第14話「少女の悩みと羨望」
「広い!」
夜娃華の叔父さんの別荘に着いた私の最初の一言だった。
「そうかしら。別によくある一軒家くらいの広さだと思うけれど」
「それが広いよもう」
別荘は夜娃華の言う通り普通の一軒家のようで、リビング、ダイニング、キッチン、バスルーム、寝室と抜かり無し。新築さながらので直ぐにでもここに住める勢いだ。
「別荘の事はどうでもいいとして、荷物を整理したらさっそく海に行きましょう」
「海!」
別荘と言う存在に圧倒されていた私は、夜娃華の言葉に当初の目的を思い出した。二人して持ってきた荷物を片付け始める。
「坂口さん、食材はどうなってるの?」
「元々は叔父たちと来る予定だったから、もう冷蔵庫の中に入っているわ。足りない分は後で買い足せばいいから、とりあえず自分の荷物を部屋に運べばいいわ」
「部屋って、寝室?」
「ええ。寝室は二階に上がって直ぐの部屋よ」
「分かった……ところで坂口さん、寝室って何部屋あるの?」
「三部屋はあるわね。リビングのソファーで寝たいと言うのなら止めないけれど」
「そう、三部屋……坂口さんはその、どの部屋で眠るの?」
「――ああ、そういう事ね。一緒に寝ましょうか?」
「ふえ!?」
一階に置いておく物を出し終え、荷物を持ち上げて二階に向かおうとしていた私は、夜娃華の言葉に思わず素っ頓狂な声をあげ、持っていた荷物を落としてしまった。慌てて荷物を拾いながら、夜娃華に早口で捲くし立てる。
「そそそ、そんなっ……私は別に一緒に寝たいとかじゃなくて? ただっ、そのっ、どこの部屋で寝ればいいのかと思って気になっただけでっ……!?」
「別に慌てる事じゃないでしょう。せっかく二人で来ているのだし、夜は別々の部屋で寝るだなんて寂しいと思わない?」
どうかしら? と夜娃華が提案してくる。夜娃華が細かい事を気にしたりするような性格ではないと分かってはいるけれど、私はそうじゃない。夜娃華は女性から見ても緊張するくらい綺麗な容姿をしていて、私もまだ慣れてない状態だと言うのに、一緒に寝たりしたら緊張して休めないのでは……。
「そ、そうしようかな?」
等と頭の中で色々考えはしたけれど、折角の提案に抗えず、夜娃華と同じ部屋で寝泊りする事になった。
そうやって十数分で片付けを終え、やっと本題の海水浴へ向かう事となる。
「さて、海へ行きましょうか」
「うん。えっと、着替えはここでしてから行った方がいいよね?」
「そうね。目の前が海なのだし、一々混んでいる海水浴場の更衣室を利用するのは時間の無駄だと思うわ」
「だよね。じゃあ私は待ってるから、坂口さんから――」
「んっ、と――」
「って、坂口さん!?」
「夕花、大きな声を出してどうしたの?」
「いやいやいや! 何でいきなり脱ぎだしているの!?」
先に脱衣所で着替えてきたら? と言おうとした私の目の前で、夜娃華は大胆にも服を脱ぎだしていた。白いワンピースをガバリと捲り上げて脱ぎ、その下から夜娃華の白い肌と黒い下――下着?
