第6話 秘匿の 謎




「どこも悪いところがないだと?


 そんなんはずはない、頭とか...」



クレイトンお兄様、妹を前にして

”頭が悪い”と疑うのは失礼じゃありませんこと?






先ほど、家付のお医者さまがいらして

あっちもこっちも調べられまして

今、私二杯目のお茶をいただいておりますのよ。


お腹空いたしクッキー食べちゃお〜。



「クレイトンお兄様もおしゃべりはそこそこに

 お茶をお召し上がりになりませんこと? ー美味しゅうございますよ。」



その死んだような魚の目をやめろ、クレイトンお兄様。

ま、気にもしませんけれど。




ここまでで私がわかったこと、思い出したこと。


私が令嬢ムーブするとこの家の人間は皆もれなく ー、

ほら、ご覧なさいな。

と、このように幽霊でも見たかのような顔をするのです。



つまりこれが意味しているのは

私(ルイーズ)は、令嬢ぽくないこと”しか”してなかった、ということでしてよ。




大体おかしいとは思いませんこと?うん、知ってた。

ご令嬢がお付きも護衛もなしで外出とかさぁ、ありえんくない?



ドレスだってあるけれど、ものすごく少ない、と思います。

その代わりにあるのが女性が着るには不自然な数のシャツとレギンスパンツ。



化粧品なんてカモミールの化粧水のみ。

...これはいい物だ。合格。

でも、保湿は必要よ。




ふと、よぎる。

...女であることを隠していた?


なぜ?




落馬した時に着ていたのは簡素ではあったけどドレスだった。

身の回りは最低限だけれど、女性用。

部屋はものが少ないけれど美しい花々があり、刺繍をしていた形跡もある。


女性の嗜みはあるようだった。


刺繍は下手だったけど。下手、といっては失礼だが

それもなんだか独創的ではあるのだから

ルイーズのセンスは独特だ。


灰色の...ねずみ?

ねずみなのか?針ねずみ?

でも4本足だし、走っているような、飛んでいるような...


世にヘタウマ、という言葉があるが

まさしくそれなんだろう。


私の刺繍はその点、ひとつも面白くもない。

教科書通りのセンスもない、うまいも下手も感じられない

そんなものだった。


作業だった。


やだわ。思い出したら、暗黒面に落ちてしまう。

思い直して、紅茶に口を付ける。





私は何か、見落とししているのかしら。


わからないわ〜。

どこかにヒント落ちてないかな〜。


もう一枚、クッキーを食べる。




考えてもわからない時は

違うことを考えましょうか。


けれどそちらの方が考えたくないのよね。


今、私の頭にいる

間違いであってほしい事実が二つ。



『ルイ、とはルイーズの愛称ではなく


 男性読みのルイ、であること』


これに関しては、間違いないと思っている。

間違いであってほしい事実は

ほぼ事実確定事項よ。

ただ、明確な理由がわからないだけ。






そして。



最も当たってほしくないけど、きっとそうである事実。


『この家の人たち、親戚』



ちょ、ちょっとお待ちになって。


親戚忘れるわけねーじゃんと思った方、はい挙手。


いいですか、皆さん。

私は社交に出てないし、妃教育で1日も休みはなかったのです。

自分の兄ですら顔を見るのは半年に一度、あるかないか。


社交でも出ていたら

「よ、最近どーよー」

なんて会話、あったかもしれませんけれど。


形式張った挨拶状のやり取りです。

私の貴族の親戚付き合いなんて、そんな程度。


城へ入ったら余計になくなるわ。そんなこと。


アフターケアのクオリティが雑すぎる。



記憶がないことを申し上げるのは

嘘を付ける状況にもなり得るので、これ以上は

と思いましたが

今更感の蛇口はまだ閉まっておりませんことよ。





さて。

フィオドア伯爵の追加情報を。


確か、このフィオドア伯爵には御子息が二人いたはずです。

後継のクレイトンはフィオドア伯爵の機密部隊の隊長を務めていて

我が国の将軍ユージーン付きの情報統括も担っていた。


妻子あり。

趣味は音楽鑑賞(これは嘘っぽいなぁ。そつがなさすぎる。)

戦術の詳細な指示、各部隊の編成を行う。(戦争の時はお世話になりました。)

過去3年間隣国への留学経験あり。(留学先ではっちゃけてたりして。)


次男のルイは...

あれ、ないな。存在感を水割りしたのかしら?

おかしい。

そうだ、女帝だった頃同じことを思ったのだ。

尋ねたフィオドア伯爵には軽くはぐらかされただけだった...


あのたぬきじじ..軍師はやっぱり軍師ですわね。ふふ。



そう、クレイトンお兄様と、ルイさ..ルイ?



ん?



ルイ?

ルイって





....私のことか〜!!!!



ほ〜、あ、そう。


うんうん、そうね〜、私だってことね。



そういうことでございますか、はい。





いや、全然意味わからないけれど

ルイーズは何かしらの”理由”で男性のように生きてきて

落馬をきっかけにいきなり令嬢ムーブをしたから

家の者が皆さん驚愕してらっしゃるのでございましょう?





