第33話「私と彼女」

 私、橘夕花はとても平凡な人間だった。

 これといった特技がある訳でもなく、学校の成績は中の上から上の下を行ったり来たり。部活はせず、家では家事の手伝いをしたり、適度にサボったり。朝は余裕を持って起きる事もあれば、寝坊してしまう事もある。

 読書が好きだが読むのは娯楽小説が殆どで、古典等はテスト勉強でもなければ読んだりしない。特別仲の良い友達はいないが、それを苦に思った事もない。どうせ進級したら新しい人間関係が出来上がるだろうと、気にしなかったからだ。

 とにかく自分には特徴が無い。

 だから私はその日、自分が取った行動に驚いた。

 朝の通学路、駅のホームで電車を待っていると、同級生らしい髪の長い女の子を見掛けた。

 彼女はとても綺麗で、私は一瞬で目を奪われてしまった。不思議なのは、そんな彼女の姿を誰も見ていなかった事。

 そして、彼女がホームから線路に身を投げた瞬間を見ていたのも、私だけだった。

 身体が勝手に動いた。咄嗟に走り出し、同じように線路に飛び出した私は、彼女をホーム下に引っ張り込んだのだ。

 電車が止まる音と、ホームから聞こえる喧騒が煩い。それ以上に、私の心臓が煩く鳴っていた。

 線路に飛び降りるという危険な行動をしてしまった事もそうだが、それよりも、目の前の綺麗な容姿をした女の子に、緊張してしまっていた。

「あなた、名前は?」

 笑みを浮かべた彼女が言うから、私は自らの名前を言う。

「私は、夕花。橘夕花」

「ゆうか……」

 彼女は、私の名前を繰り返し、自らの名前を返した。

「私は坂口夜娃華」

 笑みを浮かべ、透き通るような声で彼女、坂口八娃華は言う。

「友達になりましょうか。夕花」

 それが彼女との出逢いで、平凡な人間だった私が、夜娃華の見る世界に引き込まれた瞬間でもあった。

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