「あっ、水着だ」
「最初から着けていたのよ。昔から、どうせ脱ぐ物を着るのがどうも嫌で、学校のプールの時間もそうしているわ」
「坂口さん、もう高校生なんだから、そういう小学生みたいな事は止めた方が良いと思うの……」
「? 別に夕花以外の人が見る訳でもないのだし、別にいいでしょう?」
「それはそうなんだけど、うん……」
私の言っている事が分からない、という風に夜娃華が首を傾げる。そうだよね。夜娃華、基本的に人からどう思われようと関係無いものね。そんな諦観を覚えながら、私は着替える為に一人脱衣所に籠った。
持ってきた水着を取り出し、着てきた服を脱ぎ、脱衣籠に入れる。さっき夜娃華に訊いてみると、洗濯機も使っていいらしいので、後で洗濯しようと思う。
「夕花、まだ?」
「もう少し、待ってっ……!」
それから着替える。着替えるのだが。
「どうしよう……今更になって恥ずかしさが……」
友達と海に行くなんて初めてだし、一緒にいるのはあの夜娃華だ。夜娃華自身は何も思わないだろうけど、一緒にビーチに出た時、夜娃華と色々比べられると思うと恥ずかしさが次から次へと湧いてくる。こんな事なら普段から自分の体形を気にしておくべきだった、何て今更思っても遅い。何か、この状態を脱する方法を考えなければ……と思った私は、目の前にあったそれを見る。
「これだ!」
そして私はそれを着て、脱衣所から出る。
「お待たせ」
「ええ。大分待たされた……わ」
「よしっ。坂口さん、行きましょうかっ」
「夕花、それ」
「行こう行こう! わー、友達と海に行った事無いからタノシミダナー」
「夕花、棒読みになってるわよ」
夜娃華が何かを言おうとしているけれど、私は言う隙を与えずに、夜娃華の肩を押して海へと向かう。
玄関を出ると目の前に広がる海と砂浜。熱い日差しが照っていて、これぞ海と言えるような風景が広がっている。サンダルが砂浜に沈み込む感触、海水浴に来た人たちの楽しそうな声、打ち寄せる波、インドア派の私にはそのどれもが新鮮だった。
「たまには外に出てみるべきだねっ。何だか解放的な気分になるよっ」
「それはいいのだけれど。とりあえず――」
一度言葉を切った夜娃華は私の頭から足までを眺め、口を開く。
「そのてるてる坊主状態をなんとかしなさい」
「なななっ、何の事かな!?」
私は体に巻き付けたビーチタオルをギュッと握り締める。
「あなた、さっき私に小学生みたいな事は止めた方が良いと言ったばかりじゃなかった?」
「これは正当防衛なのでセーフ!」
そう。自らのコンプレックスを刺激されない為の防衛行為だから問題無い筈!
「いいから、脱ぎなさい!」
「ぎゃあ!」
呆れた顔の夜娃華にビーチタオルを剥ぎ取られ、あっと言う間に水着を陽の下に晒す事になってしまった。うぅ……やっぱり視線が気になる……。
「何でそんなに隠そうとするの。可愛い水着じゃない」
「いや、可愛いとかじゃなくてですね……」
私が新しく買った水着は白いワンピースタイプの水着だ。可愛かったから、というのも購入理由の一つだけど、一番の理由は裾が広がってて体形が見え辛いから。特にお腹周りとかお腹周りとか、大事な事なので二回言います。
「ジー……」
「ジロジロ見てどうしたの」
私は夜娃華の方をジッと見つめる。夜娃華は黒いビキニタイプの水着を着ていて、白い肌との対比が眩しい。夜娃華は全体的に痩せ型だけど、貧相な感じではなく、引き締まっていて無駄が無く見える理想的な体形だ。その癖柔らかそうな雰囲気もあるから、羨まし過ぎて吐きそう。そして何より、明らかに私より痩せているのに、私よりも胸部が大きい!
ビキニのトップを押し上げている二つの膨らみと、自分の胸についているモノを見比べる……いや、別に私が小さい訳ではない筈。水泳の授業の時もクラスメイトと大きな差は無かった。夜娃華が人より少し大きいだけっ、それだけっ……そう思わないとやっていけない私が居た。
「はぁ………………」
「さっきから躁鬱が激しいけれど、夕花、大丈夫?」
「大丈夫……ただ、神様は人を平等に創らなかったんだなって……」
「悩みが壮大過ぎてよく分からないのだけれど、気にしない方が生き易いわよ?」
「うん。本当にそう……」
躁鬱の原因たる夜娃華に言われるのがアレだけど、気にしたってしょうがないのは確か。急成長は無理でも体形改善は可能な筈……今年の夏は運動しようと、私は心に誓った。
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