第36話 軍師、立つ

マリエルの後ろには4人。

いつの間にか、すでに追いかけられている。

(しくった!見つかってたか。)



この森を抜けるまでは何があっても捕まるわけにはいかない。

自分が時間稼ぎをすれば

拠点はクレイトンたちが押さえてるはずだからだ。


ここからアナスタシアが行った先の

旗が見える。黒と銀の旗が陽にたなびいて、光を帆びた。


(上手く、行ったんだ! グッジョブ!アナ!!)



当初予定していたより、追いかけて来る人数が少ない。

ー と言うことは、多分ネルはやってくれたんだろうと思う。

(すまん、ネル。骨は拾ってやる。)



実はこの計画を立てている際

アルデラハンの参謀であるレイモンド・ドーリアから

接触があった。

クレイトンに報告すべきか悩んだものの

言わなくて正解だった。


レイモンドはネルの幼馴染だ。

つまり、ネルはアルデラハンの国の者として

スパイを疑われる可能性があったのだ。


そんなことはない。

ネルはバッサバサのバリキャリで

男にうつつを抜かしたり、男遊びが激しかったり

男を虜にするような、そんな術を一つも持っていなかった。


むしろ、マリエル側の人間だった。

同志、ネルよ、永遠なれ。ー。



レイモンドから話を聞けば

それはもう、レイモンド、頑張れ。

頑張れ、レイモンド。

お前の恋を応援したい。

ワンコみたいな顔してるけど、お前、野獣なんだな、と言う

マリエルの予想を見事的中させ、かつ

マリエル達のしようとすることをふんわり、知っていた。


「ー なぜ、知っていながら

 情報拠点の制圧に協力を?」

マリエルはレイモンドに率直に聞く。


レイモンドはふにゃ、と笑って、こう言ったのだ。


「だって、うちの王、拗らせ過ぎて

 ヘレナ王妃に嫌われるようなことしかできないでしょ?

 ー 気持ち、わかるんだ」


な、なんて王思いのいいワンコ。

ーと、一瞬思ったがよく考えてみたら

王以下、参謀もちょっとやばい人多いのではないかとマリエルは思う。


(拗らせ...ねぇ)


マリエルは馬上、自虐的に笑ってしまう。

そんな風に笑う自分が一番拗らせているのかもしれない。


人前が苦手だった。

何か、注目されるのも

誰かに自分を品定めされるみたいで嫌だった。


静かにしていたかった。

目立つことは避けて、でもその美しい世界や

禁断の世界を覗くのはマリエルの楽しみだった。


父の仕事の手伝いは自分の天職のようなことだった。

誰と誰がどういった関係性で、どのような趣味・嗜好か

そんなことを調べるのはマリエルにとってみたら

クリスマスのプレゼントを開けるよりも楽しくなった。

表立って動かなくていいのもよかった。


適度にご令嬢に化けるのは

自分じゃない、別の自分がそこにいるような感覚で

彼女達の話を聞くのも彼女には苦じゃなくなった。



(さて、そろそろ本気で森の中で後ろの奴らを片付けなきゃいけない。)



マリエルには剣術のスキルもある。

体術もある。

頭も顔も良い。

お胸はない。そこは本人は気にしていない。これはステータスだ。

けど、自分には”自信”がなかった。



一言で言えば、お胸がないだけの最高の女だ。



マリエルは森の開けたところへ誘導し

馬を大きく旋回させると同時に

フードを被り直した。


(4人ー、1人は左利き。

 後ろの2人は要注意だわ。ー あいつら強い。

 前にいるやつは...そうね、お尻かな。)


マリエルは馬をまっすぐ4人に向かって走らせた。

4人は綺麗に半分真ん中で二手に分かれる。


その瞬間に両脇の空いた空気を剣が唸る。

マリエルは馬から立ち上がり

半回転しながら、飛んだ。

と、同時にマリエルのフードに敵の剣がかすった。

マリエルの剣の柄が両馬の尻を思い切り叩く。

マリエルの持つ剣は剣ではなく、鞭だった。


鞭はしなり、蛇が不規則に蛇行するごとくに

2頭の馬の尻を引っ叩く。


瞬時に2馬はクールベット(二本足で馬が立ち上がること)して

乗り主を振り落とした。

(ごめんね。)


マリエルの後ろから二手に分かれたもう2人が

馬を旋回して剣を振りかざし、向かってきた。彼らは

急な動きにも動じることなく、背負っていた盾を構えていた。

マリエルは着地していたが、逃げ場はない。


1人なら対応できるが、2人となるとこれは...


