第16話 溺愛に加減など ない
部屋へ戻って一旦休憩しようとルイーゼもといヘレナは歩く。
その横を何にも疑問もなく、ユージーンが歩いている。
(ー なぜ)
エスコートされているわけではない。
ただ、横を一緒に歩いている。
( な ぜ )
ヘレナは自室の前に着いた。
そこにはアンがすでに扉を開けて待っている。
「 ありがとう、アン 」
そう言って、ヘレナは部屋へ入る。
当然、ユージーンも入ってくる。
( だから な ぜ ! )
黙ってはいるが、ヘレナの心は発狂しそうだ。
だが、今は王妃でもない一介の伯爵令嬢だ。
自分より家格も立場も上で、婚約を打診されている殿方を
無下にはしてはいけない。
色々裏目に出るものである。
アンはヘレナに尋ねた。
「お飲み物をご用意いたしましょうか?」
「いや、いい」
ユージーンが答える。
( お、おおい!! そこ、お前が答えるとこちゃうやろ!)
ヘレナはとりあえず同意するように頷いた。
けれど、次の瞬間、その頷きを後悔する。
「悪いが、二人にしてほしい」
でた、人払い。
一度アンはヘレナを見るが、ほほえんで
アンはそのまま静かに部屋を出た。
(ち、違うのよ、アン、そういう意味じゃないのよ!!)
小さな音を立て、ドアは閉められた。
ヘレナはユージーンと二人きりになるのは
実際、初めてだ。
転生前だって、殿方と二人っきりで自室で過ごしたことなんてない。
その癖が出たのか、ヘレナは思いっきり距離を取るように
ソファの端っこに座った。
なのに、ユージーンは距離を詰めるようにヘレナの横に座る。
(何なの、このひと)
ヘレナはちょっとその礼儀のなさに苛立つ。
これは女帝としての礼節を重んじていたからだろう。
変なところで癖、というものは出る。
「ヘレナ。ー どこか、体でおかしなところはないか?」
ユージーンが覗き込むようにして言った。
彼にしてみれば、落馬したことを気遣ったつもりだろうが
このように女帝を覗き込むだなんていうのも、ヘレナからすれば
とても不敬である。
なぜだろう、転生したのに
振る舞いが女帝のそれだ。
「い、いいえ、大丈夫です。
将軍、もう少し、あの、彼方へ ー」
(ほら、ソファあんなに空いてるのになぜこちらへくるの?
近いのよ。ー 寄りすぎだわ。)
「さっきは、ユージーン、と」
なぜかしょんぼりした犬のような態度をとる。
「そ、それはその..」
ヘレナはしどろもどろだ。
どうしたらいいのか、わからない。
あんなサスペンス劇場の後だもの。
私はルイーズではなく、ヘレナだってもう皆知るところだ。
だからと言って、王妃ではもう、ない。
急にどうしたらいいか、もう、わからなくなっている。
お胸はある。チラ見して安心する。
「 ヘレナ、もう、自由なんだ。
品格とか、そんなことはもう、誰も求めない。」
ユージーンが優しくほほえんだ。
「 でも ー。」
躊躇がある。ごちゃ混ぜになった自分を
取り繕うのもリニューアルすることも、ヘレナには難しい。
「 俺は、ずっと、ずっと嫌で
後悔してたんだ。
ヘレナが婚約して、王子妃になって、王妃になって、女帝になったこと」
下を俯くユージーンの膝に握り拳ができていた。
「助けたかったけど、お前は俺を避けてたろ?
余計、後悔した ー 」
急に恥ずかしくなる。
何でそんなことを今更、この男は言うのだろう。
(緊急事態よ、ナンシー)
助けたかった?
私を? ー。
後悔?
心がじわじわとその言葉で侵食されているのを感じるわ。
きっと私の顔は、今赤くなっているはず。
避けてたこともバレているし
よく考えたら、公開処刑もされているし
何なら、今
私は、
男と二人っきりで部屋に居ますけど、何か?
急激にその現実が私を襲ってきたものですから
私、身の振り方をどうにかしたいのですけれども
いかんせん初めて尽くしでございましょう?
他のご令嬢ならば、こうした場合どうしていらっしゃるのかしら。
ユージーンは私に向き合うように座り直して
私をみる。
「 ヘレナ、俺と結婚してほしい 」
ダイレクトアタック仕掛けてきたー!!!!
