しよ!!!!!



私はユージーンの頬を両手で挟んで自分から顔を押し付けましてよ。


ふ、とユージーンが笑みを浮かべた瞬間

力が抜けたのを確認、

私はスルーっと立ち上がり、しれっと距離をとる。



さすがアナスタシア、百戦錬磨のご忠告は聞いておいて正解ね。



教会を出るまでの道がもう、私にとっては更なる地獄。

もうみなさま、婚姻の儀が始まる前と打って変わって

大顕で立ち上がり、薔薇の花弁やライスシャワーをぶつける勢い。

不敬ですわ。

ほんっと不敬。



不敬すぎてもう。ダメね、 ー 涙が出てくる。


彼らの歓声が聞こえる。

おめでとう、と

よかったね、が

祝福になって、私を取り囲む。



こんなにしあわせな花嫁はいるかしら。



えぇ、世界中の花嫁は祝福されていてほしい。









バルコニーの前は人だかりで

かの有名なお言葉を借りれば、そう。

”人がゴミのようだ”だそうですけれど

それはとても失礼だわ。


ここにいるのは、私たちの大事な国民であり

ともに生きていく仲間たちですもの。


それに、わざわざ

私たちを祝福しに来てくださいましたもの。



手を振りましょう、

心からあなた方に、私が受けた以上に

祝福を送りましょう。



ユージーンが国民に向けて挨拶をする。

ふふ、その横顔も素敵よ、ユージーン。


これからは私、あなたとしあわせに生きるのね。



ユージーンがざわめきを手で制する。

静かになった広場に、王城の周りに、全てに向かって。




「エルンハストの建国と、私たちの婚姻を

 喜び、祝福してくれて、ありがとう。


 ここに集まる国民に私たちは誓おう。


 ともに歩み、ともに助け合おう。」





手を上げてユージーンは手を振る。

歓声が上がった。

その中から、不意に大きな声が上がった。



「初夜はヘレナ様に任せておけばオッケーだな!!!!!!!!」



ん?

何だと?聞き捨てならんな。


ユージーンが苦笑いしている。いかん、これは訂正しておかないと




       「い、いいいい言っておきますけども



        わ、わたくしは!き、清い身でしてよ!!!!」





マイクがオンだよ、王妃さま。

国民全員に清い身だって知れてよかったね。


その瞬間、今まで聞いたことのない

地響きのような、地鳴りのような音が鳴る。

その場にいた国民全員がまるで蜂起を起こしたかのような咆哮をあげ

両手を上げて飛び跳ねたり喜んだり笑っている。



ユージーンはマイクがオフになっていることをしっかり確認してから

ヘレナに言う。

「知ってるよ、聖女さま」




ぐ、ぐぬぬ。


















「もう!知らない!!

 ー 恥ずかしくって、死にそうだわ!!!」


ヘレナは恥ずかしさの余り、自分でもおかしなぐらい

色々喚き散らしていたらしい。

ウエェディングドレスの裾を握り締めながら

ドスンドスン歩いている。


「俺は、嬉しかったよ。ー、国民総意で喜んでくれたし

 ー皆の前で、堂々と愛を誓ったようなものだ」


「な、何をそんな! そんなこと..」


「そんなこと? ー」

ユージーンはヘレナに近付いてくる。


「や、こ、これは、その、」

ヘレナは後退りした。

ユージーンの顔から笑みが消えていて

ヘレナはちょっと怖くなる。



「俺がヘレナを甘やかして、俺がいないと何にもできないぐらい


 ー 俺以外見ないようにすることか?」




「ふ、ふざけないで」


ユージーンは笑ってない。

笑っていないし、ふざけてはいない、が

ヘレナのそんな顔を見たら、もっと困らせたくなる。



(あぁ、かわいいな。  ー 俺が泣かせてみたい)




この男はそういう気のある男かも、しれない。



ユージーンはゆっくりヘレナに向かって歩きながら言う。



「ふざけるだなんて、とんでもない。


 俺はヘレナを四六時中、想ってたし、想ってる。」



ユージーンの目がにわかに細まったかと思うと

口元が綻んだ。 ー ずるい顔だ。




「ヘレナ、どうかあなたを罪深いほどに愛することをお許しください。


 あなたに近付き、触れ、そのすべてを


 俺のものにすることを、お受け入れください。」



「は? へ?」



ヘレナはあと3歩ほど近づけば

自分がユージーンに囚われるような距離の男を見た。


(このひとは、わたしの知っているひと?)


黒い、獅子のようだった。


あぁ、まずいわナンシー。

どうやら、式後のお楽しみのお茶を飲んでクッキーを頬張るのは

また今度になりそうよ。




私はこの男に、溺れてしまう。

その証拠に今

息苦しいほどに、彼に抱きしめて欲しい。








刹那、ユージーンはヘレナを力強く抱き寄せ

自分の体に密着させた。

彼の右手はヘレナの首をガッチリ抱え

左手はヘレナの腰を包んでいた。


「な、何を!」





「俺の愛で溺れたらいいんだ」





ヘレナはこの後馬車に乗ってのお披露目だとか

まだやらなきゃいけないことがあるのを知っていたから

何とかユージーンを引き剥がそうと手をバタバタ上下させるが

それどころか

ユージーンはヘレナの首に吸い付いた。



甘く、柔らかい、ヘレナの香りがする。






その時、ユージーンは回廊をフラフラと渡るサスケと目が合う。





ユージーンはサスケを見たまま、ヘレナの頬に口を移動させながら

そっと、人差し指を自分の唇に立てた。



『 お し ず か に 』









サスケは目を見開いたまま、その場から転生後、初めて忍んでみせた。

















ユージーンは強くヘレナを抱きしめて

そっと横向きに抱き上げたまま、部屋へと入って行った。


















しあわせかって?

当たり前じゃないか。ー ようやく2人っきりだ。

え?馬車?そんなもの、ブッチだよ。





ヘレナには俺の20年分の想いを受け取ってもらわなきゃ。


だから、お嬢様方、ご安心を。









あぁ、そうだ。クレイトンの所に今度子供が生まれるそうだよ。

男の子らしいね。

え?なんでわかるかって?


俺は魔法使いだからな。

はは、違うか。


ー 勘だよ、勘。ロレンツォ、とか言ったかな。

  多分、彼だろう。




俺は、”王”で ”煩悩炸裂破廉恥魔人”、なんだろ?





あぁ、美しいヘレナがベッドで震えてる。

かわいそうに。

大事に、大事にしてあげよう。



最初は口付けから始めよう。

甘くとろけるような、昨日のチョコレートより甘い口付け。



ようやく俺の一族に手に入る

シュレーシヴィヒ家の姫君を俺の愛で溺れさせる日が来た。







では ー。

















フナは今日も川の中。

そろそろヌシの座も狙えるか?






〜おしまい〜



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