第32話 作戦会議


”戦争”は 外交の失敗などという 理想化された文言は


”戦争”の 決断をした相手にとっては


外交は”無力”という 現実となる。








「ー 交渉は決裂。 私はどちらも選ばない。」






臣下を前に、女帝は言った。



あれから、ヘレナは公文書としてアルデラハンの王へと

通達を送った。


” 和睦を以て この協議を行うべく


 貴国との話し合いを行いたし。



 互いの国の繁栄と、世界への貢献を

 見出すことができるはずである。


 検討されたし。ー ”


(オメーの出した案はガン無視するけど とりあえず話つけよーぜ:意訳)

 







 多分、この文書に意味はないわ。ー けれど

 私はどっちも嫌なの。



 軍師を差し出す気は毛頭ないし

 私がアルデラハンへ嫁ぐ?ー 馬鹿仰い。

 ようやく自由を手に入れたのよ。

 みすみす手放してたまるものですか。


(幸せになってみせるんじゃ〜、ナンシー)


 


 わかりまして?


 お嬢様方。ー 私、とてもドキドキしていましてよ。


 私情を挟むだなんて、女帝としては大失格でございます。


 けれど、ユージーンは一人で悩むな、と言ってくれた。


 頼れ、とも。


頼るなんて、しても大丈夫?

情けなく、ないかしら?


ーけど、覚悟をしたのよ。 ー





「だから、みんなに助けてほしい。


 ー私を、手伝ってください」




私は、臣下に頭を下げた。




皆、息を飲む。




そりゃそうよね、女帝が頭を下げるだなんて前代未聞でしてよ。

でも、こんな私のわがままのような願いで

無駄な戦争を起こすわけにいかないの。


そのためには力を借りるしかなかった。


私の頭を下げるだけで済む話なら

こんな頭いくらだって下げるわ。

ー 女帝っていうのが偉そうにしてるのは

こういうときのためのもんじゃないかしら。



そしてここに居並ぶ、私の頼もしい臣下たちは皆

誰も異を唱えることなく、頷いた。




そして、誰彼ともなく

各々の役割を引き受ける準備に取り掛かる。





心強く、湧き上がるこの勇気のような気持ち。

女帝、ちょっぴり涙目よ。

(お前ら、サイコーなんじゃ〜、)







 ーでは、はじめましょうか。









けれども、私戦争なんてする気は素粒子ほどもございませんでしてよ。


あくまでも、対等な協議と和睦が目的でございます。



あの、わからずやの顔面矯正された

合理性しか持ち合わせないバカ男に一泡吹かせてやりましょうね。


人の初恋を政治のネタにするなんて。

ちょっと顔がいいからって

何でも許されるとか思っているなら、それは正解、

じゃ、ない。そこは許してはいけない。


許すまじ。



よろしくて? 

冷たい態度のイケメンが不意にみせる優しさ、

それも素敵でございましょうが、相手は王。



国同士のやり取りでそんな態度にいちいち胸キュンしてたら

こっちの身が持たないんじゃ〜。


好きなら好きって言ってこい、臆病者め〜!!


人の気持ちを弄びやがって、こんちくしょうが。


叩き直してやる。


あらあら、お言葉が汚くなってしまいましたわ。

失礼遊ばせ。




リボンを引きちぎってやろうかとも思いましたけれども

それは何だかちょっと違う気もしまして

どうせなら

ご本人様の目の前で、初恋の拗らせを矯正して差し上げましょう。




あら?私の鋼のメンタルをご心配いただけまして?

うふふ。

おかげさまで、バチコーンと元気でございます。

ちょびっと豆腐メンタルにもなりかけましたけれども

あら、不思議。



恋、の”力”なのでしょうか。

人は恋をすると宇宙の戦闘民族並に強くなるらしいですからね。

さらに強さを増し増したのかもしれません。


これを恋というのか、何なのかまだ自覚はないのですけれど。

でも、ユージーンを見た時...っは!!!!


え?あの、あの後どうなったかって、その。

こ、このお話はまた別途、いたしましょうね、ね、ね?


(あ〜、恥ずかしいんじゃ〜、ナンシー)






コホン。


さぁ、お嬢様方。

私たちはともに戦う姫様です。

ここまで色々ありましたけれども

何だか

ドキドキしませんこと?