心臓が飛び出るかと思ったわ。
ぷ、ピウ、違った
プロポーズよ、ね?、これ。
(本日二度目のプロポーズよ。ナンシー)
け、結婚?
転生して、まだ一日経ってないんだけれども
これは、婚約をすっ飛ばしてもいいものなの?
それこそ、婚約前のなんだか甘く切ない心のやりとりなぞ
あるのではなくって?ー 知らんけど。
どこかピクニックへ行ったり
劇など見に行ったり
夜会なんかも出たり出なかったり
その後ば、バルコニーで語らったり...
言いながらすっごく恥ずかしい。
私にもそんなことを夢見たことがあるのかしら。
その前に色々あるでしょう?
たとえば父に挨拶とか、ー あ、
そうだ。
私は、何らかの目的があって呼び戻されたはずだ。
それを聞いてない。
急に、冷静になった。
これも女帝の癖だろう。
ヘレナ個人のスイッチはオフされた。
「 将軍。 私をここへ呼び戻したのは、あなたでしょう? 」
「 ? あ、ああ、そうだ 」
ユージーンは返事がもらえず、少ししょんぼりしている。
めげるな、ユージーン。
「 どうして私を呼び戻すか、軍師に聞きまして?」
「 いや、それは聞いてない。聞いたのはその方法だけだ。」
(これは本人(たぬきジジイ)に聞いたほうが良さそうね。)
そうとわかれば ー。
「 将軍、聞きたいことがあるのですけれど。」
私はユージーンにほほえむ。
「だめだ。」
( な ん だ と ?)
さっきまで熱視線送ってたやん。
急にツンかよ。 ー 処すぞ。
ユージーンは私をソファの背もたれまでジリジリと追い込みながら
言う。
「 その、笑い方。 ー もう、俺の前ではしないでほしい。
あと、俺のことは ”ユージーン”と 」
そう言って彼は私の頬を さすった。
丁寧にそーっとさする。
あからさまなその所作は私を見つめたまま行われ
ユージーンは目を細める。
ヘレナのスイッチがオンオフを高速で連打されたようだ。
さすっただと?!
ふ、ふ、ふ、触れられた!!!!
もうお嫁行けない!!
こんなに近いのも、二人っきりなのも
もう、もう、私、清い身じゃ、ないのだわ!!
(ヘレナは、性教育は受けていますが、男女交際のイロハは知りません)
「 ふ、不埒よ!!!」
私は立ち上がってしまった。
あぁ、こんな無礼な姿、何が悲しくてー。
私の手を取り、ユージーンは見上げ甘やかにほほえむ。
「 ー ようやく。 ヘレナに触れた 」
ど、ど、ど、ど、どすこ〜い!!!!
だめだ、私は今何も考えられない。
触れられることも、会話も、接し方も
御し方すら、何も、わからない。
熱がほほを這うのを感じる。
その手を握ったまま、ユージーンは立ち上がった。
「 俺は、もうヘレナを我慢しない。
だから、ヘレナも覚悟してくれ。
ー 不埒な俺を、許してほしい」
そのまま、手の甲に口付けた。
私は思わず、ヒュッと息を飲み込むような呼吸をしてしまう。
私の思考回路は一斉に動きを停止した。
代わりに、体温爆上げ中。
ユージーンは口付けた手の甲を撫でながら
私を見てまた手の甲に口付けた。
だめだ
気が、遠く、なる ー。
えぇ、お恥ずかしい話ですけれども
私はどうやら、失神という神技をご披露した模様です。
令嬢の嗜みだそうです。
そして、10分かそこらでしょうか。
気付き、目を開けましたらば...
私を膝に乗せ、抱き抱えてにこやかに微笑む将軍が、いたのです。
「は、!え、!!」
声が思うような音を発することができません。
「ー よかった。急に倒れ込んだから
何かまた起きるのではないかと心配した ー。 よかった。」
ユージーン、一体どうしてしまったの。
あなたのこんな顔を見たことはないし
何だか雰囲気が、その、なんていうのでしょう。
こ、こいびと、のような...
