第14話 捨て駒の なりそこない
アンソニーの1日は遅く始まり、早く終わる。
ここにきて、かつての王アンソニーの話など
聞きたくも見たくもない情報だろうが
彼が”王妃毒殺”という人生で初めての大舞台の主演になったことと
最初で最後の勇気を振り絞った姿をご覧いただきたい。
喉が渇いて目が覚める。
(多分糖尿だろう)
窓の外から陽が高い位置から差し込むのを見た。
(もうお昼だぞ、王)
そのままベッドで食事を始める。
(フッカフッカにしてやんよ、そのまま眠ってください)
最近、ベッドサイドのチェストの上に
小さな手紙が置いてあるんだ。
最初は王妃のヘレナかと思っていた。
中身がそんな感じだった。
よくわからない難しい言葉がたくさんあったから
最初は読むのすらめんどくさくなって
そのまま捨てた。
ー 大変癪だが、注釈を入れないと
いらつきで胃腸炎でも起こしかねないので
細々と彼の認識違いを説明していこう。
まずは想像していただきたい。
ここは小川の流れる花の溢れた名も知れぬあなただけの場所。
さぁ、深呼吸して読み進めていただきたい。 ー
けど、最近は違うんだ。
僕を褒めてくれるんだよ。
かっこいいとか、輝いているようだ、とか。
もっとかっこいい姿がみたいのに
王妃が邪魔だから、こらしめてやるといいっていうんだ。
これって、王妃ヘレナが書いた文じゃないだろ?
自分で自分をこらしめろなんて言うやついないよな。
ー アンソニーの誉められるところとは
王妃ヘレナは生前、気の小さいところだけ、と言っていたが
それこそ彼の美徳だろう。
邪推せず、自分の理解の範疇で、ものを言う。
かっこいい?輝く?
その手紙を書いた人はきっと恐ろしく目が悪いか、見えていない。
眼科を激しくお勧めする。 ー
でも、僕にはよくわからないんだ。
何をすればこらしめることになるのかも
ヘレナを困らせることも、わからない。
だってヘレナは僕が何をしたって怒らない。
笑ってるだけなんだ。
初めて会ったとき
なんてキレイな子だろうと思った。
僕の質問にもちゃんと頷いてくれるし
嫌な顔もしないんだ。
ー 質問に答えず”頷いている”と言うあたりで気付いてほしい。
アンソニーの質問には、答えていない。
言わずもがな、嫌な顔もできないほどに落胆していたのだ。 ー
ただダメなところもあったんだよ。
胸がさ、小さいんだ。小さいのはダメだよ。
まだ成長してる最中だってわかるけど
あれはあんまり受け入れたくないね。
ー 全世界、全方位に向けてこの発言を
死んで詫びたと思っていただきたい。
もし、足りなければどうぞ心内で
阿呆に罵詈雑言を並び立ててやってほしい。
未だ妙齢のお嬢様方であっても、成長はするものである。
希望を捨てた時に成長は止まるのである。 ー
それ以外はまぁ、いいかな〜って思ったからね。
僕、王子だし
彼女くらいの見た目とかあれば
僕の横に立っても恥ずかしくないし絵になるだろう?
ー 彼の、その自分をまったく省みることがない上に
立場だけで見合うものを言い表すこの表現、図太いというか
彼自身の太ましさにも表れていると言えるだろう。
ちなみに、アンソニーの生前の体重はおよそ150キロである。
体重だけは横綱級だ。どすこい。 ー
だから、僕はお父様に言ったんだ。
「彼女がいい」
って。
そしたら、お父様は難しそうな顔をしたけれど
命令したんだ。
だから、僕のお嫁さんは決まったようなものだった。
ー アンソニーの父王はアンソニーとはちょっと違って
まだ、常識が少しばかり残っていたのだろう。
だから結局婚姻を申し込む、ではなく
婚姻を命令した、のである。
親子して力技のオンパレードである。 どすこい。
ヘレナの不幸は始まった。 ー
でもさ〜、問題があったんだよ。
僕は王子だからモテるんだ。
王都の酒場で働いていた子といい感じになっちゃって
その子、泣きながら妊娠したって言うんだ。
明日は結婚の儀だっていうのにさ
