第3話 王妃、なぜか今になって憤る
ドアをノックする音がした。
「ルイ、私だ。 ー入っても? 」
あら、どなたかしら?
低い声だけどよく通る男性の声ね。
愛称で呼ぶくらいだもの。
家族だわ。
「はい、どうぞ」
私は立ち上がって、入室を待つ。
これもなんでかってもうお分かりのお嬢様方に言うのも
目上の方だけではなく、自分を訪ねてくる者への礼儀なんですのよ。
答えて、3秒。
マナーが出来ておりますわ。合格あげちゃう〜。
ドアを開けて入ってきたのは
端正な顔立ちの殿方。
あぁ、この顔は私のお兄様ね。
クレイトンお兄様。
あんら〜、いい男だわ。
な〜んで私ったら、あんなのと婚約しちゃったのかな。
今更感が出っぱなしだけど。蛇口開けたの私か。
仕方ない。
あの当時は男女の交際なんて知らなかったし
その後の暗雲の日々に私はひたすら耐え忍んできたからな〜。
社交デビューしたかった。
一度でいいから、モテたかった...。
一度でいいんじゃ〜ぁ、モテたいんじゃぁ〜。
ウハウハ扇子を宙であおぎたかった。
すっごい蛍光色のどんな鳥からむしり取ったか存じ上げない、
そんな羽の扇子で踊り狂いたかった。
肩パッド入りのドレスで。
お立ち台、とかいう場所で。...知らんけど。
(ヘレナは想像でものを言っています。)
に、しても目の前に座るこの兄の見目の麗しさよ。
あ〜、目の保養。
生き返る。あ、もう生き返ってるわ〜。
あんなのと一緒にいたから、心が洗われるようだ。
この際、お兄様でいいから口説いてきたりしないかしら。
うふふ、それは困りますわ、お兄様、なんて禁断の恋じゃない。
悪女ね。
あ、なんでしたっけ、何て仰いましたっけ?
あのカッコイイ、シャレ乙なお言葉。
メンソーレタムタム?
違うわ。
ファンファンターミナル?
なんか遠くなったわ。
あ、そう、それよ。ありがとう。麗しき花のご令嬢。
あなたよ。
あなた、これ読み始めてから知能指数爆上げしたのではなくて?
ファム・ファタールよ。
男にとっての「運命の女」というのが本当の意味だそうだけど
「男を破滅させる魔性の女」のことを指しているのですって。
ええな、それ。
そういうキャラ、一回やってみたいわ。
え?
王妃の品格はどうしたのか、と?
何それ、美味しいの?
あのね。
言わせてもらいますけれども
13であの阿呆と婚約してから、私は妃教育と題して
スパルタ自我封印技術力と、顔面矯正訓練を受け続けてきたのよ。
強い精神力と、忍耐力を問われて
最終的には判断力すら問われてくるの。
うふふ、年端も行かない小娘に何をさせたいのか。
答えられなきゃ、馬鹿にされ
うまく出来なきゃ、不出来の烙印押されるの。
できて当たり前の世界。
理不尽だわ〜。ないわ〜。
それだけじゃない。
今となっては感謝もすれど
家庭教師による地獄の10時間耐久勉強よ。
ちなみにトイレ休憩は謎の8分よ。
では、ちょっとそこのあなた。
一日が何時間かご存知でして?
24時間と心でつぶやいた方、残念です。
正確には、24時間ではなく、23時間56分でしてよ。
だから時間を調整するために閏年って存在するのよ。
ほら、またあなたの知能指数が上がっちゃったわ。
困っちゃうわね。賢くて美しい人が増えると。
世の男性は何してるのかしら?準備体操?
いつまでアキレス腱伸ばしてんのよ。さっさと来い。
あら、話が外れましたけれど
10時間も勉強して、ではいつ復習・予習をするのか、と。
おほほ。
愚問ですわ。
睡眠時間を削るだけ。
ね、簡単でございましょう?
けれども世界は広い。
睡眠時間2時間なんて方もいらっしゃるとか。
そんな方は多分、途中で過労によってお亡くなりになって
異世界に飛ばされてチートでウハウハなんでしょうね。えぇ、きっとそうです。
羨ましい限りです。ヨガでファイヤーできるなら私が行きます。
私みたいなタイプもおられるでしょうけど
各みなさま、各持ち場で良きに計らっていただければ宜しいです。
ただし、私の経験上お嬢様方に睡眠に関して申し述べたきことは
「寝ろ。睡眠不足はお肌の大敵。
良い仕事もできやしねえ」
です。
麗しきお嬢様方、睡眠は取りましょうね。
あなたの頬に触れる殿方に、甘い柔らかさを与えるのは睡眠です。
え?そんなのいないと、仰る。
まぁ、ではこうしましょう。
二次元にはいるはずです。絵物語にはわんさかいますね。
好ましい殿方がいたら即刻
想像するのです、するのです、するのです...。
で、なければ青い猫型ロボットがドアを出してくれますから
そこから探してらっしゃい。
見つけたら引っ張っていらっしゃい。
間違っても増えるまんじゅうを持ってきてはなりませんよ。
私の睡眠時間は13の頃から29で死ぬまで変わっておりません。
4時間です。眠いです。気合いで起きていました。
そして無駄にかかる令嬢の支度に2時間半。
どう短縮したって、それぐらいはかかるものだわ。
女性の支度にぶつくさ仰る殿方がもし、もしいらっしゃいましたらば
ぜひ、一度でも女性として御支度いただけますとご理解が深まります。
女性がどんな思いで支度をしているかご存知?
