第35話 白き獣

「変わった魔道具を使っているらしいですね」


 酒を飲みほしたフランが俺を睨みながら言った。謝ったので少し機嫌がよくなったのだろうか。


「率直に尋ねますが、どなたの作品でしょうか」


 女神作とか言ったら信用してくれるだろうか。また馬鹿にされたと思うだろうか。言いよどんでいると、「そうですわね、言えないというのは理解できます」とフランが言った。


 勝手に納得してくれた。わざわざ、こちらから誤解を解く必要を感じないので、そのままにしておこう。ヨハンが丁寧に話しているので、俺もできるだけ丁寧になるように話してみる。


「フランさんは、魔道具に興味があるのですか」


 フランの顔がぱっと明るくなった。


「もちろん興味ありますわ」


 ヨハンも、笑いながら「フラン様は、魔道具使いだ。とても高価な魔道具をいろいろとお持ちだ」と言った。


「どんな魔道具をお使いなのですか」


「フフ、知りたいですか」


「ええ、もちろんです」


 フランは、ちらっとホイットの方を見てから「秘密ですわ」と言った。


「あっ、そうですよね」


 フランは、口に手を当て、大きなあくびをし「寝ます」と言って離れていった。


 フランが見えなくなってから、俺は声を潜めてヨハンに「大変そうですね」と言った。


「そうでもないさ」


「僕たちは、ちょっと祠を見てきます」と断ってホイットと共に席を立った。


 祠は、人の胴体ほどの大きさで平べったい石を組み合わせて作られていた。地震が起きたら一変でぺしゃんこになってしまいそうだ。たいまつをかざし祠の中を覘いてみると、ヨハンの言うとおり、人の頭ほどの大きさの苔むした石が一つだけ置いてあった。ホイットは、腰をかがめて祠に首を突っ込んだ。


「これは」


「どうした、ホイット」


 ホイットは、振り返り難しい顔をして俺をみた。たいまつの光がホイットの顔に深い陰影を与えた。ホイットみたいな綺麗な人の顔は、こんなたいまつの明かりだけでも綺麗に見える。


「多分、大変なことになったぞ。この村に魔石が埋まっている可能性がある」


「魔石って?」


「ケンのケイバンの中にも入っている魔道具の核となるものだ」


 ちょっと違うと思うが、だまってここはうなずいておく。


「つまり、資源が眠っているということだね」


 ホイットは静かにうなずいた。


「ジジェ様は、いくらになる」


「いいや、ジジェ様自身にはそんなに価値はない。ただ魔石が発掘されるところによく現れる石で、魔石を探す職人の間では有名な石なんだ。以前別の依頼で見たことがある」


「なるほど、それでこの近くに発見されていない魔石が埋もれていると」


「そうだ」


「もし、ジジェ様が魔石ならどれくらいの値段になる」


「もし、あの石ぐらいの大きさの魔石が出てくれば、余裕で一生暮らせるだろう。でも、このことは、みんなに黙っていたほうがいい。特に今は、あのフランという女には」


「なぜ」


「あの女は、世界を束ねる勢力の一つ、7商の娘だと思う」


「金持ち」


「大金持ちだ。モルド家の家紋が中に着ていた服の襟のレースの生地に縫い込まれていたし、ヨハンの態度も鑑みれば、多分間違いないだろう」


 良く見ている。全然気づかなかった。


「7商というのは?」


「7人の豪商のことだ。伝統的に魔石を使った魔道具の開発、製造、販売にも熱心な集団だ」


「まさか、そうすると、カネが欲しい司祭と、魔石が欲しい7商の争いがここで起こっていることなのか」


「まさか、そこまでは。たぶん、違う。彼らが本気で争奪戦をしているなら、もうとっくにこの村はなくなっているだろうし、娘をそんなところによこすわけがない」


「そんなに」


「ああ、教会と正面切っては争わないにしても、争えるぐらいに彼らの力は強い」


 ホイットと俺は、ヨハンの元に戻ると、何もわからなかったとウソをついた。ヨハンは、しばらく俺たちの顔を見ていたが、「そうか」といって焚き火の炎を見つめた。人にウソをつくのは得意じゃない。俺もウソが顔に出ないように、炎を一心にみつめた。


