第8話
「ねえ……ちょっと悩みすぎじゃない……?」
俺が勝負服の設定画面の前で頭を悩ませていると、しびれを切らしたのか麗華がそう声を掛けてきた。
「そりゃ悩むに決まってるだろう?」
「あとからいつでも変えられるから、とりあえずの形で決めておけば? 出走の時間に間に合わないと全身真っ白の勝負服になっちゃうよ?」
「わかったよ……」
そうして、俺はベース色を黒にした。水色の十字たすきにして袖には柄を入れないシンプルなデザインだ。
「こんなもので良いだろう」
「馬券ポイントで交換できるものだと、戦国武将みたいな恰好ができるものもあるみたいだよ? あまり見たことは無いけど」
「ハハハ! そりゃめちゃめちゃ目立つな」
一度目にしてみたい。絶対迫力あるぞ。
「それじゃ競馬場に行こうか。出走まであと20分くらいだよ」
そうして、思いのほか勝負服を決めるのに時間がかかったが、ようやくミヤビエンジェルの新馬戦を見に行くことになった。
◇◇◇
「ここがタルディーア競馬場か」
俺はミヤビエンジェルの新馬戦が行われるタルディーア競馬場にやってきていた。
すでにゴール前の座席を確保し、後は座席に着くだけである。
「ミヤビエンジェルは……4番人気だね。新馬戦だし、まだ実力が知れ渡っていないからかな。馬番は13番のオレンジ色の帽子だね」
俺の横の席で、パドックを見ている愛子はそう言った。
「他の出走馬の能力は見られないのか?」
俺は愛子にそう尋ねた。スキルを使えば、他の馬がどんな能力値なのか見られると思ったのだ。
「それは出来ないんだよね。もちろん、自分が見たことのある馬なら能力は分かるけど、競馬場ではスキルは使えないんだ。それに、能力が高い馬でも調子とか展開によっては負けることもあるからね」
「そんな簡単にはいかないか……。この一番人気の馬は強いのか?」
俺はパドックを見ながら断トツの一番人気に推されている馬に目を付けた。
「あ、この子西条ステーブルの生産なんだね……。西条ステーブルの生産馬はどの馬も走るって話題なんだ。一種のブランドみたいになっているから、セリで生産馬を買おうとすれば7万Gはくだらないね」
「7万!? 半端ないな……」
「噂だけど、実際に牧場を運営している人がやっているんじゃないかって言われてるよ。忙しいのか、競走馬は所有していないみたいだけど」
へえ……その道のプロってわけだな。相当馬が好きなんだろうな。
「あ、そろそろ出走みたいだね。ほら、あそこ。今回も一度観客席の前を通ってからもう一周してくる感じになるよ」
愛子が指をさす先では、出走ゲートの奥で馬がぐるぐる回っていた。着々と出走の準備が整っているようだ。
「いよいよだな。なんか緊張してきた……」
「ミヤビエンジェルと麗華を信じてあげて。きっと勝てるよ」
今か今かと出走を待っていると、ついに出走を合図するファンファーレが鳴り響いた。
「そろそろだね」
そうして、出走馬すべてゲートに入り終わった。
数秒後、ゲートが開き一斉に競走馬がスタートする。
『ゲートが開いてスタートが切られました。スムーズなスタートです。外からスーッと先頭に立ったのは一番人気、12番タピオスカルです』
「逃げ切りを図る気ね……」
断トツの一番人気、タピオスカルは第二集団と距離を保っている。馬4頭分……4馬身くらいの距離だろうか。
ドドドド、という地響きのような音と共に馬たちが近づいてくる。
「エンジェルは……いた! あの位置はどうなんだ?」
ミヤビエンジェルは第二集団の最後方に位置していた。先頭から8頭目くらいだ。
「悪くないと思う。直線は長いから差し切れるはず……!」
「頑張ってくれエンジェル……!」
ゴール板前を過ぎ、馬たちは第一コーナーに差し掛かっていった。
『依然先頭は12番タピオスカル。4馬身ほど空きまして3番マツバビーストが続いています……』
「そういや、馬の位置取りってどうやって決めるんだ?」
俺は今更ながらそんなことを愛子に尋ねた。先頭に立つ馬がいたり、なぜか後方まで下がる馬がいたりと不思議に思っていたのだ。
「うーん……展開とその馬の能力によるかな。あのタピオスカルって馬だと逃げっていって先頭に立った後逃げ切りを図る作戦」
「でも、先頭で飛ばすと疲れちゃわないか?」
「そう。だから、どこかでペースを落として体力を温存するんだ。後ろの馬に悟られないように少しずつ、ね。そうすると、レース終盤後ろから追いついてくる馬に対抗できるでしょ? そういう逃げ馬に有利な状況をスローペースって言うんだ」
「色々駆け引きがあるんだな……」
ジョッキーもなかなか奥が深そうなプレイスタイルだな。ま、ここは麗華の腕を信じておこう。
そんなことを話しているうちに、馬群は第三コーナーを過ぎていた。
『先頭はタピオスカル。しかし、後続も徐々に動き始めリードが少なくなってまいりました!』
「ほら、タピオスカルに逃げ切られないように早めに先頭に追い付こうって馬もいるでしょう?」
「本当だな。エンジェルはどこだ?」
「結構前の方に付けてるよ。射程圏内だと思う!」
まだ肉眼では見えない距離なので、椅子に用意されているモニターでレースを見ておく。
先ほど設定した、水色の十字たすきの勝負服のシンプルさが意外と分かりやすい。
『第四コーナーを抜け、最後の直線です! 先頭はタピオスカル! 未だにその脚色は衰えません! しかし、後続も襲い掛かってきました! 3番、マツバビーストが必死に追いすがります!』
「おい! 今4頭目くらいだ!」
「大丈夫! そろそろ動くよ!」
『さあ、ここで外から13番ミヤビエンジェルがすごい脚で飛んできました! みるみる先頭に追い付いていきます!』
ミヤビエンジェルはスイッチを入れたように、急に加速を始めた。
「来たあ!」
俺はモニターを収納し、その場に立ち上がった。自然と拳に力が入る。
『残り300メートルのところで先頭が変わる! 先頭は13番ミヤビエンジェル! 2番手は12番タピオスカルですが、その差がどんどん広がっていきます!』
「行け! エンジェル!」
断トツの一番人気、タピオスカルを一蹴するようにミヤビエンジェルはものすごいスピードで突き放していく。
『ミヤビエンジェル、強い! 残り200メートル、後続は後方に置き去りです! 先頭ミヤビエンジェル! 今、圧倒的な力を見せつけてゴールイン!!』
「いよっしゃああああああああ!!!」
ミヤビエンジェルが先頭でゴール板を過ぎ、俺は心の底から大喜びした。
初レースで初勝利。幸先の良いスタートを切れたと思う。
「やったぞ愛子! 勝った勝った!」
「良かったね雅君! やっぱりミヤビエンジェルの強さは本物だよ!」
そうして、俺とミヤビエンジェルの新馬戦は最高の結果で幕を閉じた。
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