ご自分が納得しさえすれば、それだけで気分は上がりますけれども
ふふ、私知っていますのよ。
花盛りのお嬢様方が、髪型ひとつに悪戦苦闘してらっしゃる姿。
頭のてっぺんから足の爪の先まで。・
全体のコーディネートや、細部のディティール
配色センス。靴にバッグ。
メイクひとつ取ったって、バランスが大事ですもの。
流行りをただただ取り入れればいいという話ではありません。
自分に似合うようにカスタマイズする。
それこそが、淑女たる腕の見せ所でしょう。
さて。私ですか?
えぇ、もちろん。
もちろん、最先端の
最高の
布だって、リボンだって、靴だって
ドレスだってこだわっておりましてよ。お付きが。
日常着のドレスを着るだけで1時間かかるんじゃ。
何着てると思うとんねん。1日何回着替えると思うとんねん。
一人じゃ着られない服着て
こちとらコルセットキメ込んどんじゃ〜。
スカートの裾広げるために、パニエまでつけて座る苦行。
ナンシー、背中が痒いんじゃ〜。
(ヘレナはドレスの中の背中の痒みと戦っております。)
ドレスに合うアクセサリーの選定。
ドレスに合うヘアメイクに1時間。
なんでもええやん。
パパッとつけて
ちゃちゃってやったらええねん。
いいえ、これこそが嗜みの真骨頂。
侍女やお付きが
淑やかにアクセサリーを丁重に運び出すそれぞれを
さも、それぞれに深い思い入れがあるかのように
無駄に思い出、知識をひけらかす。本当はない。全然ない。
ヘアメイクだって気合いが入ります。ー 侍女が。
だって、王子の婚約者ですもの。
私の場合、見せるのが阿呆一人ってだけ。
頭に船の模型ぐらい載せますよ。
一時期流行ったんですのよ、私はやりませんでしたけど。
肩こりそうだったし。無駄だし。
見せるのが阿呆一人だし。
そんな1日の中で、最も無駄だったのはダンスのレッスンだったわ。
だって、私の婚約者は踊るどころか
自分で歩いて100メートル先だって行けるか危うい。
豚だから。
豚さん、ごめんなさいね。
豚さんが綺麗好きで繊細で、動きがはやいことは存じております。
当然、結婚式後のファーストダンスだってなかったし
開かれる夜会に呼ばれて行ったって
何にもしないで、私は阿呆の隣でほほえみ営業。
0円です。
むしろ心的負債を抱える。
それが、私たちの日常。
そんな愚かさこそが、私たち貴族の宝もの。
思い出したら色々無理してたのだ。
あんな馬鹿みたいなことを何とも思わずやり続けて
腹が立っても、笑ってた。
泣くことも、なかった。
だから、私は今”怒れる令嬢”よ。
激オコプリンプリンアラモードよ。
あら、プリン食べたいわ。
1日も休みなく、社交なんかも出ないで
ただひたすら黙々と勉強し
自我なんてとっくの昔に捨てた小娘に
そんな私に
王妃の品格、と仰る?
ほほ。
片腹痛いわ。
思春期の若い娘さんに強いることではない。
お相手が、心よりお慕い申し上げる方の為ならば
それでも幾分我慢もできましょう。
けれど、私はどうだった?
「ルイ? どうした?」
クレイトンお兄様は俯く私を覗き込まれました。
あら、いい男が近いなんてご褒美ね。
私はそつのないほほえみを浮かべつつ俯いたまま。
「森から帰ってきてから
様子がおかしいと家中で皆が言っている。
森で何があったのだ?」
え?帰ってきてから?
めっちゃ令嬢ムーブしとったやーん。
おかしな点を探す方が難しいやーん。
元王妃なんですけど〜。
「また森で変なものを食ったのか?」
ルイーズ、あなた
森でいつも何してたの?
私はわざと俯きつつも
目線を下に向け、さらに恥ずかしげな態度をとった。
はい!みなさんメモって。ここよ、ここ。
恥ずかしくもないけれど、”あえて”、恥ずかしい!ってやんのよ。
「い、いいえ、クレイトンお兄様。
私はただ森を散策しておりまして...
落馬してしまいましたの。 ー お恥ずかしい限りです。
森の木々に降る日差しの美しさに見惚れてしまったのです。」
ってほら、目線を徐々にあげていくと殿方は...
あら、クレイトンお兄様のご様子が凝固しているわ。
ん?お顔から血の気も引いていらっしゃるような...。
おかしなことを言ったかしら?
「ルイ...お、お前、頭を打ったのか? あとは!
あとは何が起きたんだ?」
「えぇ、確かに打ちました。後頭部にたんこぶが」
クレイトンお兄様はやにわに立ち上がって部屋から外へ向かって大声を出した。
「サミュエル!!! 医者を呼べ!!!!」
え?
「ルイが、おかしくなった!」
は、い?
な、何事でしょうか。
ルイーズ〜!!
あんた、何してくれてんのよ〜!!!!
私の鉄仮面のようなほほえみがひきつっていましてよ。
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