ふふふ。

女を怒らせたらばどんなに恐ろしいか

目に物見せてあげますわ。







ここはアルデラハンの国境近くの

軍師の機密部隊が利用する隠れ家。



本来ならば我が国の城内でこうした作戦や軍事会議をするのでしょうけれど

言いましたでしょ、私は”戦争”する気はないんですの。

ー では何をするのか。



使うのは”武力”ではありません。



だって、私たち女性は

一部例外を除いて霊長類最強と名高い

かの勇ましくも麗しきご令嬢のような力を持ち合わせておりませんし

魂が囁くような機械の体でもございません。

えぇ、私だって何かの波動やら

型の呼吸を使えるなら使っておりましてよ。



え?

殿方にお任せする?

まぁ、それは最終的な手段になってしまうかもしれません。

けれど私たちには私たちの闘い方があるはずです。



特に私は女帝ですからね。

戦いの際には左うちわでその行く末を見守りたく思っておりましてよ。

ほほほ。女帝感溢れる感じで。


両脇にグッドルッキングガイを侍らせましょうか。




...現実は厳しいな〜。さてー、どうしたものか。







「軍師、説明を」

ヘレナはテーブル上に広げられた地図に目を落とす。


「まずはこの公文書が届いた時点で

 アルデラハンは制裁の宣誓を行うでしょうな。


 ー 輸入・輸出を停止、金融関係の凍結

   生活物資の流通が止まる...などですかな」



「えぇ、ではアルフレート。

 我が国の生活生存保持に関する各貯蓄率と

 経済の流通による弊害の予測を」



アルフレートは立ち上がり、資料を読み始める。


「我が国の各領内食糧保有率は2週間前の調査では7割強です。

 ー 通常通りの生活レベルであれば、この数字は

 およそ3週間は持ち堪えます。

 

 国内における人口の割合と男女比率、年齢別からも

 この数字は妥当かと。

 

 さらに、本土決戦を想定し

 籠城の場合は城内貯蓄を併せ、8割の増強を見込みます。


 鉄鋼の製造、それに必要な石炭などの貯蓄は

 エルンハスト領内では常時8割を保持しております。



 経済に関しましては、表面上の市場取引、為替などは停止。

 しかし同盟国の暗黙の了解として、多少の流通は融通があるかと...」




「サヌエリ川に感謝だわ...ではモニーク。

 ー 彼の国からの侵攻・侵略のルートを。」


ヘレナはため息をつきながら、資料にざっと目を通しつつ

次の報告を待つ。


(アルフレートの見た目をどこかで映像として流しておけば

 このクソつまらん話もお嬢様方には耐えられるはずなのに...

 悔やまれるわ。)




モニークの報告こそ、アルデラハンの出方を見る情報だ。

(声、でかいのよね、モニーク。話も長いし。)



「は、サヌエリ川以東を侵攻予定とするはずです。

 だが、以東には隣国リゲルーグが控えており

 障壁としては王都西南、エルンハストを挟んだ領域に

 約40キロ四方での包囲が考えられます。」



軍師はモニークをしばし見つめ、口を開いた。


「モニーク君。ー、その予測はどこから得た」


モニークは片眼鏡を外しながら、軍師にほほえんだ。


「軍師、あなたの戦法を参考にしました。

 ー 我が国は背を山にしています。

 地形上、こういった国への侵攻は各地点での拠点を張り

 一斉攻撃が定石では?」


たぬきち軍師は思わずニヤリ、とした。

「よく見ているもんだな」


「さらに、です。軍師、あなたの素晴らしい点は

 兵站(へいたん)です。

 アルデラハンがあの長きに渡る戦争を維持できたのは

 中間集積拠点の確保です。そして、

 その仕組みを完全に体系化したのはあなたでしょう。」



さすが軍事バカ、モニークである。

超イキイキしてる、輝いてるよ!軍事バカ!!

褒め言葉だよ!もうその話、終わらないかな〜!!!



ヘレナはお茶を啜っている。聞いていないわけではない。

(モニーク、あなた興奮すると声が大きいのよ。

 ー お嬢様方にもそんな声だと、後が心配だわ。

 囁きなさい。ウィスパーボイスよ、お勉強することが

 違うのではなくて?

 寝所でそんな大声出されたらドン引きよ...)


ほらね、こんな感じ。




「兵站ってなんだっけ?」

我が国の副将軍こと、ムキムキマッチョメン

トーマス・ボイドだ。

副将軍だけど、筋肉以外はどうでもいいのか。


「ふ、兵站っていうのは軍隊の戦闘力を維持したり

 作戦の支援を行うための機関だよ。

 ま、後方支援と言った方がいいだろうね。

 兵站には

 必要な”時”に必要な”物”を必要な”だけ”送り込めるのが理想とされる。

 

 だけど、先から順に消費してたら

 必要な時に不足したり、また多過ぎたりする。


 だからこれを防ぐために途中で中間集積拠点を抑えるんだ!」


モニークは興奮し過ぎて

片眼鏡を握りしめている。

ヘレナはその手に握られた片眼鏡に同情している。

(あらあら、眼鏡がひしゃげないかしら。

 ー 手に食い込んでいるわ...ちょっと刺さってしまえばいいのに。)


たぬきち軍師は喉を鳴らして笑っている。


「君は素晴らしいな。どこで見てきたのか聞きたいくらいだ。

 ー 確かに、アルデラハンはそのやり方が定石だった。」


モニークも嬉しそうだ。

(あんたら、これ、軍事会議やで...)

