第二部 第21話  自由への扉

まぁ、みなさま、ご機嫌よう。



フィオドア伯爵の家にお世話になって

今日で5日目でございます。


本来ならば、実家のシュレーシヴィヒ家に戻るのが筋なのですけれど

安全面や、軍師のそばにいた方が何かと便利だという

そんな御託を述べられまして

私、ルイーズのお部屋で我が物顔で過ごしておりましてよ。



しかしながら、他人の家なのに実家のような安心感。

何不自由ないのです。

ハイパー快適でございます。



初日、私は朝から忙しくしておりました。

朝、3時半起きだけどな。

(習慣ってこわいんじゃ〜、ナンシー)



そしてどこから聞いたのか、家族やら

かつてお世話になった方々が、私を訪ねてきてくださるのです。



一番にいらしたのは、実兄のヨナお兄様です。


お兄様は目に涙を浮かべ、(当然私だって泣いておりますけど)

あぁ、そういうときは言葉などないのですね。

お兄様は私を強く強く抱きしめてくださいました。

小さく、”ごめん”と何回も呟くものですからね。


ですから私、申し上げたんですの。


「許して差し上げますから、次回からは

 妹を”かわいい”と言うときは、婦女子に言うのと

 同じように仰ってくださいな」



ヨナお兄様は頭にクエスチョンを携えましたけれども

次には満面に笑って、仰ってくださったんです。



「ヘレナ、お前は俺にとって宇宙で一番かわいい妹だ」



最高でございましょう?ふふ。

ーあら。



後ろで一緒になって咽び泣いているのは

実家の従者のゾニヤ、ヴァルトール、ナンシー。


彼らの顔を見た瞬間、思わず私は声に詰まってしまいましてよ。

当然のことだと思いません?

ゾニヤなんて、すっかりおばあちゃんでしてよ。

ヴァルトールは、今兄の執事をしています。

そしてー。


家を出る最後の日に

私にあの言葉を繰り返し言ってくれたのは、ナンシー。

彼女は私の大事な侍女でありながら、友人でしてよ。

友人と言うと、軽い感じになるのかしら。


そうね、親友?真友?心友?ーズッ友?

あら、お気づきのお嬢様もいらっしゃって?

何を隠そう、心の友、ナンシーでもあるの。うふふ、おかしいわね。


彼女は言ったわ。

「ヘレナ様、お辛いこともありましょう。

 ー そのようなときは、心で私を”ナンシー”と呼びかけ

 文句を仰ってください。ー お声をお聞きします」


だから、彼女を目にしたとき

思わず、でございます。


「ナンシー!、会いたかったんじゃ〜!!!!」


と、お恥ずかしながら泣き上げてしまいましてよ。

おほほ、本当に恥ずべき姿でしたが

ナンシーは大きく頷きながら私に近付いて


「はい!!ここにおります!ヘレナ様!!

 ナンシーはいつでもここに!!」


しっかり抱き合ってお互い、わんわん子供のように

泣いておりましたの。


なんということでしょうね、ナンシー。

あなたはいつも私を見守ってくれていたのよ。

これからも、どうぞよろしくね。



するとフィオドア伯爵がふらふらと現れまして

「王妃殿、我が家には3人しか侍女がいないのは

 知っているだろう?


 ー どうかね、ナンシーに来てはもらえないか」


ヨナお兄様は、顔だけで”問題ない”と目配せしてます。

私たちはまた、強く強く、抱きしめあったのです。

ゾニヤも手を叩いて喜びました。

「念願にございます!」


あ、申し遅れましたね。

ナンシーはゾニヤの娘です。

ヴァルトールもゾニヤの息子です。


ついでに申し上げますれば、ゾニヤの血筋は

300年前の国が滅亡したとき逃げたうちの一人の

生き残りでございます。

苦楽をともにした、戦友のようなものでしょうか。



その後、私たちは日が暮れ

夜も更けるころ、名残惜しい気持ちを堪え

またの再会を約束して、別れました。


父は私の話を聞いてすぐに領地を飛び出したそうですけれども

焦らずにいらして欲しいものです。





ですから、ユージーンのことなんて

頭からすっぽり、無くなって...


なんてわけはありませんことよ。


だって彼ったら、朝早くいらしたかと思ったら

両手に抱えきれないほどの真っ赤な薔薇を持って

フィオドア家に来たんですもの。


その時の私の心といったら

弾けそうなぐらいの嬉しさと、彼の姿に

ー 心を開いて、股も開きそう...


