第25話 運命が出会うとき



「 ーで、お前はニンジャ、と言うのだな」

アルフレートは思いっきり警戒している。

クレイトンは黙ったまま、サスケを見ている。


「”忍者”ですけど、名前は”サスケ”っす」

捉え所のない表情のまま、サスケは笑いつつ言った。


アルフレートには伝わってない。

「? サスケ・ニンジャ?」

ニンジャ、という職業なのか

それとも生業なのか

家名なのか、よくわからない。


そして、サスケはそれを否定せずニコニコしたままだ。

相変わらず、薄気味悪い。





ヘレナは目をキラキラさせて

そのサスケの全身をくまなくチェックしている。


(あ〜、ホンモノなんじゃ〜、ニンジャ〜!!)



「どうしてここに」

クレイトンは静かに問うた。

「え、なんとなく?

 ー ここ、俺らの職場なんで」


サスケはサラッと言う。


ここは国境の砦付近だ。

(確か、砦には一人しか常駐していなかったはずだ)

クレイトンは表情を変えずに、サスケを見た。


「ここの砦は男が一人、管理していると聞いているが」


「あ、そっすね。ー 俺はロレンツォ様の従者です」



(嘘は吐いていないだろう。これが従者? ー。

 ー 奇妙な男だ。

 

  この男には ー 音が、ない。)



「そうか。ー ロレンツォはどこにいる」

アルフレートは剣をしまい、居住まいを正した。




ヘレナはまだサスケを観察中だ。

興奮冷めやらない。東の最果て...聞くだけでドキドキする。

先ほどの立ち回りで、ドレスの裾に泥が付着しているが

そんなことは親指の爪先ほど気になっていない。




「砦の小屋に ー。」

サスケは言った。


「お前が嘘を吐いているかもしれない。

 ーその小屋とはどこに ー」

アルフレートは馬車を見てから、クレイトンに目配せしていた。


「馬車がこの通り、軸にヒビが入ってしまった。

 ーお前、どうにかできるか」



(きた!)

サスケは心でニヤリ、だ。

「もちろんです。 修理道具は小屋にあります。

 狭いところですが、ご休憩されてはいかがですか」



陰った陽は戻ったものの、その日差しは夕刻を告げようとしている。

御一行は、砦の小屋へと歩いて行った。

アンはそろそろと馬車を出てきて

必要な荷物だけ持って、ヘレナの斜め後ろに付いた。


わずか100メートルも歩かなかった。


御者は休憩を言い渡され、近くの川へ馬を引き連れて行った。


ー これら大して手間のかからない所業が

サスケの仕業だったとすれば、彼は相当策士であるようだ。



クレイトンはサスケの背中を見ながら

情報をかき集めている。

( ー 手際が良すぎる...)

その背中すら飄々としていて、正体が窺い知れない。




小屋に先に入って行ったサスケは、ロレンツォを連れてやってきた。

ロレンツォはひどく慌てていた。


「 こ、これは!サスケが無礼を働かなかったでしょうか。」


ロレンツォは好青年だ。

背は高く、筋肉質で

立ち姿を見れば騎士のようでもある。

短めの髪は銀に近く、所々日差しを受け金色の光を放っている。

賢そうな額の形。

引き締まった口元に、意志がある。

目鼻立ちはすらっと伸びて、無駄な歪みはなかった。



アルフレートがロレンツォに事の次第を話し始めた。



小屋の中は小さく、男二人が住むには手狭に思えた。

だが、地面に置かれた大量の本以外は

整理整頓されていて過ごしやすそうだ。

その部屋の真ん中にある四角いテーブルの椅子に

ヘレナは案内され、座った。


ヘレナは見てないふりして部屋を見渡した。

そこは女帝である。注意は怠らない。

何か潜んでいたら駆除しなければならない。

それが黒い未確認物体X(ゴキブリ)であってもだ。



サスケはお茶の準備を始めている。

ヘレナは未だ、サスケの動きを見続けた。

(いつになったら壁になるのかしら)


アンはサスケのそばに行った。

お茶を淹れるのを自分がやると言い出したのだろう。

実際、サスケが淹れる雑なお茶よりも

アンの淹れるお茶の方が、数万倍、美味しいはずだ。


サスケは照れながら、アンと何か二、三言喋っている。

アンも笑顔で答え、ヤカンを受け取った。



(いいな〜、私もニンジャと喋りたいな〜)

ヘレナは思わず心でつぶやいた。


が、少しアルフレートと、ロレンツォを見やった。

(あの二人...並んでいると

 まさしく尊きお嬢様方のお好みの絵面ね。

 

 あそこだけ黒薔薇咲き誇ってるじゃない。ー、良き。


 アルフレート、今よ、ロレンツォの顎をクイっと..)