(あー、これ、死んだわ...)

マリエルの脳裏に走馬灯が本当に走った。

その瞬間、なぜだかクレイトンがほほえんだ画像が出てくる。

(なんでだっ、ちがうだ、ろ...)


1人が、馬上から落馬した。

何事か確認する前に、もう1人落馬した。


自分じゃなくて、崩れ落ちていく二人の後ろから

クレイトンが馬上でほほえんでいた。


マリエルは呆然としている。

思わずその場にへたり込んでしまった。


マリエルの少し手前で馬から降りて来るのはクレイトンだ。


「お疲れ様。マリエル」

言いながら、クレイトンはマリエルの前に

一緒になって座った。



「...た、隊長、なんでここに...」

マリエルは目の前の人が、なんでいるのかわからない。



「奥さん、一人にして置けないでしょ。」


「ー へ?」


「僕はね、愛妻家なんだよ、マリエル。」


マリエルの頭はますます混乱している。












3年前までは、二人の間には何にもなかった。


クレイトンとマリエルは直接話をしたことがない。

上司と部下、それだけの関係だ、

任務の詳細の話は、いつも別の人がしてくれるし

終わっても特に何か言われることもない。



マリエルはよく働くし、問題もない。

むしろ、仕事内容を十分に把握して

私情が入ることはない。


機密を扱う以上、私情が入り込むことが

この仕事にはよくあることだ。

彼女はそういうことは一切なかった。


彼女が機密部隊に入隊して1年目の冬、事件が起きた。

その年、任務で娼館にいたマリエルは、背中に剣を受ける。


機密部隊の隠れ家にしている娼館で

客と娼婦の間で、痴情のもつれによるいざこざが起きたのだ。

この世界ではそれも日常茶飯事ではある。


客は大商人の息子だった。

あさましくも、男は剣を振りかざして

娼婦を切りつけようとした。



マリエルは娼婦を庇った。


本人は背中の傷の割にはあっけらかんとして

「嫁に行く予定もないし、いいんだ〜」

と、笑った。


それどころか、剣で切り付けてきた大商人の息子を

うまいこと丸め込んで、今では立派な情報屋として使っている。



だがそれから、クレイトンは彼女を目で追うようになる。


彼女は、その見た目に反して静かな人だった。

大輪の芍薬のような雰囲気を持ちながら

立ち居振る舞いは、非常にさっぱりとしたものだった。


(彼女から”女”をあまり、感じない)



アルフレートがクレイトンを訪ねてきた時

マリエルは身じろぎせずに、じっと見守っていた。

本人が去ると、何事もなかったかのように動き出す。

それは、他の騎士であっても同様に行われていた行動だった。


最初は騎士団の誰かに思いを寄せている者がいるのかと思ったが

どうやらそうでもないらしい。


ただ、見ているのだ。

そして、対象がいなくなると自分もそっといなくなる。

騒いだり、顔を赤らめたりは、しない。

何か頷いている時もあった。


(何をしているんだ ー?)



そしてとある日、クレイトンはマリエルの独り言を聞いてしまう。

「カプ的な判断をする前に、もっと背景も必要だわ..

 推しが〜で、ーだから今日も世界は尊いわ...」

何やらボソボソ呟いている。


(カプ? 背景? ーおし??

 なぜそこで世界が尊くなるんだ ー)


クレイトンはますます、マリエルから目が離せなくなる。


マリエルが機密部隊の報告を終えて

一旦家へ帰ろうとした時、クレイトンはまたマリエルを見た。

今度は父である軍師を見ていた。

( ー? 今度は父か?!)


クスッと笑って下を向いて歩き出すマリエルに

クレイトンは胸騒ぎを覚えた。

何だか、とっても嫌だった。

彼女が誰か違う人をじっと見ているのも

それで何か思うところがあったとして

笑うのも、何だかイライラした。



クレイトンはすぐに自覚したのだ。

その翌日、マリエルには新しい任務が下る。

それは、先ほど父との協議で決まったことだった。


初めて、クレイトンはマリエルに声をかける。



「明日から、アルデラハン行ってほしいから

 僕と結婚して」



(ーしまった。”結婚して”、はないな ー)

クレイトン、人生初のやっちまった案件である。


我ながらなんと、”消しゴム貸して”並の気軽さで言ってしまった。

もっとこう、ー ロマンチックだったり、花を持って

心を深めあったりするーものだろう。


マリエルはポカン、としたが

「了解です」

と、一言だけ残してアルデラハンへ発った。



(ー...それは、結婚に?アルデラハンへ行くこと?

