第20話「閑話2・エイプリルフール①」

「ねぇ坂口さん、今日が何の日か知ってる?」

「何の日か?」

 四月一日。世間はエイプリルフールで盛り上がっている中、私と夜娃華は二人で町の小さな図書館に来ていた。

 春休みという事で図書館の来館者も普段より増えている……という事はなく、大体平常運転な感じだった。

 電子書籍が溢れ、古本屋ですら苦戦を強いられる時代に、一々こんな小さな図書館に人が来るはずもなく、私と夜娃華と、後は数人の年配の人しか来ていない。

「何の日か、ねぇ……夕花はどうして今その質問を私にしたのかしら?」

「ううん。ただ、坂口さんって博識なのにちょっとズレてるところがあるから、知ってるのかなぁ……と思って」

「夕花、あなたってたまに自然と失礼な事を言っている時があるわよね」

「え、そうかな」

「そうよ。気をつけた方がいいわよ」

自分には自覚が無かったけど、夜娃華が言うのなら本当の事なのかもしれない。これからは少し気をつけよう。

「それで、今日が何の日なのかという話だったわよね」

「うん、そうそう」

 ちなみに、さっき言った理由は嘘だ。

 夜娃華が今日はエイプリルフールだという事を失念していたら、何か嘘をついて夜娃華の驚く顔を見たいという狙いがあった。最も、まだ何の嘘をつくのかも考えていない、無計画過ぎる計画なのだけど。

 と、私の質問に夜娃華は顎に手を当てて目を閉じ、考える時のいつもの表情を浮かべる。美人な夜娃華だから、そういう表情がまた一段と映えて、思わずドキリと心臓が跳ねる。

 そしてしばらくして夜娃華が目を開ける。可憐な蕾のように愛らしい唇が開き、透き通るような夜娃華の声が響く。

「そうね。果たしてこれが夕花の望んでいる回答なのかは分からないのだけど」

「うんうん」

「その昔、この図書館で事件があったの」

「え」

 唐突な話題に、私は硬直してしまう。

「えっと、事件ていうのはいったい、どういう」

「女の子が神隠しにあったのよ」

 夜娃華はいつも浮かべる、涼やかな表情で語り始めた。

「当時小学生だったその子は、夏休みの課題を調べに行くという理由でこの図書館を訪れた。目的の本は見つかり、調べ物をしていた少女は、眠気に襲われて、居眠りをしてしまったらしいの。

 その時、少女は不思議な夢を見た。少女は行った事も無い、何処かの図書館に迷い込んでいたの。どこまでも書架が連なって、奥は暗闇に包まれて先も見えない。少女はそこで何かに追われていた。その何かが少女には分からなかったけど、それに捕まってしまうといけない、そう直感した。

 何処までも何処までも走った少女は、不意に目を覚ました。気づけば夕方になっていて、図書館の中には少女以外の人の姿が無かった。そろそろ閉館の時間だと慌てた少女は、急いで本を棚に戻しに向かったわ。そして、本を棚に戻した時、それを聞いたの」

「聞いた?」

「ええ。どこからか響いてくる足音を、ね」

 夜娃華は“足音”という単語を強調するように言った。

「……女の子以外に、他に残っている人がいたとか?」

 私の言葉に、夜娃華は首を振った。

「少女も夕花と同じ事を思ったのね。両隣の通路を見てみたけど、そこに人の姿は無かったの。聞き違いだったのか、いや、本当に他に人がいたとしても、自分には関係無い。それよりも早く帰らなければと、少女はそのまま出入り口へ向かったわ。

 けれど、どうしても図書館の出入り口の戸が開かない。まるで、巨大な岩にでもなったかのようにピクリとも動かない」

「……鍵が掛かっていた、とか」

「勿論、少女も最初に考えたわ。でも、鍵は開いていた。それなのにどうやっても扉は開かない。そこで、少女は違和感に気づいたの。

 この図書館には、自分以外の人がいないって」

「? それはさっきも確認した事じゃないの?」

「ええ。図書館の利用者の姿はね。けど、司書の人もいないのはおかしくないかしら?」

「あ……」

 そうだ。誰もいないなんて事はありえない。図書館なら、最後の利用者が帰るまで司書の人がいる筈だ。

「その時、図書館に閉じ込められた少女の耳に、また足音が聞こえた。なのに、見回しても人の姿は無い。足音は、ずっと聞こえるのに」

 夜娃華の話に、私は想像してしまう。

 自分以外の人がいない空間で、何処からか、誰のものかも分からない足音が聞こえるのを。

「怖くなった少女は、その足音に見つかってはいけないと本能で感じ、書架の方へ向かったわ。そこなら、足音が聞こえても直ぐに別の書架に隠れる事が出来ると思ったのでしょうね。

 けれど、それが間違いだった」

 話が一瞬跡切れ、私は息を呑み、先を待つ。

 そんな私の反応を確認し、夜娃華は話を続ける。

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