自分で思っておきつつ、私は恥ずかしくなって下を向いてしまいます。
(膝に抱っこされるなんて、父以外初めてなんじゃ〜、ナンシー)
退きたいのだけれど、いまだ私の体は思うように動かない。
膝に抱き抱えられているという事実をとりあえず意識しないよう
私は、別の何かを考えようとしました。
ー あ、そうだ。
「あの、将軍。」
「ユージーン」
しつこい男ね。
「ユージーン将軍。」
「...”将軍”はいらない。」
私もか。ふふ、どっちもどっちね。頑固者みたい。
聞くことは聞かねば。
「一度目の戦争の時の、200人の大捕物は
あなた、どうやって捕まえることができたのかしら?」
ユージーンはそんなことよりも
恋人同士のアレやソレをいたしたい。
そーだ、そーだ。ユージーン。
みんな、お前に期待しているぞ。
ヘレナはまだ何も知らないお子ちゃまだ。いてまえ。
今、ようやく念願の本物を手に入れて、抱きかかえているというのに
ヘレナはつまらないことを聞いてくる。
(ー 焦るな、俺。)
ひと呼吸入れた。
「 ーあれか、あれは ー 底引網漁だ。」
ヘレナはこてんと首を傾げた。
(その顔もたまらん)
ユージーンはいちいち反応してしまう。
仕方ない。
だって、すんごく好きだから。
ヘレナが失神したその瞬間には、ユージーンはヘレナを抱きかかえていた。
そのままゆっくりソファに腰掛け、ヘレナを膝に乗せ
横に寝かせた。
柔らかな長い髪がヘレナの顔にまとわりついていたのを
丁寧にどかしながら、じっと顔を見つめた。
長いまつ毛。
薄い紅を引いたような赤く小さな唇がほんの少しだけ開いている。
滑らかな白い肌に上気した頬。
正直言えば、目が覚める前に口付けの一つや二つ..三つ、
四つ、...ええい、面倒だ。
ぐっちゃんぐっちゃんに数なんか数えられないぐらいに、それはもう
天文学的数字ほど、したかった。口がもげるほど。
ー でも、しなかった。
紳士だからではない、ユージーンは紳士だが
思いがあった。
”意識のあるヘレナに、目の前で自分をすべてぶつけたい。”
笑う顔も
恥ずかしがる顔も
困った顔も
怒った顔も
泣く顔も
全部、みたい。
だから、ぐっと堪えた。
褒めてほしい。
(ヘレナに)
ユージーンの絶え間ない我慢など
その気も知らずヘレナは底引網漁をイメージしている。
イマイチ、ユージーンが何を言っているのかわからない。
察したのか、ユージーンは口を開いた。
「200人一気にやったわけじゃない、野営していると聞いたから
眠り薬を持って行って、鍋に入れてやったんだ。
1時間もしないうちに大体は寝てしまったよ。
で、起きてる連中には網を仕掛けたんだ」
ほ〜、とヘレナは目を丸くした。
なかなか面白い作戦だな、じゃぁ、その網は?と聞こうと思っていたら
ユージーンは腰を抱きかかえている右手に力を入れた。
「ひゃっ!」
ヘレナは今まで出したことのない声を出してしまった。
何が驚くって、こんな声、自分が出せたのかってことだ。
「 ヘレナ。
ー 覚悟はいいか?
俺は加減ができない男だ 」
瞳に広がる熱い熱が、私の真ん中に落ちてくる。
「か、覚悟 ー?」
( 何の? )
ヘレナの膝に乗せていたユージーンの手がゆっくり体を登ってくる。
ユージーンは紳士だからお胸は避けた。
本当は鷲掴みたい。やだ、サイテー。
でも、そんな体を沿って登ってくるユージーンの手の攻撃力は
ヘレナのメンタルをゴリゴリ削る。
「 俺の ”不埒さ”を 受ける覚悟だよ 」
その手が頬を包んだ。
ヘレナは前世でも今でも、こんな触れられ方を殿方にされたことなど
ない。
そもそも誰も自分に触ろうだなんて、しなかった。
自分が女帝だったからだ。
女だけれど、女じゃない。
自信がないのかと言われたら、それはそうかも知れなかった。
アンソニーは一度も自分に触れなかった。
けれどそれでよかったと思ってた。
自分が愛されることなんて、想像すらしたことがなかった。
なのに。
不埒さを受けろ、と言われる。
不埒さって何だろう。
”けしから〜ん”ということだと思っている。
けしからんを受けろ、と?