ヘレナは若干呆れている。




「良いかしら、皆さん。

 ー 私は本土決戦なんてさせないわ。


 軍師、提案を ー。」




軍師はジャケットの袖を正しながら微笑んだ。

「王妃殿。ー私はあなたのお考えをまず拝聴致したい。」


(ほらきた。

 ーでしょうね。くると思ったわ)



「ーはい、では。


 サヌエリ川を地形障害とする防衛線を開始します。


 国境線の戦争ではなく、アルデラハンの

 全縦深で同時に我々は作戦を開始する。


 これは作戦地域を含むような

 いわゆる後方という概念は攻撃の有無や烈度に関係ないわ。


 全域を作戦の対象とします。

 ーつまり、国土全土(なぐりこみ)。」



場が静かになる。

(モニーク、お座り。)

ヘレナがチラリとモニークに目をやると

呆然としていたモニークはフィリップに袖を引っ張られ、座った。



「味方の作戦に先立って、その障害となる防衛網を突破すること。

 

 アルデラハンが作る連絡拠点を攻撃し


 一時的に機能不全に陥らせるのが、必然となるでしょう。


 猶予は作戦開始から3時間、と言ったところかしら。


 そうね、これは戦争ではないわ。

 ー 先に潰しに行くのよ。」



つまるところの”叩かれる前に叩け”である。



モニークはこの場で初めて声が小さくなっていた。

だが、その声はこう、言った。


「...まさか、そんな作戦...」



唯一、軍師だけが腕を組んでほほえんだ。


「実に、あなたらしい。そして、それは大きな賭けだ」





ヘレナは笑っている。本気だ。

少しも恐れていないし、挑むつもりだ。



「あら、軍師。 


 あちらは大国、こちらは小国。


 けれど、私は一人じゃない。

 ここにいる皆が私を女帝にしてくれました。


 ここにいる皆は、臣下であり、国民であり、仲間です。



 私は、この国に生きるすべてを守ると誓いましょう。



 ーそれに。  クイーンは最強の駒なのでしょう?」


ヘレナは白のクイーンを摘んでいる。






ユージーンは静かに立っていて

私に片膝をついて、首を垂れた。



続いて軍師が片膝をつき、首を垂れる。


その後、次々にヘレナに皆が首を垂れた。



これはつまり、私の作戦で行くって合図だ。

 



「クイーン・ヘレナ。 ー 御心のままに 

 

 ーどうぞご命令を。」


将軍ユージーンは乞う。























「特別任務 ”ミッソン ポッシボー” よ」











あら、皆さんすっごい呆れ顔〜!

そんなにひどかったかしら。

いや、そんなにかな?

そんなひどくなくなくない?


 

「...っぷ。締まんね〜」



(誰だ、笑ったやつ。不敬罪でデコピンの刑。)


サスケだ。


(お前かー!)


