後編:これは私の……

 私兵部隊『バーガーサーカス』の指揮権を得たのは三年前のことだが、しかし私は黄土と一緒にそれ以前からこの手の汚れ仕事に精を出していた。だからここから先の展開も手慣れたもので、特に苦労はない。

 オフィスビルを出てすぐ、部隊の回収班と合流しその場を脱出。警察にはをつけてあるとはいえ、現場の警官がどう行動するかまでは読めない。面倒を避けるためにも、とにかくその場をさっさと離れるに限る。

 車に四辻、黄土と一緒に乗り込むと、すぐに車が出る。運転手が私に報告をした。

「地下駐車場の敵は五名。射殺し、死体はその場に残しました。連中が運用していたバンに銃器類が積まれていたので、手筈通り入れ替えておきました」

「ご苦労様」

 天原の抱えた半グレたちの持っていた武器は、リリーデンさんから融通してもらったものだ。あの人ならへまはしないだろうけど、警察に押収されれば何が起きるか読めないから安全のため回収する。まあ、撃発機能をオミットした実銃が置かれていたらいらない邪推を生みかねないというのもあるし。二時間サスペンスの封切を自分からする意味はない。

 ちなみにすり替えた銃は遊戯公社が雇った半グレの持ち物だ。さすがにこれで公社の方へ罪を擦り付けられるとは思っていないが、嫌がらせということで。

「隣のビルから狙っていた狙撃班の方は死体を回収させました。よろしかったですね?」

「そうだね。無駄に死体をバラ撒いて事故物件にすると不動産屋に恨まれる」

「BR社オフィスの連中も同様に処理しました」

「渉外部のオフィスは汚した?」

「いえ。薬物を使いましたので」

 実に手際のいい部隊で助かる。

「しばらく走らせて尾行がついていないか確認した後、帰投します。四辻さんと黄泉路課長はオフィスへ。紙花花しかばな室長は病院へ」

「病院? ああ、頭殴られたから。別にいいよ」

「社長の命令ですので」

 あの人、本当に千里眼だな……。

 社長命令とあっては私兵の人たちに無理は言えず、私は病院に連れていかれた。頭部の検査を受けたが、特に異常なし。湿布を貼られて終わりだ。「何かあったら」だと私は絶対に来ないだろうと睨んだのか「一週間後にもう一度来てください」と釘を刺された。用心深いことだ。

 検査にそう時間はかからなかったので、午後はオフィスに戻って始末書をまとめていた。四辻の姿は見えなかったが、聞くまでもなくどこにいるかは想像がついたので気にしないことにした。

『本日の業務、お疲れさまでした。金曜日は定時退勤奨励日です』

「……ん?」

 気がつけば、午後の五時を過ぎていた。報告書はすべて書き終わって、後は一度全体を確認してからメールで送信するだけという状態になっている。

 確認の前に少し休憩を入れるか席を立つと、ノックもせず資料室の扉が開いた。

 入ってきたのは黄土である。

「帰るぞ」

「…………」

 私はどんな顔をしていたのだろうか。

 少なくとも、どんな顔をしたのか意識する気分だったのだろう。

「わたし、しごと、のこてる」

「なんで片言なんだよ」

 黄土はため息をついた。

「報告書、あと確認してメールしたら終わるから」

「来週でいいだろ、そこまで急ぎの仕事じゃねえし。確認するのも、時間空けないと意味ないぞ。今の集中力じゃどうせミスがあっても見逃す」

「はいはい」

 机の上に置いてあったスマホなどを鞄に仕舞う。

 こいつは自分からわざわざ、私を迎えに来るような人間じゃない。きっと社長からそれとなく頼まれたのだろう。報告書を提出するべき社長からの提案なら、まあいいか。

「四辻のやつはどうした?」

「聞いてないの?」

「なにが?」

 ふむ?

