第35話 女たちのララバイ

3頭の馬に乗った娘たちは一斉に走り出す。

各々楽しげに声を上げ、笑いながら。


令嬢たちの無邪気な笑い声は辺りを照らす光のように

眩しく、朗らかだ。




ー かと、思ったら

3名が皆、あさっての方向へ馬を走らせ始めた。




3人の娘はどの娘も姿かたちは同じ髪型、同じドレスに

同じ靴。同じ馬に、フードのついた足先まであるマントを羽織っている。

心なしか、顔まで同じに見える。



完全に一杯食わされた。



尾行は1人、追う対象は3人。

アルデラハンの諜報者は、焦ったに違いない。

やむなし、一番近い娘を狙った。



自分の馬を娘に近づけたそのとき。

取り囲まれた。

剣が四方八方から突きつけられている。


「ー 悪いが、しばらく我々といてもらおう」

ヘレナの騎士、アルフレートと騎士たちだ。


娘はそのまま駆けていく。

(やっふ〜!! アンネリエッタで〜す!

 一匹仕留めたわよ〜。騎士の中にめっちゃイケメンいた〜!!

 ”つけま”しといてよかった〜。)



アンネリエッタは、機密部隊の中で

最もずば抜けて記憶力が異常に良い。

一度見たことや、一度聞いたことは決して忘れない。


だから、一番先にその諜報者を見る必要があった。



(奴は、アルデラハンのお抱え小間使いのラドルフね。

 ーよし。)


アンネリエッタの馬はさらに速度を増した。

この草原の先、50メートルにはそろそろ

西からネルが来るはずだ。



見えた。

ー ネルだ。



すれ違うネルと、アンネリエッタは

先ほどマリエルからもらったポプリの包みが入った小さなバックを

手渡しながら言った。



「今日は快晴よ! ー お弁当はサンドイッチとアンドゥイユ!!」

(今の所問題なし!ー尾行してた間抜けはラドルフだべ)



「メルシー!!」

(ありがとサンキュー!!)



アンドゥイユとは豚肉の燻製ソーセージのことだ。

おフランスでも”間抜け”のことを揶揄して、そう言うことがあるらしい。




ネルはアンネリエッタが走ってきた方向を

左に90度方向転換して馬を走らせた。

行き先は、アルデラハン第二の情報拠点だ。






ー3名のうち、一人、アナスタシアもまた、馬を走らせている。

この牝馬はアナスタシアの家から連れてきた最高の馬。


なぜならこの馬の出産に立ち会ったのはアナスタシアだ。

丹精込めて育てた馬のデビューでもある。

アナスタシアは馬の扱いには誰よりも長けている。


実はアナスタシアのこれから行こうとする場所は

地理的に見て一番の難関でもあった。


岩間を縫った先、小高い山のような情報拠点。


アルデラハンの中で見晴らしのいい場所だ。

異常があればここから知らせが城へ行く。

当然、城も見える。


アナスタシアの役割は

この場所の”旗”だ。

異常を知らせる旗を隠すのが第一である。


そして、その任務はまず

そこへ辿り着くことだ。


通常の馬ならば、この先の岩場を抜ける前にへたってしまう。

乗馬において必要なのは、馬との呼吸だ。

呼吸を合わせてタイミング良く

その馬と一体になることが必要だ。



この任務を最初に聞いた時は

「無理」

と、一言先に言ってしまった。


岩場もそうだが、この情報拠点には常時3名の騎士がいる。

倒してもいいけれど

アナスタシアはそこまでの”力”はない。

騎士3名を相手にするのは、女性としてはなんだか

両手になんとやらだが、任務ではちょっと厳しい。


ー そしてそんな心配を払拭してくれたのはクレイトンだった。


「大丈夫だよ、お土産あるから」


(隊長信じるか〜...。人使い荒いだろ、あいつ。)


アナスタシアは一旦、馬の首を撫でながら落ち着かせる。

そして馬から鞍を外した。重りは外しておいたが吉。

「ジャイロ、いい?ー これから、岩を駆け上がるよ。


 ー 大丈夫だよ、お前が一番上手に駆け上がれるんだ。


 さぁ、私をあのてっぺんに連れて行ってくれる?


