第2話 王妃、ぶっちゃけた



町娘だと思ったんだけど、違ったわ〜。

どえらいことだわ〜。



コインを裏表ひっくり返しながらため息をついた。

...横顔か。...若干鼻の形違くない?



それにしても、一体全体どうしたものかしら。



私は今、伯爵令嬢なんですって。

あ、あぁ、みなさまごきげんよう、元王妃で元女帝です。


自分語り、させていただきます。




先に申し上げておきますけれども

落ち着いて申し上げておりますのは

そう、見せるのが王妃としての器でございましてよ。


あ、もう王妃じゃな〜い〜。

言葉遣いだって気にしな〜い。いえーい。



私は転生した、と思わせて転移した、のかしら。

なんて言うの?

転身?転職?転換?


わからない、と言ってしまった方が

そちらで勝手にご判断頂けるならそれがいいわ。

目を開けたらこの伯爵令嬢になっていたのよ。



伯爵令嬢か〜、微妙だな〜。

もー少し、平民寄りで良かったのにな〜。


葡萄踏みたいな〜。


あと八百屋の恋人とかできたらいいのに。

会うたび野菜持ってきてくれたりしたら家計にも心強い良い人よね。




あ、そうそう。

転生したときのことを。


私が気付いたのは、森の中だった。

落馬して気を失ったようだったけど

彼女の記憶はひどく曖昧だわ。

こんなのって乗っ取りみたい...乗っ取りか。



みなさ〜ん、私はこの令嬢を乗っ取りましてよ〜。



体よく乗っ取った体はありがたいことに

頭のたんこぶ以外に痛む箇所はない。


私は急ぎ馬を探し

すぐそばにいた馬で無事帰ってきたのだけど

自分が馬に乗れたことに感激よ。



これ、すごない?



さらに知らない家なのに実家のような安心感。



これが乗っ取りという転生の力か...

神の思し召しはなんとも不思議な御技ね。





そしてその日のうちに分かったこと。


”情報収集は淑女の嗜みです”




私は新聞を端から端まで読み漁り、侍女に質問責めだ。

この侍女、賢いのよ。アン、といった。



城にいたって不思議じゃないほど機転は利くし

その動きに雑さはない。

頭の回転はすこぶる高速。


有能。

侍女なんて勿体無い。


女帝の頃に側に欲しかった。





そんな侍女情報をまとめると。



私(ヘレナ)が死んでまだ3年しか経っていない。



これ、やばない?

3年て短くない?

言っちゃなんだけど、あの辺の人間関係変わってないわ。



けど、アンソニーは隠居したみたいね。

そうよね〜。

私のこと毒殺しといて王とかないわ〜。

ないわー。



今の私はなんでもいうわよ。




そしてこの転生した伯爵令嬢こそ ー。


さっきまで部屋の中を荒らし回って手にした情報よ。


流石にこればっかりはアンに聞けないでしょ?

「セイ・マイ・ネーム。」(俺の名前を言ってみろ)


できるだけ穏便に物事進めたいのよ。



引き出しの奥の小さな箱にしまわれた

手作りのしおりと一緒に入れられたメッセージカード。


そこにしたためられていた名は

ルイーズ・ヘルドリッジ・フィオドア。

20歳、独身、暦から判断して厄年ど真ん中よ。

厄年だからなの?

厄年だとこんな目に遭うの?



あららら?

ごめんあそばせ〜。

20歳で独身の何が問題なのか、とお思いの方が万一にもいらっしゃったら

それは違いましてよ、お嬢様方。

まずはお聞きになってちょうだい。



私たちの社会では16、17歳で結婚が当たり前なんですのよ。

ごく稀に14歳でご結婚される方もおられますけど

その実、政略的な白い結婚でしょう。

そうでない場合はお察し、お相手は著しくドのつく変態です。



えぇ、早すぎると仰りたいのでしょう?

私も激しく同意いたします。


我が国ではこういった14歳以下の婚姻は

基本的に廃止いたしました。

よっぽど望み、望まれでもしない限り、を除いて。



けれどこの社会では

早くに結婚し、子を産んで、さっさと遊ぶ、というのも

貴族の立派なステータスなんですの。

この早い者勝ち、椅子取りゲームこそ

貴族の勤め、貴族の嗜みとなってございますの、お嬢様方。


ご理解いただけまして?





ですからルイーズが

20歳にもなって独身なのは、大問題なのです。

貴族社会では、家に問題があるとも言われてしまう案件なのです。


狭い世界のお話ですもの。

行き遅れた伯爵令嬢なんて

醜聞に並ぶご令嬢方の大好きな撒き餌になってしまいます。





そ・れ・も・わかる。





ですが、私が。

ワタクシが!

つぶさに申し上げたきことは

今は私がこの体を乗っ取っておりまして

何なら、私こそがルイーズなので

えぇ、


お言葉ですけど





その辺みんな ”しゃらくせえ”、で ございます。






ずっと独身でもよろしくってよ。

それをこの伯爵家が許せば、ではありますけれど。

パトロンは確保しておきたい所です。

所詮、手に職のない令嬢ですから。


ーに、してもフィオドア家ね...。

なんだか因縁めいたものを感じてしまうわ。

何か呪いでもあるのだろうか...。ふふ。



そんな私ですが、森から帰って早々に

問題が起きていたのでございます。



このご令嬢、我が国の将軍ユージーンに

このほど婚約の打診をされているご様子。



おぉ、こりゃびっくりだぜ、ナンシー。

(ナンシーはヘレナの架空の心の友人です)



え、あいつまだ独身だったの?

