第5話「“向こう側”からの誘い」

「この校舎の捜索が早々に終了したのも、地下室なんてものが存在しないと分かっているからでしょうね」

「? でも、それじゃおかしいような」

 今回行方不明になった上級生は、SNSで旧校舎の地下室に向かったと言っていた。写真も付いていたから、おそらくこれは実際にあった事なのではないだろうか。そう夜娃華に言った。

「写真自体が別の日に撮ったとかだったら分からないけど、少なくとも写真の場所はこの校舎の中みたいだし、地下室の写真も確かにあったような――」

 そこまで言って、夜娃華の表情を見た私は、次の句が継げなくなっていた。その、笑顔を見ると。

「ええ。ええ、その通り。そういう事なのよ」

 夜娃華の細い声が楽しそうに告げる。傍目から見るとあまり変化は無いけれど、私には、夜娃華が楽しんでいるのが分かった。

「この校舎に地下室は無い。設計図にも載ってないし、警察の捜査でも地下室なんて存在していなかった。なら、行方不明になった人間はどこに消えたのかしら?」

 何か、踏んではいけないものを踏んでしまった予感に、身体が震えだす。ここから先に踏み込んではいけないと、頭の中で警鐘が鳴り響いているのに、私は夜娃華の言葉を聞き続けた。

「実際に存在した最初の行方不明者。ネット上に放流された出鱈目な噂。その噂通りに消えた新しい行方不明者。そして、存在しない筈の地下室を写した写真……さて、どこまでが真実なのかしらね」

「でも、噂は作り話で……」

「分かっているでしょう? 世界には“そういう事”があるって」

 立ち止まり、夜娃華は私の方を向く。

「初めは単なるネットの噂でしかなかった。真実は無く、いくつかのピースを出鱈目に組み合わせたチグハグなパズルだったそれが、本物になる事もある。この校舎に纏わる怪談は、ネットで検索してみると思いの外あっさりヒットするわ。学校、怪談……もしくは七不思議、そのようなワードで簡単に出てきてしまう。特に最初の事件は実際に起った出来事でもあるし、建て替えの件についても、調べれば直ぐに見つかる。何も知らない人なら、それだけで“これは実際に起った出来事なのでは?”と、考えてしまうかもしれない。“向こう側”にとってはそれだけで十分だという事、あなたも知っているでしょう?」

 夜娃華の言葉に、これまで夜娃華と体験したいくつかの出来事を思い出す。

「人は恐怖を恐れながら、恐怖を求めている。“向こう側”はそれを見逃さない。いつだって私たちが見ている時、こちらを見返しているの。それに、噂をすれば、ほら、聞こえるかしら?」

「? えっ……音が――」

 どこからか音が聞こえる。これは何の音だろう。風の音にも聞こえるし、もっと違う、何かが蠢いているような音にも聞こえる。

 音と闇が私たちを取り巻き、絡めとろうとしているような錯覚を覚え、不安になった私は夜娃華の手を握った。

「っ……」

「坂口さん?」

「あ……ううん、何でもない」

 珍しく驚いたような声をあげた夜娃華だが、次の瞬間にはいつも通りの彼女に戻っていた。そして夜娃華は、やはり彼女らしい事を言う。

「じゃあ、その幻の地下室へ行きましょうか」

「え? でも、どこに行けばいいのか分からないんじゃ――」

 存在しないものを探すなんて、いったいどうすればいいのか見当もつかない。

「そこはほら、案内人がいるじゃない」

「案内人? あっ」

 夜娃華が前方を指差し、視線をそこに向けると、暗い廊下の向こうに宙を舞う“灯り”が見える。ユラユラ揺れるその灯りは、まるで私たちを誘うように動き出した。それは正に、話に聞いた通りの光景だ。

「付いていきましょう」

「……分かりました」

「凄い嫌そうな声ね」

 怖いんだから当たり前でしょう、とは言えなかった。だって、私が行かなくても夜娃華は一人で行ってしまうのだから。それは、怖い事よりも嫌な事だった。

「さて、どこに連れて行ってくれるのかしら」

 夜娃華が灯りを追う。手を繋いでいる私も、引っ張られるようにして付いていく。暗い校舎に私と夜娃華の足音が響く。最初は心地良さすら感じていたその事が、今はただただ恐ろしかった。そして、私と夜娃華はそこに辿り着く。

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