第18話 王妃、脳内他己紹介始める
「軍師、説明をー」
多少、動揺したが
そこは女帝の器だ。顔馴染みの臣下を前に
ヘレナはすでにその思考を切り替え..
(あ〜ぁ、もう逃げられないんじゃ〜、ナンシー。)
..てはいないが
佇まいは見事なものだ。
女帝は笑わない。
その横で、ユージーンが今までにないぐらいの熱視線を送っていても
女帝は軍師をまっすぐ見ている。
軍師は、椅子に深く腰掛け
ゆったりと座ったままヘレナを見るが返事はない。
まるでリラックスしているようだ。
アルフレートの招いたと言われる2回目の戦争は
ほぼ大国アルデラハンに嵌められたことをヘレナは知る。
(そんなに前から、アルデラハンは我が国を侵略しようとしたのか。
いや何か、違う。...何か引っかかる。
もっと、裏があるはずだ。ー)
ヘレナの女帝の直感がそう、告げるのだ。
部屋にはかつての主要な臣下が揃った。
こうして見渡すと錚々たるメンバーだ。
将軍 ユージーン・エルンハスト(破廉恥魔人)
軍師 アレクサンダー・ヴォルフ・フィオドア(たぬきち軍師)
宰相 フィリップ・モント・イグネシアス(スキモノ)
臣下 アルフレート・ケンドリッジ(アグレッシブ ジェントルメン)
臣下 モニーク・レン(軍事バカ)
臣下 クレイトン・サーシス・フィオドア(パイ乙星人/機密隊)
副将軍 トーマス・ボイド(ムキムキマッチョメン)
なお、括弧書き内の不敬な敬称はヘレナの心内呼称である。
本人が分かりやすいようにそう、呼んでいる。
ヘレナが部屋に入ってきた時
小さなどよめきが起きた。
そのはずだ。
死んだと思っていた王妃が出てきたのだ。
最初は亡霊を見た気分だったろう。
けれどヘレナの方が
相当の軌道修正を強いられているのだ。
多少驚かれたところで大して気にもしない。
すでに状況把握だけで周回遅れを取っている。
もはや町娘も葡萄踏み娘も夢の向こうだ。
お胸だけにしか今の所感謝していない。
「影武者と聞いた時は本当に信じられなかったが...」
片眼鏡を外して、ヘレナを見つつモニークは言った。
軍事バカである。
「王妃のことだから、タダで死ぬということはないとは
思ってたが、まさか生きてたとはな〜。ガッハハッハッハッ!」
嘘の付けなさそうな大きな声で笑うのは副将軍、トーマスだ。
見てくれからすると、トーマスの方が将軍ぽい。
ムキムキで熊みたいに大きいからだ。
「お前ら、王妃になんてことを」
アルフレートは顔を赤くしながら言った。
ヘレナに先ほど言われた”アグレッシブ ジェントルメン”という
言葉の棍棒でカウンターを喰らい、かなり心がひしゃげている。
「アルフレート、下っ端はこの部屋じゃ
ここにいることすら不敬だぞ」
ものすごい意地悪そうにトーマスが言った。
そういうとこだぞ、トーマス。
ほら見ろ、アルフレート泣きそうやんけ。
”不敬”なんて言葉でとどめを刺されちゃ
心がポキンとなってしまうではないか。
「..確かにな」
そう言うと、アルフレートは席を立ち
部屋のドアへ向かって行こうとした。
「 ー おやめなさい。
今はそんなことをしている場合ではないのです。
アルフレート、戻り、席につきなさい。」
ヘレナは静かに制した。
アルフレートはヘレナの死後、爵位すら返納し修道僧になる所を
軍師が引き止めたのだという。ー 表向きは。
その裏ではアルフレートが戦争を画策していたことも、その責任も
誰かに刺されたことも、軍師はアルフレートにこう、告げた。
「すべての処遇を王妃殿に一存する」
ヘレナは静かに目線だけを動かしアルフレートの横顔を見る。
アルフレートはヘレナを非常に気にしているが
目を合わせようとはしなかった。回復には時間を要するようだ。
ヘレナの頭はすでに立場でものを言う思考回路だ。
(軍師も面倒くさいことを押し付けてきたものね。
後ほどアルフレートから話をよく聞かねばならない。)
アルフレートは戸惑ったが、振り帰って俯いたまま足早に席についた。
「さて」
軍師は皆を見回して口を開いた。
「ここにお集まりの諸君は、王妃ヘレナとの再会を
三年ぶりに果たし、感慨もひとしおのことだろう。
だが、三年前 ー。