 よしよし、いい子ね。ー


 ー  ッドゥ!!」



ジャイロは鮮やかに駆け上がる。

まるで飛ぶようだ。

アナスタシアもできるだけ馬の負担にならぬよう

体を低く構えている。


4回ほどの力強い跳躍と、絶妙なバランス感覚。

アナスタシアの呼吸と、馬は今、一体となっていた。


登りきった。


岩場を駆け上がった先に、情報拠点となる小屋があった。



(ー あそこね)



アナスタシアは馬を撫でくりまわした後

馬から降りて、マントを脱ぎ

小さなバックとお弁当の入ったカゴを持った。


歩きながら、乱れた髪や服装チェックだ。

(オッケー。私は、イケてる)

暗示をかけている。ー かけなくても、イケてるよ。



小屋の扉の前に立つ。

コンコン。


ドアが開かれた。

「 ? レディ、どうしました?」


見慣れぬ騎士が立っている。

(これは、新人。ー先月から配属か。)

アナスタシアはニコニコしながら

それでもちょっと困ったように言った。


「私、ここに咲くと言われている珍しい

 花を摘みにきたのですけれど、従者とはぐれてしまったのです。」


ウルウル涙目だ。


男ばかりの小屋に、美しい令嬢風の女性が来れば

そりゃもう、どうぞどうぞ、小屋でお待ちなさい、だ。


小屋に入ると、騎士としては若干身なりが崩れた男性が

二人、カードに興じていた。

(暇だもんね...。あれは賭け事好きのロルフ、19歳。

 この情報拠点の拠点責任者のダンケルは..あぁあれか。

 25歳独身、好みのタイプは気の強そうな悪女風。

 好きな食べ物はサンドイッチ、と。よし。)


だが、アナスタシアはこれから起こることの方が

彼らに同情に値するような思いになっていた。



「さ、おかけください」

テーブルから椅子を持ってきてくれたらしい。


先ほどの新人騎士だ。ー なんかデレデレしている。

アナスタシアはほほえんで、着席前に小首を傾げて感謝を述べる。

他の二人の騎士もなんとか体面を保とうと、姿勢を正して立っている。


一瞬、座ったがアナスタシアは顔を上げて

小屋の扉を振り返る。


「あら?今、何か音がー。」

騎士が扉へ向かう。

扉を開けるが、何もいない。


その隙に、アナスタシアは部屋の内部構造を確認している。


「レディ、何もありません。大丈夫ですよ。」

責任者のダンケルは安心させるように言う。


(あー、こんな出会いじゃなきゃ相手もしてあげるのに)

「ありがとうございます。ごめんなさい。でも、私...

 ーとっても不安で...」


騎士3名は、アナスタシアを取り囲んでいる。

不安を訴える令嬢をなんとか元気づけようとしてくれている。


「レディ、お名前をお聞きしても?」


ダンケルはアナスタシアに片膝をついた。


(恋は気ままな鳥だというけど...)

「エリー、と申します。」

わざとか細く言ってみる。オプションで、手も少し震えさせた。

注釈は必要ないだろうが、アナスタシアの”エリー”は偽名だ。

源氏名は”カルメン”だ。ー本人は存外、情熱的なのかもしれない。



ダンケルのその表情は、...うんうん、キテるよ。

いい感じだ。一度、夜会で声をかけられたことがあるが

ダンケルは覚えていないらしい。ー 男ってそんなもんだ。


「エリー嬢、お茶でも飲んで落ち着きませんか?」


(無駄なことよ、呼び寄せることはあなたにできない)

ー このシチュエーションは恋が芽生えたっていいものだ。



アナスタシアはちょっとだけ笑って目尻の涙を見せつつも

そっと膝に置いていたカゴをテーブルへ置いた。


「お心遣い、本当に嬉しいですわ。

 騎士様に守られているなんて、大変心強いです。


 ー 私、サンドイッチを今日持っているのですが

 皆さんでお召し上がりになってください 」

(私は恋を飛ぶ鳥なのよ、ごめんなさいね。)


彼らの目つきが輝いた。

ダンケルは超喜んでいる。

「おい、レイモンド、すぐに茶を用意しろ、ロルフ、皿を。」

「は」


新人のレイモンドは小屋の小さな台所に立つ。

ロルフは横で皿を用意し始めた。

ダンケルはチラチラと、アナスタシアをみる。


(わかってるわ。ーほほえんで差し上げるわ。

 一人がおしゃべり、片っぽが無口なら、私は別の男を選ぶけど。)


