第41話「私達は何処へ向かうのか」
「時間は丁度いいくらいね。今のところ通行車両も無いし、ここら辺で待っていましょうか」
十字路に着いた私達は近くにある自動販売機の影に立ち、幽霊が現れるのを待っていた。
「どうしよう。今の私達、凄い怪しくない?」
「他人の目なんて無視するのが一番よ。どうせ次の瞬間には忘れてるわ」
坂口さんはまるで気にしていない様子でそう言う。
「それはそうかもしれないけれど……」
「人の目ばかりを気にしていては自分の本当の気持ちを失ってしまうわ。勿論、最低限の常識や良識は必要だけれど、少なくとも今の私達は何も悪い事はしてないのだし、それに――」
「それに?」
「夕花は、もっと今の自分に自信を持つべきだと思うわ」
「自信を、持つ……」
どうして坂口さんは私に対して、こんな優しい言葉を掛けるのだろう。
初対面が彼女の命を救ったから? でも、彼女は目的があって線路に飛び込んだって言うのなら、むしろ私はその邪魔をしたという事になる。
分からない。私は、人と関わる事にあまり積極的ではなかったから。
別に人嫌いとかそういう訳ではないけれど、誰かと深い仲になる事に抵抗があって、その理由は自分でも分からない。だから、私には坂口さんがどういう気持ちで私にそう言っているのか、その心境を測る事が出来ないでいた。
「夕花、そろそろ時間よ」
「あっ」
坂口さんに言われて、私は首を振って心中の疑問を振り払う。人の心なんて読めないんだから、私みたいな不器用な人間は先ず目の前の事に集中しないと。
「時間帯的には丁度良いくらいの筈だから、後はちゃんと現れてくれるかね」
「時間帯? 坂口さんには、幽霊の出る時間の推測が出来ているの?」
坂口さんはまるで確信を持っているかのように言うから、思わず疑問を口にしていた。
「ええ。とは言っても何も特別な話ではないわ」
言いながら、坂口さんはスマートフォンを操作して、ニュースサイトの記事をスクリーンショットで切り抜いた画像を見せてくる。
書いてあるのはこの場所で交通事故で亡くなった子の話で、そこにはしっかりと時間帯まで記載されていた。
「調べてみると、幽霊を見たという話が一番多いのもこの時間帯になっているわ」
その時間帯というのが丁度今頃。という事は、こうしてもう少し待っていれば、あの十字路に成仏出来ないその子の霊が現れるという事なのかな。
「それって、何か理由があったりするのかな」
「理由に関しては流石に想像出来ないけれど、おそらくその子は地縛霊になってしまったんでしょうね」
「地縛霊って、その場所に何か理由があって縛りつけられた霊ってこと?」
「そうね。或いは、その子はまだ幼かったみたいだし、突然の事故で自分が亡くなってしまったという事実に気づいていない可能性もあるわ」
「そんな。じゃあ、誰かがそれに気づかせてくれるまで、ずっとこの場所に縛られてるかもしれないっていうの?」
「そうね。そもそも、霊の存在というものは大抵の人間が感知出来ない――というより、その気配を気配として捉えられないの」
「気配として捉えられない?」
「ええ。例えば、静かな場所で虫が鳴いていれば、人は近くに虫がいると気づけるでしょう? けれど、車の走行音や人の声が大きい場所ではその虫の鳴き声に気づけない。つまり人は生きている人間の気配には敏感だけど、死者の気配はそれに紛れてしまって気づき辛くなってしまうのよ」
「成る程?」
言っている意味は何となく理解出来るんだけど、その実感が伴わなくて、私には坂口さんの理屈が正しいのか判断しかねた。けれど、本物を見てしまっている以上、そういうものなんだと受け入れるしかないのかもしれない。
「さて、ちゃんと来てくれるかしらね」
「うん」
坂口さんがスマホで時間を確認しつつ、十字路の方に目を向ける。釣られて私もそちらに視線を移すと、ちょうど一台の車が十字路を通過しようとしていた。
昨日見た光景と重なるようなその光景に、私は緊張で唾を呑む。またあの子は、この場所に現れるのだろうか。
私と坂口さんはジッとその時を待って、そして――
「あっ」
車が十字路の中心に差し掛かろうとした瞬間、小さな影が車の前を横切る。車は慌てたように停車し、近くで偶然その瞬間を目撃した人達が様子を見に来るが、私達はそちらには構わず、あの子が向かった先の方を見ていた。
昨日は車に気を取られている間に、その姿を見失っていたけど。
「夕花、見える?」
「え? う、うん、見えてるけど……でも、昨日は見えなかったのに、どうして」
