第17話 王妃、にぎにぎをよく覚え


転生の意味!!!! 




えぇ、今こそ問いたい。

転生史上、これほど意味のない転生が起きた事があろうか。


(毒飲んで一周しただけなんじゃ〜。ナンシー)



町娘になる方、葡萄踏み娘になる方。

至急、私のところへ来なさい。


そして諦めて転生するのです。

安心して下さい、お胸はありますよ。


と、いう夢を見たようでしてよ。






「 か、影武者?ー 」

そんな言葉を女帝ではなく、転生して聞くに至るとは...


ヘレナのゴリゴリ削れたメンタルは

さらに鉄工ヤスリで削られていくようだ。







「 あぁ、そうだ。 」

たぬきち軍師は飄々と言い退けた。


「 ー 毒殺が行われ始めてから、この3年間

  我が家で匿うと同時に、影武者を立てていたと

  そういう情報をクレイトンに流してもらった。


  その影武者こそが、”ルイーズ”だっただけだ。」




ヘレナはその事実よりも

ルイーズが死んだことにされたことに

背中に冷たいものを感じた。

「 だめよ、ルイーズは死んでないわ 」


軍師は静かな眼差しのままだ。

「 王妃らしい。 ー だが


  影武者とはそういう生き物です。


  立場ある者は、時に生き永らえることを優先せねばならん 」



「ルイーズは、ルイーズは自分を影武者と知っていたのですか!」

ヘレナは悲痛だ。


軍師は首を静かに横に振る。



(そんな ー!)


その言葉に胸が痛くなる。


そして、ヘレナはその意味を知る。

男装していたのは、本人の意思によるものだが

女性の格好をするのは苦痛だったであろうこと。



部屋の中も女性のものは少ないが

刺繍を嗜んでいたこと。


ルイーズ自身、嫌々だったろうが

外出着はドレスであったこと。


それらはみんな、ヘレナの影武者として

疑われない程度にやっていたのだろう。



ここにいるのはルイーズなのに

私が乗っ取ったせいで...。


なぜ、私ごときのために

ルイーズはそんな目に遭わなければならなかったのか。

私はあのまま死んでいた方がよかったのでは..




「ご安心を。ー ルイはどこかにいるでしょう。


 そろそろ皆、集まる頃です。ー ご用意を 」



そう言って、軍師は部屋を出た。




どこかにって..そんな。ルイーズは

どこにいるかもわからないの?ー。

”何”に転生したかもわからないの? ー。




私の転生は、本当に良かったのでしょうか。

確かに苦しんで死にましたけれども

あのときの私は、後悔も、憎しみもなかったのです。


ルイーズを乗っ取ったときは

このお胸に、神をも恐れぬ歓喜の叫びを心からあげましたし

そう、このようににぎにぎと...



にぎにぎと.. にぎにぎ?



「 ユージーン!! いつまであなた、手を握って!! 」





ユージーンは先ほどの私と軍師の話を聞いていたのかしら。

何なの、この男は。

ちょっとは真剣に..

「 大丈夫だ。 俺がヘレナを守るし


  ルイーズもきっとどこかにいる。 」



ユージーンは私の手にまた、口付けた。

そしてゆっくりと目線を私に合わせて、言う。


「軍師は言葉足らずだ。ー 最初から影武者など立てていない。



 急遽、話を用立てたくらいのものだ。


 ー 彼は 軍師だからね 」



ユージーンはヘレナの髪を一房取って口付けている。

ついでに腰に手を回し、腰をもなでなでし始めた。

雑念まみれである。そして不埒でもある。

好き放題されているようだが

ヘレナはまったく気付いていない。

ユージーンの言葉を理解する。




(〜〜〜〜〜!!!!あんのたぬき野郎!)

 

 完全におちょくられている。


 私の反応を見て、笑っているのか。

 試しているのか。


 呼び戻して何をさせようとしているのか。


 ”王妃”として何かに利用しようとしているのか。


 なぜ影武者だなんて言ったのか...


