第38話 王妃、ダッシュする

ヘレナとユージーンとカインが何かを””に

たぬきち軍師はカインの側近ヘンリーとこの後の協議だ。




「ー 長い時間はかかったが...よくやってくれた。」

ヘンリーの目から滝のような涙が溢れている。



軍師は胸のポケットからハンカチを出した。

手渡し、ヘンリーの肩に手を乗せた。


「し、師匠〜ぉぉぉぅぅ!!! っぐっ、う゛ぐっ」


たぬきち軍師は困ったような顔をして笑う。


「お前が一番カインのそばで支えてくれたのだ。

 ー お前を誇りに思う。」


「う゛わぁぁぁぁぁ〜〜ぁぁんっ」


側近、ヘンリー。今年で32になるが、泣き上戸である。

自分をたぬきち軍師イチの弟子と名乗り、常にたぬきち軍師と通じていた。

アルデラハンの内情も、カインの動きも

軍師は常に見守り、時に助言をしてきた。だが

表立って会うわけにはいかなかった。

密使を使うことも多々あった。


「泣くな、大の大人が情けない。ー ヘンリー、妻は娶ったか?」


「王にお嫁さんが来るまでは自分は作りません〜」


(...そんなことを言っているから

 いまだに泣きべそをかいているのだ、お前は。)

と、言うか悩んだが身も蓋もない。


さらに、カインに嫁としてヘレナが来るか、と言われたら

それは流石の軍師もわからない。


「...まぁ、色々あるものだ。」

自分だって31で結婚したぐらいだ。

しかもだいぶ年下の幼妻を娶った。


そういう可能性だって、色々、ある。






今回の大騒動(バカさわぎ)もこの2人とフィリップの仕業である。



今頃フィリップは、この王城内で山のような

協議書類と、他国への通知書類、公文書、...

言うのが憚られるほどの仕事の打ち合わせをしているだろう。


彼の性欲オバケたる”スキモノ”は

このハードワークにあるのかもしれない。

さて、次の獲物はどこにいるかな。



場内の人気は戻りつつある。

みな、午前休で城にいなかった。

急なお休みはラッキーである。



兵隊にはエルンハストとの合同軍事演習と吹聴し

必要最低限の人数だけ、割り振っていた。


知らぬはヘレナだけなり。

と、いうよりも

皆、ヘレナに余計な負担をかけずに助けたかった。



彼女の不遇を知らぬ者はいない。

ノンネッセ(存在しない)国の王妃などになり

挙句、女帝にまで祭り上げられ

世界からも”ノンネッセ”女帝と謗りを受けていたのだ。


皆、彼女を自由にしてあげたかった。




だが、ここまで来るに至り

たぬきち軍師は長い間、知略の糸を張り廻らせ続けていた。

その忍耐力とは、並大抵ではない。



「ー 東の最果てでは

 鳴かぬなら 鳴くまで待つ 御人がおるのだろう?」


王城の階段を降りながら、たぬきち軍師はサスケに聞いた。


「あぁ、そーっすね。

 でも、鳴かぬなら 殺してしまう人もいるんで。」


軍師はサスケのその言葉を聞いて小首を傾げた。

なかなか激しい者もいるようだ。

(それではせっかくの獲物も意味がないな... )


「鳴かせて見せよう、って人もいたな、確か」


軍師はおかしそうに喉を鳴らして笑い始めた。


「軍師はどのタイプなんすか」

サスケは軍師をチラリ、と見た。


涼やかな顔になった。

「皆で、真似して鳴けばよかろう」



「 ー ふはっ。」

そんなこと言う人、初めて見たサスケは

嬉しくなった。

(食えないおっさんだよ、まったく。)



「ー お前は、長いことこの国と我が国を繋いできてくれた。

 今後はどちらを選んでもわしは構わん。」


軍師は王城の階段を降り始めていて

朝の日差しが階段に影を作り始めた。


「ー 俺は ー」


言いかけたサスケを軍師は振り返る。





「ー 俺は、ヘレナ様の護衛っすから」


ニカっと笑う。

軍師は何も言わず、階段を降りていった。

(あいつ、いつのまに王妃殿と...食えんやつだ。)













