第11話 江戸話その2


江戸から西へ東海道を歩む旅人は、日に十里を歩くという。


日本橋から八里の保土ケ谷宿は、旅人達が素通りするため、客留め女が旅人達を誘っていた。


吉原や品川とは違い、通わなくとも安価で遊べると江戸から流れて保土ケ谷に住みつく輩もいたという。


上州水上に佐吉と言う男がいた。


佐吉は生まれながらに手癖が悪く、仕事もせずに遊んでいた。


金が無くなると、湯治の旅人から路銀をくすね、近所の後家をたぶらかし、それがこじれて水上を追われた。


関所を避けて山道を歩き、江戸まで来たが、上州水上の田舎者と相手にされず、保土ケ谷宿まで辿り着く。


夕刻に、帷子橋の袂の川で顔を洗って身体を拭くと、手縫いを被った夜鷹に声をかけられた。


「おにぃさん、あたしと遊んじゃくれないか?」


俯向く佐吉が顔をあげ、夜鷹の女を見上げると、なんでこんなに綺麗な女が夜鷹なんぞになっていると、若い夜鷹をまじまじ見つめた。


「買っておくれよ…」

 

「ねぇさん、悪いが文無しだよ」


今度は夜鷹が佐吉を見つめる。

 

顔を洗った佐吉は後家殺しと言われるほど良い男だった。


「そうかい、ならばいっとき、ここで待ってて」


夜鷹は握り飯と着物を一枚持ってきた。


「ねぇにぃさん、こんな仕事だと、男の力が必要なんだよ」


佐吉は黙って握り飯を喰っている。


「やり逃げや乱暴するやつもいるからね」


「いままでは、どうしていたんだね?」


「あたしゃ孤児だからね。身寄りもないし、知り合いのお姉さんの紹介された男に金を払って見て貰ってたんだよ」


「そんな仕事もあったんだね?」


「そうなんだよ」


夜鷹は佐吉の隣に座った。


「にぃさん、名前は?いくつ?何処から来たの?」


「俺は佐吉。数えで25だ。上州水上から流れて来た」


「そうかい。あたしゃリョウって名前で、にぃさんより、ひとつ歳上だね」


「おリョウさんかい、そんな綺麗なのに、なんで夜鷹に?」


「あたしゃ、みなし児でさ。子供の頃から住み込みで奉公してたんだけど、勤めに縛られて自由に出来ないのが嫌でさ、飛び出したんだよ。どうせ、奉公先の旦那にしょっちゅう抱かれていたからね。そんなら、男相手が良いと、夜鷹になったんだよ」


「おリョウさんほど綺麗なら、廓でも茶屋でも行けたんじゃねぇの?」


「だから、あたしゃ、縛られるのが嫌なんだよ。それに夜鷹って言っても、遊郭のお姉さん達より、よっぽど稼げるんだよ。それに呼ばれたらお座敷だってあがるからね」


「そうかい、で、俺に握り飯くれたのか…うまかった、ごっそうさん」


「佐吉っさん、お前は綺麗な男だねぇ。かと言って腕や胸板も厚い。どうだい?あたしの仕事に手を貸してくれないかい?いや、お前が良いなら、あたしのイロになりなよ」

 

腹が満ちた佐吉はリョウの言葉にほくそ笑んだ。



佐吉はリョウの長屋に転がり込んで、日が落ち明るくなるまでは、リョウの仕事を近くで見守り、日が上がると佐吉はリョウとまぐわった。


そして、リョウが眠ると、小金を持ってサイコロの目を当てに行く。


「またバクチかい?ほどほどにしとくんだよ」


リョウは目を擦りながら佐吉に言う。


リョウは佐吉にすっかり惚れていた。


博打場で勝っても負けても、帰りには飯屋や小料理屋で一杯飲む。

 

すっかり馴染んだ良い男の佐吉に、女給や飯盛り女、はたまた店の女将まで、佐吉に耳打ちをする。

 