ヘレナの妄想もそこそこ立派なものだ。

そして、ヘレナはその視線のままクレイトンを見た。


クレイトンは部屋の中を見て歩いているようだ。

見て歩くほどの広さはないが

この部屋で唯一、膨大な量の本が気になったようだ。

本棚に収まりきらなくなった本は地面に積み重ねられている。


そのうち一冊、二冊をクレイトンは手に取って捲り始めた。





「 ー 、お茶の用意ができました」

アンはそう言うと

二つしかないカップのお茶の一つをヘレナに出した。

「すみません、こんなのしかなくて...」

ロレンツォは恥ずかしそうだ。


ヘレナはカップを手にして言う。


「いいえ、急な訪問であるにも関わらず

 こうしてもてなしてくださって、嬉しく思います」

ほほえんで優雅に口を付けた。

その顔をロレンツォは見て、また顔を赤くして下を向いた。


「じゃぁ、ロレンツォ様、俺、車輪直してきますわ」

サスケは肩にロープを引っ掛けて

道具箱を持って奥の部屋から出てきた。


ロレンツォが返事をする前に、ヘレナが口を挟んだ。


「まぁ、サスケさん。ー どうせですから

 あなたもお茶に加わりませんこと?」



サスケは一瞬動きを止めたが

「いいですね」

と、言って肩のロープと道具箱を下に置き、テーブルに寄ってきた。



「ふふ。 ー サスケさんに助けられましてよ。私たち。それに

 

 この砦がなければ、森で一夜を過ごさねばなりませんでしたわ」

ヘレナはカップを音なくテーブルに置いた。



クレイトンとアルフレートは既にヘレナを挟むように後ろに立っていた。



「さて」

ヘレナはカップから目を上げて、静かに言った。

空気が張り詰めたように変わる。



ロレンツォもサスケも身構えている。

二人の心に緊張が走った。






「ー あなたたちは、先の戦争の”二人”ね。 」



「 !! 」

二人はヘレナの発言に耳を疑った。



「うふふ。お名前を聞きまして、思い出しましたの。


  ロレンツォ・ロンバルディ、そして

 

  サスケ・サルートビィ。


 ー 擦り傷だけで、良かったわ 」





少なくとも、サスケの心臓は

その意外な言葉にかすかに音が大きくなったが

顔の表情は先ほどと変わらない。




だが ー




サスケは舐めてた。

王妃という人間を。

目の前にいる王妃という女性は

その見た目だけならば確かに美しく品位もあるだろう。

ー 見た目なら誰だってどうにでもできる。




だが、あの戦争で怪我をした自分達の名前を

覚えているとまでは考えてはいなかった。

(ーだって.. 俺らは、間抜けな)



女帝は

彼らに語り始めた。


「ロレンツォさん、あなたが崖から落ちたのは

 ただ滑っただけではないのでしょう?

 ー、サスケさん、あなたもね。 」



砦の小屋に、柔らかな夕陽が戻ってきた。

アルフレートの腰元に陽が落ちて、帯剣した柄に反射する。

その光は部屋の中で不規則に揺れた。



静寂の中に訪れる光が、はしゃぎ出しているようだ。



女帝は二人を見つめたまま優しい目をした。

その瞳に映るロレンツォの握り拳は、少し震えていた。






サスケはこのとき

初めて、女帝という”生き物”を見た。


























「ー 将軍を助けたのでしょう 」




「 !!!!!! 」









その場にいた誰もが、このヘレナの発言に硬直した。


「あの夜は月が出ていましたね。

 将軍はその月明かりを頼って、敵陣営に単独で参りました。


 そこで野営中の鍋に眠り薬を入れ

 多数の敵兵を眠らせた。

 残りは数十名。

 

 あなたたち歩兵はその数十名を生捕りにしましたけれども

 そこに居た敵の指揮官は取り逃した。


 ー その逃げる指揮官に気づいたあなたたち二人は

 将軍にそれを知らせるために”わざと”落ちたのでしょう?


