第36話「二度目の邂逅は突然」

「おはよう、夕花。遅かったのね」

 校門を潜ろうとした私へ、不意に投げ掛けられる声が一つ。

「え? さ、坂口さん?」

 横を見ると、校門に凭れ掛かる坂口さんの姿があった。

「念の為と思って、いつもより大分早く登校したものだから、少々疲れてしまったわ」

 言いながら、坂口さんが私の方に歩いてくる。その姿はまるでモデルか何かのように様になっていて、私は目が離せなかった。

「待っていたって、どうして」

「昨日は色々あったから、ゆっくり話をする時間も無かったでしょう? クラスも違うし、後で逢う約束をするなら、ここで待っているのが確実かと思ったのよ」

 笑顔を浮かべながら、坂口さんは待っていた理由を話すが、一方の私はその魅力的な笑みに見惚れてしまい、話がよく頭に入らない。

「逢う、約束? えっと、話が見えないんだけど」

「昨日言ったでしょう?」

「わっ、あっ!? さ、坂口さんっ!?」

 こちらへ一歩前進した坂口さんが、私の右手を両手で握り込む。外で待っていた所為か、やや冷たいその感触もそうだが、何より、登校時間ギリギリとは言え、他の生徒がいる前でこんな事をしているのを見られる恥ずかしさに心臓が跳ね上がるようだった。

 しかし不思議な事に、そんな私達の方を見ている生徒はいなくて、皆、真っ直ぐ前を向き、正面玄関へと向かっていく。

 まるで、私と坂口さんが存在していないかのように。

「友達になりましょうって、言ったでしょう?」

「友達……あっ、そういえば……」

 あのホーム下で、坂口さんは確かにそう口にしていた。昨日は何だか有耶無耶になったけど、あれ、本気だったんだ……でも、どうして急にそんな事を言ったのだろう。坂口さんは控えめに言っても美人だし、正直、隣に立っているだけで気圧されそうになる。ハッキリと言えば、私と彼女では如何にも不釣り合いに見えた。

 だから発言の意図が分からず及び腰になってしまっていた私に、坂口さんは言葉を続ける。

「別に警戒する必要は無いわ」

 こちらの考えを見透かしたかのように、笑みを浮かべた。

「ただ、私はあなたが気になるの。とてもとても、ね」

「えっ、あの……っ!?」

 言いながら、坂口さんの手が私の手を優しく包む。柔らかな感触に、恥ずかしさ以上の何かを感じて、ドキドキと心臓が高鳴り、頬が熱く火照る。こんな気持ちを覚えるのは初めてで、今直ぐにここから逃げ出したい気持ちが膨れ上がった。

 心臓が破裂してしまうんじゃないかと思うくらい激しく鼓動して、息が苦しい。このままだと本格的に拙いんじゃないかと危惧し始めたその時、校舎の方からチャイムが聞こえた。

「あら。もうこんな時間なのね」

「あ」

 坂口さんが手を放す。ホッとしたと同時に、どこか勿体無いような気分を覚えて、私は慌てて首を振って否定する。わ、私はいったい何を考えているの!

「もう少し夕花とお話をしたいのだけど、今は時間切れみたいね。昼休みに一緒に食事でもしながら仕切り直し、というのはどうかしら?」

 勿論あなたがよければ、と坂口さんは付け加える。

「は、はいっ。分かりました……」

 反射的にそう応えてしまっていた。坂口さんの得体の知れない魅力が、そうさせたのだろう。

「それじゃあ、昼休みは屋上で逢いましょう。また後で」

 笑顔で手を振り、坂口さんは去って行く。その後ろ姿を呆と見ていた私だが、HRがもう始まろうとしている事を思い出し、慌てて走り出すのだった。

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