 黄土が社長から私のことを頼まれたのなら、四辻については把握しているものだと思っていた。

「四辻は社長と一緒。あれでも社長は甥っ子が大切なんだよ。初めてのダーティワークに衝撃を受けた四辻にいろいろ気を揉んでいるわけ」

「だったら最初からデスゲーム会社なんて入れなきゃいいんだがな」

「デスゲーム会社の社員にでもならなきゃどこかでデスゲームに参加させられるかもしれないし」

 デスゲーム会社の社員でも参加させられるときはあるけれど。それでも業界に入り込めば予兆を察知して回避するのも不可能ではなくなる。愛しているからデスゲーム会社に入社させたのだ。

「社長はなんか言ってなかったの? 四辻のこと」

「なんで俺が社長から何か話を聞いてることになってんだ?」

「だって。社長から頼まれたから黄土が来たんでしょ」

「…………ああ、そうだな」

 妙な間があったが、それもどうでもいいのだ。

 私と黄土は一緒に帰宅した。とは言っても、私たちの住んでいる地域はまるで違うところなので、帰路が一緒というわけではない。

 こういう厄介ごとを片付けた日は、だいたい黄土の家に行く。そういうことになっている。

 黄土の自宅は都心の郊外にある。東京のうちひとつ、東久留米周辺を再編した国守区。海外派兵を控えた国防陸軍の預かりどころである基地のある町だ。私の住むところは海軍基地があるから、真逆と言える。

「…………」

 電車でこの町へ来て、看板に国防軍に関する何かしらの記述を見るといつも思うことがある。

「黄土は引っ越さないの?」

「なんでだ」

「普通、自分がドロップアウトした場所に近いところに住み続けたいって思うかなと」

「お前にそんな繊細なことを考える脳領域があったことに驚くぞ」

 あれこれひょっとしてだいぶ馬鹿にされてないか。

「俺は気にしねえよ。というかドロップアウトでもないだろ。ただの転職だ。前の職場が履いて捨てるほど馬鹿しかいないから見限ったんだよ。なんで俺が引け目を感じて転居までしなきゃならねえんだ」

 そういう考え方もあるか。

「つうか、それならお前は……」

 言いかけて、黄土は止めた。

 さっきの質問は、完全に私の悪手だ。

 問いかけは発話者の内心の裏付けとなる。「あなたはデスゲームがおぞましくないのか」と聞くならば、それは聞いた側がデスゲームをおぞましいと思っていることの傍証となる。

「母親が白内障になって、父親に認知症が出始めたらしい」

 私はそう答えた。

「一番上の兄は未だにニートで、二番目の兄は大学の先生だ。二人の兄いわく、両親の介護をするのは私が適任だってさ」

 女だから? それは違う。いや、そういう発想もまったくないことはないのだろうが、兄二人からすれば私は女カウントされていないだろうから、思想を占めるウェイトとしては軽い。

 駅を出て、改札を通過する。私は高背ゆえ歩幅も広く、他人と歩調を合わせるのに苦労するが、黄土と歩くときは別だ。向こうの方が合わせてくれる。

「お前の実家、愛知県だろ。介護のために戻ったら仕事はどうする? リモートワークか?」

「無理でしょ。資料室の仕事は遠隔でできることじゃない。今日みたいな仕事も」

「だな」

 一番上の兄いわく、とにかくお前がやれ。適任云々というのではなく、お前がやれ、それ以外の論理は存在しない。

 二番目の兄いわく、ニートの兄には任せられず、自分は研究があるからお前がやれ。資本主義の世においてすら金儲けが至上とは限らないのは一般論だが、金にならないものほど尊いと逆張りするのが学者という生物の習性なのだ。

「仮にあと五年で両親がともにボケたとして、今の給料から算出される貯蓄なら二人とも老人ホームに入れても十年は問題ない。私が貯蓄できなくなるけど」

「しかもそれは今の給与水準の話だろ。お前は五年もあればもっと出世する」

「どうだか」

 逆に職を失う危険もある。

「で、

「できるとやるは違う。だろうな」

 私ほどでないにしろ、黄土も課長職なので高給取りだ。こいつが住んでいるのは一階部分がガレージになっている一軒家である。バイクが好きというのもあるし、筋トレ用の器具を置くスペースとして使いたいというのもあるだろう。今はシャッターが下りて何も見えないが。