ニコッと笑うアナスタシアを見たダンケルは

すぐに顔を背けて視線を外した。ーが。


アナスタシアは追い込みをかけた。


「私、何かお気に障ることをしたかしら..」

お胸が寄せられた。その谷間に落ちたものは何でしょうね、お母さん。


「 ! 」


必殺、そんなに私を見て気になっているなら

声をかけてもいいわよムーブだ。

ダンケルは慌てて顔を戻して、言い訳する。


「え、いや、あの、違います。エリー嬢。

 ー あなたのような美しいご令嬢がこんなところへ

 いらっしゃることが不思議で、その。」


(あぁ、それ以上はだめ。私を飼い慣らすことはできないのよ)

アナスタシアはほほえんだまま、カゴを開いた。


「サンドイッチにはローストビーフと

 チーズ、そしてアンドゥイユがございます。」


「ーなんと!」

(えぇ、知ってるわ。あなたの好きなソーセージよ。)


3人がアナスタシアを背にテーブルに用意を始めた。

その後ろで

アナスタシアは小さなバックからマリエルに渡された包みを取り出し

そっと、青のリボンを解いた。


(あ〜ぁ、ざんね〜ん。また、どこかでお会いしましょうね。)


包みから出されたものは黒い玉のようだ。

手のひらに持ち、ぎゅ〜っと握りしめた。

すると、球はモクモクと煙を急速に上げ始める。


天井に投げつけた。


アナスタシアの姿はすでに、ない。


(未確認物体X(ゴキブリ)退治みたいだわ...)


ドアの外でしばし、待機。

中から慌てた声が聞こえるが1分もたたないうちに

バタバタと倒れる音がした。

内1名はドアを開けようとしたが、アナスタシアはこれを阻止。


静かになる頃


アナスタシアはバックから綿を二つ取り出して

鼻に詰め込む。そして、ハンカチを鼻と口に巻いた。

(この姿は誰にも見られたくない...)


そーっとドアを開けると

3人の騎士は皆、倒れている。


クレイトンがルイを通じてマリエルに渡したもの、それは

ー 強力睡眠導入煙だ。これを30秒でも嗅ぎ続けたら

  半日は起きないし、起きたら起きたでひどい二日酔いと

  記憶の損失が待っている。


アナスタシアは急いで部屋中の窓という窓を開け

ドアを開けっぱなしにした。



気持ちよく寝こける3名の騎士をアナスタシアは申し訳なさげには見たが

手際よくまとめて綺麗に簀巻きにした。

ダンケルの首に、青いリボンを付け

頬にはわざと口紅がつくように、口付けた。

(あなたのカルメンを、探してちょうだいね)


「ー さ、てと。」


アナスタシアは情報拠点の一つを制圧完了の証に

旗をあげる。

我が国の旗だ。


黒と銀の旗が、風に靡き、はためいた。



(あとは頼んだわよ ー)








アンネリエッタはそのまま馬を走らせる。

陽が登り始めた。


着いた先はアルデラハンの騎士の寄宿舎だ。

しかし、現在この寄宿舎の騎士は皆出払っている。

東のマリエルの行った駐屯地で演習中のはずだ。


だが

情報拠点には一人、大男の騎士がいる。


名をダンテと言う。

まぁ大層な名前だ。

その通り、強く逞しい躯体を持ち

生真面目な性格で融通が利かない男で有名でもある。



この任務の役割分担を聞いた時

そんなのアンネリエッタからしてみたら

大好物なのに、男どもはそんなことも知らないのか、と

マリエルはほくそ笑んだ。



アンネリエッタはダッシュで情報拠点の部屋に入る。

彼女の特技とするのは記憶力だけではない、ー 体術だ。

とにかく身軽で、羽のように舞ったかと思えば

次の瞬間には腕をとられる。


これにはクレイトンもお手上げだった。



だがー。


先んじてお伝えしておくと

アンネリエッタの体術は別の意味で生かされる。


アンネリエッタはニッコニコだ。

マントを脱ぎ捨て、手にはマリエルの贈り物。




「 ダンテさまぁぁぁぁぁぁ〜ぁぁ!!!!!!! 」





アンネリエッタの本命攻略者(エモノ)はダンテだった。


「うわ、またきたのか、アンネリエッタ...」


そう。

彼女は毎日、同時刻にダンテの元に通う女だった。

この2年間、彼女はダンテに恋をしていた。

朝早く来るのには理由があった。

ダンテの朝練を見たかったからで、ある。

真面目なところも、おっきな体も

つぶらな瞳も、本当はとっても優しいところも。

彼女の任務はマジ恋相手だった。

だが、アンネリエッタは分を弁えているつもりでもある。


(どーせ嫌われるんなら...!!)