「ねぇ、たまには私と遊んでよ…手当ても弾むからさぁ…」


元々女にはだらしない佐吉は、ついつい転んでしまう。


それが回ってリョウの耳に入った。


「お前、他の女とやりやがったな!!」


佐吉は居直った。


「おうよ!悪いか!」


「当たり前だろ!あたしってもんがありながら、他の女の女陰に突っ込みやがって!」


「お前だって夜鷹じゃねぇか!身体売ってる売女じゃねぇか!!」


「なんだい!身体を買うのは客だよ!客は銭なんだ!銭は男じゃない!客にはやらせるだけでお前には抱かれてると思って一生懸命耐えてるのに…なんだい!お前は!!」


リョウは逆上し佐吉に掴み掛かる。


佐吉はリョウを突き飛ばす。


更に怒ったリョウは所かまわず床にあったものを佐吉に投げる。


鍵の掛かった化粧道具を入れた木箱も投げた。


投げた木箱をさらりとかわすと、木箱は土間に転がり、中の化粧道具をぶちまけた。


すると、化粧道具のあった底から小判の包がみっつ転がる。


佐吉は見えた小判の三十両。


三十両を見た瞬間、目の色が変わっていた。


「なんだい!そりゃあたしの金だよ!!」


佐吉は包丁を握りしめるとリョウの腹にずぶりと差した。


「ぎゃー!悔しい!惚れたお前に裏切られ、金の為に殺される…怨んでやる…お前の末代まで呪ってやるからな…」



夜の帳が落ちたその晩、佐吉は懐に三十両を入れ、リョウを大八車に寝かせ、ムシロを被せ、腰にはナタと包丁を差し、車をひいて半里ほど離れた陣ヶ下の渓谷まで来た。



「ここまで来れば誰もいない。おリョウは宿場じゃ有名だからな。ここでバラしておリョウを隠そう…」


佐吉は見る人が見たらわかるおリョウのふくらはぎのほくろ…。


おリョウが彫った、さきちの名の入った腕、それと死んでも尚美しいおリョウの顔を隠す為、手足と首をナタで落とした。


腕一本一本と切り離すと、切った腕から恨みが流れる。


膝から一本一本と切り離すと、切った膝から呪いが溢れる。


首をバサッと切り落とすと、呪怨のせいか、閉じてたまぶたがカッと開いた。


佐吉は流石に怖れおののき、まぶたを閉じようとするが、目は見開いたままだった。


それならばと、佐吉を睨む両目をくり抜き、小川で首と手足、目玉を洗い血を抜いて、切り口に竹の皮を貼り付けて風呂敷に包んで背にしょった。


首無し、手足無しのおリョウの身体は渓谷奥に投げ隠し、佐吉は西へと東海道を逃げ進んで行った。



休まず止まらす平塚の宿場へ辿り着くと、もうすっかり夜は更けている。


いくら小柄な女の手足、それに首まで背負うとしても、荷が重けりゃ足は進まぬ。


宿場の外れの祠の裏に、穴を掘って足を埋めた。


朝まで待って、飯屋でたくわんと麦めしをみそ汁で流し込むと街道外れの木陰にもたれ、しばしうたた寝をする。


日が暮れるまで眠り、また西へと歩んで行く。

 

まだ暗いうち、小田原の宿場へついた佐吉は、辻を守るお地蔵さんに見えぬよう、林の中に手を隠し埋めた。


血で汚れた首と目玉を洗い、竹の皮と風呂敷を変えると、やっと日は高くあがった。


菓子屋で大福餅と団子を買って、団子を頬張り茶をすすると、若い佐吉は疲れが引いた。


竹の水筒に水を買って、軽くなった背中の包みと懐には小判の束が入っている。

 

手には竹の水筒と経木につつんだ大福餅。


佐吉は、ぶらりぶらりと東海道を西へ下った。

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