第24話「願い事って難しい」

「やっぱり混んでるね」

「まぁ、しょうがないわ。初詣以外にも屋台とかやっているし、むしろそっち目当ての人もいるんじゃないの、これ」

「想像以上に混んでいるわね。夕花、霞、逸れないように気をつけましょう。仮に逸れてしまった場合は直ぐに連絡して、連絡がつかない場合は鳥居の下で待ち合わせで」

「うん、分かった」

「さて、さっそく初詣をしようと思うのだけど……」

 夜娃華は境内の方をチラリと見て、そこに並ぶ列を見て嫌そうな顔をした。

 最低でも十何分かは待ちそうな列が出来ている現状、直ぐに並ぶと大分時間が取られそうな感じだ。

「かと言って、並ばないと初詣自体が遅くなるパターンなんじゃないの」

「そう、ね……けれどお昼も近いし、タイミングを見れば人が居なくなるんじゃないかしら」

「ちなみに、お昼はどこで摂ろうとしているの?」

「ここら辺は普段来ないからよく分からないのよね」

「私も特に決めてはいないわ。夕花は何か食べたい物とかあるかしら?」

「うーん、考えたんだけど、二人が先に並んで順番取っておいて、一人が屋台で適当に食べ物を買ってくるのはどうかなぁ、って」

 そうすれば両方一気に解消できて時間のロスが少なくなるんじゃないかな、と提案してみる。

「それもいいかもしれないわね」

「他に案も無いし、あたしはそれに賛成」

「じゃあ、誰が買いに行くかだけど――」

「ああ、それなら私が行ってくるわ」

「坂口さんが?」

「私が遅れてきたからこんな時間になっているのだし、これくらいはさせてくれないと、逆に申し訳ないわ」

「まぁ、夜娃華がそう言うならあたしは別に構わないけど」

「それじゃあ、私もお言葉に甘えて」

「うん。二人とも、何か食べたい物とかあるかしら?」

「あたしは焼き鳥ね。こういう時に売ってるのって、妙に高いけど何か美味しい気がするのよねえ」

「プラシーボ効果ね。夕花はどう?」

「私は……うーん、じゃあ、焼きそばで」

「焼きそば、と。とりあえず、それにプラスで適当に見繕ってくるわ」

「お願い」

「頼むわ」

「任せて」

 そう言って歩いていく夜娃華を見送り、手水舎で手と口を清め、私は茅野さんと二人で順番待ちをする事になるのだが、夜娃華がいなくなった途端、会話が途切れてしまった。さっきは茅野さんが私に言いたい事があったから会話になっていたけど、改めて二人にされるとどうにも言葉が出て来なくて、自分のコミュニケーション能力の低さを感じてしまう。

「……はぁ」

 思わず溜め息をついてしまう。そんな私の溜め息は、どうやら思った以上に大きかったようだ。

「隣で辛気臭そうに溜め息なんてつかないでくれる? あたしまでテンションが下がっちゃうじゃない」

「あっ……ごめんなさい」

「別に謝る必要なんて無いわよ。あんたから何か面白い事を話さないとっていう、迷惑な雰囲気は伝わってくるから」

「め、迷惑って……確かにそう思ってたけど、茅野さんを退屈させたらどうしようと思って……」

「気にしなくいいって言ってるの。あんたにゲスト扱いされたいなんて思った事も無いんだし」

 茅野さんは小さい胸を逸らして腕を組む。その姿はやっぱり面白く見えてしまうから、こういう真面目な話をしている時にしないでほしいのだけど、それでも、私を気遣ってるのは伝わってくる。

「ふふっ」

「辛気臭い顔してると思ったら今度は気持ち悪い笑顔を浮かべないでくれる?」

「ごめんなさい。その、人付き合いって一筋縄ではいかないなと思って」

「そうよ。皆そうだし、あたしだってそう。あんたはコミュニケーションが下手みたいだから人以上に頑張らないといけないのよ」

「ええ、頑張るから、とりあえず茅野さんで練習してもいいかな?」

「ふん。好きにしなさいよ」

 ソッポを向く茅野さんの耳が紅くなっている。それは多分、寒さの所為じゃなくて、照れているからだろう。

 夜娃華は基本的に自分の言動で照れたりしないから、茅野さんみたいに、一見刺々しいのに、根が優しいから発言と意図の差に自分で照れると言う反応は新鮮だ。こういうのもツンデレと言うんだろうか。何と言うか、ギャップ萌え的な可愛さがある。

