第28話「それぞれの願い」
「戻って来れたようね」
夜娃華がそう言って、周囲を見回すと神社は参拝に訪れた人の姿があちこちにあった。突然現れただろう私たちの事を見ている人も無く、あれは夢だったのだろうかと錯覚しそうになる。
「さて、霞に連絡をしましょうか。一人になる為に、手分けして夕花を探す事にしたのよ」
「それは、あの……ごめんなさい」
スマホで茅野さんへ連絡を取ろうとした夜娃華に、私は謝っていた。
「私が、ちゃんと話していればこんな面倒な事にならなかったのに」
「いいわよ。そもそも先に“迷い岩”に関する事を教えずに連れてきた私も悪いわ」
こちらを見る夜娃華の瞳は、言葉の通り申し訳なさそうだった。
「“迷い岩”の話を知った私は、ここに“向こう側”と繋がる入り口があるんじゃないかと思って、この神社内を見て回る為に初詣をする事にしたの」
「坂口さんらしい理由、だね」
「封印されているという話しだったし、実際にここを訪れても何も感じなかったから、入り口に関しては早々に諦めていたのだけど、夕花が視えてしまう事まで想定してなかったの」
言いながら夜娃華は祠の方を指差す・
「見て」
「あっ。岩の形が変わって」
「いいえ。私には最初からずっとそう見えていたわ」
“迷い岩”は人が身体を丸めたような形をしていた筈なのだが、今、改めて見てみると、何の変哲もない丸みを帯びた岩にしか見えない。これなら茅野さんが私の言葉に首を捻っていたのも分かる。
「じゃあ、私にだけ違う形に見えてたんだ」
「ええ。夕花はよく視える眼を持っているから。それに、何か悩みを抱えいたりはしないかしら?」
「えっと……まぁ、少しだけ」
「その悩み――迷いが見透かされたのでしょうね。そして、“向こう側”に近い位置にいる夕花が取り込まれたと」
「え。私、“向こう側”に近いの?」
「そうよ。私と一緒に居るから、というよりは、視え易い体質だからかしらね」
「そうなんだ……という事は、今後も気をつけないといけないんだ」
「まぁ、私と一緒にいるから余計に、というのはあるかもしれないわね」
笑みを浮かべる夜娃華。しかし、ふと真剣な表情になる。
「夕花、悩みがあるなら、私は友達として相談に乗りたいのだけど……話せたりしないかしら?」
「それは……う~ん、いやぁ……ちょっと難しい、ような……気持ちはありがたいけれど……」
「そう……それは残念だわ」
「ち、違うのっ! 坂口さんが頼りないとかそういう意味じゃなくて……っ!」
見て分かるくらい落ち込む夜娃華に、私は慌ててそう付け加えた。
そもそもの悩みというのが夜娃華の関係性に起因する事な訳で、それを当事者である夜娃華に相談するのは恥ずかしいし、多分これは、私自身が答えを見つけないといけない事だと思ったから。
「ならいいわ。霞が近くまで来ているって」
「あっ、茅野さんにもお礼と、謝らないと」
「そうね。霞も夕花のことを心配していたわ」
茅野さんにも悪い事をしてしまった。せっかくの初詣なのに、余計な時間を取らせてしまって。
「茅野さんには何て説明しよう」
「私がフォローするから」
「お願いします」
日常の空気が流れ始めて、私は夜娃華と並んで茅野さんの来る方へと向かう。
その時、ふと気になった事があった。
「そういえば、坂口さんも“向こう側”と近い場所にいる、って事でいいんだよね?」
「ええ。夕花よりも多分近いわ」
「それなのに“迷い岩”に取り込まれなかったって事は、坂口さんには悩みとか無いの?」
ピタリと夜娃華が足を止める。
数舜、考えるような素振りをした夜娃華は、何かに気づいたかのように小さく口を開いた。
「……そう、ね。私は、私のやりたい事、叶えたい事に真剣に悩んでいるつもりだったのだけど――どうやら、本当はとっくに答えは見つかっていたのかもしれないわね」
何故か、言葉を並べる夜娃華の顔は笑顔だが、何かを隠しているかのように視えた。
「? どういう意味……」
「さっ、霞は待っているわ。早く行きましょう」
「あっ、待って坂口さん!」
歩き出した夜娃華の跡を追う。
この時の私は、夜娃華の考えている事なんてさっぱり分からなかった。私自身の悩みの答えも見つからないけれど、時間はあるんだし、今は分からなくてもいいかと、後回しにする。
実際に夜娃華の言葉の意味が分かるのは、まだまだ先の話だった。
けれど私は、この時の夜娃華の言葉を、彼女との関係をもっと真剣に考えるべきだったと後悔する事になるだなんて、思いもしなかった。
その時が来るまで――。
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