第29話「閑話3・幽霊列車①」
陽もとうに暮れた十一月のある日、私と夜娃華は路上のベンチに並んで座りながら一時間程ジッとしていた。
「ねぇ、坂口さん……流石にこれ以上はちょっと止めといた方がいいんじゃ……」
「大丈夫よ。ここはもう廃線となった場所だから、近くにいたって誰も気にしたりしないわ」
確かに人目は気になるけど、そもそも誰もいないという。
「そういう事じゃなくて……もう夜も遅いから、そろそろ帰った方が……」
「夜でないと意味が無いのだから、仕方ないわね。帰りの事が心配なら、タクシー代は出すつもりだから安心してちょうだい」
私の心配は簡単に退けられてしまう。
「それだけじゃなくて……もう結構寒いんだけど……」
「それならこうしましょうか」
「え? ひゃあっ!?」
次は寒さを言い訳にしようとした私は、左隣に座る夜娃華が腕を絡めてきて素っ頓狂な叫び声をあげてしまう。
「あ、あのあのっ……何を!?」
「こうすれば温かいんじゃないかしら?」
「へ? っ~~!?」
更に夜娃華は身体を寄せてきて、彼女の匂いや温かさが至近距離で感じられ、私は声にならない叫び声をあげる。
「夕花、心臓の鼓動が早いわ。緊張している?」
「はうっ!? あ、あの、私が悪かったですっ……大丈夫だから、もう放してくださいぃっ……」
「そう? 私はもう少しこうしていたかったけれど、夕花がそう言うなら」
あっさりと夜娃華は身体を放すが、それでも私の心臓はドキドキと高鳴っている。きっと今、私の顔は真っ赤になっているんだろう……嫌だなぁ、見られたくないなぁ……。
夜娃華はとても美人だから、同性とはいえそんな事をされると平常心ではいられない。なのに夜娃華は私に対してはとても距離感が近くて、だから何度もこういう事を繰り返しては私は醜態を晒してしまう。
いい加減慣れないの? という疑問も最もなのだが、人間そんな簡単に環境に適応出来るのなら私は未だに友達が片手の指で数えられるしかいない訳なくて……いや、この話は虚しくなるから止めよう。
私と夜娃華が何故、こんな寒い日に夜の線路跡付近で待機しているかというと、ある噂を夜娃華が耳にしたのが切っ掛けだった。
話は昨日の昼、いつものように昼食を食べた後に図書室で読書をしていた時まで遡る。
二人並んで座りながら、私は最近仕入れられたライトノベルを、夜娃華は一昔前に流行ったホラー小説の続編を読んでいた。
「夕花、明日の夜は空いてるかしら?」
そんな風に唐突に夜娃華が訊いてきたから、活字を追うのに集中していた私はあまり考えずに返事をしていた。
「うーん……特に何も予定は無いから、空いてるかな」
「そう。それなら少し、私に付き合ってもらってもいいかしら」
「いいよ~」
思えば、夜娃華がこうして急な話でもあるにも関わらず、遠慮無く積極的に誘ってくる時は大概、“向こう側”絡みっていうのは分かっていた筈なのに、気づけなかったのは相当なやらかしだったと言える。
「あの時にもう少しちゃんと考えて返事をしていれば……」
「夕花、一人でブツブツと何を言っているの?」
「ううん……これって自業自得なのかなって自問自答してるだけ……」
「よく分からないのだけれど、一度やってしまった事はしょがないのだから、諦めて進むべきだと思うわよ」
「それはそうなんだけどさぁっ……!」
色々言いたい気持ちがあるのも分かってほしい。
しかし、ここまで来て今更、帰るという選択肢を取るのもそれはそれで時間を無駄に消費したという徒労感が残るだろうし、それに――
「さて、いつになったら来るのかしらね」
隣で怪現象が起こるのを待っている夜娃華を見ると、彼女を一人にしてはおけないという想いが強くなっていく。
結局、私は彼女に逆らえないのだ。
「ハァ……ところで、ここで待っていると……何だっけ?」
「幽霊列車よ」
「そうそう。その幽霊列車っていうのが来るんだよね」
幽霊列車。それが今日、私達がこの場所で待機している理由。
私は聞いた事が無かったんだけど、夜娃華が言うにはSNSを中心に話題になっていて、廃線になった線路の跡地に幽霊が乗る列車が夜な夜な走っていると言うのだ。
何故その列車に幽霊が乗るのかと言うと、成仏出来ない霊が行き先を求めて乗るんだとか。
夜娃華から初めてこの話を聞いた時は、流石にそんなベタなのは作り話だろうと言ったんだけど、どうも夜娃華の見解は違うらしい。
「実際に幽霊というものは生者が感知出来ないだけで、そこかしこに存在しているわ。大半は自然にこの世から居なくなるものだけど、所謂、成仏というものを出来ない幽霊達は現世を彷徨っているの」
もし――と夜娃華は続けた。
「人の中に魂というものが存在して、それが死後に身体から抜け出たものを幽霊とするのなら、成仏出来ない霊達でこの世はもっと溢れかえっている筈。でもそうならないのは、彼等を何処かへと送り届ける存在が在るんじゃないかと思ったの」
夜娃華と出会う前の私なら、そんな話は信じなかっただろうけど――押しに弱い私は、誰かに強く迫られたら半信半疑でも頷いてしまうかもしれないが――これまでの経験から夜娃華の言う事はある程度の経験則から生まれる予想だと信じられるから、そんな彼女が言うのなら正しいのかもしれない。
「夕花も、実はそういう風に感じた事もあるんじゃないかしら?」
「そういう風って?」
「この世には、幽霊が少な過ぎるんじゃないかって」
「それは――」
迷う。私は別に、夜娃華みたいに“向こう側”というものの事情に明るい訳ではなく、ただの一般人なのだから。
でも夜娃華が言うには私は、よく見える方の人間らしいから。
今までも夜娃華に連れられて経験した幾つかの怪奇的経験の中で、私はそれらの存在を身近に感じた。でも確かに、日常的にそれらを感じている訳ではない。
魂が成仏出来ない理由は何となく経験から推測出来て、未練や執念、欲望がそうさせると知っているから、それだけに人というものは死を前にして、そう簡単に自らの人生に納得出来る者ばかりなのかと考えてしまう。
理不尽に命を奪われた人はきっとたくさんいるだろうし、現代は平均寿命も伸びて、人にはたくさんの選択肢が生まれた。それはつまり、自身を満足させる事、その器のようなものも現代人であればある程、大きくなるんじゃなかって、そう考えてしまう。
少なくとも私は、私自身の最期の瞬間に何の悔いも無くこの世をされるかと訊かれたら、「はい」と答えられる自身は無い。
だとすれば、日常的に幽霊というものを見掛けないのは違和感を感じもする。
と言っても、全て夜娃華を信じるならという注釈が入るんだけど。
「まぁ、その答えも体験してみれば分かるというものよ」
「体験?」
「ええ。お目当てのものが来たわよ」
そう言って夜娃華は腕を持ち上げ、一点を指差す。
私の視線もそれを追って動き、そして、それを見た。
「あれって――列車?」
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