第43話「普通の子」

 目の前で普通の子供と変わらないように笑っている未央ちゃんは、この世の存在ではない。そう考えてしまうと、胸がズキズキと痛むようだった。

「ねぇ、お姉ちゃん達はいつまで居てくれるの?」

 子供によくある適応力の高さか、既に私達に対して馴染みのように話し掛けてくる。

「それは――」

 いつまでかと言われると、私は何も言えなくなってしまう。

 だって私達と彼女では存在している世界も、時間も違う。いつまでと聞かれたって、上手く答えられない。

 私が言葉に詰まっていると、何かを考えるように黙っていた坂口さんが口を開く。

「そうね……あなたが佳ければ、あなたのお母さんが来るまでここで遊んでいましょうか」

「ホント!?」

「さ、坂口さん?」

 坂口さんの言葉に未央ちゃんは嬉しそうに瞳を輝かせる。もしかしたら一人でお母さんを待っているのが本当は寂しかったのかもしれない。だけど、彼女のお母さんが迎えに来る事は無いのに、その時が来るまでなんて、いったいどうしようとしているんだろう。

「お姉ちゃんっ、砂でお城作るの手伝って!」

「……うん、いいよ」

 私は未央ちゃんに手を引かれて砂場に向かう。その後を追うように坂口さんもゆっくりと付いて来る。

「いつもは友達とお城作るんだけどね、どうしても最後まで作り切れないの」

「そうなんだ。でも、私もあまり器用じゃないし……坂口さんは?」

「残念だけれど、私も砂遊びというのは殆んど経験が無いわ」

「そんな感じはするかも。じゃあ、地道に作るしかないかなぁ」

「まぁ、理屈は分かるからアドバイスくらいは出来ると思うわ」

「じゃあお願いしてもいい?」

「ええ」

「わーい! お城お城!」

 私と坂口さんが砂の城の制作に取り掛かると、未央ちゃんは笑顔で喜びの声をあげて砂を固めていく。

 公園内にあったバケツで水道から水を汲んで、砂をしっかりと湿らせていく。坂口さんのアドバイスに従って、多くなり過ぎないように気をつけながら砂と水を等分くらいの量で。

「お姉ちゃん、こんなに水入れたらドロドロにならない?」

「入れ過ぎるとそうなるわね。目分量でしかないから、注意して混ぜるようにするのよ」

「はーい! んっ、しょっ……んっ、しょっ……」

 坂口さんがアドバイスをし、未央ちゃんが一生懸命に水と砂を混ぜていく。水で湿った砂を手に取り、少しだけ水を切って硬さを調節しつつ、先ずは土台を作り始めた。

「結構、土台を作るだけでも大変かも……んっ」

「そうね。でも、ここをちゃんとやらないと自重で潰れてしまうだろうから、手を抜く事は出来ないわ」

「お城お城~♪」

 砂場の中心に四角い土台を三人で作り、その上に城の輪郭になるよう砂を積み上げていく。坂口さんが口頭で伝えてくる構造通りに、私と未央ちゃんが輪郭を整えていった。

 未央ちゃんは終始楽しそうで、その様子を見ていると私の心も童心に帰ったような気分になり、自然と笑みが零れる。

 そうして、どれくらいの時間が経っただろう。砂場には小さくもしっかりとした砂の城が完成していた。

「出来たー! 砂のお城ー!」

「わぁ……意外とちゃんとしたのが出来た」

「こういう遊びは初めてだけれど、中々の達成感が得られるわね」

 私達は思い思いに感想を呟き、互いに顔を見合わせて微笑む。

「お姉ちゃん達、凄いねっ。未央、こんなお城初めて作れたもんっ」

「佳かったねぇ」

 公園内の水道で手を洗いながらはしゃぐ未央ちゃん。その笑顔からは、既に彼女が死んでしまって、この世の存在じゃないなんて全く思えなかった。

「あ……」

 そうか。未央ちゃんはもう――

 ふと現実を思い出し、先程まで明るくなっていた心が急速に落ち込んでいく。

 こんなにお母さん想いで、そこらにいる子と全く変わらない普通の子なのに。どうして未央ちゃんがこんな目に遭わないといけないのか……そう考えてしまうと、私は遣り切れない思いで胸が苦しくなる。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「え? あっ……ご、ごめんねっ」

 不意に未央ちゃんに声を掛けられ、私は自分の瞳から一滴の涙が零れているのに気がつき、慌てて水道の水で顔を洗って涙を洗い流し誤魔化す。

 そうだ。今の未央ちゃんは自分に起きた出来事を覚えていないようだし、私が変な態度を取るのは佳くないだろう。

「お姉ちゃん、何か悲しい事があったの?」

「う、ううん……違うの。私は――」

 私は、この子に何かしてあげられるのだろうか。

 坂口さんに言われてこんな所まで付いて来たけど、私はただの凡人で、この子にしてあげられう事なんて何も無い。

 そもそも、私は何で坂口さんが未央ちゃんの後を追って来たのかも知らない。

 坂口さんの方に視線を向けると、彼女は何を思っているのか、私と未央ちゃんの様子を窺うように見ていた。私には彼女の考えが分からなくて、いっそ訊いてみようかと思い始めた瞬間――

「そうだ! お姉ちゃん、こっちに来て!」

「へ? わっ、あっ……待ってっ!」

 不意に未央ちゃんに手を引っ張られて、小さな彼女を転ばせてしまわないよう私は前のめりになりながら付いていく。

 未央ちゃんは自分のランドセルを置いたベンチまで私を引っ張っていくと、ある物を見せてきたのだった。

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