影武者として死したは我が娘、ルイーズである。
王妃殿は狙われた。それはなぜか ー。 」
アルフレートは下を向いて鎮痛な面持ちだった。
自分のせいだと、そんな顔をした。
クレイトンがそんなアルフレートを見た後
軍師に目を向け口を開く。
「アルデラハンは十三年前から、我が国を狙っていた」
クレイトンお兄様ったら、かっこいいわぁ。
さっきとジャケットが違うわ〜。
その灰色も似合っておいでよ。
カフスボタンは金なのね、奥様のセンスかしら。
ええな。そういうの、ええな。
我が国の狙われた説明なんてしなくていいから
ちょっとだけシャツの首周りのボタンを一つ、二つ外さないかしら。
鎖骨見せてよ、鎖骨〜。
(現実逃避したいんじゃ〜、ナンシー)
あら、お嬢様方には
まだご紹介をしていなかった臣下(メンバー)がいましてよ。
ちょうど良い機会ですもの。
私がご紹介差し上げましょうね。
どうせ、相当めんどくさい話だもの。
私が呼び戻された理由なんて
なんとかしろってことでしょうよ。
ささ、現実逃避の脳内他己紹介
はじまりはじまり〜。
ー せせら笑ったのは軍事バカのモニーク。
「うちの国を狙うだって?
なんの価値があるって言うんだ。」
なんって
モニークは以前からそんな男です。
モニークの秀でた能力は、
自軍と敵軍の能力の差を正確に判断し
適切な対応を瞬時にとれることにありましてよ。
敵軍の擁する軍勢に必要な自軍の力を
戦場において発揮し、その割り振りを展開します。
危険察知能力とも言い換えられますけれども
ダメだと判断すれば、即撤退する潔さがございます。
彼に”大義”は必要のないものでしてよ。
生き残れば、”勝ち”なのです。
モニークの頭にあるのは
軍事の上手な駆け引きなのですけれど
女性にそれを行ったことは今一度ないそうですわ。
意外に奥手なのですわね。彼 ー。
恋人の存在の有無は聞いたことがありませんもの。
チャンスじゃございませんこと?お嬢様方。
彼の見目については
一言申し上げますれば
神経質なメガネ男子でございます。
若干、物憂い顔をしておりますけれども
その実はとても真面目な方でありますのよ。
お嬢様方をご満足させるだけの、モノはあると存じます。
ー ちょっと、下の話はしておりませんことよ。
モノはモノでも”中身”のモノでございます。
ん?余計に勘違いさせてしまいそうですわ、おほほ。
先着一名でございます。お急ぎ遊ばせ。
「将軍とこの”鉱石”だろ」
ムキムキマッチョメンが両腕を組みながら
ユージーンを見ております。ユージーンは私を見ております。
私は、ムキムキマッチョメンを見ておりますけども。
何やら呆れたようなお顔をしておりますね。
大体どう思ってらっしゃるかは存じておりましてよ。
(...うちんとこの将軍はエライ強いがエライ惚け男だな)
と、でも思ってらっしゃるのでしょう?
うふ、ほらね。
目が合って副将軍ったら、苦笑いしたわ。
えぇ、私も完全同意です。
副将軍 トーマス・ボイドは
ユージーンに一騎討を申し込んで負けた男でございます。
豪気の方で実直、単細胞(あら、これは悪口?)
15年もの間、その椅子に座したお方です。
トーマス副将軍はなんというか...
あれですわ、”俺より強い奴に会いに行く”みたいな。
とりあえずマナーはあまり無いお方ですが
私は爪の先ほど気になりませんことよ。ムッキムキやしな。
一度目の戦争で
ユージーンが将軍への昇格が取り沙汰されたとき
実は心の底からワクワクしたそうで
自分を将軍の席から引きずり下ろそうとする若者が
ようやく現れたことを、トーマス副将軍は大変喜んだそうですの。
彼にとってもはや、将軍の椅子は興味のないものでして
将軍職を辞すと仰ってよ。
めっちゃ引き止めました。女帝、必死すぎ。
一騎討ちに負けた後、”辞める”とかっ騒いだので
そこで、私は考えましたの。
目一杯ほほえみながら。
『 まだ 一騎討(ケンカ)のチャンスは残っています 』
一瞬怯んだようなお顔をされました。
どう判断されたのかはわかりませんが、彼はため息一つ。
副将軍は頭を掻きつつ
『 あんたのお願いを断るのは男がすたるってもんだ。 』
”お願い”ではなかったのですけれども..
