第21話「閑話2・エイプリルフール②」

「書架の方へ行った少女だけど、足音は一向に遠くならないの。ずっと側に……隣の書架の方にいるんじゃないかと思うような位置で足音が響く。恐怖に叫びそうになる声を、速まる鼓動を抑え、少女は足音が聞こえる方とは別の書架へ移動する内に、違和感を覚えた。

 この図書館はこんなに広かっただろうか、と」

「どういう事?」

「終わらないの。隣へ移動しても、端に辿り着かない。足音と逆方向へ移動しているのだから、いつかは端に辿り着く筈でしょう? なのに、少女はいつまでも書架の中を抜けれずにいたの。

 恐る恐る、少女は足音ではなく、周囲へ視線を巡らせてみる。

するとそこは、無限に続く書架だった。

 さっき見た夢のように、どこまでも続く書架。先は暗闇包まれ、見る事も出来ない。

 そして、その様子に気を取られた少女は足音が背後まで迫っているのに気づかなかった」

「……そ、それで、その子はどうなったの?」

 夜娃華は私の方を見て、目を閉じ、事の顛末を語る。

「少女は“何か”に手を掴まれた。それは“何か”としか形容が出来ないものだった。幽鬼のようにぼんやりとした、人の姿のようにしか見えないもの。敢えて例えるならば、人の魂のようなもの。

 握られた手がどんどん冷たくなって、少女は悲鳴をあげたわ。そして、聞いたの」

 ――やっと、ここから出られる。

「という言葉をね」

「出られる?」

「それから少女は図書館で目を覚ましたわ。少女が図書館を訪れた数日後にね」

「……神隠し」

「ええ。少女の両親は心配して捜索届けも出したし、実際に警官が少女を探していたのだけど、あっさりと少女は見つかったの。まるで神隠しに遭ってしまったかのようにね。大抵の神隠しというのは、帰ってくるまでがワンセットだものね」

 いったいその間に少女に何があったのだろう。そして、この図書館で迷い込んだ、どこまでも続く書架というのは、何なのか。

「まぁ、でも無事に帰って来れたのなら……」

「だと思うでしょう?」

「え?」

 安堵し掛けた私に、夜娃華はニヤリと笑って語りだす。

「神隠しから帰ってきた少女は、その間の事を何も覚えてないと両親に言い、けれどいたって健康で外傷も無い少女に、両親は安心したわ。

 でも、それから両親は少女の様子に違和感を覚えたわ」

「違和感……」

「少女は前まで嫌いだったピーマンを普通に食べれるようになったわ。前までは見なかったニュース番組をよく見るようになった。以前まで仲の良かった友達とは、別の友達と遊ぶようになった。遊んでいた玩具で遊ばなくなった。昔の事をよく思い出せないと言った。些細な違和感が積み重なって、両親は思った。

 この子は、本当にあの子なのだろうかと」

「しゅ、趣味が突然変わっただけ、とか」

「それはどうかしらね。ただ、無限に続く図書館で、少女は聞いたのよ。

 “やっと、ここから出られる”。と」

 その言葉を聞いて、私は背筋に鳥肌が立つのを感じた。

 その言葉の意味することろは、つまり――。

「少女の聞いた足音の主は、どうなったのかしらね」

 笑みを浮かべる夜娃華に、私はハッと気づく。

「そ、そうだ。そんな事があったとして、坂口さんはどうしてそんなに詳しくその時の事を知っているの? 女の子は、神隠しの間の出来事を覚えていなかったんでしょう?」

 考えてみればおかしな話だ。そんな昔の出来事を、しかも当事者でもない夜娃華が何故知っているのか。

 今日がエイプリルフールという事を思い出し、きっとこれは夜娃華の作り話なのだと。

「ああ、その事。それなら――夕花の横にいる女の子から聞いたのよ」

「え゛」

 私は咄嗟に横を見るが、そこには勿論、誰もいない。

 なのに、夜娃華は私ではなく、私の隣をジッと見ている。

「じょ、冗談、だよね?」

「ふふっ。冗談、だと思う?」

 夜娃華が笑う。夜娃華の瞳は普通の人に見えない存在や世界を見る事が出来る。それはつまり――

「その子はずっとこの図書館で彷徨ってるの。“自分と替われる人を探して”、ね」

「っ~~!?」

 声にならない悲鳴をあげ、私はその図書館から逃げ出したのだった。

 …………。


 その後に聞いたのだが、少女の話は夜娃華の作り話だったという。

 エイプリルフールだという事で私が嘘をつくつもりなのだと先読みし、先に自分が嘘をついたのだと。

「もうっ。坂口さんの意地悪!」

「くすくす。私に嘘をつこうだなんて、百年早いという事よ」

 膨れる私を見て、夜娃華はくすくすと笑う。心底楽しそうな夜娃華の表情を見て、私はそれ以上怒るに怒れなかった。

「そう怒らないでちょうだい。私が悪かったわ。今年度もよろしく。ずっと、友達でいましょう」

「それは嘘ではないんだよね?」

「どうかしらね?」

「もうっ」

 言いながら伸ばされた夜娃華の手を取る。

 その言葉を信じたいと思ったから。

 夜娃華とずっと、こうしていられたらいいと――そう思うから。

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