泣くことないよね、その子とは結婚できないけど
こうして会うことはできるんだ。
「産めばいいじゃん」
って言ったら、その子嬉しくて泣いちゃった。
「王子の婚約者様に申し開きもできない〜」なんてあの子言ってたけど
王子は僕だし、できちゃったもんは仕方ないよね。
ー これはもう、ツッコミ所が多すぎて
アンソニー自体を捕捉も何もできない。
どうか、気を強く持って忍耐して読んでいただきたい。
自分をモテるという男はたいていロクでもない。
そしてそこに何某かの権力が合わさると、勘違いも甚だしい。
”産めばいいじゃん”などと簡単に言ったが酒場の娘は
嬉しくて泣いたのではない。
妊娠した本人が望んだ結果ではない中に後悔、不安、嫌悪もあるだろう。
アンソニーのいうことで唯一救いなのは
”できちゃったもんは仕方ない(物理)” だ。張り手で殴り倒したい。 ー
だから僕は隠しても仕方ないと思って
結婚の儀のあと、ヘレナに言ったんだ。
初夜っていうのかな、そのときだよ。
僕は大して成長もしてないヘレナの胸を見た。
あ〜、やっぱりガッカリだな〜。
って思いながら胸を見ていたら
ヘレナは「わかりました」って言って
部屋を出たよ。
ー 婚儀の後にする話じゃないのにする男。
それがアンソニークオリティ。
さらに非を詫びるどころか
ヘレナのお胸を”ガッカリ”と言い切る人間性に
怒りよりも、ただただやるせない情けなさを感じる。
これをヘレナがどういう思いで聞いたのかを
想像するだに悲痛であるが、さてこれはある意味救いでもあった。
”アレ”とできるのかとヘレナ自身、一日中自問自答していたに
違いないのだから。 ー
ヘレナとだけ”チョメチョメ”をしなきゃいけないわけじゃないし
もう妊娠してる子もいるし、子供が生まれたら
ヘレナがなんとかするって言うから僕はそうすることにしたんだ。
だって、僕は王になるんだからね。
最近はさ
村とか遊びに行くんだよ。
そこで見かける子も可愛いし、それがいいね。
胸も大きくて、元気で、ヘレナみたいな笑い方はしないんだ。
ー なに、パイ乙星人を卑下したいのではない。
お話するときは、相手の目を見てお話しましょうと
そんな初歩的な躾すら、アンソニーは身につけていなかった。
あげくの果てに性行為を”チョメチョメ”と言い出す始末だ。
王族の教育に異議申し立てをしたいところである。
村に来られる方も大概迷惑だろう。
自分が親だったら、年頃の娘を洋服ダンスにでも隠しておく。 ー
ヘレナのことは嫌いじゃないけど
なんか怖いんだよ。
いつも人形みたいに笑うだけで、僕のいうことも
「はい」か「左様ですか」か「そうなのですね」
だけ。
ヘレナに触ろうなんて思わなかったね。
横にいたら絵になるってだけだよ。
ー アンソニーは愚劣だし、愚鈍だし、どうしようもない。
だが、本能的にヘレナがおかしいことには気付いていたらしい。
その人間のおそろしさとは、目に見えるものではなく
心に抱えるその者が持つ、膨大な感情だろう。
そんなヘレナには、胸がなかったおかげだよ!
触られなくって、よかったね、と言ってあげよう。 ー
ヘレナが僕に色々聞いてきたのは最初だけ。
けど、僕は難しい話はよくわからないし
僕は社交では馬鹿にされてたから、全部ヘレナに何とかしてよって言った。
ヘレナはその全部を何とかしてたよ。
当たり前だよね、僕の妻なんだから。
ー やっぱりどうしようもない男というのは存在しているわけで
存在意義を問われたところで、本人もその言葉の意味すらわからない。
ヘレナは戦い始めていたのだ。
全方位に向けて、孤独な戦いだ。 ー
あれ、何の話だったっけ。
あ、そうだった。
僕に手紙が来るって話だよ。
だから僕は返事を書いた。
「君はだれ?
どうやったら ヘレナをこらしめられるの?」
ってね。
寝る前にチェストに置いた手紙は起きたら消えていた。
そうしたら
次の日に返事が来たんだ!