いつのまにかいるのが本当に不思議だ。

壁になっていたのかもしれない。



「クイーン・ヘレナ。ご報告にっ、グフッ、ブッ」

笑いが変なツボにでも入ったのか、サスケは息絶え絶えである。

それにつられて皆も噴き出す始末。

思い出し笑いとか、ほんとやめてほしい。


ふふっ..でも、何でだろ、みんな笑ってると

こっちまで楽しい気分に、なってしまう。

私も笑ってた。



いつのまにか、みんな、大笑い。

誰かの小声の

「ミッソン...」

で、また笑う。




でも女帝、なんかすっごく恥ずかしい。

カッコつけて横文字使わなきゃよかった。




「もう! サスケ、報告を!!」


「ひー、おっかしかった〜。


 は、クイーン・ヘレナ。ご報告申し上げます。


 アルデラハン内部で起きていた内紛の詳細です。」


サスケは一枚の紙を取り出した。

その紙をスッと私の前に置いた。


これは私的な部類の貴族間でやり取りされた機密文書だ。

公的ではないから、カインが知っているかは別。


「ー これで確かに私は彼らに暗殺されていたってことね」


サスケは頷く。

アルフレートは悲痛な顔をした。

けれど、耐えてちょうだい。

”ここ”が耐えどきよ。ーあなたの罪はもうすぐなくなるわ。




「そして、軍師。ー あなたはあの国で何をしたの?」


ヘレナは軍師に目を向ける。


人差し指をこめかみに当てたまま肘をつく軍師は

その機密文書を眺めてから、言った。





「前王を屠ったのは、私だ。」




軍師の目に、後悔も悲しみのようなものも

何も写ってはいなかった。



そして誰も、

『 なぜ 』

とは聞けなかった。



だから、ヘレナは言ったのだ。


「軍師。ー 

 正しさを問うていいのは”神”だけです 」



軍師は何回か小さく頷いていただけだった。

届かなくても構わなかった。

誰が軍師の心を救えるというのだろう。

軍師の心はきっと計り知れない傷を抱えているのだ。






私的な機密文書に書かれていたのは

私がアルデラハン国の何名かの貴族によって

暗殺を計画され、実行されたこと。

目的は国の侵略。


そしてー。

軍師の暗殺も同様に計画されていたのだった。





フィリップが言う。

「でも、軍師はアルデラハンじゃ人気者ですよね。」


「あ、そうだ。国境砦でも人気だった」

(あのおっさん、いっつもフラフラお出かけしてると思ったら

 アルデラハン行ってたんか...)



「さぁさぁ、私のことは横へ置いて

 早速用意にかかり給え、諸君。」

軍師は席を立って、部屋を出た。

後をついて、クレイトンが出ていった。


ルイは今、我が国の砦に一旦戻っている。

私からお願いしていることがあるのだ。


そう。




私は賭けに出るようなものだ。










ユージーンがそばに寄ってきて

私を見つめて言う。


「あれで、よかった?」








「えぇ。バッチリよ。」


ユージーンはニッコリ笑ったあと

思い出したように言った。





「サスケから聞いたんだけど

 ヘレナ、頬をカインに触らせたって?」


ニッコニコだ。



んん?



「触らせるわけないじゃない。

 あっちが勝手に触ってきたのよ!!」


ね、事実ですもの。

「髪も?」


「髪は、ど、どうだったか..な〜?」


何を報告しているのだ、サスケよ。

お前は私の忍者だろう。守秘義務どこいった。

もっと忍べよ。


「ふ〜ん。で、頬はどこ触ったの?」


場所?頬に場所なんてあるの?


「こ、この辺、かな?」


ヘレナはすっごい適当に言った。

人差し指で頬を丸く円で描きながら。



ユージーンは私の手をとり、そのまま

部屋を抜け、奥の執務室へ入っていった。


「ここ、軍師の部屋じゃないの?」


「彼は、今から2時間は帰ってこない」


(他人のスケジュール掌握してんの?)

「ヘレナ。ー だめだよ、触らせたら。」


そう言いながらヘレナを抱き寄せつつ

ユージーンは頬をさする。


頬が熱い。


「ユージーン。二人きりはだめ、と」

ヘレナはユージーンから離れようとする。


ユージーンは案の定、腰を掴んでいる。



「ここは我が国じゃないからな。

 ーはて、ルールは適用されるのだろうか」

言いながら

頬にユージーンは手を当てて

そのまま頬に口付けする。


「ぬぬぁぁぁ、〜〜〜〜〜〜〜〜!!???

 な、な、何をする」

「消毒」


(口付けが消毒?聞いたことない!)


しかも頬に口付けするたび、ちゅ、と音が鳴る。

(ひ、ひわいな、音だわ)


「も、もう、いい、大丈夫!!」

ヘレナはスルーっと逃げた。


(ヘレナの逃げスキルが上がった?)

ユージーンはいささか不満だ。

だが、ユージーンはヘレナの手を握ったままだ。


ヘレナはユージーンを見れないでいる。


「ヘレナ、こっち向いて」


恥ずかしくて回答もできない。

さっきは大笑いしてたくせに。


「ヘレナ、頼む、こっち向いて」


チラッと見た。

すごく嬉しそうな顔をしたユージーンがいる。


(あぁ、ずるいなぁ。その顔されたら

 なんか許してしまうじゃない)


と、思いつつ

そんな軽くまた許してしまうと

メラニー先生に申し訳が立たないので

ヘレナは一言物申す。


「治外法権よ」



ユージーンは一瞬だけ静かになったが

またすごく悪い目になった。


「じゃぁ、やり放題だ」







そう言って、また頬に口付けた。






ちがぁ〜〜〜〜ぁぁぁう!!!






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