第13話「道中」
「おはよう、夕花」
「お、おはよう、坂口さん」
翌日。私は坂口さんと待ち合わせして駅まで向かっていた。
眩しい夏の陽射しが差す中、涼やかな立ち姿で私を待っていた坂口さんは、白いサマードレスを着ていて、黒い髪がよく映えるその姿に、私は釘づけになっていた。
「そ、そういうのも着るんだ」
「? あぁ、これ? これは叔父の奥さんの趣味よ。子供にこういうのを着せたがる人なの。フリフリのドレスなんかもあるわよ」
「へぇ」
凄い見てみたいと思ったけれど、口には出さないようにした。なんだか変態みたいだし。夜娃華がフリフリのドレス……夜娃華は綺麗だし、似合うんだろうなぁ。
「夕花、さっきからジロジロ見てどうしたの?」
「えっ!? う、ううん、何でもないのっ……ただその」
「その?」
自分の心臓がバクバクと早鐘のように鳴っているのが分かる。どう言えばいいのか、果たして言っていいのか、そして自分はどういう意図で言おうとしているのか、分からない事が多過ぎて頭の中がグチャグチャになりそうな中、私は何とか口を開く。
「その……綺麗だな、と思って……」
言ってしまった! というやらかした感で頭の中がいっぱいになる。怖くて夜娃華の顔がまともに視れないし、自分の顔が紅くなっているのも分かる。けれど勇気を出して、横目で夜娃華の方を見てみると、
「そ、そう……何と言うか、ありがとう?」
夜娃華は指先で自らの髪をクルクルと弄りながらそう返してきた。この感じは、照れている?
夜娃華はあまり表情に変化が無い人だけど、今の夜娃華は頬を僅かに紅く染めていて、多分、誰が見ても照れていると分かるのではないだろうか。
「――気を取り直します」
と、夜娃華は一つ咳ばらいをする。すると、夜娃華はいつも通りの変わらない表情に戻っていて、私は少し、勿体ないと思ってしまった。
「今日行くのは叔父の別荘だけれど、近くにビーチがあるから、昼間はそこで海水浴を堪能し、夜は別荘で寝泊りをする事になるわ。何か質問は?」
「はいっ。夕食は自炊になるのでしょうかっ」
「勿論。必要な道具は現地に一通り揃っているわ。よっぽど特殊な料理をしようとしなければ大丈夫な筈」
「はいっ。坂口さんは料理が出来るのですかっ」
「痛いところを突いてくるわね……えぇ、私は料理があまり得意でないの。野菜の皮むき程度が精一杯よ。ついでに訊くけれど、夕花は?」
「私は一応、家でお母さんに教えてもらったから一通りは大丈夫」
「そう。なら夕食の指揮は任せるわ。私は手伝うくらいしか出来ないし」
「二人分だし、私一人でも大丈夫だよ? 別荘にお泊りとか、ビーチまでの移動費とかも出してもらってるんだし」
「それは私が出したものではないのに全部任せっきりは気分が悪いわ」
「それなら、うん。手伝ってもらおうかな」
「ええ、手伝わせてもらうわ」
言って、夜娃華は僅かに微笑う。多分、夜娃華も楽しいと感じてくれていると思う。
そうやって二人で話しながら、新幹線に乗り、最寄り駅で降りて、タクシーで別荘まで向かう。
「うわぁ、海が凄い綺麗」
海沿いの道を走っていると、キラキラと輝くような海にテンションが上がってしまう。普段、休日を家の中で過ごす事が多い私には、その光景が眩し過ぎた。
「お客さん達、二人で旅行?」
私の様子を見た運転手さんが話し掛けてくる。初老を迎えたくらいのおじさんで、優しそうな雰囲気の人だが、若干人見知りの気がある私は一瞬反応が遅れてしまう。代わりに夜娃華が口を開いた。
「はい。と言っても、向かっているのは叔父のところですけど。海水浴でもしようかと思って」
「この時期は観光客が多いからね。お客さんみたいな若い子も何人も来るよ」
「ここら辺は外国人の方も多く来ると聞きましたけど」
「ここ数年はそうだねぇ。おかげで町は賑わっているけれど、良い事ばかりではないねぇ」
「良い事ばかりではない――何かあったんですか?」
「ああ、実は――おっと、ここらでいいかな?」
「ええ。ここで大丈夫です」
運転手さんが何かを言おうとしたタイミングで、タクシーが目的地に着いたようだ。私は二人分の荷物を持って先に降り、夜娃華が降りるのを待つ。すると、支払いをするだけなのだが、夜娃華は何やら運転手さんと話している。手持無沙汰になった私が海の方を見ると、ビーチには既にたくさんの人がいた。外国とかのビーチ映像程ではないけれど、中々の密集具合だ。
「興味深いお話が聞けました。ありがとうございます」
やっと話が終わったらしい夜娃華が降りてくる。私が慌てて運転手さんに会釈をすると、運転手さんも小さく会釈を返し、走り去っていった。
「坂口さん、何の話をしていたの?」
「うん? あぁ、ちょっと面白そうな話だったから、後学の為に聞いておいたのよ」
「?」
「それよりも、さっさと別荘に荷物を置きに行きましょう。本番は明日だけれど、せっかくだから今日も遊びたいでしょう?」
「あっ、置いてかないで!」
私を置いて、とっとと歩き出す夜娃華の背中を追う。夜娃華が何を話していたのかは気になるけれど、ここまで来て何かあるという事は無いだろうし、まぁいいか。そう気楽に考え、私はそれ以上考えるのを止めたのだった。
「そういえば、何でさっき運転手さんに「叔父のところに」って言ったの? 叔父さんはいないんでしょう?」
「旅先で初対面の相手にこちらが女子高生二人だけですよ、なんて情報を与える訳ないじゃない。夕花も、相手が優しそうだからって自分のことを何でも話してはダメよ?」
「あっ……」
夜娃華に常識的な事を注意されるくらいには、この時の私は浮かれていたのだろう。
だから、夜娃華の放つ、さっきとは違う種類の楽し気な雰囲気を見抜けなかったのかもしれない。
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