”毒” って 書いてあったよ。
差出人には名前がなかったけど
僕のことを崇拝しているんだって。
僕は嬉しかったよ。
やっぱり、王だからね。
それを読んでたら封筒から一粒の
ブルーベリーみたいな実が出てきたんだよ。
僕はよくわからなかったから食べてみたんだ。
おいしくはなかったけど、食べられたよ。
そしたらその日は1日、トイレに引きこもりだよ。
最悪な1日だったね。
その”毒”はベラドンナっていうんだってさ。
食べたらダメだよ。
ー この阿呆が阿呆たる最大の要因は
手紙に”毒”である、と書いてあり
さらにご丁寧にそれを表すその実を入れたにも関わらず
自身が食う、というところだ。かける言葉が見つからない。
一生、トイレにいろ、と言いたい。
ヘレナにとってもそれが一番よかっただろう。 ー
それから僕は毎日、ヘレナにその実を持っていったんだ。
最初、ヘレナはすごく不思議そうな顔をした。
けれど
「わざわざ私のためにお運びくださって
ありがとうございます、アンソニー陛下。」
って言って
目の前で食べる。
”毒”って聞いてたから、怖かったよ。
死んじゃうかも知れないじゃないか。
殺したいほど嫌いじゃなかった。
けど
手紙にはいつも、”王妃が邪魔だ”って
”王妃さえいなければ、僕が王として輝くのに”って
そんなこと書いてあるんだよ。
”王妃を躾けるのも王の仕事なんだ”って。
封筒に入っていた実は一個の日もあったし
二個かそれぐらいの時もあったよ。
けど、ヘレナは次の日も平気な顔して仕事をしているんだ。
おかしいな〜。
僕はトイレに引きこもりだったのに。
僕はね、優しい王さまになりたいんだ。
みんなが笑っていられるような、そんな王さまだよ。
ヘレナは違う。
優しさだけじゃ、王はできないって
そんなこと言う。
かっこいい王さまに、なりたい。
みんながいいなって思う王さまだよ。
そのために、僕は ー。うん。 決めたんだ。
だから、僕は毎日行っていたのをやめて
実をためてから、行くことにしたんだ。
ー ヘレナをこらしめるんだ。
持っていったベラドンナの実は何だかすごく多くて
ちょっとやりすぎたかもって思ったんだけど
ヘレナは相変わらず人形みたいに笑う。
食べ始めて少ししたら
いつもより顔色が悪くなって
急に倒れたんだ。
やった。
僕は初めてヘレナを負かしたんだ!
ちゃんと言ってやらないとダメだ!馬鹿にするなって!
僕が、僕が王だから躾しなきゃ、ダメなんだ!
僕は、王なんだ。
でも、ヘレナは動かなくなったんだ。
口が少し動いているけど
おかしいな、トイレに行きたいのかな。
将軍ユージーンが部屋に入ってきたけど
どうしてここにいるんだろう。
僕は、王なんだ。
何か言われたけど、よく聞こえないや。
すごい睨まれてるけど
僕は何も悪いことはしていないよ。
ただ、ヘレナをこらしめたんだ。
僕は、王なんだよ。
ー...
ー アンソニー、あなたの気の小ささは優しさの裏側よ。
私こそ、あなたに落胆したものの
あなたを嫌いになれはしなかった。
私の国の生き残った人々を
私の家族を救ってくれたのは、あなたの国の王でした。
私があなたに唯一言いたいことは
”ありがとうございました”だったのよ。 ー
シュレーシヴィヒ国の生き残り3人を救った王は
心優しき王であり
王でありながら、普通の人だった。
それは王と呼ぶにはあまりにも世俗的で人懐っこく
優柔不断で、事なかれ主義。
そういうところは、王の器ではなかった。
建国も、王自身の力で成し得たものではない。
すべからく、用意されたものだった。
その神輿に乗せられた、普通の人に
本来ならば同情こそすれ
非難はお門違いなのだが
たまさか、王はこの国でやんわり生き延びた。
だが、代を引き継げば引き継ぐほどに
その普通の人は、堕落し
王としての誇りも、矜持も消え失せた。
どんなに周りに一流品を並び置いても
それを使う者が
その本質を知り、正しく扱い
その意味を知るところではない限り
無用の長物、と言えた事例だ。
だから、アンソニーはその結果だ。
アンソニーは王として
なんら、王政には関わらなかった。
王政の執務はほぼヘレナが担い
その周りを優秀な臣下だけが、扱った。
それは災いか、もしくは救いか。
運よく、今まで国は滅びなかった。
結局、アンソニーの成し得たものはその息子アーサーだけである。
”バトン”は繋いだ。
ちなみに彼の転生先はフナである。
ファインディング・フナ・イン・ザ・リバー。
なお、キンブナかギンブナかゲンゴロウブナかという質問にはお答えできない。
なぜなら、彼の転生におけるギフトは
素早さで、あった。捕まえることもできない。
無論、見分けもつかない。
そのギフトの意味する所
転生前のアーサーのどすこい人生に神が同情してくれたのかもしれない。
水質の悪い川中でも生きていけるらしい。
ギフトを活かし、素早さを駆使して
たくましく生きていってほしいものである。
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