第15話「いざ海へ」
「よし、坂口さん遊ぼう! 遊び倒そう! これからはアウトドアの時代だよ!」
「また躁状態に……まぁ、別に良いけれど」
「海だ! 泳ごう!」
水泳はダイエットに良いって聞くしね! という訳で、さっそく海に走り出そうとしたのだけど、
「じゃあ、私はそこにパラソル立てて読書しているから、終わったら声を掛けてちょうだい」
「泳がないの!?」
「私、泳げないのよ」
ならしょうがない。痩せたいではあるけれど、せっかく二人で来ているのにバラバラに何かをするなんて勿体ない。
「ならビーチボールで遊ぼう。泳げなくても海に入るのは楽しいよ」
「……それもそうね。泳がないでいいのなら」
「やろうやろう」
私は持ってきたビーチボールを片手に持ち、空いている手で夜娃華の手を引き、波打ち際まで向かう。先ずは一歩、久し振りの海の冷たさに一瞬震えるが、直ぐにバシャバシャと波を切って進んだ。後ろにいる夜娃華はと言うと。
「冷たっ……!」
珍しく慌てたような声をあげるが、お風呂で温度を確認するように足で水面を叩いた後、
「っ!!」
意を決したような表情で海に浸かる。夜娃華の身体がビクッ、と跳ね、小刻みに震えている。その酸っぱいものを食べた人のような反応がおかしくて、思わず笑いが出てしまう。
「アハハッ。何か、坂口さんのレアな表情見ちゃったかも」
「夕花、そうやって笑っていられるのも今の内……よっ!」
「きゃっ!? 冷たっ!!」
夜娃華が両手で水を掬い、こちらに掛けてくる。笑われたのがよっぽど恥ずかしかったのか、何度も何度も掛けてくる。
「このっ、お返し!」
「ふぐっ!? なら、こっちも!」
私は代わりにビーチボールを投げる。私に水を掛けて隙だらけだった夜娃華は顔面でビーチボールを受け、尻餅を突いてしまう。全身水浸しになった夜娃華は、顔を紅くしてビーチボールを投げ返してくる。それをキャッチし、また投げ返す。夜娃華はあまり運動が得意な方ではないから、覚束ない手つきでボールを受け止め、フラフラした軌跡で投げ返す。それが丁度良いくらいで、何だかんだと私と夜娃華は海を楽しんでいた。
そうやってビーチボールで遊んでいたのだが、
「あっ」
夜娃華の投げたボールが的外れな方向に飛んでいき、波でゆっくりと流されていく。
「夕花、ごめんなさい。今取りに行くから」
「大丈夫。坂口さんは疲れてるだろうし、そこで待ってて」
慣れない海での運動で明らかに疲れている夜娃華にボールを拾ってきてもらうのは危ないからと、私がボールを追う。最初はゆっくりと流れていたボールだけど、波の調子ですこしずつ流される速度が上がる。それでも幸いなのは、沖の方に流されるのではなく、ビーチを囲むように配置されている岩場の方に流されている事か。
「よっと」
岩場の間に入り込み止まったボールを取り出す。気づけば結構遠くまで来ていて、こちらからはビーチの様子が見えない。夜娃華を待たせてるし、早く戻ろうと思った時、それに気づく。
「うわっ。大きい」
岩場の横には切り立った崖があるのだが、その下に大きな洞窟の入り口があった。遠くだから正確には分からないけれど、三メートルくらいにはなるんじゃないだろうか。
その洞窟の前には僅かに砂浜があるけれど、海が深そうで、普通に近づく事は出来ないように見える。と、目を凝らして洞窟の方を見てみると、
「あれは……鳥居?」
洞窟の入り口から少し内部に入った辺りに、大分小さいけれど神社にある鳥居のようなものがあった。何故鳥居のようなもの、と表現するのかと言うと、誰かの悪戯か、片方の足が折れて、大きく傾いているからだ。
その奥には祠らしきものも見えるが、こちらも何だか荒れていた。
「酷い事する人もいるなぁ」
私だったら鳥居や祠にそんな事はしない。前からそうだけど、夜娃華と関わるようになって、目に見えない存在の事を知った今は、曰くがありそうなものに不用意に近づかないようになっていた。だからこの時の私も、直ぐにビーチの方に戻る事にした。
戻ってみると、夜娃華は砂浜に上がって待っていた。
「お待たせ」
「随分遠くまで流されてたみたいね」
「うん。あの岩場の方まで流されてて、ちょっと取るのに手間取って」
「それだけにしては時間掛かったわね」
「ああ。岩場の向こうに大きな洞窟があって。中に鳥居があったから、何でかなぁ、と思って見てたからね」
「鳥居?」
「うん。と言っても、誰かが悪戯したのか、足が折れちゃってたけど」
「ふーん……洞窟、鳥居……」
「坂口さん?」
私の話を聞いた夜娃華は何やらブツブツと呟きだす。何を言っているのか分からないけれど、鳥居の事が気になっているのはよく分かった。同時に、いつものパターンなら鳥居を調べに行こうと言い出すところまで予想出来た私は先手を打つ事にした。折角の夏休みに危ない事や怖い経験はしたくないしね。
「あのさ、坂口さん。夕食はカレーを作ろうかと思うんだけど、お肉を買いに行きたいからそろそろ――」
「ええ。そろそろ上がりましょうか」
「え?」
「どうしたの、そんな意外そうな顔をして」
珍しく怪しい事に首を突っ込もうとしない夜娃華に、驚きが顔に出てしまった。
「う、ううん。坂口さんのことだから、鳥居を調べに行こう、とか言い出すんじゃないかと思ってたから……」
「そんな事はしないわよ。そろそろ上がって夕食の準備をしないといけないのは確かだし、海のお楽しみはまた明日ね」
「だ、だよね。流石に海に来てまでそんな事は無いよねっ」
安心した私は夜娃華に先んじて砂浜を歩く。だから、夜娃華の呟きに気づかなかった。
「調べる必要は無いもの。今は、ね」
………………。
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