 なんでもいい。



『 ー 行くわよ、ユージーン。 」


毒だろうが、ヘチマだろうが

全部飲み込んでやろうじゃない。


(ルイーズ、 ー あなたを必ず見つけ出すわ。)

ヘレナは心に誓う。

あのたぬきち軍師に目に物見せてやる。



...ルイーズにはお胸のご恩を返したい。



「 ? 」

(あれ、う、動かないな。)

デジャヴュだろうか、掴まれたまま動かない腰から目をふと上げると

ユージーンが小首を傾げてヘレナを心配気に見つめている。


「 ヘレナ。 ー 約束してくれ。


 もう一人でどうにかしようとか、そんなことを思わないで


 俺を頼ってほしい。 」


「な、何を言って 」


ヘレナは今更気付く。

ー 距離感!!!!


  にぎにぎ!! ー まあだ手をにぎにぎしてやがる。



「なんならここからヘレナを連れ去ってもいい。」


前のめりで抱き込むユージーンを力一杯押しのけようとする。

「ば、馬鹿仰い!! ー に、二度目の、せ、せん」

あっけなくユージーンの胸に引き込まれ、抱きすくめられる。


「ずっと、こうしたかった」


「ふ、ふふ、ふら、不埒よ!!」

もう思いつく言葉がそれしかない。メンタルが悲鳴を上げている。


「ー 俺は不埒だからな。 ...ヘレナ、かわいい」

「は!?」

ユージーンはヘレナを両腕の中に入れたまま

彼女の腰の後ろに手を組んだ。

うっとりとヘレナを見つめている。


(ナンシー!この男、私を”かわいい”と言ったわ!)

またしても気が遠くなりそうよ!!



だめよ、二度も失神するだなんて

そんな失態をかましている暇はないの。

けれど、う、嬉しいのも確かよ。

あぁ、私はこんな時に何をしているの。



”かわいい”

言われ慣れている方にはピンと来ないだろうが

この言葉の汎用性の高さと言ったらない。


どんな時でも使える万能なお言葉であるが

ちょっとした”逃げ”にも使えてしまう。


ヘレナは転生前にその言葉をもらったのは

父と兄と家の従者たちだ。

ヘレナが幼少期に

髪に付けたド派手で大きなリボンを褒めて欲しくて

家中の人間に聞き回っていたのだ。


その本来の意味合いは

『(うちの姫様こそ世界一)かわいいですよ』


『(めんどくせーな)かわいいかわいい 』


『(うちの子は何しても)かわいいな〜 』

               ー(家人順不同:不敬な兄の描写あり)

だったとヘレナは記憶している。

子供の頃から人の心の機微は読み取っていた。



だから、そんな言葉の持つ意味が

自分を”思う”男からもらう、そんな言葉で

ヘレナは舞い上がる。なんて言ったって

13歳以降、言われたことなどない言葉だ。



女帝の意識と、乙女のヘレナに

”かわいい”の褒め言葉で脳みそは

実直にも、答えを出した。



『 もっと言っても よくってよ 』



承認欲求が顔を出しつつも上から目線だ。


”かわいい”と言われて嬉しくないことはないだろう。

本気で言われたのなら、それこそこの世の春だ。




しかしながら、ヘレナの理性はそこそこお仕事してくださった。


「お、お褒めに与り、光栄ですけれども

 

 不埒なので不敬だわ!!」


褒められて嬉しいけど、けしからんから処すという意味で色々混ざった。


ふさわしい言葉ではないことは重々承知しているが

初めての体験と、ユージーンの言葉に舞い上がっているヘレナに

正しい語彙選択はできなかった。


それでもなんとか言葉を見繕い、発した。


「ユージーン、


 私はまだ戻って半日よ、昨日今日で覚悟はない..わ。


 私を思うのならば、きょ、距離感を保って頂戴!」


ユージーンは真顔だ。

「今まで散々(物理的に)距離感を保ってきた。


 (物理的に)もう保たない。」



(ぐっ...コイツ、めんどくさい男だな)

ヘレナに言われたくないだろう。


「ふ、触れたければ、約束を守っていただけるかしら」


ユージーンは初めて反応する。

「約束?」


ヘレナのいう”約束”は思い付きだ。

だって、心はもうボドボドよ。

とりあえず出した言葉で、時間稼ぎを図る。


「え、えぇ。そうよ。約束を守って頂かないと ー」

 



ユージーンはヘレナに無理強いする気はない。

だが、こっちはもう爆発しそうな勢いでもある。


「どんな約束かによる。」

譲歩した。

紳士だから。


ヘレナは深呼吸して、ユージーンからようやく距離を取った。

そして静々と

ドアに向かって歩き出す。ユージーンは見守る。


ゆっくりと振り向いて、ユージーンに言った。

「人前では決して、先ほどのような行為はしないこと。


 二人きりになりたければ、必ずお父様の言う手順と承認を得ること。


 あとは...