目にも止まらぬ早技で、アンネリエッタは

ダンテの胸元に飛び込んだ。








『 ぶっっっっっぢゅうぅぅぅぅぅぅぅ! ジュル。 』










なんと熱い接吻だろうか。

あと、最後のジュル、が何の音かは各自類推されたし。


女性からこんな接吻をされたら

男、ダンテは引き下がれない。

だがここは情報拠点の大事な箇所で

自分はここを任されている。

しかし、だ。

未婚の婦女子に唇を奪われるだなんて、男ダンテ、一生の不覚。

これを引き剥がすだなんて、それこそ男の沽券に関わる。

どうする、ダンテ!?



 『 〜〜〜〜〜〜〜〜〜! 』




ギッチリ、口付けあった。

なんかもう、どうでもよくなってしまった。

アンネリエッタの唇は気持ちいいし、なんかいい匂いするのだ。

違う。違わないけど、違う。


毎日会いにくるアンネリエッタは

騎士の間でも有名なぐらいすごく可愛いし

彼女の真っ直ぐさも、自分が適当にあしらっても

めげずに会いに来るとこも、彼女の思いやり溢れるところも

全部、もう、大好きだった。




喜んだのは、アンネリエッタだ。

(キタコレ!!!)



もうお互い爆発興奮状態だ。

ここが王都の公衆の面前であっても

川辺のほとりでフナが見てても

王の真ん前であっても(は、多分ダンテは嫌だろう)

二人は他の何も目に入らない。





さぁ、出来上がった二人を邪魔してはダメだよ、お嬢様方。



お熱い二人はそのままに、部屋を後にしようじゃないか。



え?

マリエルの送った贈り物の中身?

あぁ、あれね。

彼女にはまだまだ現役で頑張って欲しいものである。

なので心ばかり、障壁を用意したのさ。

男性用、樹液製皮膜小型の装着防具だよ。



存分に励みたまへよ、若者。

君たちの未来は明るい。




(一挙両得!!つけまつけといてよかった〜!!)

アンネリエッタは大きな腕に抱きしめられながら

ダンテの胸に顔を押し付けた。












同時刻。

ネルは後悔していた。

(言いましたよ、何でもいいですって...言ったけどこれ...)





「あ!!ネルさん! 来るって聞いてたんで待ってました!!」


情報拠点の中から出てきたのは

ネルの幼馴染の年下男子、レイモンドだ。

アルデラハンの中で二番目に大きな情報拠点の責任者であり

軍隊の中では参謀のうちの一人だ。


「あー、...うん。」

(誰だよ、通達したの。...マリエルか...あのやろ)


この年下男子、犬属性のいわゆるワンコ系ネル大好きっ子だ。


年下と言っても、26にもなっている。

ネルは今年29だから、お互いいい年した大人でもある。


ネルは一度結婚している。

レイモンドの兄だ。

だが、レイモンドの兄は虚弱で結婚してすぐ亡くなった。

結婚式も挙げず、初夜だって済ませなかったが

ネルはそれでも満足だった。

ネルにとって、初恋の相手だったからだ。


当時16で結婚して、16で未亡人となってから

三年が過ぎようとした時

弟のレイモンドが急激にネルに恋のアタックをかけてきた。


でもネルは拒否し続けた。

挙句、逃げるようにしてヘレナの国へ移住した。

そして特技が評価され、機密部隊の一員として

バリキャリコースを邁進していたのだ。



(で、このザマかよ)


ネルは心底、舌打ちを連打した。

(よりによって一番会いたくないヤツ)


レイモンドはすごく大人になっていて

会うのはもう10年ぶりだ。

実家のアルデラハンにさえ、帰っていない。

会えば、レイモンドとの結婚を進められるだろうし

もう忘れろ、とか言われるのは嫌だ。



「ネルさん、会いたかったです。本当にー。」

駆け寄ってくるレイモンドに、ネルは任務を思い出す。

(ー、殺すか)