「ふふっ」

「……ねえ、何であんたはあたしの頭を撫でてる訳?」

 イラッとした表情で茅野さんはこちらを見るが、それも見た目とのギャップで可愛らしく感じる。

「んー……何となく? 茅野さん、寒いからギュってしてもいい?」

「なんでよ。嫌よ。ちょっと……嫌って言ってるでしょう!? 放しなさいっ、あんたガチっぽいから身の危険を感じるのよ!」

「茅野さん酷い」

 顔に手を押しつけられ、無理矢理引き離される。まぁ、私もやり過ぎたと思うから素直に離れておく。

「あー、もう、暑苦しいじゃない。それに周囲からの視線とか考えなさいよ」

「あ……」

 言われて気づく。やたらとベタベタしていた私と茅野さんを、周囲の人たちが見ている。もしかしたら変な勘違いをされたんじゃないかと思って、自分の顔が熱くなるのが分かった。

「今後は気をつけます……」

「そうして頂戴」

 呆れたように茅野さんは乱れた服を整えている。しかし、これでまた振出しに戻ってしまう訳で、そうなると新しい話のタネが欲しくなる。私はお喋りな方ではないと思うけど、別に無言でいるのが好きという事も無い。人といるのに沈黙していると焦ってしまう、コミュニケーションが得意じゃない人によくあるアレなのだ。だから早く話題を口にしないとと思った私は、目下の目的について尋ねる事にした。

「そういえば、茅野さんは初詣のお願い事、何にしようとしているの」

「藪から棒ね。デリケートでプライバシーな話なんだから、そういう時は先ず自分から言うべきじゃない?」

「私の願い事……」

 そういえば、私はいったい何を願おうとしているのだろう。学業成就、は来年以降で良い気がするし、心身健康……は、当たり障りが無さ過ぎる。別に面白おかしいお願いをしようという訳ではないけれど、パッと思いつくようなものが無いのも事実だった。

 強いて言うなら、夜娃華のことだろうか。

 例えば今年こそは名前呼びにチャレンジしてみるとか。夜娃華はそうして欲しそうだし、悪くはないんじゃなかろうか。でも、それが願いというの何だか変な話だ。もっと根本的に、何かがズレているような気がする。

「う~……ん。お願い、お願い……」

「そんなに悩むような事なの?」

「悩むというか、探しているというか……」

「……はぁ。私が思うに、だけど」

 訥々と、言い聞かせるように茅野さんは喋りだす。

「本当の願い事って、きっと無意識の内に知っているものだと思うのよ」

「無意識の内に知っている?」

「今のあんたみたいに、悩んだ末の願い事って、結局のところ、悩まなければ出てこない程度の事って話。要するに、欲が足りないのよ」

「つまり、どういう事なの?」

「何て言えば良いのかしらね。悩むようなものが心の底から欲している事ではない。欲しているものは常に秘めている、みたいな、そんな感じよ」

「……」

 茅野さんの言葉を頭の中で繰り返す。欲しているものは常に秘めている。成る程。確かに今の私が考えた事は、茅野さんに答えなきゃと無理矢理捻り出したもので、確かにそれは、私がどうしても叶えたい事ではないのかも。夜娃華の名前を呼ぶというのは実現したい事ではあるけど、私が欲しているのはきっと、もっと根本的な何かなんだ。それは、この感情が芽生える原因、なのかもしれない。

「まぁ、別に難しく考える必要は無いわよ。別に、ここで願った事が絶対に叶う訳でも、人生がこの瞬間に決まるんでもないんだし」

 来年も来ればいいんだし、と茅野さんは言う。それもそうだと、私はその言葉に従う。

「……そうだよね。うん、じゃあ、一年の健康でも願おうかな」

「無難で良いんじゃないかしら。面白くはないけど」

「私ボッチだからリア充の人のセンスは分からなくて……」

「もしかしてあたしをバカにしてる?」

「そういう訳じゃなくてっ」

 少なくとも私よりは、茅野さんのリアルは充実していそうだと思っただけだ。何せこちらはクラスに仲の良い友達はいないし、夜娃華がいなければトイレでお昼を食べていたかもしれないくらいにはリア充とは程遠い高校生活を過ごしていた。

「どうせ適当なら大言壮語を並べ立てればいいのよ。その方がお得感あるでしょ」

「なるほど……」

「ほら、あたし達の番がもう直ぐ来るわよ」

「あっ、本当だ。どうしよう、坂口さんがまだ戻って来てないのに」

 そんな会話をしている間に、気がつけば賽銭箱の近くまで進んでいた。もう一度並ぶとなると時間が掛かるし、ここは夜娃華が戻るまで次の人に譲るべきかも、と思った時、背中を叩かれる。

