第4話「噂の真実」

 そうして旧校舎の近くまで来て、再び物陰に隠れ、様子を見る。

「囲われてるね……」

「ええ。でも人の姿が無いのは運が良いわ」

 時刻は19時15分。夕日に照らされた旧校舎の周囲はカラーコーンで柵が作られていて、立ち入り禁止の看板が立っていたが、夜娃華の言っていた通り、捜索は完全に終わっているのか、人の姿は見えない。今は絶好のチャンスに思えた。

「坂口さん、入る場所は決めてるの?」

「勿論。ちゃんと調べてあるわ」

 ゆっくりと動き出す夜娃華の後ろに続いて、柵を乗り越え旧校舎の側面に回り込む。見たところ、殆どの窓は閉まっていたけれど、一ヶ所だけ、何かがぶつかって割れたのか、腕を入れれるくらいの割れ目がある窓があった。

 夜娃華は躊躇せず手を差し入れ、鍵を開ける。窓を開こうとすると、ギシギシと軋んだ音をたてながらも、無事に入り口を確保できた。

「私が先に入るわね」

 言いながら、夜娃華は窓枠に手を掛け、身体を持ち上げて校舎内に入ろうとする。一方の私は、夜娃華があまりにも自分の状態に無頓着過ぎてドキドキしていた。

「中は暗いわね」

「ライト付けた方がいいんじゃないかな」

 夜娃華の後に続いて中に入った私は、真っ先にスマホでライトを点けた。

「……思ったよりも普通、かな?」

「まぁ、拍子抜け感はあるでしょうね」

 旧校舎の中は普通の校舎でしかなく、確かに古いが、創作の世界に出てくるようなおどろおどろしい様子ではなく、ただの暗い教室でしかなかった。

「旧校舎、と言っても実際は築三十年程度のものだし」

「え? 新校舎が建てられたのって、確か十七年くらい前って話じゃ

「そうね。校舎の建て替え時期は四十年ほどと聞くし、大分早めに引退してるわね」

 そう言って夜娃華は教室から出て行く。私も夜娃華に続いて教室を出ると、やはりそれほど古くない廊下に出る。壁に損傷があるとかそういう事もなく、なんなら私が去年まで通っていた中学校の方が古く見える。

「どうしてそんなに早く建て替えをしたんだろう」

「それは勿論、そこに何かしらの理由があったからよ」

 暗い廊下を、ライトの灯りを頼りに夜娃華の数歩後ろを歩く。校内は静かで、私と夜娃華の足音だけが響いている。まるで、世界に私と夜娃華しか存在しないと錯覚してしまいそうなくらい、妙な静けさだった。

「坂口さんのことだから、そこら辺も調べてるんじゃ」

「正解。何故この校舎が異様に早く破棄されたのか、その答えを探してきたわ」

 夜娃華は一つ一つの教室に入ったり、そこらの壁を、まるで何かを探すかのようにライトで照らしていた。私もそれに倣ってみるが、夜娃華が何をしているのか分からない。

「新校舎が出来る三年前。今から二十年くらい前の話よ」

 ポツポツと、夜娃華の細い声が響く。

「当時高一だった少女が校舎内で行方不明になったの。少女は行方不明になった当日、同級生と夜の校舎で肝試しをしていた。その際、友人たちの悪ふざけで備品置き場になっていた地下室に閉じ込められたらしいの。閉じ込められてパニックになった少女はドアを叩いて叫んだ。勿論、友人たちもいつまでも閉じ込めようとしていた訳ではなく、少ししたらドアを開けようとしていたの。けれど、少しすると閉じ込められた少女の様子がおかしくなった」

