【最後の寄り道】教え


やぁ、僕の名前はアーサー。


元、王子だけど

今はその辺にいる令息だよ。

フィリップ・モント・イグネシアス家に引き取られて

養子になったんだ。


フィリップは、宰相だ。


けど、今は兄。だから兄上って呼んでる。



そして僕は、今留学先の隣国リゲルーグにいる。




母君である、ヘレナ妃は

僕にとっては鬼母、ではなく

礼儀正しく、美しくて、朗らかに笑う母だった。


僕はね、知っていたんだ。

ヘレナ妃が実母ではないことぐらい。

髪の色も全然違うし

僕には母君ほどの気品がないんだよ。

周りの従者たちは何も言ってこないけど

そんなの、雰囲気見てたらわかるよね。


子供だけど、それぐらいわかるよ。



僕は、”普通”なんだ。


僕の教育は、とても厳しいってみんな言ってた。

母君が選出した家庭教師5人と、マナーの先生

そして、ダンスのレッスン。


母君はよく言ってたよ。

「王となる人間は、これくらいできて当たり前と言われます。

 

 何の努力もせずに、王ができるわけではありません。


 王とは、国の父です。


 よく学び、よく知り、よく聞くのです。」


ってね。



だから、僕は”普通”なりに努力したよ。

当然、求められていたのはそれ以上だったけど

母君は毎日僕を励ましてくれた。


僕の壁になってくれたし

僕の良き理解者だったよ。





母君が暗殺されるかもしれないから

僕は逃げなきゃいけないんだ、と

母君はしゃがんで、僕に言い聞かせた。


暗殺って、殺されることだ。

悪いことしてない母君が、なぜ殺されなきゃいけないのか

僕にはわからないよ。



「僕がもっと大人で、力が強ければ

 母君も守ってあげられるのに。」


口にした瞬間、母君はね

綺麗な薄紫の目から真珠みたいな涙がポロポロ出てきて

歯を食いしばってたんだ。


「フィリップの下に、身を寄せなさい」



そう言ったきり、会ってない。








兄上は、ものすごい集中力と

人並外れた知識と策略で仕事に取り掛かる。


けど、みんなの前では絶対仕事なんてしてないんだ。


僕が見てるところでも、してるとこは見たことない。

実を言えば、寝てるところも見たことはないよ。

いつ寝てるのかな。


僕がこの家にやってきた時

この家は寝る家だって言ってた。


兄上には3つ、家があるって聞いたことがある。

遊ぶ家、寝るだけの家、遊ぶ家。


違いがよくわからないけれど

必要なんだって。




だからかな。

兄上はその、ーあぁ、言いにくいけれど

その女性遊びというか...


とにかく、毎日、毎時間

女性と...


なんかしてる。



以前、僕が休暇で家に戻った時に

女性の叫び声が聞こえて

僕は自室でじっとしていたんだけれど

何だかすごい音がして


その後、兄上が僕の部屋に来て言うことには

「逃げ出そうとしたから、部屋に繋いであるけど

 ー 特に気にしなくていいから」


って。



繋ぐ?

ー 人を?!

気にするな???



従者のペイルは後になって、その女性が

未亡人のファレル夫人だって教えてくれた。


火遊びにしてはやりすぎだよね。夫人は結局

1週間ぐらい、家にいたような気がするよ。


げっそりしてたけど

兄のことを悪く言うようなことはなかったし

その後、お酒か何かが送られてきた。



でも同時にそのー、別の遊びの家には

娼館から呼んだ女性がいた、ってペイルは嘆いていた。


けど兄にとってはこんなの普通なんだ。

僕も最初は驚いていたし

え、と、女性をそんな盛んに入れ替えるってのは

なんかー、違うよ、ね。



だから、僕は反面教師なのかもしれないな。

僕は好きになった人を大事に大事に、したいよ。

一緒に散歩したり...あ、知ってる?

うちの国の将軍は、母君をすごく好きなんだよ。


ああいうのって、いいよね。

将軍は母君をとっても大事にしているんだ。



そうだ、僕の話だったよね。



僕の父王って人は

あんまり見たことはなくて

母君はその時だけ別人みたいな顔をして

「残念だけれども、会うことはできないのよ、アーサー」

といった。


大体わかっていたから

気にもしなかったね。

見たことあるけど”うげっ”って感じだよ。


醜いカバみたいだった。


目は虚で、変な汗をかいて

いつも見れば手に何か食べ物を持っている。



あんなのには、なりたくない。



え、僕が王になりたいかって?