「ただいまー」

「お前の家じゃねえ」

 黄土の家は、こいつにしては調度品の趣味がいい。インテリホワイトワーカーの住む洒落た部屋みたいな様相だった。観葉植物とか置くタイプじゃないだろと思うのだが、じゃあ私は十年でこいつのことをどこまで知っているのか怪しいところがある。

 ソファの上に鞄を置き、ジャケットを脱ぐ。

「先にシャワーでも浴びるか」

「入っていいのか? 怪我は」

「別に問題ないって。湿布も貼り替えたいし」

 その辺は医者に言われている。私の頭部の負傷は、適当に湿布でも貼っておけば治る程度のものだ。

 シャワーを浴び、スウェットに着替えて部屋に戻ると食事の準備がしてあった。食事というか、出来合いの缶詰やレトルトをただ並べただけのものだが。

 ダイニングテーブルの上には缶ビールと赤ワインも置かれている。

「思ったけど、黄土って酒も煙草もするよね」

「それがどうした?」

「元軍人ならそういう、健康に悪そうなことはむしろしなさそうだなと」

「軍人には酒か煙草か、あるいは女くらいしかストレスの解消手段がないからな」

「なるほど」

 つまり趣味かどうかと言われると、怪しいわけだ。慰めの手段がそれしかないなら、それに手を出すことになる。私が結果的にデスゲームと食事くらいしか気分転換の手札を持たないのと同じようなものだ。

「じゃあ、いただきます」

 ワインをグラスに注いだ。グラスには氷が入っている。この飲み方が正解かどうかは知らないが、私はこれでいいと思っている。ビールはキンキンに冷やして飲むのに、それ以外のアルコールは冷やさないというのがよく分からない。

 注いですぐではワインが冷えないので、しばらくグラスは放置して食事へ移る。まず大皿に盛られた冷凍チャーハンをスプーンで掬って口にした。すきっ腹にアルコールは悪酔いの原因になる、らしいので何はともあれ、胃に炭水化物を入れたかった。

「しかし、今回の一件は妙だったな」

 ビールを飲んでいた黄土がふと口にする。

「妙?」

「天原ってやつは終始妙だった。そもそも、俺たちが天下り社員にあそこまで強硬手段を取る事態になること自体が珍しいだろ」

 それはそうだ。

「大抵、高額の退職金をちらつかせれば勝手に辞めていくからね。高額と言っても、五年も無能を雇うよりは安くつくらしいけど」

「だが天原は居座り続けた。その結果が銃殺だ。割に合っていない」

「でも、自分でデスゲーム会社を興そうとしてたんだから当然の挙動ではあるよね」

「普通に考えれば、な」

 黄土の言いたいことはよく分からない。

 次に口にしたのは、袋から出されプラスチックのトレーに置かれたままになっていたチーズ鱈である。この細いチーズのどこに鱈要素があるのかは分からない。プロセスチーズは好きなので気にしないが。

 ワインも冷えたことだろうから、グラスを手にして一口飲む。アルコールの刺激がまず鼻につき、それから葡萄の酸味と甘みが追いかけてくる。

 別に美味くはない。これを好んで飲む人間の気持ちは何度味わっても分からない。

「天原はデスゲーム会社を興そうとしてたが、それだって自分でやる必要があったか?」

 黄土が話を続ける。

「リリーデンって投資家の話を聞いて気づいたが、デスゲーム会社に一枚噛みたければ投資という手段があったはずだ。むしろ金を持った定年退職者ならその方が何かと都合がいいだろ。危険もないわけだし」

「それじゃあ満足しないんだよ、あの手の男は」

 思い出すのは、出野内が探していたビジネス誌のインタビュー記事だ。天原はBR社の役員という肩書を名乗った上でインタビューに答えていた。当然、他のBR社社員はその記事が出るまでインタビューのことを知らなかった。