そして場所はヘレナをめぐって協議中の執務室へと、戻ってくる。





「とりあえず、離していただける?」

ヘレナは冷静に、努めて冷静に言葉を発する。


本当はギャースカ騒ぎたい。




「カイン、お前が離せ。」

ユージーンはカインを睨む。


「ーひよっこの王に言われたくないな。

 お前が離せ」

カインは余裕ありげに流し目だ。






ヘレナは辟易している。

あの前王の感動秘話からすでに1時間以上経過しているのに

会話は上記の通り、堂々巡りだ。


正直、こんな超絶イケメンに囲まれていれば

それはもう天にも昇る気分だろうが

口をひらけば互いに罵り合うような状態が続けば

聞いてる方は、自分をほっといていいから

勝手にやってほしい気分にもなる。



「〜〜〜。王”たち”よ。


 ー 私、足が疲れて参りましたし

 お茶も飲みたいし

 その前にお手洗いに行きたく思っておりますの。


 女性にこんなことを言わせるだなんて

 王よりも男性として学ぶことがまだ、あるのではないかしら」



2人はパッと手を離した。


(なんだ、これでいいならさっさと言うべきだった)

ヘレナはフワリとドレスの裾に空気を含ませるように回り

王たちに向かって、お辞儀する。




「ー 私、もう、王妃じゃないの。


 あぁ、女帝だったけど、もう女帝でもないの。


 ふふ。


 それでは、ごきげんよう」






ヘレナはドアへ向かって静々と歩き出す。

カインが声をかけた。





「ヘレナ嬢。ーチェックメイトの次は?」


ピタッとヘレナは動きを止めた。

くるっと振り返る。

マナー違反だが、もう女帝じゃない。




その辺にいる令嬢だ。

ほほえむのではない。

口角を思いっきり上げて笑う。


ドヤ顔だってしちゃうもんね。




「ごめん遊ばせ、私、勝ち逃げが得意ですのよ」

バチコーンとウィンクまでしてやった。





そう言って、ヘレナはスカートの裾を両手で掴み

ダッシュで部屋を出た。


その後、後ろを振り返ることなく

猛ダッシュで廊下を駆け抜ける。


転生前と、転生してから人生初めての猛ダッシュだ。

アンほど早くはないだろう。

けれどとってもとっても自由だ。

ジャンプだってしてやるんだ。


階段だって駆け降りて最後はジャンプよ。

K点越え狙ってやるわ。



朝の王城の廊下を、回廊を

あの裸族の神々にも見てほしい。



ドレスの裾を持ち上げて走る令嬢なんて見たことないだろう。

(私は、今裸族のあなたたちよりも、自由なの)




執務室の窓からヘレナを呼ぶ声が聞こえる。

カインとユージーンだ。



「ヘレナ嬢!ー 朝食はいかがする! 」




見上げて、手だって振ってやるんだ!


「 いらな〜ぁい! 家帰ってサンドイッチでも食べるわ!! 」




皆が振り返る。

それでもいい。

ーいいの、これで、いいんだ〜!!!


息を切らせて走ることがこんなに苦しくて

汗もいっぱいかいて

髪も、多分化粧だって、ドレスだって乱れ放題よ、

きっと走ってる時はお胸ブルンブルンよ。



けど


楽しいの。ー 私はカゴの鳥じゃないもの。

振る舞いなんてもう、気にしないの。


メラニー先生、ごめんなさ〜ぁ〜い!


急に楽しくなってきた。

ランナーズハイかしら。






王城の階段にマリエルがいた。

クレイトンと一緒だ。


「ヘレナ様!!」

マリエルが駆け寄ってきた。


「ふ、ふーぅ、あ、あの、ね、」

息が切れてうまく喋れないけれど

マリエルは背中をさすってくれる。


「どうしましたか」

クレイトンも寄ってきた。


深呼吸をする。鼻から思いっきり吸い込んで

口から吐く。

ちょっと落ち着いてきたみたい。


「私ね、初めてダッシュしましたの。


 うふふ、ふふふ、ふふ、たの、楽しくって、もう。」



マリエルはつられて笑い出した。

「それは、さぞ楽しかったことでしょうね。」


「えぇ、ぶっちぎりよ!

 ー王たちを置いてけぼりにしてきてやったわ!!」





満足そうな顔をしたヘレナは額に汗をかいていた。

マリエルはハンカチを取り出して

ヘレナの額を軽く押さえる。


「ヘレナ様、お帰りは馬車で?