何はともあれ副将軍の椅子に着いてくださいました。
ムキムキマッチョメンはより、ムキムキ励んだ。
女帝の思惑通りー。おほほ。
あぁ、お嬢様方。この方は既婚者ですのよ。
ボイドご夫人といえば、この国の社交では
知らぬ者がいないほどの美貌の持ち主でございまして。
見たことないから知らんけど ー。
やるな、ムキムキ。
どうやって落としたん?
やっぱ、ムキムキさせたんか、そうなんか。
広背筋が見たい。
見目に関してはそうですね、紳士ではないですが
清潔感のある逞しい男性、でしょうかね。
申し訳ございませんが、彼をじっくり見たことがありませんの。
一応、既婚者ですし。ただ存じ上げている事実は
胸板の厚さと心の熱苦しさは群を抜いております。
そんな彼はボイドご夫人とは
未だ、アツアツの相思相愛の仲だそうですのよ。
邪魔してはいけませんね。
( ー 想像するなとは言っていない。存分にやりたまへ )
「 ー 違うな。和平協定の仲間入りを阻害するためだよ 」
フィリップは軍師を見て仰りました。
軍師はそうだとも、違うとも仰りませんけれども。
宰相 フィリップ・モント・イグネシアスー。
彼こそがこの国の根幹とも言える頭脳で
その柔軟な思考とバランスのとれた対応が
いつでも私の判断材料となって助けられましてよ。
彼は人を見る能力にも秀でております。
若くありながら、軍師のことを”友”と呼び
まぁまぁ不敬ですけれども、私は針の穴ほど気にしておりません。
だって、たぬきちですしね。
フィリップはクレイトンお兄様と一緒に留学しておりましてよ。
クレイトンお兄様とは多分、仲もよろしいのではなくて?
どうせ、フィリップのことです。
悪いことをそれはもう、数えきれないほどやってきたのでしょうね。
えぇ、想像に容易いものです。
だって、あいつ
まじもんの”エロエロキング”やで。
女帝、キングの称号あげちゃう〜。
ただしお前の”王”と私の”王妃”を混同してはいけない。
質が違うのだよ、質が。
そしてお前とどうにかなる気は毛ほどもない。
あら、失礼あそばせ。
なぜフィリップがエロエロキングの称号を私から与えられるのか。
お答えいたしましょうね、お嬢様方。
”来る者拒まず、去る者追いつめてもう一回やる。 ”
聞きまして?
鬼畜にございますね。
一言で申し上げますと。
お嬢様方、こういう男は要注意でございましてよ。
逃げようとすると全力で追ってきます。
もし、逃げる時は世界最速の馬車を用意し
青い猫型ロボットに
どこか遠くへ行けるドアを全開で開けておいていただきましょうね。
それでも追い詰められたならば、腹を括りなさい。
私の知るところ、ヤツの毒牙にかかった者たちは皆
身体中に得体の知れない赤い斑点が浮かび上がるという
謎の奇病が報告されていましてよ。やだ、コワ〜イ。
1週間ほどはデコルテなんて出せませんわ。
首に多くその斑点が見られるそうなので
血でも吸われたのかも知れませんね。
フィリップは吸血鬼だったのかしら?
(あんな顔してえげつないやつやで〜、ナンシー)
フィリップの見た目ですか?
えぇ、大人の女性なら胸がキューンとなるような
可愛い男性ですよ。見た目だけはね。
鬼畜でしてよ(絶望音を添えて)。
さて、後に残るはすでにご存知でございましょう?
クレイトンお兄様についてはパイ乙星人だなんて
散々いじめてしまわれて、かわいそうですから
私から進言いたしましょう。
”めっちゃ いい男やで”
多分。既婚者だから薄い目で見ております。
もう少し丁寧に申し上げますと
”たぬきちに見た目が似てるのが腹立つけれど
この部屋で一番いい男”
でしてよ。えぇ、妹贔屓でございます。当然です。
肉体美が素晴らしい。
裸で石を投げつけようと睨んでいるあの像どころの話じゃ
ございませんことよ。
あの像の下半身しか見てないとか言うんじゃありません。
え?あの像をご存知ない?!