「私がどうかしたのかしら」

「っ! 坂口さんっ」

 突然の事で反射的に身体を跳ねさせた私が振り返ると、屋台で買ったものが入ったビニールを片手に持った夜娃華がそこに居た。飛び跳ねた私を不思議そうに見るその姿に、恥ずかしさで顔が熱くなるのが分かった。

「どうしたの、夕花。そんなに驚いて」

「う、ううん。別に大した事は無いんだけど……」

「そうかしら?」

 丁度、夜娃華のことを考えていたから、と言うのは何だか気恥ずかしく、私は言葉を濁す。

「何してるの。もう目の前なんだから、さっさとお参りするわよ」

 茅野さんに言われて、私は慌ててお金を賽銭箱に入れる。茅野さんと夜娃華も続いて、二礼二拍手。願い事は分からないから、来年の健康を無難に願い、一礼。

 ふと横を見ると、茅野さんと夜娃華はまだ手を合わせている。目前には目を閉じた夜娃華の横顔があり、その端正な顔立ちに思わず見惚れていると、閉じられていた目が開き、視線を感じたのか彼女はこちらに目を向けた。

「夕花。私の顔に何か付いているのかしら?」

「え? う、ううん! そんな事ないよっ」

「でも、さっきから視線を感じるのだけど。何か気になって――」

「ああっ、ほら、次の人に迷惑だから、早く退かないとっ!」

「うん? ああ、それもそうね」

「そうと決まれば早く退くわよ。あたし、お腹も空いてるの」

 茅野さんの言葉に、自分も空腹を感じ始めている事に気づく。意識してしまうとお腹の虫が鳴ってしまい、私は恥ずかしくて周囲を窺うが、人混み特有の音のおかげで隣にいる夜娃華達にも聞こえていなかったようでホッとする。

「坂口さん、どこかお昼を食べられる場所はあるの?」

「あっちに休憩所があった筈だから行ってみましょう」

「いっぱいだったらどうするのよ」

「その時は仕方ないから、近くの公園のベンチにでも座りましょう」

「まぁ、それしか無いわね。出来れば屋根のある場所が良いけれど」

 渋々、という風に頷き、夜娃華と茅野さんが歩き出す。私も後に続こうとしたのだが、ある物が目に留まる。

「何だろう、これ」

 境内から少し離れた場所にポツんと置かれた岩。それだけなら別に不思議と思ったりはしないのだが、その岩はとにかく私の目を引いた。

 まず、その岩は木造の祠のような物の中に収められており、注連縄が巻かれている。これだけでも十分に曰く有りげなのだけど、それ以上にその岩の形。

「人みたい……」

 大人が身体を丸めて座っているような、或いは何かを抱えているような、そんな形をしているのだ。偶々、角や影がそういう風に見えるだけと頭では分かっているのだが、一度そう見えてしまうと、別の形には見えなかった。

 天井の染みが人の顔に見えてしまえば、まるで誰かから見られていると錯覚してしまうのと似たような感覚だった。

 私にはもう、それは人の形をしているとしか思えなかったのだ。

「ちょっと、どうしたのよ」

「あっ。茅野さん」

 すると、そんな私の様子を訝しんだのか、茅野さんが声を掛けてきた。

「何かあるの」

「えっと、少しこの岩が気になって」

「岩ぁ?」

 茅野さんが岩の方を見る。しかし、その反応は私が抱いたものよりも淡白だった。

「まぁ、雰囲気のある岩だけど、別に変ったところなんて無いじゃない」

「その、この岩の形って言うのかな……何だか人が身体を丸めて座っているみたいじゃない?」

「うん? ん~……言われてみれば、そう見えなくもない、ような……いや、やっぱりあたしには見えないわ」

 茅野さんは確かめるようにその岩へ顔を近づけ、首を捻りながら目を細めてジッと見るが、人の形には見えないと言う。こういうのは人によって感じ方も違うし、それ自体は不思議ではないのだが、やはり私はどうしても気になった。

「ほら、早くしないと置いてくわよ」

「あ、ちょっと待ってっ」

 けれど、茅野さんは早々に夜娃華の方へと向かうから、私も仕方なくその場を後にする。

 最後に岩の方をチラリと振り返る。そして私は、二人の方へ駆け出した。

 思えば、この時に岩の事を夜娃華に話していれば、あんな事にはならなかったのだろう。しかし、その時の私には今から私が巻き込まれる出来事を想像するなんて、無理な話だったのだ。

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