第18話「襲い来る怪異」
「な、何?」
それは猿のようだった。
身長は百五十センチくらいだろうか。小柄な人間のような体格だが、全身が毛に覆われ、一見猿に似ているが、口には鋭い牙が生え、鼻があるべき位置は複雑な形をしていて判別がつかない。目はまるでトカゲのようで、ギョロリとした目がこちらを見ている。頭には窪みがあり、何かの液体が入っている。そのような姿をした異形が何体も、廊下の向こうに見えた。
「これは“河童”ね」
「河童? 私には猿のように見えるんだけど」
「一般的なイメージとは少し違うけれど、河童の伝承には類人猿のような姿をしているというのもあるわ」
「へぇ……って、感心してる場合じゃない!」
こうしている間にも、河童は私たちの方を獲物を見定めるようにして見ている。何か武器になるものは無いかと辺りを見回したその時、
「夕花、行くわよ」
「きゃっ!?」
急に夜娃華が私の手を引き、走り出す。そのままの勢いで裏口に飛びつき、二人で外へと逃げる。
「何か武器になる物を探した方が――」
「ダメよ。彼らにそんな物を見せちゃ」
「え?」
「とにかく急いで。もう調べはついているから」
夜娃華が何を言っているのか分からず、私はただその後ろを付いて行くしか出来ない。
夜娃華の言っていた通り、家の周りにはもう河童の姿は無く、代わりに私達を追って後ろから走って来る。幸いな事に足はあまり早くはないようで、ギリギリ追いつかれないで済みそうだが、私達、特に夜娃華の体力がどれだけ続くか分からない。
「はぁ、はぁ……」
考えている間にも、夜娃華は既に息が切れそうになっていた。
「坂口さんっ、大丈夫!?」
「だい、じょうぶ……だからっ……話し掛けないで付いてきてっ」
夜娃華は苦しそうにそう言う。なので私は黙って走り続ける。
どうやら夜娃華はビーチの横にある崖の下を目指しているようだ。あそこの下には例の祠があるけれど、でも周囲の海は深くて、泳げない夜娃華ではどうやっても辿り着けない筈だけど。
「っ、こっちよ」
「ここは」
夜娃華は海の方には向かわず、崖を回り込むように進む。所々にゴツゴツした岩があって、別荘からは室内履きのスリッパで出てきたせいで足の裏が痛い。
「ここから回り込めるわっ……!」
「こんな道があったんだ」
それは小さな道だった。岩を削って造られた人工の道で、どうやら祠の方へと続く道となっているようだ。
「水神を祀ってある場所への道がっ、あんな海を渡るしか方法が無いとは思ってなかった、のっ……住民が安全に向かえなければ、意味が無いのだからっ……そして、この道があったからっ……悪質な観光客に祠が破壊された……っ!」
「な、なるほど」
どうやら夜娃華は昼間の内からここ周辺の事について調べていたようだ。そして、私たちはそこに辿り着いた。
「坂口さんっ、あそこ!」
「はぁ、はぁ……あれね……」
昼間に見た小さな砂浜。そこにある大きな穴の中に建てられた鳥居と祠。壊されたそれらの前まで走る。
「それで、これからどうすれば……」
「それは――」
夜娃華が何か口にしようとするのと同時に、さっきも聞いた、湿ったような音が背後から聞こえた。
「坂口さんっ! もう来てる!」
河童というだけあって海を泳いできたらしい彼らが、私達の背後から上陸してくる。逃げ場の無い私たちは、ジリジリと祠の方へ追い詰められていく。
「大丈夫。もうここにさえ来れば後は――」
「坂口さん?」
不意に夜娃華の声が途切れる。目の前に迫る河童の恐怖も忘れ、私は夜娃華の方を見た。
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