冷たい女と言われようが関係ない。

任務を ー。


そう思ったらレイモンドは

いきなり馬に乗ったままのネルの腰を持ち

馬から下ろした。


「はっ!?」

そのままレイモンドはネルを肩に背負うようにして

歩き出した。

ネルの上半身はレイモンドの肩を軸に背中側へ折れ曲がる。



レイモンドの背中にネルの頭はぶつかりそうだ。


「ちょっと!!何、下ろして!」


ネルは両手をレイモンドの背中に向け叩く。

スタスタとレイモンドは歩いていく。


「ダメです。下ろさないし、もう、逃さない」



「は?」







部屋の中へ入った。

部屋の中は情報拠点の割には、いろいろな調度品もあった。


その奥の部屋にそのまま連れていかれる。

ベッドのある部屋だ。


そこでようやくベッドに下ろされるが

ネルは頭に血が行っていたからか

クラクラしてベッドにそのまま後ろへ倒れてしまう。

すかさずレイモンドがネルに馬乗りになる。

両腕がレイモンドの足で抑えられている。



ネルを見下ろしながらレイモンドは言った。


「もう、逃がしませんよ。 ー ネルさん。」


「それは、どういう...」


クラクラする頭を何とか持ち上げて

馬乗りしてるレイモンドを睨むようにして見上げた。



「僕から、離れられなくします。」


すっごいニッコニコだ。


レイモンドは騎士服の襟爪を外しながら言う。

ふと、手を止めて思い出したかのようなポーズをとって

ネルを見下ろしてまた、笑顔になった。

「あぁ、そうだ。ー あなたがこの国を出てから

 僕はずっとあなたを追跡し続けてましたから

 ”今日”もどんな用事で、僕のところへ来たのか知っています。


 ーでも、あなたが僕から離れないって約束してくれるなら

 ”今日”は情報拠点として、何も動くことはないと約束しますよ。」



さすが、アルデラハンの参謀。ストーカーぶりが半端ない。

アルフレートもびっくりだ。

そしてネルたちの動きも見抜いていたらしい。



ネルは睨んでいる。

(畜生が。ーこんなの、脅しじゃないか)


そしてネルの手を取り、口付けながら

甘やかにほほえんだ。

「それとは関係なく、僕はあなたを愛しています。

 ー ずっと、ずっとあなただけを想っていました。」



ネルはその言葉に思わず手を引っ込める。

もう、頭のクラクラはない。

違うクラクラが襲ってくる。

(あ、ああああああ愛?!)


だが ー。




ゆっくり覆いかぶさるレイモンドを、ネルは押し返そうとした。

耳元で、レイモンドは囁いた。



「兄のことを忘れろだなんて、言いません。

 ー 僕で、上書きしますから。」


耳元で囁くレイモンドを見てしまった。目が合う。

(ー こいつ、いつからそんな...)

唇が触れた。




「へへ。ネルさん、かわいい。ー 好き。

 大好き。 ー 僕だけのものになって。」


ネルの意識は銀河系を超えた。神域で、ある。

29歳、喪女。年齢イコール彼氏いないがほぼほぼ当てはまる処女。

キラキラ光る、軍の参謀(幼馴染)がネルを求めている。


今日、初めて思考を放棄し、”ま、いいか”と思った。


(マリエルめ。あいつ、後で絶対シメる)



「あ、ネルさん。ー 僕、おっきいんだ。

 時間はいっぱいあるし、優しくしてあげる。

 いっぱい上書きしてあげんね。 ー」




「???????????????????」

(な に が お っ き い の)








 ー 南無。





















マリエルの馬はアルデラハン最大にして、重要な情報拠点へ向かっていた。

今の所、追手らしきものはない。


だが、用心に越したことはないので

マリエルは敢えて馬を一旦、落ち着かせた。




(ここからだ、ここから本番だ)



多分、みんな上手くやっているだろう。

ヘレナ様は私に言った。

『女性ならではの戦い方をしましょうね』


そう、ここまではマリエルの作戦。

そしてここから先は、義弟の作戦に引き継ぐのだ。


(ルイのデビュー戦だ。ー ねーちゃん、やってやんよ!!)







マリエルは馬上、剣を抜く。












陽は、朝を告げた。








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