 ホイットは立ったままで、座らなかった。いつまでも座らないので、どうしたのだろうと顔を見上げると闇を見つめていた。


「だれかが、やって来る」


 耳を澄ませたが俺には何も聞こえなかった。しばらくして、やっと走ってくる足音と、あえぐような息づかいが聞こえて来た。闇を割って現れたのは、はげ頭三人組、トリリオンだった。トリリオンは、俺たちの目の前まで来ると、転がるように寝っ転がった。三人とも肩で息をしている。ヨハンが三人を見下ろしながら言った。


「どうした」


「白き獣が出た。今も俺たちを追ってきている」


「どこに、どんなタイプだ」


「オオカミ型とフクロウ型だ」


「ばかな、この辺には目撃情報すらないぞ」


「すまねえな、ギーガーの迷宮の近くにいたんだ」


「ギーガーの迷宮は、ここよりかなり北だ。ありえない」


「だからすまねえと、言ってんだろう。道に迷ったんだ」


「道に迷ってこんな田舎にこれるわけがない」


 はげ頭三人組は、そろいもそろってニヤリと笑った。リーダーのドーソン、こいつは俺を殴り気絶させた男だが、俺を見るなり、ここにもアホな白いヤツがいるなと、あざ笑った。ドーソンの言葉を無視する。左足に痛みが走った。ヨハンが指笛を吹いた。甲高い音が夜を斬り裂く。その音に呼応し、いくつかの家の窓に明かりがともった。ホイットも多少緊張しているようだ。たしか、コンソラータもいつか白き獣は不吉だと言っていた。俺は、ホイットの耳元で、「白き獣って何」と言った。


 ホイットは、俺をみんなから少し離れたところに移動させひそひそ声で語った。


「白き獣とは、冒険者ギルドの究極の敵とも言える。世界にはいくつかの大迷宮があるが、そこから白き獣が湧きでてきて、我々の街などを攻撃してくる。もともと冒険者ギルドは、白き獣を討伐するために民間で組織されたギルドなんだ。でもおかしい。ギーガーの迷宮の白き獣は、すべて退治されていたと思うんだが」


 さらに、ホイットが教えてくれたことは、白き獣とは、文字通り白い獣で、凶暴凶悪、知能も高く、特殊能力を持つヤツ、魔術を使いこなすのもいるという。


 闇の中から遠吠えが聞こえた。村の家々から、武装してきた人々がでてきた。銀翼の射手、ゴールドクラスのアッジーが言った。


「どうした」


「白き獣たちがやってくる」


「どうして」


 ヨハンは、地面であぐらをかいているトリリオンたちをにらみつけた。


「それは、白き獣たちを撃退してからだ。トリリオンの話だと、オオカミ型とフクロウ型だそうだ。属性持ちはいたか」


 ドーソンは、「さあ」としらばっくれた。


「貴様ら」


「俺たちは、逃げるのに必死で覚えてない」


「奴らを片付けたら、ギルドにこのことは報告させてもらう」


「どうぞ、無事生き延びられたらな」


 俺は、軽バンに乗り込み、末端ゴーグル、完全白衣、無重力シューズ、猫耳ニットキャップ矛盾グローブ、万能薬をレンタルした。


「ケンは、私の指示に従って軽バンを運転して」


「わかった、どうするの」


「オオカミ型は、群れで獲物を狩る。フクロウ型は、音もなく単独で獲物を狩る。だから、オオカミ型の陣形をケイバンで崩しながら、フクロウ型を狙う」


「銀翼は、防御を固めて」


「助かる」


 俺は、軽バンに乗り込み、ライトを付けた。その光の中から、真っ白な人の身長ほどもあるオオカミが現れた。

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