「自分が何者かになりたいという強い欲求。名誉欲というのとも少し違う。人類いよいよ八十億という時代において、ナンバーワンよりオンリーワンになりたくて仕方ないってこと」

「省庁を牛耳る役人として生きてただろ。それじゃ駄目だったのか」

「駄目だね。何者かになりたい、けれどもその『何者か』はある程度自分が想定する者じゃないと満足できない。野球選手になりたい甲子園球児が陶芸家として大成しても納得はしないでしょ」

「贅沢な悩みだな。世の中には何者にもならずに生きてるやつなんてごまんといるのに」

「贅沢だよ。足るを知らないってことだから」

 人間、どの地点までたどり着いてもどこかで不満を抱える。大企業の勝ち組社員、しかもこの歳で同僚よりも一段上の役職についている私だってそうだ。早く帰りたい、仕事したくない、何もかもが面倒くさい。就職活動に四苦八苦していたころは仕事を得て経済的に自立さえすれば後は不満などないと思っていたのに、気づけば不満たらたらで生きている。

 それ自体はもうどうしようもない。アルコールで感覚を鈍らせて誤魔化すしかない。

 ジャーキーを放り込む。油のついた手を舐め、ワインをまた口にした。スパイシーな味わいの固い肉はワインが進む……というか単に流し込んでいるだけの気もするが。

「悪酔いだったんだよ」

 天原はそのスタートから酔っ払っていた。過去の自分の成功体験に。

 まあ、やつの省庁での活躍を私は知らないから、それが安酒だった可能性は全然否定できないのだが。大事なのはやつ自身の認識においてその成功体験が機能していることであり、客観的に見た場合やつが実は省庁のお荷物だったとしても、そこはさして重要じゃない。

「なまじ手が届きそうだから伸ばしてしまった」

「天原は哀れな被害者か?」

「まさか。水面に映る月を本物と勘違いする馬鹿に同情の余地はない」

 BR社は五年に渡りやつに高給を払った。あいつのせいで勘違いしたバカな若手社員を数人解雇する羽目にもなった。省庁の連中とのつながりは断てないとはいえ、今回の件はコストがかさみ過ぎている。

 そこが、気になると言えば気になる。天原の存在は確かにイレギュラーで、あそこまで愚かな天下り社員は珍しい部類だ。だが、社長が天原の人となりを把握していなかったとは思えない。

 天原を始末しようと思えばもっと早くいくらでもやりようがあったはずだ。それを五年も居座らせ、社内に多少根を張らせるまで放置している。どうにも社長らしくないと感じた。

 まるで、大事になるのを避けようとしているような……。どう取り繕っても天下りして日の浅い人間を処理すれば省庁に睨まれる。ナイーブにそれを避けているような挙動を社長から感じる。

 上の空で私が手を伸ばした先にあったのは、バケットだった。トースターで焼かれ、焦げ目のついたただのパン。

「……」

 これは私の体である。これは私の血である。

 いくら自分が処刑されるだろう気配を感じていたからといって、パンとワインをそう表現するやつはちょっと猟奇的で趣味が悪い。デスゲームを見ながらご飯を食べられる私だって少しおののく。

「もしそのパンとワインに毒が入っていたらと考えると、デスゲームのアイデアにならないかな」

 そう言ったのは社長だ。あの人はなんでもデスゲームにしたがる。じゃああの人が生粋のデスゲーマーなのかと言えば、たぶん違う。

 むしろ逆。

 デスゲームに馴染まないからこそ、どんなものもデスゲームに結びつけて考えようとする。普段は異世界転生ファンタジーしか書かないし読まないくせに、Web小説投稿サイトでデスゲームジャンルのコンテストが開かれるからと何かでっち上げようとしているやつみたいに。

 じゃあ私はどうなのだろう。

 瞼が重い。

 酒を飲むといつもこれだ。

 考えがまとまらない。ただ眠くなってくる。

 私は…………。

 これは、私の……。

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