第24話 旅の恥はかき捨て

物語、というものは

何も本の中だけで起こるものではない。


そして本来無関係にあるように思われる点と点は

見方を変えればつながっているものだ。





大国アルデラハンに向かって、今日で4日目だ。

あと半日も馬車に揺られれば、アルデラハンに着く。


午後の日差しは時刻をそろそろ夕刻へと移す頃だ。


馬車の両脇を、馬に乗ったクレイトンとアルフレートが並走し

馬車の中には王妃ヘレナとアンがいる。


(あ〜、ケツが痛いんじゃ〜、ナンシー)


だいぶしんどい。

お尻も痛いし、馬車の揺れが頭蓋骨まで響いて

ヘレナはグロッキーになりつつある。

体もカチコチである。

姿勢を正していることは問題ないが、外部からの揺れには対応していない。




(馬車の旅ってこんなに辛いものなの?)

ヘレナは思いながら代わり映えのない森の景色に目をやる。

初日はあんなに楽しかったけど、王都を離れて

人気のない森に入ってからと言うもの、変わらぬ景色に

一気に面白くなくなった。ー 飽きたのである。



菓子もそこそこ食べ尽くしてしまった。

意外に食べられるものである。

ちなみにヘレナはキノコ族もイネ科タケ亜科タケ類も

どっちも好きだった。

気分によって変えるのが望ましいだろう。

ナンシーに持たされた小さな三角錐のツートンカラーの

いちごチョコと普通チョコの味は格別だった。


(全てチョコレートだというのに全部食べられたわ。

 ...恐るべしチョコレートの魅惑..)



アンは静かに外を見ている。

「ねぇ、アン。」

ヘレナは声をかける。


「はい、何でございましょう、ヘレナ様」



「アンは、私がルイーズじゃないっていつ気付いたの?」

アンは目をパチクリとさせたが

すぐに居住まいを正して答えた。

「森からお帰りになった時です。」


「え? そんなにすぐ?」


アンは頷いて続ける。

「えぇ、ルイ様は森へ行かれましたらば

 陽が落ちるまでお帰りになりませんし ー」


ふ、とアンは笑った。


「ルイ様が、”日差し”を気にされたことなど

 今まで一度たりともございません。」


アンは申し訳なさそうに笑うが、今にして思えば

ヘレナの令嬢ムーブはフィオドア家では異質だったのだ。


ヘレナは納得した。



(だから、アンは馬から降りた自分を凝視していたのだ。

 あれは、ドレスの汚れをチェックしてたわけじゃないんだ。

 ヘレナの不自然な発言に、有能な侍女は神経を全集中させていたのだ。)



「瞳のお色も、違いましたし。ー、一番驚いたのはそれですけれど。」


「そうだったのね...ごめんなさいね、正直に言えなくて」


「いいえ、とんでもございません。

 むしろ、とても新鮮にございました。

 ー ルイ様がドレスをお選びになる姿は本当に...