 それともどっちも?)

クレイトンはマリエルの後ろ姿を見ていた。

あの背中に傷がー。


マリエルの言った言葉が頭を巡った。

『嫁に行く予定ないから』


またイライラし始めた。

(そうか、じゃぁ結婚しちゃおう)


その発言から三日後、マリエルはフィオドア家の人間になった。

急転直下の出来事に、父軍師は息子が誰と結婚したかすら

その名前もうろ覚えであったという。











「は」

マリエルのポカンとした顔が可愛らしい。

もっと近付きたい。

もっと、顔を見せてほしい。



「僕だけ、見てよ」


クレイトンは口に出していた。


マリエルの丸い目がますます丸くなって

それからどんどん赤くなる。


(かわいい...こんな顔、するんだ...

 ほっぺた赤い。ー 触っちゃえ。)

クレイトンは、マリエルの頬に手を触れた。

赤い頬は熱くって、瞳は綺麗な浅葱色。

唇は小さくて自分の親指だけで隠れてしまいそうだ。

気付けば、その唇をフニフニ触っている。


(僕もユージーンのこと言えないな...)


ふ、と笑ってしまった。

正直、この気持ちがよくわからない。

けど、なんか彼女のことは誰にも渡したくないなぁ、と思ったら ー


紳士らしくないのは認めるよ。

順序も守ってないよ。


あぁ、でも彼女は僕の妻だからね。



彼女の唇を奪ってしまっても、いいんだ。











マリエルの脳内では

どこかの呪いで術式が行われているのだろうと判断され

そのすべてに抗うのはそれこそ無駄・無駄・無駄、と

マリエルのスタンドも言っていた。




隊長がほほえみながら自分の頬を触ったけれど

その前に何っつった?


これは何かのフラグ?



私、死ぬの?




アルフレート様に殺される?

『俺のに手出したらどうなるかわかってるのか』

とか

『お前を殺して、クレイトンには首輪つけておかなきゃな』

とか

そういう...。


え?



「隊長、ちか、近い、ちかっ!!」


   『 ! 』


ぷに、ですって。




これが、世界七不思議のひとつの ”接吻”...

まさか自分が、これを知る日が来るとは...

目は閉じなかったぞ、閉じたら負けだからな。

れ、レモンの味ではないぞ、同志。

同志、頼む、そんな蔑んだ目で見ないでくれ。

裏切ってなんか、ないんだ〜ぁ。

これは何かの夢、幻に違いない。



あれ、隊長が見てる。

私の後ろになんかある?背後霊?

般若の顔したアルフレート様?


...?




「ねぇ?ー”カブ”ってなに?」









ー 同志よ、私は人間をやめなければならないようです。

(隊長、カブではござらん。発音が食べる方の蕪になってるでござる。

 正しくはカプ↑)


マリエルもまた、銀河の外に神を見たようである。



この声が聞こえますか、脳内に直接問いかけています。

腐海を知らぬその純粋な眼を持つ、男性よ、聞きなさい。

この世界には知ってはならぬことが、あるのです。

知れば、二度とその純粋な心は戻ることなく

逆に嫌悪と動揺の海を漂うことになるのです。


あぁ。神よ。

私は何と答えれば、良いのでしょうか ー。




「ふふ、マリエル、いつもアルフレートとか

 他の騎士を見てたでしょ?


 ー 僕のことは、見てた?」


クレイトンは長い足を体育座りさせて

膝に腕を組んでいる。顔をその中に埋めつつ

目だけ、マリエルを見ている。


『 〜〜〜!!!!!

  なっんという案件! え、エッッロ!!!! 』

マリエルはリアルに鼻血が出そうだ。


(この発言は私に言ってる?ど、どうしよう、あの。)


「み、見て...ます。」


(お〜!!なんで正直に言うんじゃ〜!!!!

 違う〜!今すぐ否定せよ、我、否定するのだ!)


クレイトンは嬉しそうに笑って

マリエルの頬に触れる。


「よかった、..急に結婚なんてしたから

 多分わかってないだろうし、僕も悪いんだけど」


(え?なに、政略結婚のこと?任務結婚か。)

マリエルは何だか不安になる。


(何、離婚?されちゃう系? 

 断罪的な?