じゃぁ。

じゃぁ私の今までの王妃バリのマナーって

無に帰すじゃ〜ん。

意味ねーじゃーん!



あー、だから町娘でよかったのに〜。

誰か葡萄持ってきて〜。踏みならしたい〜。



私は投げやりな気持ちでもう一枚クッキーに手を伸ばす。

太る?

バッチ来い。

気合い入れて精神で消費したるわ。



おかしなものだ。

私は今ルイーズだというのに、体の動きは王妃の頃の動きができる。

生半可な努力で付けた筋肉ではない。

コルセットがなくても維持できる姿勢。

その姿勢でいろと言われたら、1日だってそのままでいられる。


そんなことを、このルイーズでもできるようだ。

いや、できるのだろう。


体のどこも無理をしていない。



私はクッキーをかじった頭で、考える。


”ではなぜ、フィオドア伯爵はルイーズを”男性”だと偽ったのか”





クレイトンお兄様はお医者さまと二、三言何かお話になって

私の前にお座りになりました。

だいぶクレイトンお兄様は挙動不審ではありますけれど

今の私はそんなもの、ゴマ程気になりませんでしてよ。



「ルイ、本当に大丈夫なのか?」



「えぇ、は悪くはないと思います」


うふふ、クレイトンお兄様ったらキョドっていらっしゃるわ。

...ちょっとだけ、イジワルしちゃおうかしら。



私、やりたいことがございましてよ。

せっかく転生したのですから、元女帝、やります!!




よし。 ー。


「でもー」

物憂げな私の発言に

瞬間、クレイトンお兄様の表情は凍るようだ。


え〜?

そんなんで機密部隊の隊長やって大丈夫〜?

女帝、しんぱ〜い。

あ、もう女帝じゃなかった。


あら、イケメンはどんな顔をしても麗しいのね。

眼福。拝んどこ。


「どうした?」

クレイトンお兄様の言葉を俯きつつ首を傾げ横目で受け取りながら

私は吐息混じりに言った。


「なんだかわからないのですけれど..

 私...こう、...胸の辺りが」

チラリとクレイトンお兄様の目を覗きつつも

自分の胸にゆっくりと人差し指を上から下へと滑らせた。



効果はバツグンだ。

クレイトンお兄様の目はルイーズのお胸に釘付けよ!!




うっふっふっふ。


どや。


これが悪女ムーブや。


クレイトンお兄様の顔が赤くなってらっしゃるわ。

やっぱ効くんやな〜。

”魔性悪役令嬢になりたいハウツー、ドキドキ通信欄”読んでてよかった。

一度もやったことなかったから、やってみたかったのです。



持ってる”武器”が良かったな。

ルイーズのお胸、たわわですもんね〜。

やだわ〜、露骨だわ〜。



内心、つぶやきましてよ。

『奥さまに告げ口しちゃおうか・し・ら。』



いいね〜。私、悪女ムーブできましてよ。



私、転生して本当によかった。

こんな自由、なかったわ。

クッキーを何枚食べても驚愕と非難の目を向けられないし

お茶なんて一度に飲み干したの初めてだわ。

でも、この家では誰も私を咎めない。

誰も、品位を求めない。




私は、自由になったのだ。


何かに怯えたり

誹謗中傷に心を痛めたり、そんな人らと

無意味な会話をする必要もない。


もう、あんなところへ 帰りたく ない。










「 頭は無事か 」

ドアが開くと同時に、聞き覚えのある低く静かな声が。




フィオドア伯爵だ。



私は音もなく立ち、フィオドア伯爵、現お父様を迎えた。

お義兄さまなんだけど、ね。

お父様もそんな私を見て、しばし言葉を失い、見入ってた。


ですから、またちょっとだけイタズラ心が疼いてしまって。

私、お答えいたしましてよ。

完璧な令嬢ムーブでお出迎えでございます。


「 ーお帰りなさいませ、お父様。


 本日は私の不注意にて、ご心配をおかけいたしましたことを


 心より反省いたします。申し訳ございませんでしたー」

ニコ。

はい、合格。



どうかしら?

フィオドア伯爵。

目一杯驚いて、腰抜かしても笑いませんことよ。


なんなら介抱して差し上げます。

お年ですからそのままポックリ逝かれたら

どうしましょう。うふふ。






フィオドア伯爵は、そんな私を見て手を叩いて笑った。



「ふっ ーさすがだ。 わしはどうやら本当にておるらしい。」





私が今度は何を言われているのかわからなくなりましてよ。



みなさん、何かご存知?





そのままフィオドア伯爵は満足そうに頷いて

クレイトンお兄様の横に座った。


そして、おもむろに胸ポケットから取り出したのは

チェス駒の”白のクイーン”。


テーブルに置くと、コツンと音がした。




私の目線がチェス駒に行く。

言葉がふってきた。




「お待ちしておりました。 我が主」







ゆっくり目を上げると、軍師は口元をゆがめて笑ってる。














なんですと?












私、転生するとき

持ち帰ってきたのかしら、呪いとか。





思いもしない展開が真正面から、正拳突きしてきた。







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