 崖から。 ー 」





誰も、ヘレナのこの言葉に

答えなんて返せなかった。

まるで、目の前で見てましたと言わんばかりの

そんな発言だった。



サスケは心底驚いている。

(これが、この人がこの国の、...女帝)



真実はその通りだった。

敵の指揮官は、将軍の背中を狙っていた。

それに気付いたのはサスケだったが

すぐさまわざと音を立てるように崖から落ちたのはロレンツォだった。


そして、その音で将軍は背後の敵に気づいて

剣を抜いたのだ。


それが、真実だ。




何故、それにヘレナが気付いたのか。


戦争後、ヘレナはその二人の落ちた場所と

敵の司令官が将軍を襲おうと隠れていた場所を地図で確認していた。

(だって、おかしいでしょう?

 

 月夜よ。足元まで明るく照らされていたと聞いている。


 足を滑らせたとは言え

 あの地理的形状の崖から二人だけ落ちるのも、

 

 ー ユージーンのあんな作戦も...

 

   全部うまくいくとは思えないわ。


  それに、ユージーンは言ってたもの。

  『二人ほどの男の声が背後から聞こえた』


  誰かさんのなんらかの助けがないと、ね。)




ロレンツォだけが、ヘレナのその発言に

大きく一度だけ頷くようにして下を向いた。

声が、出せなかった。


出せば、何か違う弱い言葉になりそうだった。





ヘレナは美しい姿勢のまま立ち上がり、彼らを見た。

王妃の礼を執る。






「あなたたちが、我が国の民であることを誇りに思います。


 我が国の将軍を救ったことを


 国の代表とし、ヘレナ・マルティネス・シュレーシヴィヒは


 心より感謝いたします。


 ー あなたたちに、神のご加護を。 」







静かで厳かな美しい女帝は

彼らに最高礼を執る。

その姿に、サスケもロレンツォも立ち尽くしている。


口が渇く。

誰もその真相など、気にしていなかった。

誰も、二人の動きなど

見ていなかった。


間抜けな二人、と笑われた。


それなのに ー。




目を上げて向き直ったヘレナは急に可愛らしい顔になった。

その顔に、サスケの胸はズキューンだ。天使が矢でも放ったか?

(なんなんだ、この人。)


アルフレートは鼻が赤くなっている。

泣きそうなのを我慢しているようだ。


クレイトンはテーブルの一点を見つめたまま動かない。

彼の中でのヘレナへの考えを再構築し直しているようだ。




ヘレナは満面に笑みを浮かべて、嬉しそうだ。



「 そして 」




























「ルイーズ、いいえ、ルイ。迎えに来たわ」



ロレンツォに向かって、ヘレナは笑った。


ロレンツォは動けないでいる。

王妃自ら言ったあの戦争での一件と

今言われたことが心臓を大きく打つ。


目の前の女帝は晴れやかな笑顔だ。


「ー なぜ」

ロレンツォから突いて出た言葉は、否定か肯定か。



ヘレナはサスケとロレンツォを見てから

ロレンツォに小首を傾げた。




「だって、あなた


 私を見るのが 恥ずかしいのでしょう?」





ヘレナの特技なのだ。

人の感情をつぶさに読み取れるのだ。

そして、それは心の機微に広がる。



ヘレナが王妃となる前から

彼女は他人の顔色を見ることを第一にしていたと言っていい。



良きにつけ悪しきにつけ、この特技は

王妃となり女帝となってよく使ったものだ。


人は自分が思う以上に、顔に出る。

これはヘレナの持論である。



そんな彼女は小屋から出てきたロレンツォの表情を見て

疑問に思ったのだ。

今まで見てきた領民や臣下は、誰であれ

ヘレナを見た瞬間に好意的に晴れやかな顔になる。


逆に自分を良く思ってない人間であれば

その表情は歴然と語る。




だが、ロレンツォは違った。

目が合った瞬間、彼は戦慄したのだ。


ー そう、自分がルイーズに転生して、森から

馬で帰ったときのクレイトンやアンのように...。



そして決め手は、なんということであろうか。

 ー 転生者の”勘”だ。


ロレンツォを見た時から

なんということはない、近しいような

ひどく胸が締め付けられる郷愁の思いが溢れてきたのだ。

魂がまるで懐かしさに引き合うようだった。


ヘレナの言葉を借りれば、


( この人だ )