今までの人生で自分に霊感みたいなものがあると感じた事は無い。実際、昨日だってあの子の姿を見失ったのに、今、私はその赤いランドセルを背負った後姿が見えている。
「さっき言ったでしょう」
「さっきって、気配を気配として捉えられないだけって話のこと?」
「ええ。詳しく説明してあげたいところだけれど――」
坂口さんがそこまで口にしたところで、女の子が曲がり角を曲がり、姿が見えなくなる。
「追いながら説明しましょうか」
「追うの!? わ、分かったっ」
坂口さんが走り出し、私も続いて走る。幸いな事に女の子がまだ小さい子供であった事もあり、全力で走らなくても追いつけそうではあった。その途中で、坂口さんが説明を始める。
「はぁ、はぁ……大多数の人は、霊が近くいても、その気配を捉えられないわ……はぁっ、っ……けれど、例えば噂話で、そこに霊がいるという話を聞いた事があるとする……っ、そうすると、実際に存在しない霊ですら、“そこに居ると錯覚してしまう”のよ」
「あぁ……それは何となく分かるかも」
周囲の人達がそうであると言うのなら、確証が無くても何となくそうなんじゃないかと思ってしまう。集団認識とでも言えばいいのか、多数の人がそうであると認識していると、自身の思考もそう引っ張られてしまうみたいな。
「夕花は、っ……あの霊がこの場で現れると既に知っているから……はっ、はぁ、はぁ……そう認識しているから、見失わずにいられるのよ……っ」
「そうなんだ……でも、それならもっと色んな人が幽霊を見えたり出来そうなものだけど」
「はぁ、はぁ……勿論、その人の資質によっても見え易さは変わるわ……」
私の疑問に答えながら、坂口さんが横目で私の方を見てくる。その時の彼女の瞳は、何かを言おうか言うまいか悩んでるように見えた。
「……夕花は、普通の人よりそういうものが見え易いみたいね」
少しの間を置いてそう言った坂口さんだけれど、この時の私には、それが彼女が言いたかった事の全てなのかは判断がつかなかった。
「そうなんだ。今まで全然気にした事が無かった」
「はぁ、っ、はぁ……普通は、気づかないかも、しれないわね……“向こう側”というものは、そういうものよ……っ」
「私は全然知らない事だから、坂口さんがそう言うならそうなんだとしか言えないけれど……ところで、さっきから苦しそうだけど、もしかして体調が悪いとか?」
ふと気づくと坂口さんが凄く息を切らしていて、さっきまでの疑問よりもそちらの方が気になってしまう。
「はぁ、はぁ……別に、体調が悪い訳じゃないわ……少し運動が……苦手、なの……はぁ、はぁ」
「そ、そうなんだ。無理しないでね?」
さっきからそんなに速いペースで走ってはいないと思うんだけど……それって本当に少しってレベルなのかな。
そんな新たな疑問が湧いたけれど、口には出さなかった。そうこうしている間に、私達が後を追っていたあの子は公園の敷地内に入っていった。
続いて私達も公園の入り口まで駆けたが、その瞬間、さっきまで確かに見失わないよう追っていたあの子の姿が消えていた。
「へ? ど、何処にいったの?」
周囲を見回すが、それらしい姿は無い。本当に見失ってしまったの?
「……見失ってはいないわ」
「見失っていない?」
しかし、息を落ち着けた坂口さんはまったく動揺していない様子で、公園の敷地を見ていた。
「目的地はここで間違い無いわ。ただ、見えていないだけで」
「見えていない? でも坂口さんは、私は見え易い人間だって――」
「ええ、そうよ。夕花は見え易い人間だわ」
言いながら、坂口さんは公園の方へ手を伸ばす。
「だから、この感覚も感じ取れるんじゃないかしら?」
「え?」
坂口さんの手、その指先が何も無い筈の空間に呑み込まれるかのように歪む。そして、まるで水面を波紋が広がるように空間が揺らいで、坂口さんが一歩踏み出す。
「行くわよ」
「あっ、待って――」
止める間もなく、坂口さんは公園の敷地内へと足を踏み入れ――消えた。
「……どうしよう」
このまま先に進んでいいのか、悩む。
得体の知れない存在に触れてしまう警戒心と、坂口さんを一人にしていいのかという心配の間で板挟みになる、
「――でも、ここまで来ちゃったんだよね」
そう。私は坂口さんと出逢ったから、放っておけないと思う。
今まで私はあまり人と関わらずに生きてきて、それ自体に後悔がある訳ではないけれど、もう関わってしまったのなら、私は行くべきじゃないの?
「うん。そうだよね……」
だから私は、坂口さんを追って一歩を踏み出した。
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