 と、薄く微笑んだ夜娃華がこちらを向いた。私のライトで照らされた夜娃華の顔に、思わず唾を飲み込む。

「少女はこう言っていたらしいわ。“何か音がする”、“灯りが見える”と」

 それは、今まさに行方不明になっている先輩がSNSで呟いていた言葉と一致していた。

「そして、不意に扉を叩く音が止み、少女の叫びも聞こえなくなった。不審に思った友人は直ぐにドアを開けたのだけど、そこに少女の姿は無かった」

「……坂口さんは、その時、何があったのかも知ってるの?」

「さぁ、流石に何があったのか何て当事者でない私には分からないわ。ただ、この話にはまだ続きがある」

 また夜娃華は何かを探すようにライトで辺りを照らす。ゆっくり歩いているから、まだ校舎一階の半分も回り終えていない。外は本格的に暗くなり始めて、無人の校舎内はいよいよライト無しでは数メートル先も見えなくなる。

「少女が行方不明になってから、校内では不思議な現象が起きるようになったらしいの」

「不思議な現象?」

「例えば、夜の学校で動く光を見て近寄ってみるが、そこには誰もいなかったり。もしくは何の音か判別のつかない音を多数の生徒が聞いたり、行方不明者が出たり」

「他にも行方不明になった人が?」

「私がネットで調べた情報によると、一年の間に少なくとも四人、最初の少女を除くと三人の行方不明者が出た事になるわね。そして、行方不明になった者の共通点は、最初の少女と一緒に夜の校舎に忍び込んだ、という事」

「えっ、それって……」

 夜娃華の言葉で急に不安になって、周囲の様子を窺ってしまう。さっきまでは何でもなかったのに、今はまるで、暗闇が意思を持って私たちを取り囲んでるようにすら感じる。

「これって、今の状況と一致しているんじゃないかしら?」

 薄く微笑む夜娃華の顔は、とても綺麗なのに、恐ろしさを感じた。空気を換えたくて、私は口を開いた。

「その話、本当なの?」

「いいえ。今の話はまったくの出鱈目よ」

「……ええ?」

 すると、あっさりと夜娃華の口からそんな言葉が飛び出した。

「何だ、作り話なら驚かさないでよ……はぁ」

 安堵から勝手に息が漏れる。どうやら、緊張で知らずに呼吸が乱れていたらしい。

「ごめんなさい。夕花を驚かせたいと思って。でも、そういう話がネットにあるのは本当よ」

「坂口さんは、どうやってそれが嘘だって分かったの?」

「それはコレのおかげよ。夕花、ライトで照らして」

 夜娃華はポケットから一枚の紙を取り出す。それをライトで照らしてみると、何かが描かれているようだった。

「これ、設計図?」

「そう。この校舎の設計図よ。まぁ、一階部分のみなんだけど」

「……どこで手に入れたの?」

「ちょっとね」

 凄く怪しい話だったが、まぁ、それは置いておこう。

「この設計図を見てほしいの。何か気づかない?」

「何か気づくって、う~~ん…………あっ」

 違和感に気づいた私は声をあげた。私が気づいたもの、それは、

「地下室が無い」

「そう。この校舎に地下室なんて最初から存在しないの」

 ライトで周囲を照らしながら夜娃華が続ける。

「そもそも、地下室なんてものは無いの。実際に生徒が行方不明になった、という話はあるようだけど、地下室や次々と行方不明になった、というのは後から付いた尾ヒレね」

「何でそんな話が」

「どうやら元々はこの学校の生徒が、あまりにも早過ぎる建て替えにふざけ半分で何かしらの理屈を付けて流した噂が、ネットに上げられた事によって事実であるかのように広まってしまったみたいね。都合よく行方不明者までいた訳だし」

「でも実際に行方不明者はいたのなら、何か事件があったんじゃ」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。行方不明者というのは私たちが思っている以上にたくさんいるわ。普段から素行に問題があった生徒なら、急にいなくなっても、そこまでおかしな話ではないでしょう?」

「そう言われればそうかもだけど」

「そういうものなのよ」

 と、そんな事を話している間に、私たちは校舎一階を回り終え、侵入に使った窓がある教室まで戻ってきた。

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