言っていいのかわからないけど

実はあんまり、というか

僕にはそういう気持ちがないんだ。


普通だからって諦めてるんじゃない。

僕は普通、がいいんだ。

みんなに注目されたりとか

みんなの為に何かしたいとか

そう言うのは好きじゃないよ。


分け与えるのはいいことだし

誰かが困っていたら助けたい。


けど、僕は自分の手の届く周りの人が幸せであればいいなって思う。



だから、帝王学でも学んだけど

僕はどうやら王には不向きみたいだね。

ー ありがたいよ、勉強してて

早めに自分のやりたいことが明確になったんだ。


僕は騎士になりたいな。

ーそうすれば、強くなれるし、母君も守れるよ。



兄上にも言ったんだ。

そうしたら、兄上は

「お前が決めたなら、それでいい」

だけ。


拍子抜けしたけど、僕の騎士になりたいって思いは

どうやら認めてくれたらしい。


条件はあったね。


だから、僕は留学を決めた。

兄上が留学していたリゲルーグ国。

僕の国のお隣さん。


ー 今、僕はここにいるよ、母君。























宰相、フィリップ・モント・イグネシアス



彼には矜持がある。

誰に誇るものでもないが、彼の人生の大事な軸だ。



みなさまにお披露目しておこう。


もう一度、言う。



だ。





『たった1人の生涯の伴侶を見つけて


 その子と幸せになる、またはなってる人は


 ”沢山の人間”と交わっている。』






もっと平たく言えば

女性に困らないような日々を送っている男性は

高確率でそのうち結婚する。

結婚したくなったらできる相手はすでにそばにいるからだ。


ちなみに男性に困らない女性は

その割にはズルズルとその関係性が続く可能性が高い。

ここらへんの非対称性があるから

女性は遊び人を非婚化すると思い込んでいるようである。


実際はそうでもない。


遊び人、その言葉はボール投げが上手いとか

鬼ごっこで絶対鬼にならないマンとか

勇者になるために必要な経過の一つであるとか

そう言う意味では、ない。


つまり恋愛スキルの高い、ナンパ野郎と言って良い。


ここで上記の矜持についてご本人のお言葉で

ご説明いただき、その考えを頂戴しよう。



「私の意見が聞きたいのですか ー?


 聞いても皆さんのご参考にはなりませんよ。


 私の恋愛における哲学は、”営業”ですから。


 宰相という立場は常に、情報の集約の精査が迫られています。


 その精査の下敷きに必要なのは、正しさだけではない。


 こちらの持つ魅力を最大限発揮しつつ


 こちらが求める相手の良さを知っておくのも、大事な”営業”です。



 ー ?


 なぜ、”営業”かと?


 営業とは、”言葉を使って、人を動かす”仕事です。


 私の立場である宰相というのは、交渉も含みます。


 そして、恋愛において求愛もまた、営業です。


 ”言葉を使って、女性を動かす”ことです。


 わかりますか、これ。



 会話を通じて女性に心と体を開いてもらわねば、事は成せません。


 恋愛で押し売りはしませんよ。

 御用聞きなんて以ての外です。そんな安い行動はしません。


 私を必要としてもらう為には


 彼女ら自身すら気付かない課題を掘り起こし

 

 私自身がその課題の解決につながる、と感じてもらうことが大事です。


 そして解決すれば、彼女らは私を信じるでしょう?


 これが私の恋愛観です。 ー 仕事にもつながるので一石二鳥ですね。



 ”可能性”を見せているのです、私が。


 女性は美しいですし、みな、可憐な生き物です。


 騙しなどしませんよ。ー 私は執着するタイプですが。」




なんという恋愛哲学であろうか。

恋愛を営業と言い切る、彼の矜持に閉口したお嬢様方に

せめてお口直し、と言いたいところだが

このフィリップの手法はエルンハストを建国する際

国内で起きた数々の問題を解決してきた。


それを知るは、王だけ、なり。



王、コメントを!


