3 神聖教会

第22話 朝練

起床時間を1時間繰り上げた。


「いつまでも逃げ回っている訳にはいかない」というホイットの言葉に刺激を受け、毎朝の日課として組手を追加することにしたからだ。


「まずは、何ができるのか見せてほしい」


 俺が今までビデオで習ってきたのは、練気言祝、静歩、間相、受けと抜き技として縦拳、正拳、2連拳、貫手、一本突き、暗壁衝、打ち技として、掌底と双手だ。まずは、ビデオで見た動作どおりに演武を披露する。


「なかなかいいし、ときたま、すごく良い。私でもそれをくらえば、動けなくなりそうだ」


「よかった」


「しかし、当たればの話だけど」


 ぬか喜びか?


「次は、連続技を見せてほしい」


 初級では、連続で使える技は最高3つまでなので三連技を披露する。比較的新しく覚えた打ち技を使ってみる。


 掌底、掌底、双手。


「なるほど、掌底は、技の出も早いし、それほどスキもない。でもやはり双手は使いどころが難しい」


 ビデオでも、打ち技と抜き技との違いが説明されていた。それによると、打ち技は、気による相手の防御を練度によって貫通できる。その反面、技を出したあとのスキが抜き技に比べて大きいという弱点があるらしい。


「両掌を同時に突き出して体重を相手に乗っけるようにして打ち込んでいるから、威力があるんだろうな。でも、それゆえ次の動作につなげるのが難しいんだ。技が決まれば良いけど、外れたら相手の反撃を受けやすい体勢だ」


 ホイットが、俺の真似をしてみせてくれる。言われてみれば確かに、技を出したあとすぐには動けないとわかった


「では、打ちかかってきてくれ」


「殴れってこと」


「そうだ。今、さっきやったように」


 口喧嘩の経験はあるが本気で相手を殴った経験はない。そういえば、つい最近、へなちょこパンチだったがセイジに殴りかかったか。


 ずいぶんと昔の事のように感じる。左足に鈍い痛い身が走った。左足を平手で叩き痛みを紛らわす。「よし、いこう」と言って、気合いを入れたふりをした。


 腕を伸ばせば当たる距離にホイットがいる。俺は、不意を突くようにして、ホイットの腹をめがけて拳を放った。拳は、空を切り、逆に俺は、あごに衝撃を受け、仰向けに倒れた。目がチカチカ痛い。


「なんだ、その突きは、さっきと全然ちがうじゃないか」


 さすがに、ホイット相手に不意打ちは効かなかったか。それよりも、ホイットの攻撃が見えなかったことに改めてゾッとした。一体いつ俺は攻撃をうけたんだ?


 俺は、頭を振り、眼をしばたたせながら起き上がった。


「すみません。手順を忘れていました」


 考えがまったく甘かった。神威格闘術のいの一番は、練気言祝だ。これをふっとばして、やれ蹴りだ、突きだといっても、神威格闘術は発動しない、とビデオでも言っていた。忘れていたふりをして照れ隠しで、笑う。


「もう一度、お願いします」


「もちろん」


 今度は、練気言祝をちゃんと唱える。


「カカン イーコシュ ドシャク ムソウシン」

「カカン イーコシュ ドシャク ムソウシン」


 途中で、ホイットのビンタが俺の頬に炸裂した。


「こんな近い間合いで、何をのんきにブツブツいっている。相手は待ってくれるわけないだろう」


 確かにそうだ。ヒリヒリと痛む頬を片手で押さえながら距離を取る。ホイットは、間合いを詰めてビンタを繰り出してくる。口を守ろうと両腕でガードすると、がら空きの足や腹に容赦なく、蹴りやパンチが襲う。そのたびに練気言祝は途中で止まってしまう。

「魔術師と同じだな。呪文を唱える時間が、最大の弱点だ」


結局、その日の朝練では、一度も練気言祝を言いおえずに終わってしまった。レンタルルームに戻り、シャワーから水を出す。真っ赤に腫れた両頬や両腕に水をかけて冷やす。一瞬だけ、万能薬を買ってしまおうかと思ったが、節約だと思いとどまった。


 今日の練習では悔しい思いをしたが、収穫はあった。相手との間合いの取り方、少なくとも練気言祝を素早くどんな体勢でも唱えることがとっても重要だ。それなしには何も始まらない。何をしながらでも練気言祝を早口で唱えられる練習を開始した。


 朝練の時間が欲しいからと言って仕事の時間を減らす訳には行かない。仲間が増えたことによって、出費も増えたからだ。その要因の一つがワンルーム代と保管代だ。ホイットは、助手席でも十分休めると言ったが、俺だけワンルームで休むわけにはいかない。


 ホイットが仲間になった初めての夜、ロラが俺に提案してきた。


「いいんか、一部屋を二人で使えば経済的だっぺよ」


 一瞬だけ、その提案に魅力を感じたが、結婚まえの男女が一つの部屋、ベッドで寝て間違いが起きたら、これからの旅がものすごく気まずいものになる。そんなことは絶対に避けたいし、ホイットと同じ部屋にいて何も事故を起こさないという自信はなかった。


「良いんだ。寝るときぐらい一人にしてくれ」


 俺は、スライドドアを開き、ホイットに部屋の使い方を説明した。ホイットは目を白黒させ驚愕していた。エアコン、テレビ、冷蔵庫、水道、ユニットバス、電気コンロ、ドライヤー、どれも初めて見るものばかりだという。そりゃあそうだ。一通り使い方を説明する。そのときの驚く顔が見られただけで、元はとった。


 保管代とは、ホイットの旅の道具一式と、貯蓄していたカネを保管するスペースを確保するための経費のことだ。


保管室 小 1MP/1泊。


 保管室の大きさはワンルームと同じだ。そのスペースにホイットの荷物だけを保管するのは正直割高だが、ワンルームに私物は置きっぱなしにはできないが、保管室なら可能だということで、借りることにした。これまでの旅で学んだことは、ケチってはいけない、ということだ。それに、ホイットが仲間になったことで、日が暮れてからも安心して仕事ができる。これくらいのコスト増は、十分回収できるはずだ。


 無口なホイットを助手席に乗せ軽バンを運転するのは、精神的につらいので、彼女の強さの秘密を聞き出してみた。


 ホイットの体術の特徴は、魔術による効率的な身体強化だった。魔術といっても呪文を唱える必要はないらしい。つまり、無詠唱魔法だ。うらやましい。強化ポイントは、筋力だけではなく、知覚なども強化できるらしい。


「どこで、魔術は習ったの」


「習った覚えはない。気がついたら使えていた」


 普通、魔術の素質があるものは、養成機関で魔術を覚えるのが普通らしい。神聖教会には、アドソという魔術を専門に教える学校があるし、冒険者ギルドには、森舍しんしゃという魔術やら冒険技術やらを教える機関があるらしい。商人ギルドには、ゾシキスという組織があって、これは、魔術というより、魔導具の作成、研究開発、販売などを行う組織だそうだ。


 魔術を教える私塾もあるが、これはピンきりで生活を便利にする目的の場合が普通だという。


「まあ、だから私の魔術は自己流なのだろう」


 魔術が自己流とはありえるのだろうか。もしかして天才確定?

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