第30話「閑話3・幽霊列車②」
街灯の明かりが照らす暗い夜道の向こう、眩しいライトが暗闇を切り裂くようにこちらへと迫ってくる。
その様子に反比例して一切の音は無く、静寂の中でそれは私達の目の前で停車する。
「幽霊……列車」
何処か古めかしいデザインのその列車は、途中で途切れている筈の廃線になった線路を辿ってここまで来た事からも、この世のものでないのは明らかで、そして、まるで私達を待っているかのように静かに佇んでいた。
「さて、行きましょうか」
「行きましょうかって……これに乗るの!?」
驚く私が目を向けると、夜娃華は既に入り口の前に立ち、片足を列車内に踏み入れていた。
「勿論よ。その為に来たのだから」
当然のように夜娃華は言って、私の方を振り向く。
列車内の光が彼女の顔に影を落として、その表情が私からはよく見えないけれど、いつもと変わらないその落ち着いた表情は私のことを待っているようで、だけど少し違う気がした。
まるで何処かへ行きたくて仕方ないような――
「坂口さんは……これに乗ってどうするつもりなの?」
「それは――」
いつもなら自分の考えを迷わない夜娃華。少なくとも、こんな土壇場で言葉を濁らせるなんて事はしないだろうに、今の彼女は次に口にする言葉を探しているかのように遠くを見るような目をする。
またその目だ。
この約一年の間に、私は何度か夜娃華のそういう表情を見た事がある。
例えば夜の旧校舎で。
例えば夏の海で。
そんな時の夜娃華は、何かを求めて彷徨っているようで、だから私は――
「ハァ……しょうがない、よね」
「夕花?」
息を吐いて、私は夜娃華の前に立つ。
「ここまで来たんだし、私も連れて行ってよ」
「……勿論、そのつもりよ」
私の言葉に、夜娃華の表情が柔らかな笑みを形作る。その様子からは、先程までの何処かへ行ってしまいそうな雰囲気は感じられない。
「それじゃあ、行きましょうか」
「うん」
列車の中へと入っていく夜娃華に続いて、私も足を踏み入れる。彼女の長く綺麗な黒髪が揺れ、それを目で追いながら車内へと視線を移す。そこには――
「誰も、居ない?」
車内は真ん中に一本の通路があって、その両脇に二人用の座席が二つ向かい合った、昭和の映画等に出てきそうなデザインになっていた。列車自体の外観が古めかしいものであった事もあり、全体的にレトロな雰囲気を醸し出している。
「この席に座りましょうか」
「う、うん」
夜娃華が適当に決めた、入り口から一番近い席に腰を下す。二人用の座席だが、他に誰も居ないので、私と夜娃華は向かい合って座る事にした。
窓の外を見ると、私達が座っていたベンチが街灯の灯に照らされて闇の中に浮かび上がるように見えていたが、それ以外は空間に溶け込んでしまっているかのように輪郭がぼやけ、ハッキリとしない。
「動き出したわね」
「随分と静かなんだね」
滑るように窓の外の景色が通り過ぎて行き、やがて暗闇が覆い尽くす。しかし、列車が走り出したというのに一切の音は無く、静寂の中で私達の呼吸音がだけが微かに聞こえる。
そう。この場には誰も居ない筈だった。だけど――
「っ!? な、何っ?」
ふと気配がした。
相変わらず私達以外の存在が無い車内で、でも確かに人の気配がする。
それは段々と大きくなっていき、ついにはヒソヒソと小さな声で誰かが喋っているかのような音が車内に広がっていく。
「これって、ゆ、幽霊が喋っているとかっ……!?」
「やっぱり夕花にも聞こえるのね。この声が」
私の言葉に、夜娃華はまるでさっきから聞こえていたかのように落ち着いた声音でそう言った。
「……やっぱりって、坂口さんには最初から聞こえていたの?」
大きな声で喋ると周囲の気配に気づかれてしまいそうな気がして、自然と小声になってしまう。
相変わらず車内に在るのは私と夜娃華だけだが、誰も居ないように見える他の席、その空間が歪んでいるように感じる。
――幽霊列車には成仏出来なかった霊達が乗っている。
夜娃華の仮説でしかなかったが、この異様な雰囲気を感じていると、その予想は間違っていないんだろうと思えた。
「私は最初から、この列車の中に色んな存在が犇めいているのは感じていたわ。この席を選んだのも、他の席が空いてないから選んだのよ」
「そ、そうなんだ……うぅ」
夜娃華は何でもないかのようにサラリと言うけれど、そんな事実を教えられた私は立ち上がる事すら出来なくなってしまった。
「まぁ、騒がなければ私達に危害を加える事も無いでしょう。ここにいる霊達は、皆が成仏したくてこの列車に乗り込んだのだろうから」
「でもそれって坂口さんの予想でしょう?」
「ええ。けれど、私は感じるのよ」
「感じるって、何を?」
「この列車に乗っている霊達が、何処か穏やかなのを」
「穏やかって――」
言われて、私は改めて周囲の気配を探る。
これでも一年近い間を夜娃華と過ごして、何度も“向こう側”の存在に触れてきたから、ソレが自分に危害を加えてくるタイプかどうかは何となく感覚で分かる。心臓を騒めかせるような、身体が凍り付くような――私はそれを“嫌な気配”という認識で覚えているけれど、そういう意味で言えば、この列車内の空気感はそれらとは違ったものであるかのように思えた。
「確かに、そうかも」
皆、私達のことに気づいていない。と言うより、何かに釘付けになってそれどころではないと言った感じだ。
「彼等には何かが見えているんでしょうね」
「何かって?」
「それは……きっと直ぐに見えてくるわ」
「え?」
夜娃華がそう言った瞬間、視界が暗転した。
「な、何!?」
「始まったみたいね」
驚く私とは対照的に、いつもと変わらない夜娃華の声。おかげでそれ以上取り乱さずに済んだ私は、暗闇をジッと見据えた。
すると、それは始まった。
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