 何と言ったら良いかわかりませんけれども


 ー 嬉しかったです」



アンは何だか切ない顔をした。

ヘレナは複雑な気分になったが、ただ、小さく

「...そう...」

とだけ、答えた。







馬車は森を行く。

陽が陰った。






急に馬車の車輪が大きく跳ね上がった。


両脇のクレイトンとアルフレートは馬を急停車させるために

馬車の前後に分かれた。

御者は馬を鎮めるために掛け声をかけるが

馬はまだ前足をドンドンと地面を激しく叩く。


中にいるヘレナは

その衝撃で頭をドアの枠にぶつけていた。

アンはすかさずヘレナを守ったが

頭だけは慣性の法則によってしっかりぶつかった。

頭の飾りがクッション付きの小さな帽子で助かった。


「大丈夫ですか!!ヘレナ様!」


アンの声が響く。

「だ、大丈夫よ。ー このドア鉄製なのね」

「はい!エルンハストの特注です!」


それでいいのか、主従関係は。




外ではその声を聞きながら

クレイトンとアルフレートが緊張状態だった。





「...囲まれているな」

アルフレートは小声でクレイトンに言う。

そして同時に御者を木の裏へ行くよう指示した。

クレイトンは声を発せずに、乗馬したまま剣の柄に手をかけた。



アルフレートは”わざ”と馬を降り、車輪に向かう。

そして、”わざ”とこう、大きめな声で言った。

「車輪が欠けたようだ、直す時間が必要だな」


その瞬間に、森の影から何名かの男たちが

飛び出てきた。


アルフレートはヘレナたちのいる馬車の前に陣取っている。

剣を素早く抜いた。


クレイトンは乗馬したまま剣を抜き

大きく馬を旋回させて、男たちに空から剣を降らせた。


金属の擦れるような、叩くような音がする。



「ねぇ、何か外で起きているみたいだわ」

ヘレナは言った。

アンは落ち着いたものである。

「先ほど、アルフレート様が

 仰っておりました。


 ーしばし、このままお待ちしていればよろしいかと」



(ー、アルデラハンの手の者だとしたら本当に姑息なやつね)

ヘレナは静かに思う。

命の危険に晒されることなど、最初からわかっていたことだ。

この国境近くでそれを行う姑息さにヘレナは静かに怒りを湛えた。



「ふふ、歓迎されているようねー 。」


ヘレナは優雅に笑った。


その笑顔に、アンは背中が引き攣るような恐怖がした。



今まで王妃と過ごした時間はルイには及ばないが

王妃をじっくり見ていたつもりだ。


王妃はフィオドア家に来てから

本当に態度が柔らかくなり、何にでも好奇心を持って

家の従者にも分け隔てなく笑顔で接するし、気さくに質問してきた。

大公将軍がいた時間はまるで乙女だったし

花を愛でる姿は女神のようだった。


そして常に所作は、美しかった。



作られた笑顔を見る回数は極端に減った、と思っていた。





それがー。


今の笑顔は、笑顔ではない。




ヘレナは立ち上がっている。

「ヘレナ様! どうかお控えください!」

アンは力を込めてヘレナの腰を抱きかかえた。



「ー アン。

 我が国の王妃である私に、仇なす不届き者を

 この目にせねばなりません。


 ー 手を離しなさい。」




ヘレナの手には

フィオドア伯爵から旅に出る前に手渡された剣があった。

ルイ専用に作られたその剣は、軽く扱いやすい。

転生前までルイが使用していたものだ。


とはいえ、ヘレナにその剣を十分に扱えるとは

アンは思っていない。

怪我でもされたらば一大事だ。



「ヘレナ様、お願いです。ーここにいてください」

アンは懇願した。


そのアンの頭をヘレナはそっと、撫でた。

撫でながらアンに視線を落として言った。


「私は、守られるためにここにいるのではありません。

 ー あなたたちを守るためにいるのです。


 さぁ、手をー」


その慈悲深き言葉と力強い眼差しに

アンは絶対離す気のなかった手を離してしまった。


(なんと、の女神のようー)


馬車のドアがゆっくり開かれた。


(わお、これ結構多いな。)

ヘレナは剣を抜いた状態で思う。


いつのまにかクレイトンは馬を降りていて

2、3人を相手に離れたところで戦っているし

アルフレートなんて6人ぐらいに囲まれている。


しかし、アルフレートは焦っている様子はなかった。

自信の表れか。

だが、ヘレナの姿を横目に捉えた瞬間

身を固くして思わず声を荒げた。


「ー!!ヘレナ様!中へお戻りください!!!!」


「あら、たくさんの殿方に囲まれているなんてアルフレート。

 ー やっぱりあなた...」

ヘレナは口元でほほえんだ。



見渡せば、黒装束に身を固めた男たちが

すでに剣を構えている。

盗賊であればすでに騒ぎ立てている頃合いだ。

だが目の前の男たちは静かにこちらを窺うようだ。


(ー..盗賊、の類ではない。これは..そう。

 やっぱりアルデラハンの手の者なのね。)


ヘレナは剣を構えた。 ー









話は少々脱線する。

ヘレナがそれに気づいたのは奇妙な話だが

フィオドア伯爵にハンカチを持って行った時だった。


(あのクリスタル...何だか壊したくなるわ..)