ぐらいには感動してしまいましたのよ。

やっぱりちょろいのかしら、私。


薔薇には銀色のリボンに薄い青色の刺繍の入ったリボン。

まぁ、ユージーンたらキザね。


でも、嬉しかった。

瑞々しい薔薇の香りを嗅ぐと

あの阿呆との薔薇庭園を思い出しますけれども

今の私には塵ほど気になりませんことよ。


ー ...そういえば、あの阿呆どうなったのかしら。

会ってないけれど ー


「ヘレナ、今日も美しいよ」

薔薇の香りの上に、見つめる薄い青色の瞳。

は、

恥ずかしい。

こんなときは薔薇の香りを嗅いで、リラックスよ。

アロマよ。


(あ〜、いい香りなんじゃ〜、ナンシー)



気付けば1時間近くもこうしていたらしいのだけれど

アンは朗らかに笑う。

「素敵なお時間にございましたね」





お茶をしている間にも

家庭教師のメラニー先生がいらしてくれた。

とても厳格な方で、ご自身いつも律しておられますのはもちろんのこと

いつも厳しく指導してくださった。

そんなメラニー先生が涙を流されている。


「ー 王妃ヘレナ様、 私のしたことをお許しください。」



あらあら、先生どうなさったの。

鬼の目にも涙かしら。


私は先生に静々と寄っていく。

どんな時でも

王妃の振る舞いと、その品格、品位を落としてはならない。

そう、教えてくださったのですからね。


地獄巡りをやってのけたのは、先生のおかげなのです。


「メラニー先生、お久しぶりにございます。

 ご健勝のようで私、安心いたしました。」

メラニー先生は、溢れる涙をハンカチで押さえている。

そして、こう、仰った。


「ヘレナ様が努力家であることは、私が誰より存じています。

 ー 若いあなたに無理をさせたのは、私でございます。


  大変、大変申し訳御座いませんでした」


私は小首を傾げてほほえんで見せる。


「 あら、先生。

  先生のおかげで私、女帝になれましたのよ。


  女帝の品格と品位のそれをご教授くださったのは、先生です。」


メラニー先生は両手で顔を覆って、泣き出してしまう。

泣かせたくって言ったわけじゃないんだけどな〜。


「それに」

私はちょっとだけイタズラな顔をして見せる。

先生は顔を上げて、ちょっとびっくりした顔して私の顔を見る。

私は小声で、先生に告げた。


「”心は開いても 股は開くな”は、大変活きましてよ」


先生はポカンとした後

満面に笑った。


「左様にございます、王妃ヘレナ。


 ー あなたは、私の生涯に渡り、最高の生徒であり


  最高の王妃で、女帝にございます。 」



メラニー先生とはまたお茶の約束をして別れた。



ほら、ご覧になって。

ユージーンが不貞腐れているわ。

うふふ、殿方は待たされるのが嫌ですものね。


さっさと、お茶の席に戻りましょうか。


「お待たせして申し訳ございませんことよ、将軍」

ユージーンはピクっと反応する。


わかっておりましてよ、うふふ。わ・ざ・と、よ。


「ユージーン、ごめんね」



もう、ユージーンはニコニコだ。態度が柔らかくなった。

ー ちょろいのはどっちかしら、ね。




けれど彼、知っているのかしら。

アルフレートが今朝、ここへ来たのよ。

花を持って。


あぁ、でも

ただ、花を持ってきただけなの。


顔を赤くして、真っ白な風鈴草(カンパニュラ)を持って。

顔と花の対照的すぎるその色に、私しばし見惚れましたけど

アルフレートは、俯き加減に私に花を手渡して


「おはようございます、ヘレナ様」


とだけ、言って帰っていったの。

朝四時半に。


相変わらず眠気を瞬時に吹っ飛ばす男だ。

さすが、アグレッシブ ジェントルメンやで。


カンパニュラの花言葉は”感謝”だったはず。

あの人、律儀だわ。





そう、ここまでが初日のお話。

長いわ〜、肩凝りそうね。


では、皆さんお待ちかねのアノ話でもいたしましょうか。


ふふふ、

私、乗っ取り前と現時点含め、初の。

初めての旅行が決定してございましてよ!!!!!



これが興奮せずにいられましょうか。



正直申し上げまして

生まれてこの方、この国を出たことは一度たりとも

ございませんことよ。

あの世は行ったような気がしますけれども。

おほほ。


結局行く先は、アルデラハン国という地獄なのですけれど

それでも私、馬車に乗って国を出るのです。

ワクワクいたしましてよ。


何持って行こうかな〜。

細長い棒状のクッキー生地にチョコレートがまぶしてある

あの魅惑的菓子にしようかしら。ポキっと食べられますでしょう?

それとも、いまだに論争を巻き起こす里の戦い

キノコ族にするのか、イネ科タケ亜科タケ類にするか...


悩ましい。

そういうときは両方持っていきましょう。




え、?

聞きたいのはそっちじゃないと、そう仰る?

