第15話  悔い改めるなら 許す




(まさか、毒を口にし続けると、思っていなかった)


アルフレートは棺の前で立ち尽くす。教会には自分一人きりだ。

いつもの朝の、4時半だった。


真っ白な花に包まれたその王妃の亡骸に

茫然自失と、絶望をごちゃ混ぜにした感情が

アルフレートを覆った。



あの賢い王妃が毒に気付かぬはずがなかった。

気付いてそれを公表すれば、王の企みは公のものとなり

王族すら全て根絶やしにできるはずだった。




アルフレートの誤算 ー。



阿呆王(アンソニー)が思う以上に阿呆だった。

斜め上を遥かに凌ぐ阿呆具合に

まず意志の疎通までに三ヶ月もかかった。


ベラドンナの実を自分で食べて体調を崩したにも関わらず

その上

足りないからもっと寄越せと所望したこと。




そして最大の誤算は

女帝、ヘレナの”意地”であり

”恩返し”のためならば、自分の命をこの国へ渡すことだった。


女帝として誇りあるように

王妃として恥ずかしくないように

この国の行く末を守るため


彼女は身命を賭したのだ。



(なぜ、自分を頼ってくれなかったのか ー)

アルフレートは目の前の亡骸に問う。

答えなど、ない。





(彼女を”女王”としてシュレーシヴィヒ国を再建したかった ー)







アルフレートは

そう

考えたのだ。



絶え間なく溢れくる涙に、後悔だけがのしかかる。

自分のしたことが大間違いであり

彼女に対して抱いていた認識も

その結果も


もはや取り返しのつかないものだ。




彼女を汚してしまったのは、自分だった。





(彼女は死して”神”になったのか?)


 ー 違う。

震える握り拳に力が篭もる。


(なんてことをしてしまったのだ)

ふと、アルフレートの背中に何か鋭い熱さが突き刺さる。

次の瞬間には体を離れた。




そのままアルフレートは倒れた。

足音なく去るその後ろ姿を見ながら、アルフレートはつぶやく。

「お、王妃..」

入れ替わりに誰かが来る気配を感じる。





背中を刺された。

あたたかいのは出血しているからだろう。


だが、これはヘレナを汚した自分への罰だ。

アルフレートはこのまま、王妃の亡骸の横で息絶えるのは

ふさわしいと思った。


祈りの言葉ではなく、自分の上にある棺を見ながら

ヘレナに対する謝罪を口にしていた。

「王妃、...もうしわ、け..」



「そう思うなら、本人に言いたまえ」

抱き起こされ、見上げれば軍師フィオドア伯爵、その人だ。



「 ー ケンドリッジ侯爵よ、君の行いは尊いものだったが

 大変悪手であったよ。


 ー 善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。」




聞いたことのない言葉だ。

アルフレートの意識はその言葉に耳を傾けた。


軍師はまたしても胸の内ポケットから何かを取り出し

アルフレートをひっくり返して、背中の刺された箇所に塗った。

アルフレートの服からハンカチを取り出したかと思うと

自分のスカーフと結び合わせて手際良く肩を一周させ、力強く締め上げた。




軍師の胸ポケットはきっと青い猫型ロボットから

四次元的な何かが縫い付けてあるに違いない。

何でも出てくる。

欲しい。


「こちらの気配に気づいたおかげだな、ケンドリッジ侯爵。

 傷が浅い。 ー ふう、老体に鞭打って走ってきたのだ。


 感謝したまえ。」


起きあがらせられたアルフレートは、軍師の顔を見た。

「先ほどの言葉は...」

言いかけた声に、軍師は笑った。


「博識のケンドリッジ侯爵にもわからぬか。


 ふむ。ー そうだな、君らの言葉で言えばあれだ。


 ”信じる者は 救われる”」



軍師はそのまま棺を見上げた。

そしてゆっくり目線を下げ

アルフレートを見た。


(なんと人とは 愚かな生き物か)



「..軍師、フィオドア伯爵。私は ー」

アルフレートの言いかけた言葉に、軍師は目を鋭くした。


「貴殿の言い訳は聞きたくない。 だが ー


 罪滅ぼしがしたいのならば、もうしばらく尽くしてもらおうか」




...

「と、そんなことがあったのだよ。」

軍師は語った。



私、私の死んだ後にそんなドラマが巻き起こっていただなんて

ちょっと信じられないわ。

サスペンス劇場ね、軍師は実は2時間ドラマの帝王なの?