 あとはそうね、ー、ふふ、そうね。会う時は、花を持ってきて 」





ヘレナは照れたように笑う。


ユージーンはヘレナの笑顔に胸を掴まれた。

だいぶ長い間、彼女を想っていたけれど

こんなに彼女を愛しくなったのはもう、いつぶりか。



この笑顔が見たかった。


「あぁ、約束する。ただし ー」


背中越しにドアに手をかけたヘレナの手を

いつのまにかそばにきたユージーンが包む。


掴んだドアノブごと、にぎにぎされる。


ユージーンがヘレナの瞳に映り込む。



「 二人きりになったら、俺の好きにして いいのだな 」

悪い目だ。


「っぜ、善処します。」


ヘレナはにぎにぎされたままドアを開け部屋を後にした。




(ヘレナの耳、赤くなってたな...かわいい..)


ユージーンはしばらくヘレナの部屋で

爆発しそうな思いと、その雑念が落ち着くまで

”善処”した。

彼は紳士だが、アグレッシブには行かない。







(だいぶ大雑把な約束をしてしまったわ、ナンシー)

我ながら、抜け穴だらけの

どうとでもなるような約束をしてしまった。



しかし歩きつつ、思い巡る。 ー 覚悟して読まれたし。


(ユージーンたら、いつから私のこと ー。

 好きだと言われたわけではないけど、多分

 私のことが好きなのよね。好きなの?..不安だわ。

 あぁ、勘違いだったらどうしましょう。

 あんな恥ずかしいことを言って。元女帝として

 あるまじき言動だし、花まで所望してしまったわ。

 でも勘違いさせるユージーンだって悪いわ。

 て、手だって初めて繋いだと思ったら

 ずっとにぎにぎしてくるものだから

 私だってにぎにぎしそうになるじゃない。

 それに、にぎにぎしながらユージーンたら

 こ、腰に手を回すだなんて破廉恥よ。

 破廉恥魔人と名付けたいわ。あの破廉恥魔人、

 あそこまで私に触れておきながら

 男女の関係になりたいだけなどという理由だったら

 それこそ、穴を掘って埋めて差し上げてよ。

 顔だけ出して、古式ゆかしい魚介類家族のご子息の

 スズキ目サバ科カツオ属さんにお声がけして

 蹴球しようぜ!って呼んで一緒に頭、蹴ってやる。

 けれどありうるのよね、ユージーンだもの。

 フィリップも言ってたわ。寝所に裸婦が3人寝てたと。

 絶倫だと。性欲を持て余しすぎではないのかしら。

 乱れ切ってるじゃない、破廉恥通り越して猥褻罪で

 逮捕されてもおかしくない案件になってるわ。

 ユージーンは性行為上級者の免許皆伝でもしたの?

 3人との性行為自体、どんなものか気になっている上に

 性行為上級者の破廉恥魔人に簡単に私、体も心も許すの?

 そう言えば性教育の家庭教師のメラニー先生が仰っていたわ。 

 ”心は開いても股は開くな”と。ここにきてこの言葉が

 とうとう活きたわね。感謝します、メラニー先生。

 孤高の鉄壁処女と名高い(私が自分で命名したけれど)

 私が、そんな破廉恥魔人の手に落ちてしまうのも

 いかがなものか。にぎにぎしたごときで

 ちょろいとか思われでもしたらそれはちょっと問題ね。

 転生したのよ、これを機にその手の道も

 極めてみても良いのかしら。ー だめよ。ヘレナ。

 そんなことをすれば私が破廉恥令嬢と呼ばれるわ。

 魔性令嬢と、破廉恥令嬢...だいぶイメージが違う。

 しかも今の私には最強のお胸がありましてよ。

 ひょっとしてユージーンはこの最強のお胸、

 コレに釣られた?え、そうなのかしら...