 アルデラハンの任務はこれで終わりってことかな。)

マリエルは何となく、察した。

クレイトンの申し訳なさそうな顔はきっと

結婚したことに対する後悔で、さっきの接吻は

こんな私に対するちょっとした慰謝料みたいなもんだろう、と。


「だから、ーこれから、お互いを知っていこう?」


「え...だって、結婚は、任務の間だけじゃ...」


クレイトンは悲しそうな顔をして、頬から手を離す。

「やっぱりそう思ってたんだ。」


なぜだろう、胸が痛い。

マリエルはクレイトンに恋などしていない。

多分、これは誰かを無責任に傷つけてしまったような罪悪感だ。


「あの、隊長。ーごめんなさい、私、あの...」

何て言えばこの気持ちが伝わるだろうか。

正直に言ったって、多分気持ち悪がられるし

嘘をついてしまうのは、結果、クレイトンを傷つけるだろう。



ークレイトンはマリエルをちょっとだけ見てから

 呟くように言った。


「僕は、君を好きだと思うんだ」


( ? ーこの人、何て言った)

マリエルはクレイトンを思わず凝視してしまう。

目の前の御供物が、何か仰った。


(私を、好きだ、とな?)


あぁ、隊長は目が悪いんだな。

それか、あれかな。義妹が輝きすぎてるから、あれだ。

毎日ステーキ食ってるから、たまにお茶漬けサラサラ食べたいのかな。

話をしたこともないのに、おかしいだろ。

なぜ、そこで隊長が顔赤くして足の間に顔埋めるんだ。


マリエルの中に何かが弾ける。



(か、かわいい...!!!!!!これは ー)


やばいやばいやばいやばい。

この人、めっちゃかわいい。

なんかもう、反則だ。あざとすぎる。

そこもいい!!

あれ、耳も赤い。え?こっち見てる。



「君にも、好きになって、ほしい。」



ー 同志よ。

謝らせてくれ。

私はどうやら、腐海の中で光り輝く”鶴”を見つけてしまったようだ。

そして、私はこの”鶴”に恩返しという名の、奉公をするべきだ。



すまん。


マリエル、恋、始めます。ー



「隊長。ー わ、わわ私、でよければ、あの


 お手柔らかに、お願いします。」


土下座した。

初心者あるあるである。



「ふふ、何で土下座なの?ー 僕こそ、よろしくね」




まぁ、接吻するよね、二度目の。

しかも若干、大人めの接吻だよね。



チュウはチュウでも作戦中だぞ、何してんだ。

隊長がこれじゃぁ

機密部隊の先陣切った娘たちがアレでもやむなし、か?



お嬢様方、どうかクソデカため息と同時に

舌打ちという祝砲を、マリエルに打ってやってほしい。

末永く爆発してどうか腐海に身も心もその骨すら沈めばいい。

簡単に堕ちやがって。






















「時間だ」



ルイはフードを目深に被った。

マリエルの馬だけが来た。

マリエルは馬に乗っていなかったが、クレイトンと一緒だろう。


クレイトンたちはすでに情報拠点を制圧したと

先ほど連絡がきた。



これは合図だ。




ここからルイの作戦は開始する。



静かに今、馬上となる。

そっと手のひらを出し、サスケのまじないをした。


サスケはいつも適当だけど

こういうことは嘘をつく人間じゃない。

ー きっと、効く。



沸々と湧くこの気持ちは何だろうか。




自分が落馬したあのときとは状況は違うが

森を、往く。

朝の風が心地よい。


心臓は高鳴る。


今のルイには程よい緊張感で

これから始まることにワクワクしている。




父はすでにアルデラハンのどこかにいる。

昔から、どこへ行くのか教えてくれるような人ではなかった。

けれど、ヒントはくれた。




自分が転生してから

一度だけ、父に手紙を書いた。

あのとき、サスケから聞いたこと。

『アルデラハンの王がヘレナ様を狙っている』

と。

その意味は自分の思う内容だけじゃなく

自分の妻にまでするというから驚いた。



クリスタルを割られぬように、父は動いていたはずだ。



そして、自分も父の動きをここからいつも見ていた。


この作戦の名前、知ってる?

ヘレナ様がつけたんだ。


「ミッソン ポッシボー」って言うんだ。


すごいよね、俺には思いつかないよ。


俺だったら普通に”ミッション ポッシブル”って言っちゃいそうだ。

サスケなんて、帰ってきてからずっと思い出しては

ゲラゲラ笑ってさ。

ー 俺も笑ったよ。






みんなが、笑っていられますように ー








ルイは中腰になり馬の手綱を引き締めた。





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