あら、どのお話かしら、お嬢様方。

女帝、すっとぼけましてよ。





うふふ。

仕方ありませんわね。

ではお話ししましょうか。



あの

『3人の裸婦がユージーンの寝室にいた』

件に関しまして。



あらあら、落ち着きあそばせ。




そんなに急いでスクロールしたら

大事なところを読み飛ばしてしまいましてよ。

ゆっくり、じっくりご覧くださいましね。


えぇ、私、あの件は至極気になっておりましたし

メラニー先生の仰るように

”心は開いても 股は開くな”を実践するべきかと

さらにいえば、ぐいぐい押してくるユージーンへの

”牽制”でございます。


私が問題にしたいのは

”不特定多数”の方と性行為をすることが問題なのではなく

”心”のあり様だと思いましてよ。


まぁ、落ち着きなさいな。


自分が清い身だから、相手にも同様にそれを求める。



えぇ、それは一番好ましい状況でしょう。

もっと言えば、それが理想でもありましょうね。



ですが、どうでしょう。



自分が、もしくは相手が相当の手練れである場合

実力の差は歴然。

勝負する前から負けた感。


いいえ、閨(ベット)での勝負の話ではございませんことよ。


自分の経験のなさを恥じる必要がない、と

私は思うのです。

孤高の何が悪いのか、と。

それ以上の妄想は逞しく、不思議とロマンチックであり

まさかあんな死んだカエルの様な格好をするだなんて

微塵にも思いたくない、そんな心境でございます。



だからこそ、相手の力量を知ることもまた

己が心を落ち着け、いつ何時であっても

余裕は捨てたくないものにございます。



で。


長々と自論を述べましたけれども

ユージーンは

”そんなことも あった”

と、一言仰いました。


これはつまり

「やっちまった」

と同義。


怒り?

悲しみ?

嫉妬?



おほほ。

そんなもの
































地球規模にあるに決まってんだろ〜がよぉぉぉぉぉぉう!!!


あの野郎。



宇宙のやんちゃな戦闘民族みたいなオーラが発せられている気がします。

今なら3倍は出せる。

波動だけで、吹っ飛ばしてやんよ。

オメーの血は、何色だぁぁぁぁぁぁ!!と叫びながら

銃火器か何かでぶっ放したい気分で、ございます。





でも、ちょっとだけ

それも致し方ない、とも思っているのです。


だって、私はアンソニーと結婚してしまったもの。


通常であれば、結婚までしてしまったら

もう、その可能性も

目を合わせることだって

叶わないのです。



けれど、なんでしょうね。

私は清いまま、ここにまたこうしているのです。



これはチャンスなのかしら。



なのに

そのときに

ユージーンの

どうしたって巻き戻りも、やり直しもできないような過去に

私は、




いじけたのです。





ね、これが真相です。



なんだかユージーンを追い詰めたくなってしまって

私ったら

”絶倫”なのかだなんて聞いてしまいましてよ。

多分、彼は相当凹んだはずね。

当然よ、私が凹ませたのだもの。





こんな可愛いげもない

いじけた発言をする女を

彼は、どう思ったのかしら。








フツフツとどうしようもない気持ちがー。

それは

嫉妬?悲しみ?怒り?

全部かもしれません。



私はその裸婦、3人を存じ上げませんけれども

きっと、魅力的で

美しく、豊満なお胸なのでしょう。


そしてこの敗北感。激しく豊満ではないがお胸はある。

(ナンシー、どうしたらいいんじゃ〜)



「ヘレナ様、お仕立てのご準備が整いました」

アンが来た。ー ちょっと呼吸を整えましょうか。


今日で5日目よ。

毎日採寸て、どこをこれ以上採寸するのよ。


ユージーンが頼んだと言われる仕立てのドレス生地。

何十種類ものドレス生地が部屋中に並べられる。

見たことのない美しい生地と、煌びやかに光る生地。


ドレスなんて

自分で選んだこともない。

靴も、宝飾品も、全て用意されたものを身につけた。


なのに

今は違う。

皆、ニコニコしながら

私が選ぶのを待っている。


『それは王妃としてふさわしくない』

とか

『品位に欠ける』

とか、言わない。


悩んでいると

色味が合うとか、配色は

こうすればいいとか、言ってくれる。




決められなければ、また後ほど来ますという。



なんだかんだで、旅の準備すら

賄ってしまった。


ユージーン。私、貰いすぎだわ。

あなたに答えられるほど素直じゃないのに。

あなたにいじわる言ってしまったのに。



嬉しさに胸がじんわりして、ちょっと痛い。



私は


ルイーズを乗っ取ってから


クッキーを自由に食べて

紅茶を飲み干して

寝る時間も

起きる時間も

ドレスも

化粧も

旅も

発言も

行動も



ユージーンにも





自由を 許された。











おかしなことです。


葡萄踏みの娘に

町娘に

なりたかったと、願いながら

目を閉じた私が目覚めたら


さして変わらない現状に引き戻されたのに


私は自由になったのですのよ。






うふふ、

まだ葡萄踏みの娘にはなりたいのですけれど。

恋人は八百屋かしら。野菜持ってきてくれる人よ。

そこは譲らないわ。


それだと、ユージーンは無理ね。



さぁさぁ、お嬢様方。

愚痴はこれでおしまい。





これから凹んだユージーンがそろそろ来るはずです。

花を持って、ね。


あのことは忘れたフリして

葡萄踏みに行く段取りのお話でもしましょうか。



いじけた思いは一旦、横に置いておきましょう。




邪魔してくる軍師も、クレイトンお兄様も

みんなで行くのはどうかしら。

ユージーンはいい顔しないだろうけれど

きっと楽しいわ。



ほら、見て。

窓から彼が見えるわ。

しょぼんとしてるけれど、姿勢はいいわね。

合格。





今日はお出迎えして差し上げましょう。










「 おはよう、ユージーン。いい朝ね 」
















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