第40話「私は断れない」
「ここだったらこの時間は誰もいないよね……」
放課後の中庭は吹奏楽部や美術部が使用したりするのだが、帰宅時間になったばかりの今、直ぐに帰宅したり先ずは部室に向かう生徒が多いという事もあって中庭に人の姿は無かった。
「はぁ、はぁ……ゆ、夕花、手……」
「え? ――あっ、ご、ごめんなさいっ!?」
坂口さんの声で我に返った私は、まだ彼女と手を繋いでいた事に気づき、慌てて離す。
「急に走り出すんだから、驚いたわ……」
「そ、その節は申し訳ありません……」
坂口さんは運動が苦手なのか肩で息をし、頬を紅潮させて私の方を見ている。その表情が妙に艶っぽくて、同性である筈なのに私は心臓がと早鐘のように鳴っているのを自覚した。
わ、私、何でこんなにドキドキしているの!?
「はぁ……落ち着いたわ」
「えっと、大丈夫? 向こうに自動販売機あるけれど、何か買ってきた方がいい?」
「そこまでしなくても大丈夫よ。急に走ったから、少し疲れただけだし」
やっと息を整えた坂口さん。そこで私も心が落ち着いてきたので、湧いてきた疑問を口にする。
「あの、突然ここに連れてきた私が言うのもなんだけど、坂口さんはどうして私の教室に来たの?」
何か用事でもあったのだろうか。だとしたら悪い事をしてしまった。余りにも動転して、あの場から逃げる事しか考えていなかった。
「ああ、そういえば、まだ何も言ってなかったわね」
私の方をジッと見ながら、坂口さんはその透き通るような声で喋り出す。
「夕花さえよければ、今日もあの十字路に行ってみない? って訊こうとしたの」
「えっ……あの十字路って、幽霊が出る?」
「ええ、少し確かめたい事があって、その為にはあなたにも居て欲しいと思ったのだけれど、どうかしら。勿論、断ってくれてもいいのだけど」
坂口さんの言葉に、私は考える。
昨日の子供の幽霊のことは気になっているのは確かだが、あそこは間違い無く心霊スポットという事になるし、アレは紛れもない心霊現象だ。無闇に近寄ったりしていいのかとも思うし、そもそも坂口さんはああいうのに精通しているのかもしれないが、私なんかが居て何になるのだろうという疑問もある。
「……私がそこに行ったとして、何かあるの?」
だから消極的な私はそう返答するしかなかった。私は自分に特別さなんて感じないから、どうしても理由を求めてしまう。
「そうね……」
そんな私の大した事無い質問に、坂口さんは真剣な表情で顎に指を添えて考え出す。
「あの、そんなに無理に捻り出そうとしなくても」
「別に無理をしている訳ではないわ」
と、坂口さんは此処ではない何処かを見るような表情で宙を眺める。
「まだ私の中でも上手く言語化出来ていないの。敢えて理由を言うなら――」
そこで坂口さんの視線が私の目に向く。
ジッと向けられた視線。その私を見通すかのような視線と、端正な顔立ちに落ち着いていた心臓がまた煩くなりそうだった。
「私が夕花に側に居て欲しいのだけど……ダメかしら?」
「うっ……!」
坂口さんの窺うような表情に、私はドキッとして思わず呻いてしまう。
何だろう、この彼女に対する気持ちは。こんなの今までの人生で一度も感じた事が無くて、この気持ちを坂口さんに悟られたくなかった私は彼女から視線を逸らし、たどたどしく返答する事しか出来なかった。
「さ、坂口さんがそう言うなら……それに――」
「それに?」
坂口さんの言葉は素直に嬉しいと感じる。碌に友達も居ない私だから、綺麗な彼女から必要とされるのは自然と心が高揚するんだけど、それだけじゃない。
「あの子のこと、私も少し気になっていたから……」
心配するだけでは偽善者かもしれない。けれど坂口さんに協力する事で、もしかしたら私は傍観者以外の役割を得られるんじゃないかって、そんな気持ちになってしまったから。
「ふふっ」
唐突に坂口さんが笑みを浮かべる。
「な、何かおかしい事を言った? 私」
「いいえ。あなたはやっぱり私の思った通りの人だと、そう思っただけよ」
「……その答えで笑われたとすると、私がおかしな人間だってことにならない?」
いったい私は坂口さんにどういう人間だと思われているのだろう。
初めて会った時からこの瞬間までの自分の行動を思い返してみると、碌な人間性を感じられなかった。
「人見知りの擦る挙動不審な子だと思われてる?」
思わず小声でそう呟いてしまうが、考えれば考える程そうとしか思えない。それなら笑われたって仕方ないだろうと。
「さぁ、時間も勿体ない事だし、さっさと向かいましょうか」
「あっ、坂口さん待って!」
そんな私の懊悩を知ってか知らずか。坂口さんはやはり小さく笑みを浮かべたまま先に歩き出し、私は慌ててその後を追うのだった。
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