検索するのです。”像 目がハート”
ロマンですわ。
検索して、また下半身しか見てないとか言わないように。
アルフレートは言わずもがな
美しい殿方ですので...あら、思い出しましてよ。
その昔、騎士団内でほら、何と仰いましたっけ。
ボーイズ フォーリン ラブリンリン。
そういうのが起きそうだったそうですの。
おほほ、黒薔薇が咲き乱れてきましたわ。
お嬢様方の中にもいらっしゃいますでしょう?
麗しき男性と男性との”ぶつかり稽古”を尊き精神にて
真顔でご覧になるぐらいお好きな方が。
アルフレートはアグレッシブ ジェントルメンですから
男性にとっても大変好ましいタイプでして
私が知りうる限り(フィリップ調べ)で
17名の殿方から、愛の告白を受けたのですよ。
返り討ちにされたとか、フルボッコだドン。
ま、まぁ彼は信仰深い方ですから
世俗的なお付き合いは求めてらっしゃらないのでしょう。
そういうことにしておきましょうね。
軍師とユージーン?
ご興味がおありですか?お嬢様方。
うふふ、知識に貪欲な方は大変好ましく思います。
” たぬきジジイ & にぎにぎ破廉恥魔人 ”
以上。
まぁ、そのようなことを脳内紹介してございますけれども
覚えによろしくて?
さてそろそろ本題に戻りますわよ、よろしいかしら?
うふふ、リアルタイムの脳内マルチタスク処理でございます。
現在
”アルデラハンは十三年前から、我が国を狙っていた”
件について、皆話していたのでしてよ。
「 ー、エスケーニシェル同盟...」
えぇ、彼らの話はちゃんと聞いていましたわ。
もちろんでございます。女帝ですから。
ー 面倒なことになりそうね、この話。 ー
大国アルデラハンは軍事だけではなく
その産業も、農業も規模が大きい。
世界規模で我が物顔している。
だから、小国はみな同盟を組んで
助け合うのがその目的だ。 ーだが
本当の目的はそうではない。
もし、戦争になったら助けてぴょん。
という本来の和平協定の意味を、大国アルデラハンが知らないわけがない。
そして我が国はその同盟を十三年前、締結しようとした。
だがその時締結には至らなかった。
アルデラハンが邪魔という名の警告をしてきた。
『もし同盟なんか入ったら
お前んとこにいろんなもの輸出するのやめちゃうよ〜』
えげつない”お前の物は俺の物。俺の物は俺の物”方式を
制裁という名で振りかざしてきた。
アルデラハンから輸入している品は
生活雑貨を主に、生鮮食品も含まれますから
それを止められれば
我が国の生活自体も成り立たなくなってしまいます。
国のやることとは言え、姑息な手だ。
「 ー では、これの何が問題になると言うのだ?」
モニークは軍事以外は本当に何も知らない。
アルフレートが顔を上げて言う。
「この国の南部にアルデラハンは位置している。
サヌエリ川は我が国のウンデルス山脈の雪解け水で
工業用水にしても、生活用水にしても主流水だ。」
モニークはまだわかっていない。
「水がなんだっていうんだよ」
クレイトンはほほえんでモニークを見て言った。
「同盟が結ばれれば、政治的境界線を越える河川流域は
緊張状態をもつことになる ー」
フィリップは頷いた。
「まぁ、そんな所だな。我が国の鉱石採掘と、工業用水は
サヌエリ川の水を使っているからな。
だが、同盟によって隣国との河川用水を目的とした
運河開発で水流と水量は大幅に変わるだろう。」
ねぇ、みなさま。
この小難しい話についてこれまして?
私?
えぇ、もちろんわかっておりましてよ。
要するに、”水”はすべての生命線です。
それを勝手にあちらこちらに渡すなよ、と
アルデラハンは脅してきているのです。
そしてこの微妙なパワーバランスは
自国の産業や、特に工業の分野で新しい開発ができれば
なお、交渉で有力な武器になるのです。
真新しく、素晴らしい技術は
皆、欲しがる物でしょう?
ー それが、世界にひとつしかないとなれば
なおのこと。
さて、その技術が我が国にあるのか?
あぁ、最後に
もし、お気に入りの臣下メンズがおりましたらば
どうぞご贔屓に、プロマイドを買っていただければ
この国の繁栄の貢献にも一歩近づきましてよ。
お嬢様方には特別
お求めやすい価格にてご提供させていただきますわ。
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