(すごいわ〜ぁ、なんか映画みたいだわぁ...ナンシー)


え、でも。一度目の戦争では

アルフレートは誰にも責められたりはしていなかった。



「ん?...と言うことは、軍師。」

私は少し冷静になった。


「二度の戦争を招いたのがアルフレートで

 私を毒殺したのがアンソニーならば

 一度目の戦争では...」


そうなのだ。

女帝時代、2回の戦争があった。

とは言っても、一度目の戦争はいわゆる情報戦だ。

それもアルフレートが企んでいたのなら

わかっていながらなぜ、放置したのか。


あの戦争で武力の戦いは防いだのだ。

そのときの功績で、ユージーンは将軍になるきっかけを得た。


私はユージーンを見る。

ユージーンはクレイトンお兄様を見る。

クレイトンお兄様は朗らかに笑った。

「情報戦の撹乱ですね。」




クレイトンは隣国に留学歴がある。

企みの報せは隣国の旧友より届いたといった。

その情報は培った技術、というよりも彼の人徳によるものだろう。


不穏な動きはすぐにクレイトンの耳にも入った。


アルフレートが画策していたのはすでに知りうるところとなった。

だが決定的な証拠がない。

傭兵を集めていることもわかっている。



そこで、ユージーンは表立って動くことにした。

『我が国に、侵略せんとする者らがいる』


ホントはいない。

嘘の情報だ。


だが、そんな将軍の言葉は呼び水となり

至る所から情報が集まってきた。


アルフレートはやるせない気持ちで見ていたに違いない。


隣国にある領事館で情報統括を進めていたクレイトンは

その情報をユージーンへ伝え

彼は国境付近で動く傭兵集団を捕まえることに成功した。


その一方でクレイトンは偽の情報を流しつづけた。

わざと、侵攻されている、と伝えたのだ。

と、なれば、一刻も早くその戦場へ駆けつけるのが傭兵団だろう。


その数は200人だった。


例え200人であろうとも

統率が取れた状態ならば、あっという間にこの国なんて陥落するだろう。

でも、陥落しなかった。


ユージーンは将軍でヒーローだからだ。

かっこいいし、強い。



何がユージーンの凄さかといえば

一人で行って、一人でどうにかしてきた、ということだ。


どうやって捕まえたのか、未だ謎である。

200人だぜ。

震えちまうよ!

とは、ならなかったらしい。


叩き潰されたのは200人の方だった。

同日中に、クレイトンは自分の機密部隊から鎮圧の情報を得た。


おもて向きの戦争は

結局

『ならず者どもが、我が国へ侵攻すれど

 将軍さまが 退治してくんなすった 』

という、昔話のテンプレ感で終了したのだ。





呆気に取られたのは、私でしてよ。

ー 知らなかった。

そんなことが起きていたなどつゆ知らず。

戦争、っていうか事変じゃなくて?

とか

いつの間にか横に座っているユージーンの

ものすごい笑顔とか


私は、女帝でありながら

その実、何も知らなかったのでは?

と、冷や汗をかいていた。


200人をとっ捕まえたことは知らされていた。

一人で国境付近の傭兵団を片付けたのだ。


ただし、情報戦の撹乱を引き起こしていたこと

隣国とのやりとり、これらは全て

クレイトンとフィオドア伯爵の機密部隊がやっていたのだ。



愕然とする私に、軍師は静かに言う。

「国の頭はただ、悠然と

 

 その成り行きを見守り

 

 最後に判断できる力量が必要だ。


 王妃殿、あなたは役目を果たしていたのだよ」




え、それってお神輿わっしょいの話?

神輿と何とやらは軽ければ軽いほどいいっていう..


「クイーン・ヘレナ。


 あなたは我々を信じて、任せてくれたではありませんか。」


クレイトンお兄様、カッコ良すぎる。

もっとお胸、みる?妹のですけど。

おっと違った。そういう話じゃない。


信頼か ー、悪くないわね。



「ー 今、再びの感謝を ー。」


私は礼を執る。

女帝としてじゃない。

王妃でもない。


私の、心だ。


「あの一度目の戦争では、私は内心とても焦っていました。


 我が国の貧する状況に加え、侵攻されるという情報は

 

