第23話「初詣へ」
元旦の駅舎は人でごった返していた。皆急いでいるようで、新年早々慌ただしい景色が広がっている中、私はこの駅舎のシンボルとなっている猫像前で立っていた。
「寒い……」
今日の天気は曇り空。雪は降っていないけれど、太陽が出ていない所為で大分寒い。スマホで今日の気温を見てみると、4℃と表示されていて、思わず手の平に息を吐き、コートの首元を引っ張って少しでも暖を取ろうとするが、正直、焼け石に水だった。
「寒いのに焼け石に水とはこれ如何に? くすっ」
自分で考えて自分で疑問に思い、何だかおかしくて笑ってしまった。そうしていたから、近くまで来ていた存在に気づかなかった。
「あなた、何で一人で笑ってるのよ」
「へ?」
言われて、キョロキョロと周囲を見渡すも、誰も居ない。空耳かと思ったが、
「ここよ! 毎回毎回わざとやってるんじゃないでしょうね!?」
「あっ」
若干下の方から声がして、横を向き、そのまま視線を下に動かすと、小さな少女の姿が目に入る。
膝丈くらいのベージュ色をしたボアコートにグレーのマフラーとニット帽を装着したその少女は、整った顔立ちをしているのに、今は怒りの表情を浮かべていて色々と台無しだった。
「ごめんなさい、茅野さん。私、全然気づかなかくて」
「本当でしょうね? あなた会う度にそればかりなんだけど?」
「……ごめんなさい」
「どういう意味のごめんなさいなの!? あたしの身長が低い事に対する憐れみのつもり!?」
ギャーギャーと騒ぎ出す茅野さんだが、初めて会った時からこうだから特に気にしない。
「まったく……夜娃華が呼び出すから来たのに、何で新年早々こんな――」
ブツブツと文句を言うのもいつもの事なので、やはり気にしない事にした。
茅野霞。私と夜娃華と同じ高校に通う同級生で、通常クラスの私達とは違い「特進コース」と呼ばれる、進学に力を入れているクラスに所属している。夜娃華とは幼馴染みらしく、一学期に初めて会った時から、どうにも私は茅野さんにあまり好かれていないように感じていた。夏に二人で海に行った話を夜娃華が茅野さんにした時は、夜娃華に対しても機嫌が悪くなったという話だ。
多分、初対面の時に声を掛けてきた茅野さんを見つけられなかったのが原因なんだろうなぁ……茅野さん、身長が低いのを気にしているみたいだし。
「それで、夜娃華はまだ来ないの?」
「うん。さっき連絡があったんだけど、少し家を出るのが遅れたみたい。もう少ししたら着くって言ってたんだけど」
「あたしの方にも同じ連絡が来てるわ。まぁ、どうせ新年の挨拶がどうのとか、そういう理由なんでしょうけど」
「茅野さんは坂口さんが遅れてくる理由が分かってるの?」
「毎年の事だから。夜娃華の家は元旦から色んな客が来るのよ」
「へぇ。まぁ、そんな感じはするかな?」
夜娃華の家はどうもお金持ちのようで、イメージでしかないけれど、そういう家庭は新年とか忙しそうだなぁ、と何となく納得する。
『………………』
そして始まる無言タイム。チラリと横を見ると茅野さんと目が合ってしまい、互いに不自然に思われないように目を逸らす。さっきから茅野さんが何回も地面をタンタンと靴の先で叩いていて、あまり機嫌がよくなさそうなのが伝わってくる。ついでに、何かを話そうとしている気配も感じるのだけど、私から声を掛けて益々機嫌が悪くなったらどうしよう、という事もあって、互いに様子見となってしまった。
そんな沈黙が数分続き、ようやく茅野さんが口を開いた。
「……昨日、あなたのところに夜娃華から何かその……連絡とかあった?」
「連絡って、今日の待ち合わせの事?」
「そうじゃなくて……その、どうして今日、初詣に行こうと思ったのか、とか」
「どうしてって、新年だから行くって事じゃ」
「違うのよ」
茅野さんはいつもの彼女とは違い、静かに言う。
「夜娃華が初詣に行こうだなんて、今まで一度も言った事が無かったのよ。ご両親が亡くなってからね」
「え?」
夜娃華の両親が亡くなっているのは、夜娃華自身から聞いてしっていた。でも、だからと言って普段の夜娃華はそれを引きずっているようには見えない。けれど、茅野さんの話を聞くと、両親の死後、夜娃華は意図的に初詣に行かなかった、という事らしい。
「どうして夜娃華がそうしているのかは分からなかった。親族が亡くなったからっていつまでも参拝をしてはいけないなんて決まり事や風習は無いし、夜娃華自身、最近はその事について引き摺っているようには見えなかった」
「でも何故か、今年は初詣に行こうと言い出した、と」
「そういう事よ」
腕を組み、仁王立ちの姿勢で茅野さんが私の方を見る。本人はどういう意図でその姿勢なのかは分からないけれど、こんな話題をしているのに、そのポーズだと子供が踏ん反り返っているようで笑いそうになるから止めてほしい。
「あなた今、失礼な事を考えているわね?」
「ご、ごめんなさい……」
「ハァ……まぁ、いいわ。とにかく、夜娃華がどうして初詣なんて行こうと言い出したのか分からないから、変な地雷を踏まないように気を付けなさいよ、って事」
言いながら、茅野さんは頬を紅くしてプイッと顔を逸らす。誰が見ても分かる、照れている表情だった。
「茅野さん、坂口さんのことが心配なのね」
「はい!? な、何でそんな話になるのよ!」
「私が変な事を言って坂口さんが傷ついたりしてほしくないから、そう言ってるんでしょう?」
「――別に。大人なら当然のエチケットってものよ」
「それに、私と坂口さんがそれで気まずくならないようにもしてくれてる」
「はあ!? 別にあなたの為なんかじゃ――」
「茅野さん、ありがとう」
「……ふんっ」
茅野さんはまたソッポを向く。けれど、私は茅野さんがどれだけ夜娃華のことを大切にしているか分かる。普段は騒がしくて、人への当りが強いけれど、根は優しいのだ。
『………………』
と、また無言の時間が流れるが、今度のはさっきと違って、居心地の悪いものではなかった。
そうして数分が経ち、駅舎の入り口から見慣れた姿がこちらの方へ歩いてきた。
「ごめんなさい、遅れてしまって」
「坂口さん。ううん、大丈夫だよ」
「大丈夫よ。別に気にするほどの事じゃないわ」
「ありがとう、二人とも」
黒いコートに身を包んだ夜娃華が頭を下げる。コートと同じように黒のニット帽を付けている夜娃華は、全体的にシックな色合いに包まれていて、白い肌が眩しく見えた。
「それじゃあ行きましょうか。元日の初詣だから、どれくらい混んでいるのか分からないし」
「そうね。今も色んな人が電車に乗り込んでるし、神社の方も混んでいるかも」
「というか、何で地元の神社じゃないのよ。何か理由でもあるの?」
そういえば、今日はわざわざ地元の神社ではなく、電車で8駅離れた場所にある
「ああ、それはとても興味深いものを見つけたからよ」
ニヤリと笑う夜娃華の顔に、私は少しだけ嫌な予感がしたのだけれど、その時は特に気にせず、私たちは電車に乗り込み、夜娃華の言う神社まで向かった。
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