第12話「夏休み」
それは高校生になってから初めての夏休み、その初日の事だった。
「夕花、電話よ」
「んー?」
昼食を食べ終わった後からずっと自室でベッドの上に仰向けになったり、うつ伏せになったりしながら本を読んでいた私は、お母さんの顔を見ずに生返事をした。
「誰から?」
「お友達みたいよ。それより夕花、夏休みだからってゴロゴロしてたら一ヶ月後に泣きを見るわよ」
断りもなく部屋に入ってきたお母さんは、部屋に溜まっていた洗濯物を拾っていく。うちは当番制で洗濯していて、今日はお母さんの番だから気にしないけれど、もう少し年頃の娘のプライバシーに気を使ってほしい……。
「分かってるってば」
「まぁ、苦労するのは夕花なんだから、私は止めないけど」
「そこは親として止めてよ……」
「うちは全て自己責任がモットーだからしょうがないわね」
それは監督不行き届きなのでは、と思ったけれど、お母さんの言う事ももっともなので口には出さない。私の場合、面倒な事になるのは大体自分の責任だから。友達もいないし。
「って、友達から電話?」
「そうよ。あなた、友達なんていたのね」
「それは普通に失礼だよね……」
「事実でしょ?」
「事実だけど」
考えてみれば、今まで私に友達から連絡があったのなんて、それこそ片手の指で数えられるくらいじゃなかろうか。
「坂口夜娃華って子から。礼儀正しそうな雰囲気の子だったわよ」
「礼儀正しい……」
まぁ、夜娃華だろうなって事は分かっていた。というか、それくらいしか候補がいない。悲しい事に。
我が家はお父さんの実家を改修した二階建ての一軒家だ。うちの電話はお父さんが子供の頃から使っていたという黒電話で、一階のリビングに鎮座している。私の自室は二階にあるから、階段を下り、一度台所まで行って水が入ったペットボトルを持ってリビングに向かう。
今になって思えば、この時には既に嫌な予感がしていたので、多少待ってもらうくらいは許されるべきだと思う。
「もしもし、坂口さん?」
「夕花、出るのが遅い」
「そんな事言われても。そもそも、何でスマホの方に連絡しなかったの?」
「……もしかして、スマホを見ていない?」
「え?」
「電源が切れているわ」
「あっ……」
そういえば、昨日の夜5パーセントを切っていた気がする。どうせ誰からも連絡何て無いだろうと思っていたから、充電を後回しにしたまま忘れていた。
「ごめんなさい……」
「まぁ、そんな事はどうでもいいわ」
謝ると、夜娃華はどうでもいいとあっさり赦した。声だけ聴くと、どうやら機嫌が良さそうな雰囲気がある。
「夕花、夏休みの予定は決まっている?」
「夏休みの予定? ううん。今のところまったく決まってないけれど、何かあるの?」
「ええ。丁度良かったわ。実は、叔父夫婦と海に行く予定だったのだけど、急に叔父が行けなくなって、なら奥さんの方も行かないと言い出して、私の予定が空いてしまったの。それならば私一人で行こうかと思ったのだけれど、せっかくだから夕花も一緒に行かないかと思って」
「へぇ! 海! 何だか、坂口さんとまったく合わない場所に行くのね」
「……それはどういう意味かしら?」
「あっ……ご、ごめんなさいっ。その、坂口さんが海に行ってはしゃいでいるイメージがまったく湧かなくて……」
坂口さんはどちらかと言えば、室内で音楽を流して紅茶を飲みながら本を読んでそうなイメージがある。深窓の令嬢、みたいな。
「まぁ、私が海で遊ぶというのが似合わないイメージは理解出来るわ。実際、海に行くなんて小学生以来であるし」
「ここら辺は海から遠いから、あまり行かないっていう人が多いと思うけれど」
私達みたいなインドア派が海に行かな過ぎるだけ、という可能性も捨てきれないけれど。
「とにかく、海に行こうと思うの。夕花、予定は?」
「さっきも言ったけど、予定は何も無いよ。うちって割と放任主義なところあるから、よっぽどの事がないと勉強しなくても怒られたりしないし」
「なら都合が良いわ。明日から二泊三日で海に行くから、準備しててちょうだい」
「うん――え? 二泊三日?」
「ええ。叔父の別荘を自由にしていいらしいから、二人で泊りで海に行くわよ」
「えっ、ちょっと待って。いきなりお泊り?」
「細かいものは私が準備しておくから、夕花は身の回りの生活用品を準備して。着替え、水着、必要なら洗面、洗髪、化粧品とか。それじゃあ、明日また連絡するわ」
「待っ――」
待って、と言おうとしたが、その時既に電話が切れていた。夜娃華の電話番号を暗記してない私は直ぐに掛けなおす事も出来ず、スマホは充電しないと使えない。今更断るのも悪い気がして――ううん、正直に言えば、友達と一緒に海に行くという行為に内心喜んではいたのだが――私は困り果ててしまっていた。
「水着……どうしよう」
海に行かない私の持っている水着は学校指定のスクール水着である。地味&地味なアレを海何て言う公共過ぎる場で着る勇気は私には無い。間違い無く浮いてしまう事を考えると、恥ずかしくて死にそうですらある。
「っ、お母さーん!」
そして私の今年の誕生日プレゼントが消費されてしまうのだった。
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