 ありうる。あ、それだったら地味にへこむわ。

 それならそれで、私にだって意地もあるし

 そんな安売りだってする気はございませんの。

 簡単ににぎにぎをさせてしまったことを後悔するわ。

 私は強固な鍵のついた頑丈な要塞の元女帝なのです。

 ルイーズの体でもあるのですから、大事にしなければ。

 まずは、ユージーンの動向を見極めなければいけないわ。

 ー ユージーン。覚悟するのはそちらよ、ふふふ。)


お疲れ様でした。


と、ここまでを部屋を出てから角を曲がるまでの

およそ3分半で思い至った。


しかしながらヘレナに補足してやりたいものだ...



”還る魂の儀”で

呼び出した者、つまりはユージーンは

ヘレナに真実の愛を持ち、ヘレナのために祈ったのだ。



純粋な祈りではなかったかもしれないが

男気により認可されたお墨付きだ。

そのユージーンを”破廉恥魔人”とは...。

彼の思いがちょびっと先走っただけだ。

ユージーンのにぎにぎくらい許してほしい。



しかしこれもまた、ヘレナの試練なのだ。

すっとこどっこいなヘレナの動きを見て

どこかのたぬきみたいに笑ってあげよう。




ヘレナは角を曲がり、顔をあげる。

部屋の外には見知った顔がいた。


「...フィリップ」

宰相 フィリップ・モリス・イグネシアス。


フィリップは、私の姿を見て目を見開き

見たままこちらへ早歩きし出した、と思ったら走り出した。

「王妃!!!!」

(ちょ、声大きい。)

ヘレナはその声の大きさと、泣きそうな顔をしたフィリップに

嬉しくもあり、恥ずかしくもなった。


フィリップは私の顔をまじまじと覗き込んだ。

ユージーンと同様に覗き込まれたが

フィリップには不敬を感じない。


彼の役得だ。

「あぁー、本当だ。 ...本当に王妃だ。


 死んだのは影武者だなんて軍師が言ってたから


 一瞬、疑ったけれど ー 王妃だ ー。 よかった。


 ー 王妃。 よかった、本当に...!!


 ご無事で...。」


フィリップは下を向いて震えながら嗚咽をこぼした。


(”これ”ね...軍師はこのことを言いたかったのね。)


唐突にヘレナは軍師の意図を理解した。

臣下の内に広がる不安と疑問を

王妃の”生存確認”で落ち着けた。


軍師の思いはそれだけではなかった。


(..一体いつから影武者だなんて言ってたのかしら)


なんという自信の表れか。

三年前の森の儀式の時には、軍師フィオドアは

すでに

『 王妃は生きている 』

と、臣下に言い


アルフレートの”心”を救った。





フィリップの困ったような泣き顔も初めて見るが

ヘレナもまた困った。


 (あら、どうしましょう、先ほどアルフレートに

  ハンカチをあげてしまったから、手元にないわ)

横からハンカチが出てきた。


ユージーンだ。

「こんなところで泣くやつがいるか。」


顔を上げたフィリップは、ユージーンのハンカチを受け取り

思い切り鼻をかんだ。

ユージーンの呆れた顔を見て、フィリップは笑った。


「 こんなところだから、泣くんだよ 」




そうだ。

みんな立場のある人間だった。

私だけではなかった。ー なんでそんなこと、気付かなかったのだろう。


今なら、気付ける。



臣下たちは皆

私を支えてくれていた。



私はそんなことを

今、ようやく実感したのだ。 ー




ふと、私はフィリップに言っていた。

「ー ふふ。あなたにも、迷惑かけたわね」


フィリップは一瞬ヘレナを見つめたが

くしゃくしゃに顔をしかめて、泣きながら笑う。


「 ほんとですよ、王妃。 ー 皆、あなたを待っています 」








え...? ー みんな?!

どこの?







「 さぁ、王妃の復活だ。ー 」

私の手をとり、ユージーンは部屋のドアに手をかける。






(ちょちょちょ。待って。復活って何よ。

 嫌な予感しかしないんですけれど

 ご説明いただけないのかしら。

 もう、あの地獄巡りはしたくないんですけど〜。)









「 大丈夫です。 私たちが、います 」

フィリップは鼻を赤くしたまま自信満々に言った。












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