 十分な物資も、備えもない中で脅威でしたから。」


軍師は私を見つめて、ほほえんだ。

そして眩しげに私を見た後

いつものたぬきち軍師に戻った。


「長い前振りではあったがね。


 本当の話は、王妃殿。あなたが毒殺されてから始まるのだ。


 だが、今日はようやく”待機”も終わった。


 ここらで一度、休憩だ」


軍師は呼び鈴を鳴らした。


「え、二度目の戦争はー」

私が言いかけた時、ドアが開く。






立っているのは

アルフレート・ケンドリッジ侯爵だ。

「それは、彼から直接聞くといい」


軍師は言い残して、部屋を去る。







長い沈黙。







私は彼の姿にひどく驚いた。


だって。






あの長い髪は短く切り刈られ

聖騎士の証明でもある長く白いコートも着ていなく

その姿は



下っ端騎士団員の、それだった。





「 ー 王妃、ヘレナ様


 ほ、本当に、 ー?」



アルフレートは部屋に入らず

その場に崩れ落ちるように座り込んだ。



私は一瞬迷ったが

彼のその姿に体は向かっていた。


「ケンドリッジ侯爵!!」

駆け寄ると、


うわ。めっちゃ泣いてる。

でも、いい顔してるわ。シュッとしてる、シュッと。

泣いててもイケメンは、イケメンなんだなぁ。


ヘレナも割と雑念にまみれている。



「ー 申し訳ありません、すみません、王妃 ー!!

 俺は ー」


ん?

ケンドリッジ侯爵は自分のこと”私”呼びしてなかったっけ。

なんか、ー 雰囲気変わった?



「ケンドリッジ侯爵。 お元気そうでよかったです」


私は建前の挨拶をした。

声をかけることはできても、何を言ったらいいのかわからない。

型通りの挨拶しかできない自分が嫌になる。




「いいえ、王妃。 ー 俺は許されないことをしました。


 懺悔させてください。


 ー 俺を ー、 俺を 好きなだけ ぶってください!!!」





「  は  い  ?  」



ぶつ?

どうしちゃったのかな?

アルフレート君は別の何かが目覚めちゃったのかな?

あぁ、そうか。

あれか、女王にしたかったって、そういうことかな?


う〜ん、何だろ、コレじゃない感。




「 後にしろ」

ヘレナは腕を持ち引き上げられた。

ユージーンだ。


ケンドリッジ侯爵は私を見上げたまま、涙を流している。


私はユージーンの手を一旦外して

自分のハンカチをケンドリッジ侯爵に手渡した。


「ケンドリッジ侯爵。 ー 過去に起きてしまったことは

 仕方のないことです。

 あなたの行いは善くもあり、悪くもありました。


 でも私はこうして今、ここにいるではありませんか。


 しかし、私は人間で、弱く、愚かでもあります。

 

 あなたを許すのは私ではない。 ー あなた自身です。


 悔い改めんとするならば、かの者は許されるのでしょう?」


女帝の言葉ではない。

ヘレナは自分の言葉で、言った。

許す、許さないではなかった。


だって、彼には助けられた。

どうしようもなかった国の建て直しを

彼は、尽力してくれた。


そんな彼を、私(ヘレナ)は責められない。


何より、彼は 私の味方だった。



ケンドリッジ侯爵は顔を覆い、泣き伏した。

大の男がおいおい泣く姿は

見ていて気持ちのいいものではないが、ヘレナは怒る気にはなれなかった。



私のため、って言ってたけれど

つまりは国のためにもなっていた。



やったことはアレだったけど、それもまぁ

私も生き返ったことですし、お胸も減ってはいないことですし。


もう、王妃じゃないのよ、私。


いいのよ、もう。しゃらくせえってもんよ。




「ゔゔっ...王妃、 あ、ありがとう、ございます..」



私、偉そうにするのは好きじゃありませんけれど

こういうのって何て仰るのかしら。


え、と

喧嘩両成敗、違うわ。

飛んで火に入る夏の虫、それも違う。


あ、そう、それね、お嬢様方。ありがとう。


『 雨降って 地 固まる 』


って仰るのよね。しっくり来るわ。






「 これからも よろしくね、


  ケンドリッジ侯爵。 ー...あぁ、そう。


  アグレッシブ ジェントルメンでしたっけ?」


以前、フィリップがそんなことを言っていた。

私も彼を、一度でいいからそう呼びたかったのだ。




アルフレートは顔を真っ赤にして

なぜだか股間を押さえた。






ユージーンに耳打ちする。

「... 私、おかしなこと、言ってしまったかしら?」


ユージーンは苦笑いしつつ小声で言った。


「 婦女子に言われると、かなり言葉なんだよ 」


(へぇ〜。殿方に言うといいのね)

私はそんな便利な言葉の存在があることを

転生して初めて使うことに、心から嬉しくなった。


「では、また後ほどー ケンドリッジ侯爵 」

ヘレナは恥ずかしそうにするアルフレートに笑った。



部屋を出て、一旦自室へ戻ろうとする私に

ケンドリッジ侯爵が後ろから大声で私を呼んだ。


「 ヘレナ様!!! これからは


  ”アルフレート”とお呼びください!!!!」




振り返らず、親指を立てて頭の上まで伸ばした。

静々とその場を去る。




大声出したり、しませんわ。




淑女ですもの。













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