転生前の記憶なのか

そもそものヘレナの気質なのかはわからないが

ヘレナになぜか身についていること。



馬に乗れること。

身のこなしが転生前より格段に早く、軽くなっていること。

無意識に全ての体の機能を使いこなしていること。

驚くべきは動体視力が上がっている、気がした。

(化粧台の落ちそうになったボトルを瞬時に拾い上げられた。

 それだけじゃなく、ユージーンの自分に手を出す瞬間、これを

 避けられることができることを確認した。さらには

 飛んでいるハエが止まっているように見える時があるのだ。)


この体になってから

ヘレナは無性に、体を動かしたくなっていた。

試してみたくなったのだ。



この旅に出る1週間前、ヘレナはクレイトンに告げる。



「クレイトンお兄様。ー 私、剣を学びたいのです」



その身は、いつかのルイと同じように

髪を頭上高く縛り上げ

チュニックで黒のレギンスに騎士のブーツを履き、まとっていた。




クレイトンはそれこそ非常に驚いて

ヘレナのその発言を諌めた。

「クイーン・ヘレナ。ー あなたはそのようなお立場ではないでしょう」



「私はもはや王妃ではありませんのよ。

 ー 自分の身は自分で守りたいのです。」



さて、これを軍師に告げるべきかどうなのか。

クレイトンは初動30秒で答えを出す。

ヘレナの瞳に映る力強さに、クレイトンは頷いた。


「わかりました。まずは木剣をー。」



手渡した木剣を軽々と構え、その立ち姿は ー。

ルイそのものだった。


クレイトンは身震いし、自然と涙ぐんでしまった。




それだけではない。

もし、この世界に軍神がいて、それが女性の姿であったなら

ヘレナはまさしくその姿のごときの佇まいだったのだ。





(なんて、美しく凛々しい姿なのだ ー)

クレイトンは片膝をついてしまっている。

無意識に、ヘレナに首を垂れていた。



あのルイと寸分違わず、ヘレナは剣を振るう。

風を切る木剣は美しい弧を描き

ヘレナの体は流線をたどりながら、しなっている。


ルイだった頃より、その体の動きは数段上がっているようだ。


初めて剣を持つ人間の動きではない。

それは、ルイが乗り移ったのか

それともヘレナの覚醒か。



ひとしきり体の動きを確認したヘレナは言った。





「クレイトンお兄様。ー ルイーズの体は私が守ります。」





クレイトンには言葉がなかった。




それから、毎日ヘレナは剣を持った。

毎朝来るアルフレートにいつのまにか教えを乞い

最初は激しく拒否し、嫌がったアルフレートもヘレナの動きを見て

考えを変えた。

(このお方は本当に”神”なのでは ー?!)

アルフレートだって、震えた。



朝4時半のお祈りの時間はいつしか

鍛錬の時間となった。

アルフレートに異存はなかった。

ヘレナの剣の太刀筋も、無駄のない動きも

それは純粋な騎士のようであり

女性でありながら力強いものだった。





けれど、今は状況が違う。

これは演習ではない。

繰り返す。

これは演習ではないのだ。


ルイーズであった時もヘレナも当然、実戦経験はない。



さらに言えば、忘れているかもしれないが

”王妃”だ。ーこの人、王妃なんですよ〜。


剣を振るう王妃だなんているのか ー?




「 ー ここに」

ヘレナは、剣の切っ先を地面に向け

取り囲む男たちを見た。


そして、静かに言う。

顔にはほほえみがいる。


「 今ならば、この不用な場はないことにする。

 ーだが、この者たちに擦り傷をも与うることがあるならば


  王妃に変わってお仕置きよ。ー 」

(決まった。)

