第38話「十字路の噂」
HRが終わるなり、私は鞄を手に直ぐ教室を後にした。どうせ一緒に帰るような友人はいないし、部活もしていない私は放課後の校舎に用は無いのだ。
それよりも、私は坂口さんの言葉が気に掛かっていた。
「百聞は一見に敷かずって事は、今からそういう場所に行くって事なのかな……」
ここら辺で心霊スポットなんてあっただろうか。友人の輪が存在しない私にはよく分からないけれど、それらしい場所といえばやっぱりお墓とかかもしれない。いや、廃ビルとかも有り得るかも。
「楽しみにしていそうなところ悪いのだけど、それ程面白い場所ではないわよ?」
「さ、坂口さんっ!?」
校門に差し掛かった頃、また急に声を掛けられ、私は驚いてしまう。坂口さんが校門の柱に背を預けて立っていたのだ。
「あなた、毎回私が声を欠ける度に驚いていたら、身が持たないんじゃないかしら」
確かにそうなのだが、坂口さんが声を掛けてくるタイミングが絶妙に悪いのが問題なのではと、抗議の意を込めて口を開く。
「私が丁度考え事をしている時に話し掛けてくるから……」
「相手が考え事をしているかどうか何て考えていたら、話し掛ける事も出来無いじゃない」
ご最もな言葉の前に、私の抗議は呆気なく敗北した。まぁ、自分でも分かってはいたけれども。
「それじゃあ、行きましょうか」
「行くって、何処に行くの?」
「それは着いてからのお楽しみ、と言いたいところだけれど、そんなに面白い場所ではないのよ」
やはり行き先を教えてくれる気は無いらしく、私は歩きだした坂口さんの後ろを付いて行くしかない。
その時、何かが意識に引っ掛かった。
前を歩く坂口さん。放課後だから当然、他の生徒も周囲を歩いている。それは普通なんだけど、その光景に私は違和感を覚えた。
魚の小骨が引っ掛かったよう、とでも言うのか、普通の筈の風景が何故かおかしいと感じてしまうのだ。
その理由を考えようとして立ち止まると、
「夕花、また考え事をしようとしているでしょう」
「あっ」
振り返った坂口さんに言われ、思考が途切れる。
同時に、違和感は消えてしまった。
「私が誘ったのだから置いて行くとは言わないけれど、時間は有限なのだし、目的地まで早く行きましょう」
「うん。分かった」
違和感の正体は気に掛かるけれど、今直ぐに考えるべき事ではないと判断して、私は坂口さんの後ろに付く。
「夕花、横に並んでもいいのよ?」
「え。それはちょっと……」
「何か遠慮している? それとも……もしかして、私の横に並びたくないくらい嫌われてしまったかしら……」
「そ、そんな事は無いからっ。ただ……目的地が分からないから後ろから付いていくのが良いかと思って……」
こちらから見ても感じる程度に坂口さんが落ち込んでいるのが分かって、私は慌てて理由の半分を告げる。もう半分は、坂口さんが美人過ぎるから、隣に立つと周囲からどう見られるか分かったものではないからだった。
「そう。なら良かったわ」
安堵したような坂口さんの表情にドキリとする。何気ない仕草なのに坂口さんがすると魅力的に映るのだから、ズルいと思わずにいられない。
「でも話し辛いし、隣にいてほしいわ」
「そ、そうだね」
確かに、後ろに付いていると話し辛いだろう。普段、人とこうやって帰る機会があまり無い人生だったから、そういうところまで気が回らなかった……。
隣に立つと、坂口さんが口を開いた。
「今から行く場所だけど、夕花は一ヶ月程前に近くであった交通事故を知っているかしら?」
「ああ、あの十字路の」
通学路の途中にある、今朝も見た景色を思い浮かべながら私は頷いた。
「確か、小学生の女の子が車に轢かれたって話だよね?」
「ええ」
「私は登校する時にいつも通っている場所だけど、そこに行くの?」
「そうよ」
言葉少なめに坂口さんは言い、事故現場へと向かう。彼女が喋らなくなったので自ずと私も口を閉じ、会話の無いまま歩き続け、しばらくしてその場所へ着いた。
件の十字路には相変わらず花束等が置かれてはいるが、これと言って変わった様子は無い普通の道だ。坂口さんの方を見ると、彼女は黙ったまま、何かを待つようにジッとしている。
「何かを待っているの?」
「しっ……そろそろ来るわ」
「え?」
人差し指を口に当て、坂口さんが目線で十字路を指す。
視線を向けると、1台の車が前方から迫って来る。あまり大きくない道だからスピードは遅く、これと言って変わったところは無い。その車が十字路に差し掛かった瞬間である。
「あっ!?」
突然横から小学生くらいの子が飛び出し、車は急ブレーキを踏みクラクションを鳴らす。
辺りに耳障りな音が鳴り響く中、私は反射的に飛び出した子が大丈夫か確かめる為に走っていた。
「……いない?」
しかし、私が車の前に回り横道を確認した時、既に子供の姿は無かった。車の方をチラリと見ると、ドライバーも首を傾げて困惑していて、あちらも子供の姿を見失ったという事が分かる。
数秒後に車は発進し、私と坂口さんだけがその場に残された。
「話に聞いた通りね」
「聞いた通りって、何が?」
近寄ってきた坂口さんの呟きに、まだ困惑している私が尋ねると、彼女はこう聞き返してきた。
「夕花は、今さっき以外にもこの場で子供が飛び出していくのを見た事はあるかしら?」
「あるけれど。今朝も見掛けたし」
「そう。ならその時、あなたは走り去った子供の後ろ姿を見れた?」
「それは――」
確か、今朝も飛び出した子供の姿を直ぐに見失った。
「こんな話が噂になっているわ」
スマホを開きながら、坂口さんは言葉を続ける。
「この十字路では度々幼い子供が車道に飛び出すのを見掛けるが、誰一人その子供の姿を追う事が出来ない、と」
彼女の細い、けれどよく響く声が私を誘う。
「その子供というのは、本当に“この世”の存在なのかしらね」
私の知っている常識が通じない、“この世”の隣に在って、しかし視る事の出来ない“向こう側”という超常の異界へ。
不思議な事に、この時の私には彼女の言葉を受け容れる事に何の抵抗も感じなかった。
まるで、それが予め決められていた物語であるかのような、そんな気がしたのだ。
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