第7話

「あ、カーマインスワンプか。うちにもこの種牡馬の産駒がいるよ」


「そうなのか? 愛子が扱うってことは強い馬なんだろう?」

 

「一癖ある種牡馬だよね。ステータスを見てごらん?」


馬 名:カーマインスワンプ

馬場適性:芝◎・ダート×

距離適性:2000~2400

スピード:A+

パワー:A+

根 性:A

精神力:C

健 康:B+


「スピードもパワーも良い数値だろ?」


「問題は精神力だよ……。精神力っていうのは……気の強さとか賢さを表すんだけど、正直レースが上手い産駒がほとんど出てこないんだよね」


「もしかして……やんちゃなお馬鹿さんばかりってこと?」


 まともに走ってくれなさそうだな……。


「そうそう。ただ、たまに精神力も高い子がいて、そういう子は化け物みたいな強さだからある意味人気の種牡馬かな。まともに走れば強いっていう、いわゆるロマン枠ってやつ?」


「そんな馬もいるんだなあ。でも、意外と良いかもな。もし精神力が低くてもそれも愛嬌ってもんだろ」


 タスクミーティアの最後の産駒だし、印象に残る一癖ある種牡馬にしようと考えた。


「まあ、ミヤビエンジェルの将来も明るいし冒険しても良いんじゃない?」


 俺と愛子の話を聞いていた麗華はにっこり微笑んでそう言った。麗華も面白そうと考えているのかもしれない。


「よし、カーマインスワンプでいこう。癖のある馬だった場合はジョッキーの腕に任せるしかないな」


 俺はニヤリと口角を上げて種牡馬を決めた。相当悪い顔をしていたのが自分でも分かった。


 


  ◇◇◇



「よし! 早く帰るぞ!」


 バイト先である個人居酒屋『みやび』の休憩室で、俺は帰る支度を急いでいた。


「純一君、完全にゲーマーだね……」


 俺の様子を見ていた麗華、もとい志保は呆れるようにそう言った。


「愛子の話だと、ミヤビエンジェルが出走できるようになってるはずだ。タスクミーティア最後の出産もあるし、やることがいっぱいだ」


「私もなるべく早く帰ることにするけど、先に牧場の方の用事を済ませておいてくれる? 帰ってシャワーも浴びたいし」


「おう、了解! おやっさーん! 帰りまーす!」


 俺は『みやび』の店主に挨拶をして走って帰る。本来疲れて重くなっていくはずの足取りは、家に近づくにつれてどんどん軽くなっていくような気がした。


 家に着くと、カラスの行水のごとく素早くシャワーを浴び、飯も食わずにVRゲーム機ゼブライトを装着する。


 そうして、俺はDHOの世界に入っていった。


 転送先は自分の牧場の事務所だ。秘書AIが出迎えてくれたが、俺はすぐに厩舎に向かった。


「おお、生まれてるな」


 タスクミーティアの馬房では母親と同じ栗毛の仔馬がせわしなく移動していた。

 雅ファーム初めての男の子だった。性格は……若干元気すぎるような気もする。


 タスクミーティアは子育てを終えるといなくなってしまうそうだ。あと数時間で別れることになる。


「仔馬の名前は……ミヤビミーティアだ」


 俺はこの名前にすると家に着く前、もっと言えばバイトしている時から考えていた。タスクミーティアの名前を少しでも残したいと思ったのだ。


 その後、俺はフレンドリストから愛子に連絡を取ることにした。

 メッセージを送ると、すぐに通話が申し込まれた。


「よう、愛子」


『雅君お疲れー。ミヤビエンジェル、もう出走できるよ!』


「楽しみだな。麗華は少し遅れると言っていたぞー。俺ってこの後何したらいいんだ?」


『とりあえず今後の予定を話し合いたいから厩舎に来てよ』


 そうして愛子は通話を切った。すぐに俺は移動先から『柏原厩舎』を選んだ。

 景色が変わり、目の前にはお城のような立派な厩舎が現れる。


 目の前の大きな引き戸を開けると、愛子が競走馬のボードで色々調整しているようだった。


「おう、お疲れー」


「いらっしゃい。ちょっと待っててね」


「急がないで焦らずやってくれ。俺もこの厩舎を見て回るよ」


「気を遣わせてごめんね。ありがとう」


 俺は忙しそうな愛子を置いて、厩舎のデザインや馬房にいる競走馬を見て回った。

 しばらく歩いていると、見覚えのある顔の栗毛の馬がこちらをじっと見つめていた。


「おう、エンジェル。久しぶりだな」


 俺はそう言って頭を撫でる。唇でもぞもぞと服を突っついてくる仕草もとてもかわいい。まさに天使のような女の子だ。


 すでにミヤビエンジェルは筋肉が発達していて、芸術品のような見た目になっていた。ムッキムキである。


「ごめんお待たせ」


 ミヤビエンジェルを眺めていると、いつの間にか我らがジョッキー麗華がやってきていた。今日はレースがたくさんついたフリフリの可愛いドレスに身を包んでいる。


「ちょうど良かったよ麗華。雅君と登録するレースについて話し合う前だったんだ」


「あらそうなの? ミヤビエンジェルはステイヤーだからそっちの路線でしょ?」


「ステイヤー?」


 俺は麗華が言うステイヤの意味が分からなかったので首を傾げた。すぐに麗華は補足説明してくれる。


「長距離タイプってことだよ。距離適性が2400以上だから……ダービーかオークスは獲りたいね」


「まあね。とりあえず最初は2歳戦を何レースか走らせてみるよ。12月のドノティス・ビオラ賞を目標に進めていくよ」


 ドノティス・ビオラ賞というのはドノティス競馬場で行われるG1競争らしい。

 ただ、いきなりG1に出走させるわけではなく、何戦か走らせていくようだ。


「まず最初は新馬戦だよ。2400の新馬戦があるからそれに登録しちゃうけど大丈夫?」


「ああ、その辺はおまかせするよ。今のところどのレースが良いかは分からないしな」


「おっけー。一時間後の新馬戦に登録しておくね」


 愛子はそう言ってミヤビエンジェルのボードを操作していた。よし、いよいよ俺の愛馬の初出走だな。


「さあ、雅君。君にはやることがあるんだよ?」


「え? 他にも何か必要なのか?」


「せっかくの初出走なんだもん。かっこいい勝負服を決めておこうよ」

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