第39話「やっぱり彼女は突然に」

 坂口さんと十字路の噂話を確かめた翌日、私は未だにその瞬間を思い出しては考えを巡らせていた。

「あの場所に現れる子供って、やっぱり……」

 小さく呟いて、あの場所で起こったという事故に関する情報を記憶の中から引っ張り出す。

 三月の上旬、少しだけ日の入りが遅くなり始めた頃、小学三年生の女の子がランドセルに括り付けていた縫いぐるみの紐が切れ、それに気づいた女の子が縫いぐるみを拾う為に走って道路に飛び出した瞬間、丁度やって来た軽自動車と接触してしまった。

 女の子は最初、車体に突き飛ばされて道路上に倒れ込んだ。近くで目撃した人の証言では、その時点で女の子は気を失ったのかピクリとも動かず、自動車の運転手がスマホの画面を見ながら運転をしていた為にブレーキが遅れてしまい、女の子の体の上を前輪が通過してから車体が停止した。

 直ぐに救急車が呼ばれ女の子は病院に運ばれたが、この時には既に手遅れで女の子は亡くなっていた。

「そういう事、なのかな……」

 あの十字路に現れた子供の幽霊はその時の事故で亡くなった子に違いない。よくある小説とかの話ならば、自身が亡くなってしまった事にまだ気づいておらず、あの場所で彷徨ってしまっているとかだろうか。

「なんて、私が考えたところで答えなんて分からないんだけど……ハァ」

 自然と溜息が出る。

 今の気分をどう表現すればいいのか難しいけれど、強いて言うなら“無力感に苛まれている”といったところだろうか。

 いくら人一人が亡くなってしまった事故だったとしても、私自身には何の関係も無い出来事でしかない。その筈なんだけど、それが小さい子供であるとなると、もし自分がその子の立場だったらとか、もしくはその親族や友人だったらと考えて苦しい気持ちになってしまう。

 そう考えてしまう私を優しい人だと言う人もいるだろうけど、同時に何処か偽善的に感じてしまう私もいた。

 一時的に他者へ同情したとしても、数日後には自身の生活の忙しさや、楽しみの中でその気持ちは遠くに追いやられてしまうのだろうと思えば、私は何も行動を起こさない偽善者という事にならないだろうかと。

 ただの小娘が何を言っているんだという話ではあるんだけど、それでも……。

「うぅ……モヤモヤする……」

 もう昨日の事は忘れてしまおう。どうせ私にはもう関係無い事なんだから、ウジウジと悩むんで何もしないくらいなら、スッパリと忘れてしまった方が精神衛生上良いに違いない。

 そう自分の中で結論を出し、私は鞄を手に立ち上がって教室を出ようとした瞬間、

「あら、良かった。夕花も丁度帰るところだったかしら?」

「きゃあっ!?」

 突然目の前に坂口さんが現れ、その近さに驚いて私は自分でも驚く程の大声をあげてしまった。

「あ、あ……」

「どうしたの夕花。顔を紅くして魚みたいに口をパクパクさせて」

 平然としている坂口さんだが、あまりの距離の近さに私は何も言えずにいた。

 彼我の距離は僅か数センチ程で、少しでも近づけば肌やそれ以上の部分が触れてしまいそうになっていて、その上、坂口さんの綺麗な瞳に見つめられてしまえば誰だって今の私みたいになってしまうだろう。

 そして私は、周囲からの視線にも気づく。

 普段教室で目立たない私が大声を出した所為で、クラス中から注目の的になってしまっている。

「あの、あのっ……坂口さんこっち!」

「ちょっとっ……!? どうしたっていうのっ?」

 恥ずかしさが限界に達した私は坂口さんの手を取り、珍しく驚いたような声をあげる彼女を引っ張ってその場から離れた。

 とにかく人の目が無い所へ行きたくて、気づけば校内の中庭まで来ていた。

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