「 ー え、あれに?...仕事に関する不満はない。

 だが、あの..ターゲットにされてきた女性には頭が下がる。

 もういいだろう、これ以上は言いたくない」


足早に去って行ったな、王。あ、ヘレナ見つけてダッシュした。



フィリップは、自分が思うぐらい思われたい。

自分が平気だと思うようなことを

自分もされたい。



束縛系男子とか生やさしいものではない。

執着系サイコなロジカル性欲野獣マンである。



けれど、その愛はたった1人に捧げたい。

その愛を、探している。

ずっと。




ーお嬢様方で、やってもいい、もしくは

 私なら野獣を聖獣にして見せたる、という気概をお持ちの方は

 どうぞ、お試しください。


その際は、逃げ場はないことも追記しておこう。

毎日腹筋と股関節がブッパしてやられるね!!

お水はちゃんと用意しておくんだよ!!

脱水症状になっちゃうよ!






さて、フィリップがアーサーを引き取って

留学し、その留学先へ挨拶へ行ったとき

アーサーの様子がおかしいことに気づいた。



アーサーの出来が普通であることは知っていた。

だが、彼はヘレナを母とし

その母から受けた教育と愛に応えるべく努力をした。


アーサーは堅実な男になった。


それはフィリップにはありがたいことだったし

彼と接するに苦労なんてものはなかった。

察しのいい、草食系だった。



だが、アーサーはここで運命と出会ってしまう。



リゲルーグ国、第三王女 キャサリン・レネ・リゲルーグだ。



ヘレナ王妃が”暗殺”され1年が経とうとしていた。

アーサー11歳になっていた。

キャサリン王女は12歳だった。


彼女は、アーサーを好いているらしかった。

アーサーはそれに気付きはしたが

関わらないような態度をとる。


それが、キャサリン王女には面白くない。

自分ほどのものがー、くらいに思ったのかもしれない。


追いかけ回しているうちにいつのまにか、ドツボだ。



(あぁ、これはまた、...)

しかもこの恋は、アーサーの主導ではなく王女の思いが突っ走った。



フィリップは彼らの恋が成就するしないに関わらず

そっと、見守ることにした。

だが、リゲルーグの王はその時同盟相手である我が国へ

王女を嫁がせようとしたのだ。


存立と繁栄。

国としては至極真っ当な判断だろう。



将軍、ユージーン・エルンハストその人に。


「無理、絶対無理。ー オッサンじゃん!!」

キャサリン王女に泣きつかれたフィリップは閉口した。


(確かに彼はオッサンだが...君、王女だよ...)


「フィリップ様、私はアーサーが好きなの。

 ー なんとかして」


キャサリン王女は横暴な女子ではないが

好き嫌いはハッキリしている。


そしてフィリップはこの小さな恋の世話に奔走することになる。





ー 還る魂の儀から、2年が経った。


軍師、アレクサンダー・ヴォルフ・フィオドアは

この王女の話を面白がって聞いた。

「瓢箪から駒のような話だな」


「まったくです。ー 軍師、何かしましたか?」

フィリップは盤上のナイトを動かした。


しばし盤上を見つめていた軍師はフィリップを見て

椅子の背もたれに寄りかかった。


「いや、何もしてない。ー 面白いだね、フィリップ君。」


「これ、と思います?」


軍師は顎髭を撫でながら、盤上を見ている。


「”キング”は”クイーン”のだが

 何事も、互いの想いあってこそのものだ。


 あとは本人次第なのだよ、フィリップ君。」


軍師の指が、ポーンを掴み進めた。


「軍師、教えてください。ー あなたは何をしようとしているのですか」


フィリップは次のポーンを前に進めた。


「ふむ。ー 


 君はまだ若い、この手は ー。ほら。」


軍師はフィリップのナイトを横に避け、ポーンを取得。

フィリップの話ははぐらかされたかのように思えた。


「ものには順序がある。ーそして、その取得には手間も暇もかかる。


 ホンモノを得るには、まず己の癖を知ることだ。」


言いながら、軍師は自分のルークを横にずらして動かした。


「それは”私”が、ですか」


「ーみなに言える。 キングには忍耐力もある。

 君はもう少し、その早すぎる手癖をなんとかした方が良いだろうな」


ニヤリ、と軍師は笑って席を立つ。

立って、盤上のポーンを指差した。


「これだよ、フィリップ君。


 ー 成駒(プロモーション)、ということだ。


 恋は焦らず、だよ。愛ならば、それ故に忍耐だ。」


軍師は立ち去りつつ、フィリップの肩を軽く叩いた。



チェスにおけるプロモーションというのは

敵陣の一番最奥に到達したポーン(兵隊)が

成駒し、ナイト(騎士)になることだ。


この行為が、のちに軍師がやろうとしていることとは

フィリップは夢にも思っていない。

成駒、それは誰を指しているのか ー。


フィリップにはまだ、軍師の考えがわからなかった。




「あぁ、最後に。


 ー ”無くても困らない”という長所を生かすか


 ”無いよりマシ”という長所を生かす手法、これは

 

