第26話 ジジェット村

 俺は、男を刺激しないようにゆっくり運転席の窓を開け、笑顔を作った。


「グランツルの教会から薪を受け取りに来ました」


 俺は、アレッシアから預かっていた手紙を男に差し出した。男も慎重に近づいてきて手紙をひったくるようにして受け取った。


「確かに、アレッシアからだ」


「アレッシアさんのお父様が村長さんらしいのですが」


「そうです。私が村長のガイオです。あいつは元気にやっていますか」


「ええ、元気ですよ」


 ガイオの背後から、立派な甲冑を着た男、弓を背負った男、ローブを羽織った女性、そして農夫らしき老人が進みでてきた。老人の手には農作業でつかうのだろう4本の長爪をもったフォークが握られていた。


「村長、そんなに簡単に信じて大丈夫か。こいつ白い化け物から降りてきたんだぞ」


 甲冑を着た男が言った。


「それなら大丈夫だ。この男は、最近冒険者ギルドに加入した、冒険者だ。真っ白い服を着て真っ白な魔導具を使うというのでイカレテイルとして有名だから、間違いない」


 そんなに噂になっていたのか。甲冑の男が握手を求めてきた。見るからに戦士っぽい精悍な顔つきだ。俺は、軽バンを降りてその手を握った。


「俺も冒険ギルドに所属している。銀翼のリーダー、ヨハンだ」


「バルサのケンです」


 ヨハンの手のひらは分厚く柔らかい。


「こっちの弓を持った男はアッジー、ローブを着たのが魔術師のディリアだ。今のところ銀翼にもう一人所属しているんだが、まあ、4人でパーティを組んでいる。よろしく」


 アッジーは、背がひょろ長く、手足も長い。どことなく蜘蛛を連想させる風体だった。肩越しに一部だけ見える弓は、工芸品のように細かな装飾が施されているようだ。魔術師のディリアは、ヨハンより背が低く、顔は丸顔だ。マントに隠れて体格まではわからないが、人懐っこい笑顔が印象的で、悪い人には絶対見えない。


ヨハンは、俺の手を握ったまま言った。


「アレッシアが噂の新人をよこすとは意外だったな」


「あの、俺は教会の薪を取りに来ただけです」


「そうか。そう言っていたな。アレッシアにしては、ずいぶん手際が良いと思っていたところだったんだ」


 ガイオとヨハンは、顔を見つめ合い、苦笑いを浮かべた。


「アレッシアさんとはお知り合いで」


「アレッシアは、俺の妹だ」


「ということは、ガイオ村長の息子が銀翼のリーダー、ヨハンさんで、妹がアレッシアということですか」


「そうなるな。似てないか」


「いいえ、そんなことは」


 話を変えよう。


「アレッシアさんの話では、とってものんびりしたところだと聞いていたんですけど」


「ああ、普段はそうだ。だが今は、ちょっと立て込んでいてな。その白い魔導具で薪を運ぶのだろう」


「はい、そうです」


「手伝おう」


「いいえ、それは俺の仕事ですから」


「気にすんな。話しながらだから」


 ヨハンが、村の中に向かって歩き出した。こっちに来いと手招きする。俺は、軽バンの鍵を抜き取り、鍵をかけた。軽バンが一瞬で消えた。村人たちが一斉にどよめいた。小走りでヨハンに追いつく。


「田舎すぎてびっくりしたろう」


「いいえ、そんなことは」


「この村は、陸の孤島みたいなところでな。この村に通じる道は、一本しかないし、しかもここで行き止まりなんだ」


「自然豊かでのんびりした所じゃないですか」


「確かに自然しかない。南は人の踏み入れない森、東は断崖へとつづいているが、断崖を登る路は、獣路しかないから事実上、物好きな旅人しか使わない。西はすぐに海にでてしまうし、北は、グランツルに通じているだけの道があるだけ。俺は、そんな生活が嫌で飛び出したんだが、まさかギルドの依頼でまた戻ってくることになるとは思わなかったよ」


 ヨハンが案内してくれた場所に積み上げられた薪の量を見て愕然とした。去年の分まであるそうで、一回では運びきれないことが一目でわかった。


「去年のヤツが手を抜いたんだ」


 軽バンの鍵を開ける。とりあえず、詰めるだけは軽バンの荷室に詰め込むしかなさそうだ。


「変なことを聞くがケン。この村に来る途中おかしなことに出会わなかったか」


「いいえ。何も。ホントに何もないところですね」


「そうか、実はな、半年程前から、徐々にこの村に訪れる行商が減っているんだ」


「はあ。どうしてですか」


「どうも、この村に向かう道中、盗賊が現れるらしい」


 とてもそんな危険な道だとは感じなかった。完全に油断していたということか。背筋がすっと寒くなった。


「それだけじゃなくてな、本来なら上の草原地帯にいるはずのグラスジャッカルどもが、わざわざ降りてきて村の畑を荒らし、家畜を襲う」


「グラスジャッカルが断崖を降りてくることはめったにないって聞きましたけど」


「そうなんだ。それに他の断崖近くの村では、そのような報告はされていない」


「なるほど、これは、偶然じゃない。何らかの意図を感じているってわけですね」


「そうだ」


 ヨハンが手伝ってくれたおかげで薪積みはあっという間に荷室はいっぱいになってしまった。これなら、これからもう一往復して、今日中には、全部運び終わりそうだ。


「それに、ちょっと気になることがあってね」


「それは、犯人や原因に思い当たる節があるということですか」


「わからん」


 これ以上、この話に関わりたくないという考えがムックリと頭をもたげてきた。


「ちょっと、休憩しないか」


 手伝ってもらって、お茶を断るというのは失礼で話ぐらいは付き合おうと決めた。ついて行った先は、村長の家、つまりヨハンの実家だった。ヨハンの母親が、ハーブティーを入れてくれた。一口ハーブティーを飲んだら、お腹が、盛大に鳴った。


「何だ、昼はまだだったのか。母さん、何か出してくれないか」


「いえ、それは、困ります」


「気にするな。ここは俺の実家だ」


 それは、知っている。そうじゃなくて、これ以上、この件に首を突っ込みたくない。早々に退席したいからだが、もちろんそんな事は口に出して言えないが。


 俺の必死の辞退むなしく、俺の目の前に、おいしそうな卵料理が並んだ。


「すまん、今は、そういう事情で食料が不足気味でな」


 温かい料理は、温かいうちに食べるのがマナーだと聞いたことがある。ええい、どうせ毒を食らわば皿までだ。


「いただきます」


 ヨハンは、俺が皿に手を付けたのを見てから話を続けた。


「俺たちも、いつまでもこの村に張り付いているわけにもいかない」


 やっと本題に入ったのだろう。


「そこで、どうだろう、手伝ってくれないだろうか。もちろん無料というわけじゃない。高額は用意できないが、多少の用意はある」


「何をすれば」


「できれば、盗賊退治と、もし後ろで誰かが糸を引いているヤツがいるなら、その正体と目的だ」


 ヨハンがグッと顔を近づけてきた。迫力がある。


「君とホイットならできると思うんだが」


 たしかに、シーカー3位のホイットには適任な仕事だ。

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