第7話「現象としてそれは存在する」

 階段は校舎と同じくらいの年代に作られたように見え、暗闇の不気味さとは裏腹に、しっかりとした作りをしている。それは地下室自体にも当て嵌まった。

「広さは普通の教室より少し狭いくらいかしら。特に変わった個所は無いわね」

「そうだね……」

 地下室には古い机や椅子が置かれ、棚には大分前の教科書等が仕舞われている。一見普通の倉庫であるが、ここが本来存在しない空間であると考えれば、そこにどういう意味があるのか途端に分からなくなる。

「こういうのは外形に依存するのよ」

「どういう意味?」

「噂ではこの地下室は備品置き場となっている。それを忠実に再現したと。怪談をこちらに再現する為の制約みたいなものね」

「忠実に再現……」

 確かに、学校の使われてない空間と言えば物置になってるイメージがあるし、噂の方でもそういう描写になっていた。

「あれ? 忠実に再現するって事は……」

 噂だと、地下室に閉じ込められた人間はここで“何か”を見て、帰って来れなくなるって。

「来るわね」

 と、夜娃華が呟くと同時に、

「な、何!? ライトがっ!」

 急にスマホのライトが明滅する。見た事のない挙動に驚くが、異変はそれだけじゃない。

「誰か、居るの?」

 暗闇の中に、確かに足音が聞こえた。床を踏むゴムの音。そう、ちょうど上履きとか、そういうのに近い音。けれど、私と夜娃華が履いているのはローファーだ。

「この学校、今でこそ靴は自由だけど、昔は学校指定の上履きとかあったらしいわね。ちょうど、この旧校舎が使われていた時代かしら」

「ちょ、ちょっと待ってよ。え? それって、行方不明になった生徒の幽霊とかそういう話じゃ――」

「そうかもしれないし。そうでないかもしれない」

「でも、行方不明になった生徒は別に、あの噂とは関係ないって……!」

「実際には関係なくても、噂ではそうなっているわ。“向こう側”にとっては、そうであった方が都合が良いんでしょうね」

「そんな――ひっ!?」

 何か冷たいものが手に触れた。慌てて手を引っ込めると、その気配はまた遠ざかるが、ここには確かに“何か”がいるという事を意識してしまった。

 床を踏むゴムの音が遠くなったり、近くなったりする。明滅するライトは弱々しく、夜娃華の姿も殆ど見えない。

「坂口さんっ、坂口さんっ、どこ!?」

 叫ぶけれど、夜娃華からの返事は無い。代わりに、別の音が聞こえ始める。

「何、この音……笑い声?」

 くすくす、くすくす、と鈴を転がすような音が闇の向こうから聞こえてくる。それは何重にも重なって聞こえ、部屋の中のいたる所から、私たちを見ている存在が居るのが分かる。

「坂口さんっ!!」

 叫ぶけれど、夜娃華は私の言葉に応えない。そして、

「何? あれは……光?」

 暗闇の奥に光が見える。まるで、ここに来い、と言っているかのように。けれど、私は動けなかった。そこに行きたいと思えなかった。でも、それは私だけだ。

「ああ、そこに、あるのね……」

「坂口さん?」

 夜娃華の細い声が聞こえる。熱に浮かされるようなその声。光に照らされて見えた夜娃華は、何かを求めるかのように、光の方へ近づいていく。

「お母さん、お父さん、私はここに居るから……今、行くから」

 揺れる足取りで光へ向かう夜娃華の姿が、初めて会った日の、線路へ飛び込む姿と重なる。今にも消えてしまいそうな姿を見て、私は、

「ダメっ!」

 あの日と同じように叫び、動かない足を無理矢理動かして、夜娃華に飛びつく。

「痛っ!」

 二人して床に転び、近くにあった机の脚に頭がぶつかる。痛みに涙を浮かべながら光の方を見ると、それは段々と輝きを失っていく。同時に、周囲の気配も薄まっていくのを感じた。

「っ、待って!」

「坂口さん、ジッとして!」

 腕の中で夜娃華が暴れる。普段の彼女からは考えられないくらいの暴れ方で、振り解かれそうになる。けれど私は、夜娃華を絶対に放す気は無かった。

「夜娃華!」

「あっ……」

 叫んで、夜娃華を強く強く抱き締める。不意に、夜娃華の動きが止み、私はそのまま夜娃華を抱きしめ続けた。

 そして、どれくらい経っただろう。気づけば光は小さくなり、意識が遠のいていくのが分かった。それでも私は夜娃華を放さなかった。

「……ありがとう」

 意識を失う直前、そんな声が聞こえた気がした。

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