 君の抜きん出たやり方だし、素晴らしい手だ。ー 活かしたまえ」




フィリップは盤上のキングを見る。

そして次にクイーンを見た。



「ー 長所、か...  」




フィリップは頬杖をつきながら、盤上のポーンを見て

気付いた。

(軍師はナイトに”する”つもりなのだな)


さて、騎士(ナイト)はアーサーか

それとも、ルイだったのか


もしくは、そのどちらもか ー。















ルイが転生した朝のことを少し、語ろうか。




ロレンツォは砦での日課、川へ洗濯へ行っていた。

朝は大体5時には起きているし、今日は天気も良かった。


男の所帯で、サスケがアレでは自分がやるしかあるまい。


サスケは変なやつだ。

夜、フラッといなくなる。

そして明け方、フラッと帰ってきたかと思えば

またいなくなる。


けど、国の公共事業だとかなんとか言っては

たまに持ってくる酒や、食べ物は大変助かった。

砦の給料は気楽な分すごく少ない。


そして、ロレンツォはサスケの秘密を知っている。


サスケは転生者だ。


ニポポーン、といった。

そんなふざけた国の名前なんて聞いたことはないが

サスケは時々、その国であったことや

その国の文化を教えてくれた。


”サムライ”という騎士がいること。

”トノサマ”という王がいること。


サスケは”忍者”ということ。


転生前、名乗っていた名は、”ハットリ・ハンゾー”と言った。


どんな仕事をしていたかを聞いたら

サスケは口ごもった。

多分、黒い手だったのだろう。

それぐらい、ロレンツォだってわかった。


けど、ロレンツォにはどうしてもサスケが悪い奴だとは

そんなことをしたくてやっているとは


思ってない。




サスケはアズマルーンの出身だというけど

あそこはニポポーンに似ていると言った。


ロレンツォは東の最果てから来たサスケが全くの異国人で

不思議な雰囲気と飄々とした態度を見て

アズマルーンはそんな人間が多いのだろうと思っていた。


そんなことはない。サスケはサスケだ。

転生する前からそんなやつだ。




「アズマルーンは鎖国してるからな」


「鎖国?」


「他の文化も文明も、入れないってことだよ」


サスケは自分が取ってきた魚のワタを抜き、焼きながら塩を振っている。


「そんなとこから、国抜けってどうやったんだよ」


「え?ー 逃げてきた」


「おい、それ、大丈夫なのか?」



焼き上がった魚から串を抜いて、皿に置く。

魚以外の食事はないが、魚だけは大量にある。

カルシウムを過剰に取れそうだ。



「ま、なんとかなんじゃね?」

サスケは気にせず魚にかぶりついた。


ロレンツォはサスケを見て不思議な気分だった。

自信があるわけでも、ないわけでもない。

いつもそんな態度だ。


そんな雰囲気だが、居心地のいいやつでもある。









軍師はまたフラフラと砦に現れる。

今朝は、自国の砦だ。



約束の時刻



音もなく現れるその男を使ってもうだいぶ経つ。

「そちらの王の動きをー」


「仕事に没頭してる。ー シュナイダー侯爵は次に若獅子を狙う。」


「リゲルーグは」


「平和なもんだ。 王女はこの一両日中にも話を破談する」


「ふむ。ー だが、お前こそ狙われている。

 ー 身辺には気を遣いたまえよ」



軍師は砦を後にした。




去る軍師の後ろ姿を見た後

サスケは川にいるであろうロレンツォの元へ行く。

ロレンツォは膝まで川に浸かり

シーツをザバザバと全身を使い洗っている。


笑っては失礼だが、その姿の鈍臭さについ笑ってしまう。


手伝おうと、サスケも川へ向かった。

川に入り、シーツに手を伸ばそうとしたとき


「サスケ!危なー」

ロレンツォはサスケの後ろから光る

何か武器のようなものが飛んでくるのを見た。

咄嗟に持っていたシーツでサスケを隠した。


あろうことか、自分は川の中の石に足を滑らせ

そのまま川の中へと落ちていった。

投げられた短剣のようなものは

彼らの間を通り抜け川の中へ吸い込まれ

ロレンツォもサスケも無事だった。


サスケはシーツから身を抜いて