なんかの病気なんじゃないの?頭?下?どっちも?

昔、フィリップが彼の部屋を訪ねたら

寝室に裸婦が三人いましたよって話、思い出した。




そっちの方が やばない?




病気だろ。





どんな絶倫よ〜!

あかん、王妃としてのアレコレもうどうでもいい〜。




3人ってどうやるんだよ〜。

気になるよ〜。

誰か教えてくれ〜。




話を聞いた直後、実は上記のようなことを

パン屑ほどの大きさで私は不潔にも思ってしまいましたが

私はほほえみを絶やすことはございません。

フィリップの

「あ、やべ」という小声で無事幕を閉じました。


けれどあのときのことはこうして乗っ取りをした後でも

鮮明に思い出せるほどには衝撃的な事実でございます。



...ユージーン、あんた。

なんかわからんが

病気だけは貰うんじゃ、ないよ....。



あぁみなさまはご聡明でございますもの。

私の発言に矛盾を感じていらっしゃるのでしょう?

「お慕い」していた、と。


おほほ。

何年前やと思うとんね〜ん!

あっちにもこっちにもその気なんてミジンコほどもないなー。

ないわー。



あ、いけませんね。

お話を戻しましょう。



そう、なぜ将軍ともあろう方が

この行き遅れた娘に婚約の打診をしてきたのかは

正直わかりませんし

後ほど父上さまにお伺いしてみるといいかもしれません。



けれどよく思い返してみますと

フィオドア伯爵は我が国の軍師です。


簡単には教えてくれそうもありませんね。

昔から、そういう御方でした。

(タヌキじじいってことだよ、言わせんな、恥ずかしい。)



何か手を考えましょうか。




さてフィオドア伯爵に関して、王妃だった頃の情報を。

家格こそ伯爵ではありますが

軍師、フィオドア伯爵はその世界で名を知らぬ者はいないほどの天才です。


今の私(ルイーズ)のお父様ことフィオドア伯爵は

私(ヘレナ)のお父様とチェスをやって、一度も負けたことはない。




それ以外に何か大事な情報がどっさり抜けている気がしますけれども

思い出しましたら、情報をお伝えいたしますね。


なので、その代わりと言ってはなんですが。




軍師と、いうものが何をするかご存知かしら。


まぁ簡単に申し上げるなら戦略上手なお助けマンですわ。


ここでは将軍ですが、将軍に知略や戦術をご提案するのがお仕事です。

けど相当自信がないとできないし、失敗すれば一族郎党、この世とおさらばです。

さらに言えば

当時女帝であった私が最終決定を行うのですから

難しい立場の人でもあるわけです。


えぇ、えぇ、思い起こせば

女帝としての戦争は大きく二回、ありました。


その二回の戦争での最大の功労者は、まさしくフィオドア伯爵でございます。


ほんとやばかった〜、あの戦争。

まじきつかった。祈ったわ〜。なんかずっと祈ったわ〜。

今さらエモるわ。



と、私すら語彙力の低下を防げないほど

我が国は追い込まれつつも見事、勝利したのでございます。


そのときほど、私この国を愛する気持ちが湧いたことはございません。



彼の細密な戦略と

地理的防御の効率を重視した各隊への指示は

我が国とって最大の効果をもたらし

かつ最小の被害で済んだのです。


歩兵隊の二名が、泥道で滑ってそのまま崖から落ちる、という怪我のみ。

敵兵による負傷者は、ゼロでございます。



我が国に彼がいたことは、この国にとって最大の幸運でした。




だから、こそなのです。



どうしてルイーズは、独身なのか。



見目は悪くない。

絶世の美女とは言わないにしても

女性としての魅力は十分備えているし

鏡を見て違和感も感じない。

目を引く令嬢と言って、差し支えはないはずです。

ちょっと...色黒、かしら。

でも、この程度なら化粧をしてしまえばどうとでもなるレベルだわ。



そして、軍師フィオドア伯爵のご令嬢。


どこに不足があるのか。

こんな豪勢な看板背負っておいて、行き遅れですって?

言葉を謹んでいただきたいわ。





”持つ者”には わからない 何かがあるのだろうって?






ー そうかもしれませんね。



王妃と褒めそやされるご身分の私には

計り知れない事情があるのでございましょうね。





はっは〜ん。

そうやって人を貶めるのだな。妬みというのは。

見えないところで腹の探り合い。

粗探し。

人の不幸は蜜の味といいますものね。うふふ。


こんなやりとりしたくないから、町娘になりたかったのにな〜。

今から葡萄畑に就職試験受けに行こうかな〜。

あぁ、ヤダヤダ。






私はコインを裏表眺めながら、ため息をついてしまった。









どうしたのよ、ルイーズ。

あなたどうして....







鏡に映ったコインの私とルイーズは

部屋に差し込む午後の柔らかい日差しにあてられていた。










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