だ、そうである。ユージーンには聞かせられない。




ロレンツォは戦慄した後

取り繕うように恥ずかしそうな態度を取っていた。

だがそれがなんだというのだろう。


ヘレナには何も隠せていない。バチコーンとお見通しだ。



「ルイ、あなたは私が女性の格好をしているのが

 ひどく恥ずかしく思えたのではなくて? ーふふ」




そうだ。

今、ヘレナは立派な王妃のナリをしている。

それはもう、まごう事なき淑女でご令嬢。

なんなら、ヘレナのそれは王妃ムーブ。


ルイにしてみたら

元の自分がそんな所作をしようものなら

小っ恥ずかしくて、穴があったら入りたくもなってしまう程。

だって、転生前までその体は自分であって

男のような所作だったのだから。


それを目の前で自分(ルイ)がしている羞恥。




「そ、それは、その ー」

ロレンツォはヘレナを直視できないでいる。

静かな声が聞こえた。


「ルイ、 ー お前なんだろう?」


クレイトンは本を一冊持って、泣きそうな顔をしている。

その本は、ルイが軍師になりたいと言った時

クレイトンがあげた本だった。


   『 スーパー軍師、戦場に立つ! 』

         ー 著:アレクサンダー・V・フィオドア ー


なんと、たぬきち軍師、本を書いていたのか...。

に、しても題名...。


違う。

その本はクレイトンが手書きで兵法を書写したものだった。

クレイトンのオリジナルで父の兵法を足したもの。

だから、この世に一冊しかないはずなのだ。


小さな手書きのその本とは呼びづらい

紙を集めて、麻紐で穴を通したもの。


それを胸に、ルイは 転生した。







息をのんだ。


目の前の男性、ロレンツォは

我が妹であり、弟だ。

その瞳こそ ー。間違えるはずがない。


その姿を何度お前は、夢見た事だろう。

お前は、戻ってきたのだな、男となって。



「 ルイ! ー。」

クレイトンは駆け寄って抱きしめた。


ロレンツォという名の男は、そのとき声が漏れた。

「兄さんー!」



ヘレナはちょっと涙ぐんでいた。

女帝でありながら、涙腺の弱さと闘っている。


そして、チラリとアンを見ていうのだ。

「ね、ねぇアン。

 ーあなたも、ルイのところへ行くべきよ」


アンは号泣中だ。とてもじゃないが動けない。



そのアンの姿に、ロレンツォは気付く。

一旦、アンに声をかけるか悩んだ様子が見てとれたが

ヘレナがいたずらに小首を傾げたのだ。


「 あら、あなたが今、”殿方”だから気になるのかしら 」


ロレンツォは慌てたように首を振って、アンに言った。

「アン!ー すまなかった!!」

アンは首を横に何回も振っている。

声も出せないのだろう。



ロレンツォはアンの手を取って、見つめあってから

抱きしめあったのだ。

アンは泣きながらロレンツォに、ルイに言う。


「ルイ様!ー よかった!

 よかったのです、あなたの願いが叶ったのです!!!」



そんな3人を見守っていたアルフレートは

なんだかよくわからないが、感動して泣いている。


(ー また泣いているわ、彼)

ヘレナはアルフレートの涙を見たら、自分の涙が引っ込んだ。


そして

テーブルに直に腰掛けてその情景を

最初から変わらずの表情で見ているサスケにヘレナは言った。



「ー これを仕組んだのは、あなたね。ニンジャさん 」

サスケはビクッと体をこわばらせた。

「い、いや、違うっすよ。」


「うふふ、いいのよ。ー 感謝したいぐらいだもの」


「ー はは。えぇっと...なんでわかったんです?」

サスケは鼻の先を掻いた。










ヘレナは忍者に聞きたいことがいっぱいあるのだ。

自分だって空を飛びたいし

水にだって長い時間潜ってみたいし

壁にだってなってみたい。



わからないことだらけだ。





でも。

わかってることはただひとつ。





















「ふふふ。 だって忍ばないニンジャなんて

 忍者としては失格なんじゃなくって?」









この出会いが仕組まれたものだとしても

それが、結果互いにとって良いものであればそれこそ運命だ。



その運命こそ、大きな潮流から

取り出された星の輝きで

そこに見出されるのは


たったひとり、ではないのだ。








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