 ーそれとも馬がよろしいですか?」


マリエルはいたずらに聞いてきた。


「馬よ!!」

即答するヘレナに

クレイトンは困った顔をした。


「クイーン・ヘレナ、落馬されては困ります」




ヘレナはクレイトンに小首を傾げて見上げる。

「お兄様?

 ー私、もう王妃じゃないんですのよ。


 ”ただ”の、ご令嬢でしてよ。」


クレイトンはちょっと驚いた顔をして

ほほえんだ。


「そうだった。では、ヘレナ。

 ー 兄の言うことを聞いてくれるかい?

 

 馬で行ってもいいから、相乗りしてほしいな ー」


ヘレナは、兄のお願いにドキッとする。

(ええやんか、それ。)


「もちろんですわ。お兄様。

 ーでは、私はマリエルと」

言いかけた、クレイトンは首を横に振る。


「マリエルは僕の妻だからね、僕と一緒なんだ」


クレイトンはマリエルに微笑みかける。

マリエルは居づらそうにしつつ、顔を赤くして俯いた。



(...はいはい。さいでっか。)

ヘレナは仕方なし。

「ではー、誰と」


クレイトンは顎を少し上げつつヘレナに目配せした。

「?」



後ろに息を切らせ膝に両手をついている男。

ユージーンだ。


「いますよ、あなたの王が。」



(げ、きたのか)



「早いな、ヘレナ。」


額に汗して、追いかけてきたらしい。

息は整い始め、ユージーンはヘレナに笑いながら言う。

襟元の爪を取り外している。


「っはっ、部屋を出たから、トイレ行ったと思って。

 しばらく待ったけど来ないし

 お茶でも飲みに行ったかな、って見に行っても居ないし

 

 ー執務室へ戻っても居ないから


 追っかけてきた」



自分が口にした所、全部回ってきたらしい。

ー ヘレナは嬉しいのか恥ずかしいのかわからなくなる。


”追っかけてきた”の一言で

なんだか、心の奥がヘニョ、と変な音を立てた。


「さぁ、帰ろう? ヘレナ。」










えぇ、正直に白状いたしますわ。

私、あの夜にユージーンに泣きつきましてよ。


王カインに嫁ぐのは嫌だ。

そして

自国を守りたい。


でも、どうすることもできなかったのです。


子供のように泣きじゃくる私に

ユージーンは飽きもせず、ただ泣き止むまでそばにいてくれましてよ。


その時に

王カインとの話をしたのです。

黙って聞くユージーンの顔は、どのようだったのか

それは暗がりでしたし

よくわかりませんでしたけれども

一通り話をした後、ユージーンは言ったのです。



「じゃぁ、俺は国の”王”になるよ。


 ーそれなら、あいつと条件は揃うだろう?」



論点がズレているとは思いましたけれども

にぎにぎもされていましたし

泣いて、泣いて

目も痛かったですし

お腹も空いておりましたし

その、あれです、あれ。


判断力が鈍っておりましてよ!!


今ならー...

.


どうかしらね。


けれど、彼の言葉に嘘はございませんでしたし

それはそれで受け入れていたのかしれませんね。



え?本命は誰か、と?


そこ聞く?



はいはい、お嬢様方、落ち着いて。



えぇ。

私がお慕い申し上げているのは


ユージーン・エルンハスト様でございます。

ふふ。


えぇ。

エルンハスト国の王、ユージーン様を

お慕い申し上げておりましてよ。



カイン様?

あぁ、出会いこそ素敵だったと思います。

初恋は甘酸っぱいものです。

リボンの思い出もございます。


けれど、私は。

いつも見守ってくれ、私を支えてくれて

助けてくれた

ユージーンが



ずっと、好きなのだと思います。




キャッ、言っちゃった。

言っちゃた〜ぁ。

言っちゃた〜ぁ。


ー 誰にも、内緒よ。




でも、なんかこう言ってはなんですけれども

私から申し上げるのって、なんかこう。

いいのですけど、いいのですが



ー 元女帝、 恥ずかしい。




そりゃ、好きなんて

言われたことも言ったこともございませんけれども

どうせなら


と、殿方に、言ってほしい、のです。




わかっていただけるかしら。私のこの気持ち。

だからこそ、

お嬢様方にはわかっていただきたい。



この、自覚をしてしまった気持ちの上で

馬上、2人という監獄の辛さを。

密着度だって、なんだか居た堪れない。





「ヘレナ、もう少し背中をこちらに倒した方が

 姿勢が辛くならないよ」


(わかっているの。ーで、でも)