けしからんことなのに、けしからんをけしかるの??
あれ、ユージーンの熱まみれの瞳が近づいて来る。
頬に触れた手の先が、唇をなぞった。
が
ヘレナは微動だにできない。
御し方が、わからない。
頬に触れた手も、膝に乗せられたままの自分の体も
腰の手も熱い。
「わ、私は」
ガチャ
「 将軍、まことに結構なことだが
手順は踏んでほしいところだな、
軍師が入ってきた。
(た、助かった...!!)
ヘレナはホッとすると同時に、ユージーンを見た。
ユージーンの目は、ヘレナを見つめたままだ。
軍師の声が聞こえているのか謎だ。
「 すぐにでも婚約の手続きを行う。」
ユージーンは言いつつ、また甘やかにヘレナを見つめた。
「 それも大いに結構。 我が ”娘” が首を縦に振るならば 」
軍師はヘレナを見てほほえんだ。
(これは助け舟!グッジョブ、たぬきち)
ヘレナは初めて軍師に感謝した。
「 そ、その通りですわ!!! ものには順番が! 」
ヘレナはすぐさま立ちあがろうとする。
だが、腰を掴んだ手は離れない。
いいぞ、やれ、ユージーン。
ヘレナは軍師を見つつ腰を掴んでいるその手を両手で引っぺがそうとしている。
モタモタだ。
(くっ、こ、の馬鹿力!!!)
腰を掴む手をペシペシ叩き始めた。
「んもう! は、離しなさい! 将軍!! 」
ペシペシ叩くも、ユージーンの手には余計に力がこもるようだ。
それどころかユージーンは頬の手をヘレナの首の後ろに持っていき
膝上で横に寝かせようとしながら言った。
「 ”ユージーン” 」
目が据わってる。脅迫だ。
しかも、転生先のたぬきち軍師の父の前で。
ヘレナは思い切り軍師に助けの眼差しを送る。
軍師は軽薄にも笑いながら、そっぽ向いた。
(た〜ぁ〜ぬ〜ぅ〜き〜ぃ〜ちぃぃぃぃぃ!!
おのれ、呼び戻しておきながら見捨てる気か!!!!)
ヘレナはついさっき感謝したが即刻取り消した。
こんな父親、ほんと嫌だ、と思いつつも
このままでは
けしからんことになることがけしからんと、ついぞ叫ぶ。
「あぁ!もう!! 離して!ユージーン!!!」
パッと離された。
にこやかな顔をしたユージーンは
いつのまにかヘレナの手だけ、しっかり握っている。
ヘレナはこんなに声が自分から出たことを驚いた。
張り上げたことなんて、なかった。
新鮮な感覚がヘレナの胸に花開く。
だが次には我に帰り、ユージーンの手を一旦また解いた。
立ち上がり、シワになったドレスを伸ばしつつ
姿勢を正した。
「 言っておきますけど、”ユージーン。”
未婚の令嬢の部屋に、従者も付けず二人きりだなんて
将軍としてのお立場を考えておりませんことよ。」
「構わない。」
ユージーンは名前呼びに大変ご満足しているご様子だ。
「私が構うのです。 私はフィオドア伯爵の令嬢ですから
こんなことが社交にでも広まれば...」
軍師はようやく何か思い出したのか、口を開いた。
「あぁ、大丈夫だ、その点は気にしなくていい」
「はい?」
なぜだろうか、ヘレナは嫌な予感しかしていない。
直感的に、そう感じている。
軍師がヘレナに何か言うときは
大体何か起きてるか、事後の後処理をやらされる羽目になる。
その直感は、正しい。
転生しても使える直感(テクニック)で よかったね!!!チートじゃん!
と、先に慰めておこう。
「 先の王妃は”影武者”だったということになっておる。」
あん?
続けて軍師はにこりとひとつ、微笑んだ。
「 つまり、王妃は死んでなかったということだよ、王妃ヘレナ」
なんと見事な ー
ー 元サヤ、復活。ー
ー ユージーン、ちょっと 手!!
もう!! にぎにぎしないで!!!
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