ヘレナは思う。お仕置きという言葉に若干

躊躇があったが、ここは旅路。

どんな恥ずかしい言葉も言ってしまえば、それっぽくなるはずだ。


緊張などしていないらしい。

そしてどこから拾ってきたのかその言葉に

水兵さんの服を着た惑星の名を冠する女子の決め台詞に似た既視感を覚える。




ーが、黒装束の男たちは一斉に剣を振り上げた。


「いらっしゃい、ー みんなまとめて成敗よ」




ヘレナは右手に持っている剣を左脇腹に寄せ、反動をつける。

一見すると剣を抱き込んでいるように見える。しかし

重心が恐ろしく低い。


自分の体重では一振りでその刀身に力が及ばない。

(振り切るなら、全体重を乗せなきゃ ー)


アルフレートは取り囲む黒装束の男たちに蹴りを入れる。

黒装束の男たちは半歩ほど、後ろへよろめいた。

その瞬間をヘレナは見過ごさなかった。



ヘレナが軽やかに飛んだように見えたが

次には真横に一閃、切り抜けた。


2名、その場に崩れ落ちる。だがまだ残ってる。



(やっぱり体重が軽すぎたか。)

ヘレナは剣を持ち換えた。

ーと


その時。







黒装束の男たちは、足元から崩れていった。



『  ?  』



クレイトンはすでに倒し終わっていて

こちらに走ってきていたところだった。






倒れた黒装束の男たちの後ろ、そこに立っていたのは

見たことのない服を着た男だ。

目の部分だけ開けた覆面のように黒の布を巻き

結び目から布が流れ、たなびく。

その男こそ、全身真っ黒だ。


ヘレナは警戒を解かない。



おもむろにその男は

覆面になっている部分を自分で顎下まで下げた。


アルフレートはその男の一挙手一投足に細心の注意を払っている。

緊張状態は解けることはない。








現れた顔は大変笑顔である。

布と同じくらい漆黒の黒髪に、涼やかな目元。

と、聞こえはいいがなんとも表情があるようで表情がない。



その表情のなさに

クレイトンは得体の知れない不快感を覚えた。


「ー お前、名は」

アルフレートが口を開き言いかけた。

男は右手の平をこちらに向けて、言葉を制した。




「?」




















「 どーも〜〜〜〜〜〜ぉ!!!


  東の最果てからやってきた〜ぁぁぁぁ!


  忍ばない ニンジャ ”サスケ” デェェェェ〜〜〜〜〜ッッス!!!  」






   


    。  。  。  。  。

   







 「 は... い...? 」







この中で、不謹慎にもワクワクしてしまったのは

ヘレナだけだった。


(ニンジャ〜!!ナンシー、ニンジャ〜よ〜〜!!!) 




ヘレナが幼い頃、家にあった本の中に

東の最果てにいるという、忍者の話があった。

世を忍び、悪鬼を懲らしめる、日陰者。

不思議な形の鉄の武器を持ち、壁になったり

水に隠れたり、空を飛んだりするのだ。


ヘレナにとって忍者とは

おとぎ話の中で、最も最高傑作だった。

見たいし、会えるなら会ってみたい!!


忘れていた小さき胸のときめきが騒ぎ出す。



そんな人間が、目の前に いた。



しかもどこか薄気味悪い。狐のような男だ。

ヘレナはゾクゾクしている。


ヘレナの思い描いていた忍者とはちょっと...

いや、だいぶイメージが違うが

本人が、忍者だと言った。




(忍ばないってどういうこと!?)

いつのまにかヘレナは忍者、サスケを見つめている。

サスケもまた、表情を変えずにヘレナたちを見ている。




狐顔の男、サスケは唖然としている3人を前に

飄々と立っている。




サスケは自信がある。

(人心掌握の鍵は、第一印象にアリ。


 ふふふ、成功だろ、これ。

 

 最高のご挨拶を

 物理エネルギーに変換して

 お見舞いしてやったぜ。


 これであの人らの前頭葉に上書き保存できたなー。

 間抜けな二人なんて記憶、消えちまえ。)














ー あ、お嬢ちゃん、また会ったね。


美味しいもん、食べた?


俺、サスケってんだ。

以後、お見知りおきを ー。
















その男、サスケと言う。

東の最果てより来たる、忍者と言った。

そしてこの男、忍びの者なれど

忍ばずと物申す。










ニンニン。











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