手持ちの手裏剣を思い切り、自分を狙った方角へ3回ほど投げた。

大きな音を立て落ちる音だけ聞こえて、静かな川の音だけになった。



「おい!!ロレンツォ!!! ー おい!!!!」



ロレンツォに意識はなかった。

すぐに川からロレンツォを引き上げて、呼吸を確認する。

呼吸はごく浅く、川の水を多少飲んだかもしれない。

身体中をまさぐっても異常はない。

後頭部に、石にぶつけたようなたんこぶがあるだけだ。



そのときー ロレンツォの体が光る。



「?」


サスケはこんなの見たことなかった。

(この光り方 ー、...なんだこれ...)












同時刻、軍師は森を1人、歩いていた。


ふと、後ろから声が聞こえた。

肩下の声を振り返る。







     




       ”審議終了、男気により認可”







(男気? ー ...そうか。 さて急ぐとするか)

軍師の歩く足幅は大きくなった。










フィリップは珍しく泣いた。

どうしても

ヘレナの前では泣いてしまう。


それは、ヘレナがこの国の女帝として君臨した日。



ヘレナは時期宰相と噂されていたフィリップを訪ねた。


「あなた、とっても賢いと聞いたわ。


 そして本を書いたのですってね。


 私、あなたの異国見聞録、好きですわ。


 あなたのお祖父様のお話をよくまとめてらっしゃるもの。


 でもあれはー、きっとあなたのことなのでしょう?


 ー あなたの探しものが、見つかるといいわね 」



ヘレナのそんな一言で、フィリップは感激して泣いてしまった。


あの本に書いたことの真意を、ヘレナただ1人がわかってくれた。


旅を続けた祖父が探していたのは黄金の国でもなかったし

永遠の命を与えてくれる薬の作り方でもなかった。


たった1人の、愛することを

愛されることを余韻の残り香として

いなくなった女の、そんな話だ。



高い理想はいつの間にか自分の探し物になっていた。


理想郷にいるような人かもしれなかった。

妄想のような思いを、そうであればいいのに、と言うような人。


自分が求めるものを、その人が知っている。

我が国の王妃になる。


恥ずかしかった。

でも、同時に嬉しくもあった。


フィリップはその人を 姉のように思うようになった。


だからつい


ヘレナに言われたら


仕方なしに、やってしまう。今までずっと、そうだったように。

これからもそうなんだろう。



反発しても結局、怒られるのは嫌だと思う人。

そして、エルンハストが建国した今

彼女は本当の”王妃”になるのだ。



(やば、もう泣きそう。

 ー 思い出しただけなのに。

 

 けどめんどくさいなぁ、あの人に怒られるのはどうにも苦手だ。

 お小言を黙って聞いてれば、そのうち機嫌も直る、かな)






ほら、ヘレナのお使いに

サスケがやってきた。



「明日、来るから 覚えとけ、野獣」


そう言うと、ドアから入ってきたくせに

ベッドの横を抜けて窓を開けた。


「寒いんだけど」

フィリップはベットの上だ。


「うるせえ、俺はこの匂いが嫌いなんだよ」

片足を窓外にかけつつ、サスケは振り返る。

部屋中に香るは、白檀。


「あの勢いじゃ、このままこの部屋来そうだったぞ」


「それでも私は構わないよ」


「ー その前に、隠しとけよ、それ」



全裸マン、フィリップ。裸族は人間界にもいた。

同性の前でも気にならない。

部屋には誰もいない、フィリップ1人だ。



水槽の中を漂う金魚が、ゆらゆら揺れる。

フィリップはこの風景が好きだ。





サスケは舌打ちしていなくなった。

(ー俺は、野郎の裸なんか見たくねーよ。女の裸が見たいっつーの)









夜風がサスケの酔った頭を撫でる。

見上げた空に、北斗七星が光る。



ルイがまだ酒場で待っている。

教えてやらなきゃな。

北斗七星の神の拳を持つ男の話。



ーあいつは、愛のために闘うんだぜって。ロマンだね。









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