若干、前のめりで私、馬に乗っているのです。

えぇ、とても辛くてよ。腹筋を鍛えていると思えばこんなもの。


と、思っておりましたらば

ユージーンは私のお腹に腕を回して

引き寄せた。


先ほどまで汗をかいておりましたし

私、自分が汗臭くないかすごく気になっておりましてよ。


ところが、ユージーンは

よりによって


私の耳元でめっちゃ匂い、嗅いどるがな。


ードン引き。ー か ら の。



(〜〜〜〜!!!は、恥ずかしいんじゃ〜!ナンシー!!)

そうだ、ここはナンシーのことでも考えよう。


ナンシーがフィオドア家に入ってから

アンと仲良く色々おしゃべりしたり、2人で何やらしておりましてよ。


私も時々混ぜてもらっていますけれど

この前なんて、私のドレスのためにビーズを縫い付けておりまして

私もお手伝いを申し出たのですけれど

とっても作業が早くって、私なんているだけで邪魔...


邪魔..?


あら?

なんか、腰の辺りになんだか違和感が。


「ゆ、ユージーン?

 なんだか腰に当たって...」


後ろを振り返りまして、私、ユージーンを見ましたの。


ユージーンはなんだかちょっと頬が赤くなっておりましたから

私、どうしたのかと思いまして

彼に聞いたのです。


「ユージーン?大丈夫?

 顔が赤いわ。ー 私にくっついてるから熱いのではなくて?

 馬に揺られて余計に摩擦が...」



「ごめん、ヘレナ。ー あんま煽らないで」


何を煽ったと仰っているの?



「ユージーン、私は腰に何か剣のような棒が当たって」

「だから」

小声で囁くのです。



「ーそれは、俺の。

 ヘレナに興奮してるんだ。」








え、エキサイトされていらっしゃるの?



ユージーンのアレが


エ レ ク チ オ ン 。














未知との遭遇。そして、無知は罪。

















よろしくって?

あの、魔女っ子が言いそうなことを申し上げてよろしくって?










   『  はわわぁ〜ぁぁぁぁ!!!! 』


クソデカボイスでお届けいたします。















え、まって。

ちょっと、お待ちになっていただきたいの。



と、言うことは ー。








王カインが私を抱き寄せ、腰を密着させた時と

同じ感覚。背中に当たる棒が気になっていた。

つまり、カインも ー。



スタンドアップされておられたのね。

(あんな顔して、お前も男だな)



と、殿方っていうのはどうしてこう。

なんというか直情的というか

コメントしづらい現象が起きてしまうのか ー。



私、先ほど

ユージーンのことをお慕い申し上げているなんて

申し上げましたけれども

若干、後悔しておりましてよ。


こ、こ、こんな

お、おっ立てておられる殿方に

自分から告白など、できません!!!



私、ユージーンを見ることができなくなってしまって

しばし、馬のたてがみを見ておりましたの。


耳元で吐息が漏れる。


(私は何を聞かされているのだろうか)


「ヘレナ。ー いい香り」


は、早く家に、ついてほしい。

あと汗かいてるからもう、匂い嗅がないでほしい。


もう、馬から降りてここから歩いて帰りたい。

今ならダッシュかます。



腰に回された手に力が込められる。



「ー 今夜、会いに行ってもいい?」


ぬぅあぁぁぁぁ!

「だ、だめです。ーフィオドア伯爵の」

「了解はとってあるよ。」


「え?」


(あのたぬきジジイ。

 ユージーンの距離感がバグってきたな...)


「ヘレナがいいって言えば、いいって言われた」


なんだ、その小学生みたいな発言。



ヘレナは奥の手を出した。


「フィオドア伯爵だけではなく、シュレーシヴィヒ家の

 父と兄の了解を得る必要があってよ、”王” ー」


ユージーンの顔が


” ス ン ”

となる。


効果はバツグンだ。

多分、エレクチオンもおさまっただろう。




ごめん遊ばせ。

せっかく転生してから、一仕事終わって

ようやく自由を謳歌できる時間ができたんですもの。




もう少し、見聞を広めたく存じますわ。












次は、恋する町娘かな〜ぁ。

ふふ


なんて、ね



















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